兄と友と
「よし。……左から角煮軍艦、チーズナッツ軍艦、サルサソースポテチマヨ軍艦。下段の握りは……」
時刻は正午。場所は及川宅。
僕はドヤ顔の及川から寿司の説明を受けていた。
家に着くなり茶を出され、待つ事十数分。出て来たのは寿司だった。予想外でもなんでもないが。
「……話があるんじゃなかったのか?」
「呼び出したのはこちらの方だ。もてなさなくては失礼だろう? それに今日は親睦を深めようと思っただけだ」
おもてなしにしてはえらく挑戦的な料理だが……。角煮はともかくサルサソースポテチマヨ軍艦ってなんだよ。
まあホストから出されたものだ。臆せず食べてみよう。
「……意外とうまいな」
サクサクとした食感が楽しい。トルティーヤチップスみたいだ。酸っぱ辛いソースも酢飯と合っている。添えられたマヨネーズのコクが癖になるな。ちとジャンキーだが。
「だろう? 最近YouTubeで創作寿司を勉強中なんだ。最初こそ眉を顰めそうになったが、よく見てみるとどれも真剣に作られていた。……彼女には色々と気付かされたよ。伝統は守るべきだが固執する物ではないとね」
その彼女には心当たりしかないが。……こいつ知ってて言ってるのか?
まあ僕から話す事でもない。腹も減ってるし頂くとしよう。
「思っていたより柔軟だな。あんたはもっと格式ばった奴かと思ってたけど」
「私の店は海外にあるんだ。店が客を選んでいる様だとすぐに埋もれてしまうからな。当然向こうのニーズに合わせたネタも多く作っている。寿司も国際化の時代なのさ」
なるほど。マンションや高級車の資金源はそこからか。中々稼いでいる様だな。
「奇抜なのは私服のセンスだけじゃなかったわけだ」
「……斑目君には言われたくないな。なんだその格好は? 全身アクセサリー塗れで一昔前のチンピラの様だ。寿司に失礼だとは思わないのか?」
「……お前がどこまで本気なのか分からないんだが。だが互いのファッションセンスを弄るのは辞めておこう。悪かったよ、今日のドラゴンシャツもよく見たらイカしてる」
「……そうだろう。うちの店のスタッフにも好評だったからな」
そりゃあ文化が違うしな。
薄っぺらい世辞を聞き、及川も誇らしげに笑っている。
まあ格好については俺も突っ込まれたくはない。無駄に争う必要はないな。
「ご馳走様でした。予想外のネタだったがこういうのも悪くない」
「自己紹介みたいな物だよ。私という人間を知ってもらう為のな。君は弟の友達だ。個人的にも仲良くやって行きたいからね」
「……なら信頼してもいいのか? 気を悪くさせるかもしれないが、これは生死が掛かったゲームだ。本当に信じられるのか念を押しておきたい。————俺たちは仲間って事でいいんだな?」
「……ああ、勿論だ」
そうか。なら遠慮なく。
「これから俺が退室するまでの間アプリの使用の一切を禁ずる」
「ッ!?」
突如、目の前の及川の姿が消えた。いや消えたのではない。最初からテーブルの向かいにはいなかったんだ。
振り返ると驚愕の表情を浮かべ俺の背後に立っていた。
仲良くやって行きたいね、俺が言うのもなんだが用心深過ぎる仲間だな。信頼されてないのかと勘違いしてしまいそうだ。
————固有能力【絶対命令権】の使用を確認。耐久値が限界を超過しました。《ゴブリンリーダーの首飾り》が消滅します。
《ゴブリンリーダーの首飾り》の効果は仲間への絶対命令権。出まかせだろうが何だろうが、口頭で認めてしまえば効果の対象内だ。
「…………やられたな。そのダサい銀細工はアイテムを隠す為の偽装だったのか。ただファッションセンスが残念なだけかと思っていた」
「は? シルバーアクセは格好いいだろうが。……まあいい。状況は分かっているな?」
「私の命は君の掌の上という事なら理解した」
及川が向かいの席に片膝を立てて座る。武器を隠している様子はない。
正直安心だ。拳銃を持っているようだと穏便に話し合いが出来ないからな。
しかし命を握られているというのに、えらく落ち着いた様子だ。
本当に寿司職人なのかこいつは?
「それで? 私に一体何を求めているんだ?」
「いくつか聞きたい事がある……お前、俺を餌に龍司を誘い出そうとしたな?」
「…………なるほど」
及川はポケットから小瓶を出すと、それを胸にあて目を瞑った。
「……及川一郎は斑目刃に対し、その発言の一切に虚偽を混ぜない事を誓う」
そう言って小瓶を俺に投げ渡す及川。
ステュクスの小瓶か。潔すぎて拍子抜けする。
しかしこれで目的が果たせるな。
「……今ので何か気付かないか?」
「何をだ?」
「案外抜けてるんだな。……こういう事だよ」
及川がポケットから小さな枝を取り出した。
そうかアイテムか————!?
「しまっ!?」
「——ミストルティン形成」
及川の言葉に呼応し枝葉は一本の矢となった。
……まずい! アイテムの効果がわからない! 取り敢えずプロトコルを————
「……なんてな」
「は?」
及川は矢を背後に投げ捨てた。矢はフローリングを跳ね、元の枝に戻った。
「パフォーマンスだよ。それとも誠意と言うべきかな? 君と争うつもりはないんだ」
「……認識操作で背後を取りつつアイテムを忍ばせておいていたのにか?」
「これは手厳しい。リスク管理は性分なんだ、許してくれ。私の言葉に嘘がないのは分かるだろう?」
それはそうだろう。ステュクスの水に誓っているからな。もっともこの契約内容だと黙秘する事は出来てしまうが。……まあ元々無理に秘密を暴くつもりもない。聞きたい事は主に二つだけだ。
「……ならその調子でさっきの質問に答えて貰おうか? 茉莉花に俺を殺させるつもりだったのか?」
「答えはイエスだ」
即答だった。そしてなんて事のない様に及川が続ける。
「龍司と連絡は取れないがメッセージを送る事は出来る。仲の良い君がプレイヤーに殺されたと知ったら戻ってくるかもしれないと思って試してみた」
「……茉莉花を狙っていたプレイヤーというのはお前だな?」
「それもイエスだ。最初は龍司と同じ学校のプレイヤーという事で監視をしていたんだ。そうしていたら君に強い好意を抱いている事に気付いた。弱らせれば君を巻き込むのではと思ったのさ。あの魔女も一皮剥けば年頃の少女だったからな」
まるでテストの解答説明の様に淡々と説明する及川。
蘭華は茉莉花が正体不明のプレイヤーに襲われていたと話していた。こいつの認識操作なら姿を隠しながら攻撃する事など容易い。
そもそも茉莉花との戦いだって見ていた様だからな。いかにもな感じで助けられたが、そう都合良く出くわすものか。
「……掲示板に俺の情報を流したのもあんたなんじゃないか? 俺が狙われやすい状況を作りたかったんだろ?」
「凄いな。全部正解だ。……やはり君はもっと勉学に励んだ方が良い。その頭が勿体無い」
ほっとけ。だが色々分かってスッキリした。
及川の事は最初から怪しんでいたが、確証はなかったからな。下手に突いたらどう出るかも分からなかったし。
……これで聞きたい事はあと一つだ。
「じゃあ最後の質問だ。何の為にそんな事をしたんだ?」
「……弟に、龍司に再び会う為」
……そこに偽りはないんだな。……まあ、ならいいか。
「——分かった。ここまでにしよう」
そう言って僕はステュクスの小瓶を投げ返す。それを受け取ると及川は僅かに目を見開いた。
「……いいのか?」
「ああ、おかげで面白い体験が出来たからな。元々気にしちゃいない。茉莉花については…………殺した僕が何かを想う資格はないだろ」
「……それこそ私には何の資格もないがな。だが聞きたい事とはこれだけなのか? 私は君を殺そうとしたんだぞ? それで終わりにしてもいいのか?」
及川はなんというか必死だ。糾弾される事を求めているようにも見える。
悪辣な手段の理由は、龍司の為になりふり構ってられなかっただけか。だとしてもお前は相当ヤバい頭をしているが。
……及川が茉莉花を襲撃していた事は蘭華達には言わない方がいいだろう。ややこしい事になりそうだ。
「お前が本当に龍司を捜しているという証拠もない。そもそも本当の兄かどうかも怪しいしな。正直気持ち悪かった。それがハッキリしたからそれでいい」
「……心外だな。弟への愛を疑われたのは初めてだ」
むしろ真実だと知れてより気持ち悪くなったがな。
こいつのブラコンは度が過ぎている。全く理解が出来ない。
だが自分が同じ立場ならと考えてしまう。これも甘さか……。
「龍司に会いたい気持ちは僕も同じだ。喜んで餌にでもなってやるさ。……だからまあ、よろしく頼む」
「……君は龍司の言っていた通りの人間だな」
差し出した手を及川が掴んだ。これからもこいつは龍司の為なら何でもするだろう。無茶し過ぎない様に抑えてやらないといけない。
あの馬鹿が戻ってきた時に気まずくなられても困るからな。
「……あ、やっぱ最後に一つ。YouTubeの創作寿司作ってた人って誰だ?」
「寿司天使のカシスんさんだが? 彼女は凄いぞ。ネタ切りも握りも手付きに澱みがないんだ」
あーやっぱそう。




