執事と変化
『あたしを満足させられなかったら減給ね』
定期船の中で由利に言われた言葉が、勇人の頭の中を何週もグルグルと回っていた。
《由利を満足させられなかったら減給》
これは勇人の経済的、精神的に多大なダメージを与えてきた。
勇人は住み込みで働いているので衣食住に関しては心配することはない。しかし、自由に使える金が減ることは、あまり使わない勇人にとっても地味に来るものがあった。
しかも、つい先日由利の父に喧嘩 (?)を吹っ掛けて給料を減らされたばかりである手前、これ以上減らされるとお財布事情ともども精神が貧困の危機に直面するのだ。
なので、この問題に関しては全身全霊で挑んで、由利の鼻を明かすと同時に給料のアップを微かに目論んでいた。
はずだった……。
「つまんない……」
一番初めのアトラクション、『バルトの海賊』に乗った後に由利が漏らした感想であった。
『バルトの海賊』は、海賊船をモチーフにした帆船型フロート式ライドに乗って、海賊、市民、動物、骸骨、などで再現されたバルト海の海賊の抗争と失われた財宝を巡る冒険を体感することが出来るアトラクションである。
これは昔からあるアトラクションで、勇人のお気に入りでもあるのだ。
その証拠に、並んでいる時も勇人は目を世話しなく動かしたり、足踏みをしたりと落ち着きを隠せなかった。そして、乗った時も童心に帰ったように純粋にアトラクションを楽しんだ。
だから、船から降りた途端由利がボソッと呟いた言葉に心の底から傷ついた。自分が気に入っているものを否定されると、何故か自分まで否定されているように感じてしまう。
若干眼に涙を浮かべながら、勇人は心の中で肩を落とし、見えないところで溜め息を溢した。
しかし、勇人はそこで冷静に考えてみた。
由利は女の子。
『バルトの海賊』は、どちらかと言うと男の子向けのアトラクションである。
剣と剣で命がけで戦った海賊達の姿が見れる。ある意味男子にとって、保健体育より興奮するシチュエーションである。
つまり、男の子は『海賊』という単語で興奮してしまう単純な生き物なのだ。
しかし、女の子は男の子よりも繊細で感情が複雑であるゆえ、ただ船に乗って回るだけの『バルトの海賊』に面白味を持てなかったのだ。
そう確信して一行を引っ張っていったのが、『妖精の蝋燭』。
これは、太古に封印された妖精が宿る蝋燭を手に、アトラクション内を歩き回りながら様々な仕掛けや謎を解き明かし、封印された妖精の力を取り戻していくもの。
最後に蝋燭に火を灯したとき、妖精の封印が解け、封印を解いたお礼として『妖精の髪飾り』が貰えると言われているのだ。
全国遊園地ランキングによると、このアトラクションは子ども連れ、特に小さな女の子がいる層に絶大な人気を誇っているのだ。『バルトの海賊』と違い、身体を動かしたり頭を使ったりと物語の変化を直に感じれる仕様が、親子共々楽しめると多数の支持を集めているのだとか。
ここならさっきみたいに乗ってるだけでなく、体や頭を使うので由利も楽しめるはず!! と勇人は意気揚々と三人を引き連れていった。
「要するに、このピースをココに嵌めて、そしてこれを反対に……そしての文からた・き・くを取れば………はい完成!!」
由利は目の前のパズルを素早く動かし、完成したであろう文字盤を勇人たちに見せた。
『汝たちの働きにより、私は力を取り戻すことが出来た。ココを左に曲がると出口である。褒美は私の家来から受け取るがよい』
文字盤を読み終えた瞬間、派手なファンファーレが鳴り響き、出口はこちらです、とアナウンスが聞こえてきた。
「すごいです!!!」
「まぁ、これくらい大したことないわ!」
瑠璃の言葉に、由利は当たり前だと鼻を鳴らすと勇人の手を取った。そのまま由利に引っ張られる形で出口に向かう勇人は、心の中で落胆した。
(しまった!! お嬢様はむちゃくちゃ頭良いんだった!!)
余談かもしれないが、由利は超最先端の英才教育を幼いころから受けて恐ろしく頭が良く、十歳で日本の東大レベルを制覇、十四歳でアメリカの最高峰ハーバード大学を首席で卒業した、というのは末代まで語り継がれる伝説になるだろう。
そんな我らがお嬢様は、初見なら三十分はかかる『妖精の蝋燭』をものの五分ぐらいでクリアーした。後で聞くと、ぶっちぎりで歴代最高タイムだとか。
そりゃ小学生の子供が解けるレベルだもん、ハーバード大学主席の彼女が解けないわけがない。
「と言うかお嬢様。物凄く頭がよろしいんですね?」
「私なんてまだまだよ。知り合いになんか七歳で東大合格の十二歳でケンブリッツの名誉教授になった奴もいるんだし」
「えぇ!? そ、その人ヤバイですね」
「勇人も知っているわよ?」
「えっ?」
由利の言葉に、頭にへんな前髪でスリッパ痕が残っている男の姿が見えた。
(違う、これは絶対に。気のせいだ!! 絶対に気のせいだ!! あの人が天才なんて認めないぞ!!)
そんな心の叫びを漏らしながら出口へ出た時、由利がこちらを振り返った。
「次は何処かな~?」
そのおどける様な笑顔に軽く殺意を覚えながら、勇人は次へと向かっていった。
その後、女の子はホラー系が苦手だと思い、向かった『幽霊屋敷』は、中世の古いお屋敷を舞台に迫りくる数々の恐怖を潜り抜けて、お屋敷からの脱出を目的としたホラーアトラクションである。
しかし、由利は飛び出してきたお化けに驚く様子もなく、逆にまじまじとお化けロボット見つめて何かつぶやいていた。その後、出てきた後にアトラクションの係員を呼び出して、ロボットの配置、飛び出すタイミング、照明の明るさなどの数々のダメ出しを係員にぶつけていた。
由利をその場から無理やり引っ張って連れて行くとき、係員の目が思い出すだけで背筋が凍るほど冷たかった事を覚えている。
次に行った『王国の騎馬祭り』は、もうめんどくさいから一言でいうと、メリーゴーランドである。
今までちょっと特殊なアトラクションばかりだったので、気分転換ついでに王道のこいつを選んだ訳だが。
まぁ、結果は想像通りですよ。
「…………」
『王国の騎馬祭り(キングダム・フェスティバル)』を降りた時、由利は一言も言葉を発しなかった。
まぁ、仕方がないよね。面白みが全然ないもん。
その後、勇人は何を思ったか『メイプルのお茶会』、要するにコーヒーカップに乗ってみた。ココで由利と一緒に乗って、カップをものすごく回してみようなんて考えてのことだ。
乗る相手を指名したとき、由利の顔が若干赤くなっていたけど、そんなことなど知るよしもない勇人は急いでカップに乗りこむと、素早く抜群の定置を確保し、中央のテーブルをガッチリ掴んだ。
このテーブルを回すとカップの回転スピードが上がる仕組みになっている。しかも、座る場所によってテーブルの回しやすさが変わってくるのだ。
顔を上げようとしない由利を不思議に思いながら、勇人は管理室に目を向ける。
二十歳位のアルバイトらしき男が、素早く操作盤をイジっているのが見える。
(早く始まれぇ~……)
変な念みたいなものを飛ばしながら勇人が今か今かとスタートを待っていると、おもむろに由利が顔を上げた。
「それを回すと速くなるの?
」「そうですよ。回せば回すほど速くなります……」
「ふ~ん……」
由利は勇人の言葉にそう返した後、開始の合図が鳴るまでずっと勇人の顔を見つめていた。
そこに、ピンポーンと音が鳴った
『只今より、『メイプルのお茶会』を始めます。お乗りの方は、シートベ――』
(キタァー!!!)
勇人は流行る気持ちを抑えながら、シートベルトを付けた。向かい側の由利もシートベルトを付ける。
「ねぇ、勇人」
「? 何で――!?」
由利の声に問い掛ける勇人の言葉が途切れ、身体がビクッと震えた。
由利の手が、勇人の手を包み込んだからだ。
その手は柔らかくしっとりしていて、少し熱を帯びていた。途端、心臓が狂ったように暴れだした。
「お嬢様、いったいな――」
勇人は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。由利は勇人の顔を覗き込み、静かに微笑んだ。
「覚悟は出来てる?」
「……は――」
そう言おうとした瞬間、突如横から現れたGによって、勇人の意識は一片も残すこと無く刈り取られたのであった。
◇◇◇
「次は何処に連れていってくれるのかな?」
売店で買ったタピオカ入りマンゴージュースのタピオカを舌で転がしながら、由利は上機嫌に横に座っている執事に問いかけた。しかし、件の執事からは何も反応が無い。
「勇人?」
由利がふしぎ目を向けると、そこには椅子に腰掛け項垂れている勇人の姿があった。
「ねぇ勇人!! 聞いてるの?」
「へぇ!? え、あぁ、聞いてましたよちゃんと~」
慌てたようにそう答える勇人を尻目に、由利は口に残るタピオカの余韻を楽しむように頬を膨らませて表情を緩ませていく。
(此処まで全敗かよ……)
今のところ、由利を楽しませたのは一つもない。精々『妖精の蝋燭』ぐらいだ。
『メイプルのお茶会』の途中、白目剥いて泡を吹き出した勇人のおかげでアトラクションは一時中断、由利たちは気絶する勇人を引き摺りながら近くのベンチへと避難した。
それから暫くして勇人が目を覚まして次のアトラクションへ行こうとしたが、まだ万全じゃないから一回休もう、と晴子の提案により、一行は入り口近くのフードコートで休憩をとったのだ。
勇人は手にあるバニラシェイクを啜りながら、左手に目を落とした。そこには『メイプルのお茶会』で由利に掴まれた手の感覚がまだ残っている。
(ここに、お嬢様の手が……)
思い出した瞬間、顔が火だるまのように真っ赤になるのを感じた。
(ってバカか俺は!? 一体何考えてやがんだよォォォォ!!!)
頭をバリバリ掻きむしりながら、雑念を振り払うようにブンブン頭を振り回す。
「勇人?」
「ぴゃああい!!!」
突然後ろから声をかけられ、変な悲鳴を上げながら後ろへ飛んだ。其処には訝しげに首をかしげる由利が立っていた。
その瞬間、由利に手を握られた時の光景がフラッシュバックする。途端、心臓が早金のようにバクバクしだす。
「ホントにだい――」
「大丈夫ですよォォ!! お嬢様ァァァァァ!!」
勇人は由利の言葉を掻き消すように声を張り上げそう叫んだ。由利は心配そうな視線を向け、若干戸惑いつつも、
「終わったらこっちに来てね…」
と言い残し、晴子たちの元へと帰っていった。
一人残された勇人は、今なおバクバク脈を経てている心臓に手を当てて落ち着かせた。
(こんなことは今まで一度も無かったのに……。何で急に?)
勇人は原因を探るべくあのときの思い出す。が、思い浮かべた瞬間、顔が真っ赤に燃え上がった。
正に『限界温度』とはこの事だろう。
「なんなんだよ。全く……」
勇人はそう呟くと、頬を張って気分を入れ換えた。まだ顔が若干赤いままだが、ここにいると更に変な目で視られそうなので、小走りで由利の元へと向かった。
「大丈夫なの? 顔がちょっと赤いけど……」
「問題ないです。それよりも次は何処行きます?」
由利の問いに、勇人はそう苦笑いを浮かべながら地図を取り出し、広げて指を走らせた。
そして、ある場所で指を止めた。
(これならお嬢様を楽しませれる。……色んな意味で)
今までの経験を元に、ある確信が頭を過る。
「次は…………ココですね」
「どこなの?」
いつの間にか側で地図を覗き込んでいた由利が問いかけた
由利に若干驚きつつも、 勇人は小さく笑いを溢した。
「ジェットコースターですよ」
何か主人公にフラグが経ちました(笑)
こんなはずじゃ…




