ハロウィンの童話
十月三十一日の夜、坂の上の小さな家で、さちよおばあさんは明かりもつけずに台所の椅子に座っていました。
玄関に、お菓子のかごはありません。
去年までは、夫の悠斗がかごいっぱいに用意していたのです。
悠斗は、とにかくいたずらの好きな人でした。
砂糖つぼに塩を入れたり、スリッパを冷凍庫に隠したり。
そのたびにさちよが、
「もう、悠斗さんったら!」
と怒ると、悠斗はうれしそうに、右の耳たぶをつまんで笑うのでした。
その悠斗が、去年の今夜、息を引き取りました。
亡くなる前の晩、悠斗は言いました。
「来年のハロウィンには、化けて出てやる。お菓子を用意しとけよ。でないと、いたずらするぞ」
「バカなことを」
と、さちよは泣き笑いしました。
だから今年、さちよは何も用意しなかったのです。
本当に来るはずがないし、待って、来なくて、もう一度さみしくなるのが、こわかったから。
――コン、コン。
窓をたたく音がしました。
のぞくと、白いシーツをすっぽりかぶった、小さなおばけが立っています。
目の穴が、左右でずれていました。
「お、お菓子くれなきゃ、いたずら、するぞ……っ」
声が、ぷるぷる震えています。
「ごめんねえ。お菓子は、ないんだよ」
「じゃ、じゃあ……いたずら、します!」
おばけは台所に飛びこむと、砂糖つぼに塩を入れました。
それから、さちよのスリッパを冷凍庫へ。
やり終えて、ぜえぜえと肩で息をしています。
さちよの手が、止まりました。
「……だれに、習ったの」
「だれにも。でも、やり方、なぜか知ってたんです。それに、この家だけ、遠くからずっと、あったかそうに見えて」
「お名前は?」
「ちくわ、です」
「ちくわ?」
「おばけの世界では、生まれて最初に言った言葉が、名前になるんです。ぼく、ちょうど一年前に生まれて、最初に言ったのが『ちくわ』で。みんな首をかしげてました」
困ったように、シーツの右側がもぞもぞ動いて、ちょこんと、つままれました。
ちょうど、耳たぶのあたりを。
さちよは、息をのみました。
悠斗の最期の言葉は、遺言でもなんでもなく、
「ああ……さちよのおでんの、ちくわが食いたいなあ」
だったのです。
さちよは、笑いました。
笑って、笑って、そのうち笑っているのか泣いているのか、わからなくなりました。
「ちくわちゃん。お菓子はないけど、おでんならあるよ。ちくわが、いっとうおいしいやつ」
湯気の向こうで、ちくわはふうふう冷まして、ひと口かじりました。
「……ぼく、これ、知ってる気がします。食べたこと、ないのに。なんでだろう」
「そう」
さちよは、それしか言いませんでした。
言わなくていい、と思ったのです。
この子は今夜、ただ、おなかいっぱいになればいいのですから。
帰りぎわ、ちくわは玄関で振り返りました。
「ぼくの、いたずら、へたでしたよね」
「ううん」
さちよは首を振りました。
「あの人に、そっくりだったよ」
「あの人?」
「いいの。来年もおいで。お菓子は、ちくわにしておくから」
ちくわの目の穴が、ぱあっと笑った気がしました。
小さな白い背中は、坂の下の暗がりへ、とことこ消えていきました。
来年、ちくわは二さいになります。
おでんは三日前から仕込もう、とさちよは思いました。
それから冷凍庫を開けて、すっかり冷えきったスリッパを取り出し、そっと足を入れました。
冷たくて、でも、たまらなく温かかったったのです。




