執事と談義
「不味いはボケェ!!」
差し出された皿を横に投げ捨てながら、孝章が忌々しげに吐き捨てた。
孝章に料理を投げ捨てられた選手はその場で音もなく崩れ落ちた。その後ろからSPの何人かが急いで駆け寄り立たせ、肩を貸しながら会場を後にした。その間、選手の男は忌々しげに孝章を睨み付けていた。
そんなことを気にする様子もなく孝章はまた新しい選手の料理を口に運ぶ。
しかし、料理を審査している孝章の頭の中には、ある一人の執事のことしか無かった。
(もうすぐだぁ……)
不気味な笑みをこぼしながら、孝章は列の中にいる執事を見ていた。
◇◇◇
そして、孝章が待ちに待った瞬間が訪れた。
「どうぞ」
勇人が丁寧な口調で囁いた。
「…………」
「…………」
しかし、反応が無い。孝章と同じように、唐松も目の前に出された料理に目を向けて微動だにしない。
「どうしました?」
「いや……、どうしましたって……」
勇人の問いに、孝章は重い口を動かしながら声を漏らす。
「これは……」
孝章がジト目でそう言うと、目の前にあるものを指差した。
プューーーーッ。
間の抜けた音を出して、孝章の目の前に置かれていたのは炊飯器であった。
「これの何処か料理なんだ?」
孝章はつりあがってしまう口角を無理やりさげながら、一葉笑顔を保って勇人に問いかける。
その言葉に、勇人は涼しい笑顔で言った。
「何処がって……、見たまんまですよ?」
目の前の執事は言った。今自分の前に置かれている炊飯器が、料理であると。
「これの何処が料理じゃあああああ!!! 貴様ぁ、僕を愚弄しているのか!!? こんなもの、ただの炊飯器じゃねぇかぁァァァ!!!」
孝章が盛大にツッコみ、その声が会場中に響き渡る。しかし、勇人は眉一つ動かすことなく涼しい顔で立っている。
「舐めているのか!? 貴様は僕を舐めているのか!? もう一度言う舐めてんのかぁぁああああ!?」
孝章の絶叫に、勇人は口に手を当てて少し考える。
「若干?」
「おーーし決めた!! 今からこいつを八つ裂きにする!! 七つに割って世界中に飛ばしてくれるわァァァァァァァ!!!!」
そんなことを絶叫しながら飛び掛かって来る孝章を、勇人はスルスルと絹のように避けてはからかう様に手をヒラヒラとさせて孝章を挑発する。
そんな勇人の姿に、会場は何故か大盛り上がり。恐らく孝章の生意気すぎる発言にイラついていた会場の空気が一気に爆発したのだろう。スクリーン下のテレビクルー達も、猫のように飛び掛かる孝章と、その猛攻をいとも簡単に避けながら涼しい顔をしている勇人をカメラから外すまいと忙しくレンズを動かしている。
「私からも、一ついいかね……?」
この騒動を終結させたのは、一人椅子に座り続けて沈黙していた唐松であった。
(そうだ唐松!! お前も何か言え!!)
周りのSPに縄でグルグル巻きにされて転がされた孝章が期待の眼差しで唐松を観る。と言うか、一家の跡継ぎに容赦なく縄で縛りあげるSPはどうかとと勇人は心の中で突っ込んだ。そんな次期当主の姿を見つめながら、唐松は勇人に問いかけた。
「先ほど炊飯器から湯気が出ていたが……コンセントは何処にあるのかね?」
「そこじゃねぇだろォォォォォォォォ!!! 何処気にしてんだよ主婦か!? てかお前ツッコミ役だろ何ボケ回ってんの!?」
「充電式ですから必要有りません」
孝章の渾身のツッコミを軽くスルーして、二人の執事は勝手に執事談義を始める。
「そうなんですか……? 最近の電化製品は凄いですね……ちなみにメーカーは?」
「S○NYです」
「いや、微妙に伏せ字になってないから!! Oと〇大して変わらないから!! てか唐松お前そんなフレンドリーなキャラだっけ!? もうちょっと寡黙な奴じゃなかったの!?」
孝章の微妙に見事なツッコミを更にスルーしながら、二人は話を続ける。
「流石S○NY、日本が世界に誇れますね」
「ホントですよ、便利な世の中になったものですね~。最近では吸引力の変わらない掃除機とか、電気消費量が六〇%カットの電球とか出てますからね~……」
「お前いくつだよ……」
「そうですよ。昔は充電式は愚か、電池でさえ珍しかったんですから……」
「いい加減にしろ!! そしてもういいだろ!」
孝章が大声を上げ遮り、執事談義は強制終了。二人の執事はばつの悪そうな顔で孝章を見つめる。
「ちぇ、いいところだったのに……」
「少しは空気を読んでほしいものです……」
「唐松!! お前どっちの味方だ!!!」
「同業者です」
「主だろ!!!! 其処はいやでも主って言えよ!!!」
若干涙目になってきている孝章を見て、唐松は両手を上げて降参のポーズをとる。その姿に軽くイラッときた孝章は八つ当たり気味に勇人を睨みつける。
「と、ともかく!! これの何拠が料理なんだ!!! ただの炊飯器じゃねェか!!!」
「それさっき言いましたよ? ボキャブラリー少ないんですか?」
「うっさい黙れ!!! ボキャブラリーが少ないのは作者のせいだ!!!」
孝章は炊飯器をバシバシ叩きながらそう吐き捨てると、少し口角を釣り上げてに皮肉な笑いを浮かべる。
「あれか? 炊きたてのご飯に溶いた卵をかけて食す卵かけご飯でもするのか!?」
「えっ!? 何で分かったんですか!?」
「シバくぞお前!! よく持ってこれたなァ!!?」
「まぁお遊びはこのくらいにして……」
「殴って良い? あいつ、一回殴って良い?」
「落ち着いて下さい」
孝章のワナワナ震える拳を抑えながら唐松が他人事のように静かに言った。
「取り敢えず、気を取り直して料理を見せてください」
お前のせいでもあるんだよォ!! と飛びかかってくる孝章をテキトーにあしらいながら唐松は勇人を促す。勇人は小さく笑みを浮かべながら、炊飯器の蓋に手をかける。
「では……どうぞ」
勇人の言葉と共に炊飯器の蓋が開けられ、もうもうと上る白い湯気があふれ出てきた。
「これは……」
孝章が怪訝な顔で呟きながら、炊飯器の中身に目を落とした。
炊飯器の中には、焦げ茶色のなんかモッサリしている物体Xがあった。見た感じ米ではない。炊飯器はご飯を炊くための器具だからご飯が出て来ると思っていた孝章の予想をこの執事は真っ向から裏切る形となった。
勇人は躊躇することなくその物体Xを釜から取り出し、孝章の目の前に置いた。物体Xを目の前にして、孝章は初めて気付いた。
「パン……?」
目の前に置かれた物体Xは、いいこげ茶色に焼きあがったパンであった。そうわかった矢先、香ばしい香りが孝章の鼻を心地よく擽った。
孝章の言葉に、勇人が小さく微笑んだ。しかし、孝章はさらに顔を歪ませて勇人に問いかける。
「でも、今回は『卵料理』がテーマだったはずじゃ……?」
「パンにも卵は使われてますよ」
勇人の言葉に孝章は若干顔を引き攣らせ、見えないところで拳を固く結んだ。無論、また変なことをほざく勇人に殴りかかるためだ。
「……それだけか?」
「もちろん冗談です」
勇人が笑顔で言うと、孝章は怒りを通り越してあきれてきた。小さく笑みを溢し、握りしめた拳を解いた。その姿に孝章の横に座っていた唐松も小さく笑みを溢し、目の前のパンに手を伸ばした。
「では……」
唐松がそういうと、孝章も慌ててパンに掴みかかった。
(硬い……? いや柔らかい……)
それがパンに触れた感想であった。表面は少し硬く、力を加えると簡単に指がパンに沈んでいく。まるでパイ生地に包まれたスポンジケーキを指で触っているようである。千切ろうとするとパリパリッと音を出して二つに避け始める。
「!?」
孝章の顔が強ばる。
(中に……何か入っている……?)
そう気付いたが、取り敢えずそのまま二つに裂いていく。パリッとした音と共に、パンが二つに避けた所で孝章の疑問が更に深くなる。
「何だこれは……」
金色に輝く塊と、その周りにこれもまた金色に輝く半熟のタマゴがびっしりと詰められた。卵によって固められたふわふわの層は、指で押さえるとその隙間から肉汁みたいな汁がだくだくと流れてくる。所々見える金色の塊は、卵にまかれた何か肉だろうか?
勇人が小さく笑い「食べてみてください」と促す。恐る恐る口に運んだ。
口の中一杯にタマゴが溶けるように広がる。静かに噛み締めると塊が柔らかく歯を押し上げ、プチッと音を立て切れていく。その断面からだし汁と肉の脂が滲み出て来てパンに染み込み、パンが溶けるように消えていく。
「これは……鶏肉か!」
肉の脂の味で鶏肉だと分かった。しかもたっぷりのだし汁を吸って、驚くほど柔らかくなった鶏肉が口の中でジワリと旨味を引き出している。そして噛む毎にシャキシャキとした食感と塵割と伝わってくる優しい甘みは……。
「玉ねぎと……三つ葉ですね?」
唐松が冷静に言った。
「そうです、名付けて……」
勇人の言葉に会場中が静まり返る。
「親子パンです!!!」
勇人の言葉に、会場中が一旦静まり返る。恐らく会場中の人全員が? マークを浮かべているだろう。
「なるほど……」と、 一人納得したように唐松が声を漏らす。
「改めて考えると、タマゴ、鶏肉、玉ねぎ、三つ葉……全て親子丼の材料ですね」
あっ、と孝章が声を漏らす。
「差し詰め、それをパンにした……って所ですかね?」
「全くその通りです」
唐松の的確な分析に勇人は力強く頷いてみせる。
「で、でも!!」
横から怒鳴るような声が聞こえ、誰かが食いかかる様に勇人に言った。
「いくら炊飯器って言っても釜の中でパンにだし汁が染みだして形を保てないはず!! それに大体炊飯器でパンなんか焼けるはずが……」
何者かがそう罵ってくるのだが、勇人は冷静に問いかけた。
「その前に、貴方誰ですか?」
勇人がそのように聞いた理由は、大声を出してきた何者かの顔にはとても大きいパネルみたいなものが付いていて、その上に『モブA』と書かれたいたからだ。
「俺はモブAだ!」
モブAは至極当然のようにそう言い放つ。
「……引き立て役ですか?」
「そういうこと言うな!!! 作者がなんかノリで付け足したキャラなんだから!!!」
「自分で暴露しちゃってるじゃないですか……」
取りあえず、引き立て役はそのままにしておいて続ける。
「米粉ですよ」
「米粉?」
何故かモブAの顔、と言うより文字がくすんだ色になったが、気にしないことにする。
「米粉は文字通り、白米を轢いて作られたもの 。小麦粉で作る生地より弾力に優れ、繊維が細かい分中のものが染みだしにくいという特徴があります」
「更に、小麦粉より発酵時間が短く、時にはドライイーストを入れて焼いても失敗することが少ない」
勇人と説明に付け加えるように唐松が言った。
「そして、一番の特徴が…………炊飯器で焼ける事です」
「!?」
勇人の言葉にモブA、Bが過敏に反応した。変なのが増えていることに敢えてツッコまないことにした。
「この特徴が、今回の件の最大のポイントです」
勇人がニコリと笑顔で続ける。
「炊飯器は全方向から均等に熱が入るので、ムラなくパンを焼きあげることもできます。そして、発酵がいらない米粉を使えば家庭でも簡単にパンが作れるんです」
「……でも!! いくら染みだしにくいって言っても、液状のだし汁なんか染みだしてしまうだろうが!!!」
モブAが負けじと言い張る。
「確かに、いくら米粉のパンでも液状のだし汁なんか染みだしてしまうのは必然」
勇人がため息混じりに言うと、モブAの顔、もとい文字の色が明るくなっていく。
「だ、だったら……」
「ただし……」
モブBの言葉を掻き消すように、勇人が小さく呟いた。
「それが液状なら……ね?」
「!? まさか…」
勇人の言葉にモブAはあることに気付いた。先ほど、卵で形成されていたそうからたっぷりのだし汁があふれ出している様を……。つまり……。
「タマゴをだし汁で溶いてあるんですよ」
「!?」
勇人の言葉に、モブたちの顔(文字)が更に強ばる。
「なるほど。それならタマゴが繋ぎになり、染みだす心配もない」
唐松が納得したように静かに言った。
「ホントは片栗粉で餡掛けみたいにしようと思ったんですけど、中だと余り絡まないなと思って……」
勇人が苦笑混じりに答える。
「で、でも、判定は!?」
モブたちが最後の希望 (?)とでもいうように孝章を見つめる。勇人も孝章が目を閉じて静かに座っている姿を見つめる。その表情は、何故か悔しそうで、なおかつ嬉しそうでもあった。
そのまま二、三分が過ぎた後、ぴくっ、と孝章の口が動いた。
「孝章様……?」
唐松が静かに言うと、孝章はゆっくり目を開けた。そして会場中を見つめてマイクを手に取り、息を大きく吸った。




