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第9話 緊急パジャマパーティ

 その日、金曜日の夜のこと。


 七海(ななみ)の暮らすアパートの固定電話が鳴った。


 アパートには、七海の母親もいた。夜勤の多い七海母が、この時間に、珍しい。


 七海母が、テーブルにお惣菜(そうざい)を並べている。七海は料理の手を止め、タオルで手を拭いて、受話器を取った。


七海「はい、藤咲(ふじさき)です」


夢咲『七海ー! 生きてる!?』


美月『生きてるよね? ねえ、七海の家に泊まり行きたいんだけど?』


 七海は、視線を母に向けた。


七海「えっと……」


美月『今日の御影(みかげ)とのやりとり、事情聴取が必要と判断します』


夢咲『話、聞かせろ。いますぐ聞きたい。泊まりで!』


 七海は、小さく息をのむ。


七海「うち、(せま)いから、泊まれないよ。お風呂もないし」


七海母「ちょっと七海、何? あなた、友だちいたの?」


 七海は、受話器の口を手でふさぎながら、照れくさそうに(うなず)く。


七海母「今週末は夜勤だから、私、家にいないし。友だち、泊まれるよ」


 七海は、受話器に戻る。


七海「泊まれる……みたいです」


夢咲『確定! 土曜泊、日曜朝解散で!』


美月『差し入れと、作戦会議の資料、持っていきます』


七海「資料って……」


 七海が、受話器を置く。母はニヤリと笑って


七海母「七海、よかったね。あなた、パジャマパーティなんて、初めてでしょ?」


 七海は照れ隠し。テーブルに乗せられたお惣菜の位置を、その必要もないのに、置き換えた。



 土曜日。


 午後の陽が傾きかけたころ、階段を上がる2人分の足音がする。夢咲(ゆめか)は大きなトート、美月(みつき)は大きめのリュック。


 チャイムが鳴る前から、七海(ななみ)の妹、美香は玄関でずっと待機していた。


 チャイム。


美香「ようこそー! ねえねのお友だち!」


 弾き出されるように、美香が玄関から飛び出してきた。


夢咲・美月「はじめまして! 超かわいー!」


 美香は、しゃがんでくれた夢咲と美月、ふたりの首に抱きつく。


 六畳の部屋に、ビニールのガサゴソと、笑い声が流れ込む。


 しばらくして。


 美月の手書きのメモが、テーブルに置かれた。「議題1. 知りたい発言の意味 議題2. 七海の安全保障問題 議題3. 恋バナ(アップデート)」


 夢咲と美月と入れ替わりで、七海母は、これから夜勤に向かうところ。


 七海母は、髪をまとめ、ナチュラルメイクをしている。七海母は、七海と同じ骨格。そして驚くほど顔が整っている。


七海母「みんな、あと、よろしくね!」


 夢咲と美月は、おもわず姿勢を正す。ふたりは同時に、うっすらと青ざめた。


美月「ここ、一家まるごと、安全保障、必要。ストーカー対策、強化案件だね」


夢咲「わかる。お母さんも美香ちゃんも、七海に負けてない」


 靴を履きながら、七海母は苦笑してうなずく。


七海母「それ、冗談じゃなくて。ほんと、あるのよ。だから近藤さんが、よく見回ってくれてるの」


美月「近藤さん?」


七海母「近くの交番にいる、巡査さん。七海は男の人が苦手だから、近藤さんにも最初は固まってたけど。今は、だいぶ慣れたみたい」


七海「近藤さん、靴音だけで、わかる」


夢咲「あんた、そんな特殊能力を鍛えないと、普通でいられないんだ。超絶美女に生まれるのも、問題なんだな」


七海母「じゃ、行ってくるね。あとでみんなで、銭湯行ってきなさい。女湯が混まない時間、19時半くらいからだからね」


 ドアが閉まり、静けさが一瞬だけ広がる。そうした静けさを壊すのは、いつも夢咲。


夢咲「議題3 から行こう。恋バナ、アップデート!」


美月「順番、逆じゃない? それ、パジャマ着てからでしょ?」


夢咲「ウォーミングアップだって。じゃ、わたしから。今カレは、いない。好きな人は、いる。以上」


美月「夢咲(ゆめか)、結構モテるんだよね。過去カレは、まあまあいたし」


夢咲「うん。色々、反省することがある。成長したと思うし、恋愛偏差値なら、高いぞ」


七海「全然、知らなかった。美月(みつき)は?」


美月「私は、継続中。中学から。鈴木 カイオ 勇太っていうの。北高の、1年D組にいる。バスケ部。マジでかい。195cmとか、ある。で、まだ身長伸びてるんだって」


 そういうと、美月は七海にスマホの画面を見せた。カイオ。巨大な体格と名前のインパクト。日本人離れした顔立ち。


美月「カイオのおじいちゃん、ブラジル出身なの。法的にはミドルネームではないらしいけど、親族内では、カイオで通してるって。本人も、カイオって呼ばれるほうが、好きみたい」


美香「カイオ、やさしい?」


美月「やさしいよ。男子には珍しく、話を最後まで聞いてくれる。私から(こく)ったの」


夢咲「さて、ウォーム完了。議題1、行こうか」


 美香も含めて、生暖(なまあたた)かい3つの視線が、七海に集まる。


 七海は、あの日、御影に返せなかった論文を、(ひざ)に置いた。


 論文の表紙に貼られた付箋(ふせん)、『おせっかい、嬉しかった』は昨日のまま。


 呼吸を整え、言葉を探し、すべて正直に話した。論文の内容など、事実を一通り話したあと、


七海「自分のことなのに、わからないの。男性がこわいのは、変わってない。死んだお父さん以外の男性、近藤さんでも、こわい。でも、御影(みかげ)くんのことは……」


——知りたい


夢咲「うん」


美月「うん」


 夢咲と美月は、七海の父親が亡くなっていることを、このとき初めて知った。その動揺を、完璧に隠せるふたり。


七海「御影くんのこと、知りたいのは、ほんとう」


 沈黙。結論は、必要ない。


夢咲「ちと早いけど……銭湯、行こっか」


 夢咲(ゆめか)が立ち上がった。加えて


夢咲「湯気の中のほうが、話しやすい。湯気の効果は、実在する」


美月「湯気の効果って……あんた、ぜったい、いい加減なこと言ってるでしょ?」


 みんなが笑う。



 銭湯は、住宅街のはずれにある。古いネオン看板。番台には、笑顔の可愛いおばあさんがいる。美香も含めた4人で、女湯ののれんをくぐる。木のロッカー、()びたカラン、ケロリンの(おけ)


 鏡越しに並ぶ顔は、それぞれに違った不安と期待をみせている。


 湯に浸かり、夢咲が天井を見上げた。


夢咲「七海、いい? 御影(みかげ)について、一つだけ、はっきりしていることがある」


七海「うん」


夢咲「論文の内容はさ、男性は『魅力的な女性』を『モノ』みたいに所有したいってことだよな?」


七海「うん。そう」


美月「おお、夢咲(ゆめか)、頭いい!」


七海「なに? 私、わからない」


美月「その論文を七海にオススメした御影はさ、七海のこと『魅力的な女性』だと認めてるってこと」


夢咲「深読みすれば……御影=男。男=魅力的な女性を所有したい。つまり、御影=七海が欲しい、と」


美月「A=B、B=Cであるならば、A=Cであると。やばすぎ、完璧な推理。()えてる、夢咲!」


 七海(ななみ)はしばらく目をパチパチさせ、それからリンゴみたいに全身を真っ赤にした。


 銭湯だから、まったく隠せない。幼い妹の美香は、初めてみる姉の姿に、動揺している。


夢咲「論文はさ、男性は魅力的な女性を『モノ』として所有したい『事実』を述べてるだけっしょ? その『事実』が良いか悪いかなんてさ、そんなの、それぞれじゃん」


美月「そりゃさ、モノとして『だけ』扱われるのは、みんな嫌だよ。でもさ、モノとして『も』大事にしたいっていうなら、それは嬉しいでしょ?」


夢咲「七海、あんたはどうなの? 『御影のモノ』になるのは、嫌なわけ?」


七海「……嬉しいかも」


夢咲・美月(おい、こいつ、どんだけカワイイんだよ!)


 風呂上がりの脱衣所で、3人は各々(おのおの)の髪を()いている。美香はコーヒー牛乳を両手で持って、満足げだ。


 自販機の淡い光に寄せられて、小さな羽虫が数匹、飛んでいる。


 羽虫なんて気にもしない4人……ではなく、美月だけが……。それが他の3人にバレないよう、必死で羽虫を避ける美月。避けながら、


美月「御影はさ、チャラ男にからまれる七海のことを考えた」


夢咲「どうして七海が、多くの男から嫌な思いをさせられるのか、知りたくなった」


美月「それは、『七海が魅力的だから』と仮説を立てた」


 七海がまた赤くなる。キュンとなる夢咲(ゆめか)美月(みつき)


夢咲「御影は、その仮説を裏付けるような論文を『必死に』探して、みつけた」


美月「論文をプリントアウトして『わざわざ』キザな付箋までつけて……」


夢咲「クラスに誰もいないときを見計(みはか)らって……誰かにみられるんじゃないかと、ドキドキしながら……」


美月「『論文という名のラブレター』を、そっと七海の机の中に……忍ばせたー!」


夢咲「忍ばせたー!!」


美香「しのばせたー!!!」


七海「やめて! 美香まで! 耐えられない!」


 両手で顔を隠す七海。身体を(おお)っていた大きめのバスタオルが落ちる。七海、全身、真っ赤。また、美香が激しく動揺する。


夢咲「ちゃんと読んでくれるかな? 俺、キモくないかな? 喜んでくれるかな? とか、ウジウジした」


七海「御影くんは、ウジウジしないっ!」



 帰り道。街灯を背にした4人の影が斜めにのびる。


 ふたりの推理を聞いた七海(ななみ)は、御影のことを想像し、ほんとうは「ホカホカした気持ち」でいる。が、七海は、それを顔に出さない。バレたくない。


美月「残る問題は、さっきの推理がどこまで正しいか。御影の『ほんとうの気持ち』を確認すること」


夢咲「御影も、七海と同じで、天然っぽいからなー。本人、気づいてないかも」


美月「うちらの誰も、御影と、まだ仲良くない。接触、増やして、情報集めないと……って、そうだ、カイオ、当ててみるか」


夢咲「何すんの? 七海(ななみ)のこと、話す?」


美月「いや、自然な導線がいい。御影、背、でかいじゃん。動きみてっと、運動神経もありそう。だから、カイオに、御影のこと、バスケ部に勧誘させるの、どう?」


 御影がバスケに興味なくても、それで接点は作れる。


美月「カイオは人をみるのがうまいし。御影の性格とか、人間関係とか、距離の取りかたとかを探る。できれば、北高に転校してきた理由も」



 夜。狭いアパートの部屋。


 小さな部屋に、布団が3枚。3枚の布団に、美香を含めた4人で寝る。


 窓の外。この角度からでも、タワーマンションの明かりがみえる。


——色々な家族の形がある。あの明かりの向こうには、どんな家族がいるんだろう


 七海は枕元の論文に手を伸ばし、表紙の(はし)をそっと(なで)でた。


——論文は「モノ」。でも御影くんは、この「モノ」を通して「モノではない私」に何かを伝えようとしてくれてる


 すべての「モノ」は、ただの「モノ」にすぎないのだろうか。「モノとしてだけ、求められるモノ」など、あるのだろうか。


 なんらかの意味づけをされた「モノ」は、「ほんとう」を身にまとうのではないか。


 美香が寝るまで、しばらく、みんなで無駄話を楽しんだ。


 それから3人は、無言で同じ、小さな天井を見上げている。みんなが、幸福になることを、ほんとうに願いながら。


 布団の中の温度が、静かにそろっていく。

第9話まで、お読みいただきました。本当に、ありがとうございます。嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


一度は「モノ」として扱われることへの嫌悪感を認識した七海でした。しかし、その認識が揺らぎます。こうして、一度固めた自らの認識に疑いの目を向けていくことが、七海の成長の土台となって行きます。


引き続き、よろしくお願い致します。

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