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後日談2(蛇足的な)

口を開かない彼女に苦笑いを向けて、王太子は情けないと笑う。

「結局、私は紙の上でしかものが見えていなかった。愚かだ。……それが、トップに立とうとする者の考え方かと――ようやく、気が付いた」

間違いを認め、学んだ者に今更かと蔑む視線を投げるほどシーラは偉くない。

「それはよかったです」

結局、シーラも彼もまだ若い。知らないことなど山のようにある。


「私の我がままで、君を切り捨ててしまった。親の庇護があるからという意識があって、君たち令嬢の立場を軽く考えていた。――改めて詫びよう」


彼はソファーから降り、膝をつき、頭を下げた。

それは、公式の場では許されない謝罪の方法だ。次期王たる彼がやっていいことではない。

だから、ここだったのかもしれない。

……まあ、別に客間でもいいわけだし、私室に招き入れているのは、ただ単に彼がくつろぎたいだけだろうと思われるが。


「私は、幼いころから偶像にあてはめられてきた。王子はこうあるべきものだ。王太子となれば、これくらいはできなければと。それに反発して、こんなことができるようになった」

言いながら、彼は傍らに置いてあったナプキンを、綺麗にたたみなおして見せた。しかも、それは白鳥のような形をしており、テーブルの上の一つの作品のようになっている。

シーラはいつも、使う側だ。それをたたんで見せようなんて、考えたこともない。

「こんなことができるんだ。王太子じゃない部分だってある。そう見せたかった。けれど、私こそが、偶像をあてはめていたのだな。使用人はこうで、家族はこうで、妻はこういう人間だと、勝手に作り上げて、頭の中では人形と話している気分だった」

シーラがナプキンに手を伸ばすと、思った以上に白鳥はしっかりとしていて、その形のまま持ち上げることができた。

王太子が頭をつまんで軽く振ると、すぐにほどけ、一枚のナプキンになった。


「全て分かったつもりでいた。婚約破棄をあの場でしても、結局、彼女は誰かの言いなりにどこかで生きていくだろうし、自分も変わらず生活をする。何もかも、自分の頭の中では完成していたんだ」


もしも、あの場にいたのがシーラではなかったとしたら。

彼の言うように、泣きながら受け入れて、別の誰かに嫁いでいく令嬢はいるだろう。

言われるがままに教育を受け、言われるがままの道を歩んできた。

自分で選び取っていたつもりだ。

しかし、それは『常識的に』という言葉に導かれていただけなのかもしれない。

シーラは、誰から見ても最高の結婚相手は王太子だと『普通に』そう思っていた。


「すまなかった」


彼は、再度、シーラの目を見ながら謝った。

彼の気持ちは分かりたくなかったけれど、わかる。分かってしまうのだ。

大変だった王妃教育を無駄にされたことについて、やっぱり許せない。

だけど、彼に微笑む余裕はできた。


「話は分かりました。ですから、婚約破棄を――」


「それはまた別の話」


――あぁ?

声までは出なかったけれど、あごを上げて柄の悪い顔になったことは分かった。

我慢できなかった。する気もなかった。

「君と話してから、全てが生きている。周りの人間が人間に見える。君は思っても見ないことを言う。毎日が面白い」

彼は肩を震わせて笑っている。

シーラも肩の力を抜いて、ソファーに背を預けた。

「それはようございました」

今の真面目な話は何だったのか。

結局、シーラをからかう方向に行くのか。


大体、話をするのが面白いと言うのならば……本音を言えば、シーラも同じだ。


彼が何を言いだして自分を丸め込もうとしてくるのか、楽しみにしていた。どう攻めて、懐柔しようとしてくるのか。

そして、シーラは演技をしない自分で返答できる。

絶対に負けないと、高揚していたことは認めよう。

「シーラだってそうだろう?結婚後、演技は必要ない。素の状態で、政治でも経済でも、家の飾りつけのことだって話し合えるんだ。――魅力的だろう?」

にやり笑い、勝利を確信した相手にどう返すのが効果的か。

この掛け合いが面白いと感じてしまうのは、今までこんな相手はいなかったから。

自分の本音を悟らせず、それでも相手の腹を探り合いながら人付き合いをしてきた。


シーラは、高慢にふんと笑って見せる。

「私にとって、それがあなただけではないかもしれませんわ?」

魅力的だと認めたうえで、あなたではなくてもいいと突きつける。

王太子は、さらに嬉しそうに笑う。

この会話が楽しくて仕方がないと言うように。

「そうかな?――この国の未来についての話をしよう。今一番の懸案事項は隣国とのかかわりだ。彼の国の宝石は大変魅力的だが、我が国の鉄を欲しいだけ輸出してもいいものだろうか」

シーラは、思わず口に出しそうになって、取り繕いながらにっこりと微笑んだ。

それに気がついたように王太子は、さらに笑みを深める。

「議会でも話題になるんだよ。賛否両論でね」

しゃべりたい。意見を言いたい。

表情を押し隠して、何を言っているのか分からないと微笑みながら首を傾げる。

うずうずしているのは、表には出ていないはずだ。絶対に。

なのに、彼は分かっているとばかりに笑う。


「実際に動かす立場の私と議論を交わしたくはないか?――な?私が最も魅力的だろう?」


こんな口説き文句、絶対に頷きたくない。

女を馬鹿にしているとしか思えない。

何が『最も魅力的』だ。

だったら、女性を政治に参画させてみろってんだ。

シーラは彼を睨み付けながらも、喜びが湧き上がっているのを感じてしまっていた。


シーラは、あとどれくらい遊べるだろうかと想像する。彼との会話は、ワクワクするような言葉の応酬になるだろう。

国の未来については、とても魅力的だ。工業か、農業か、観光か。この国は、あの町はどこを目指して走っていくのか。

そう、女性が直接意見を言う立場にまで昇れるかもしれない。

彼が、王ならば。


そんな大きな話もいい。

目の前のクッキー。昨日のよりも美味しいか、そうでないか。それは好みの問題で片づけていいのか否か。


彼は、シーラが語る言葉を邪魔しない。

『面白い』と聞いた後、自分の考えを教えてくれる。そうして、議論が生まれる。


「まあ、それだけなら友人でも構わない。実際、君が男性だったら、最高の親友になっていたはずだ」

王太子は立ち上がってシーラの足元に膝をつく。

そっと手を取られて、不覚にもどきっとした。


「あなたの鮮烈な視線が脳裏にこびりついて離れない。あの視線に射抜かれてから、私はあなたを愛している」


「……そうですか」

そっけない声を出した。

だけど、彼はシーラを見上げてくすくすと笑う。


「笑わないでいただけますか。馬鹿にされるのは嫌いなので」


顔が熱い。耳まで熱いような気がする。

彼の瞳が細くなって、見たことのない笑顔を見せる。

シーラの手の甲に唇を押し当て、彼は真面目な顔で言う。


「君が愛おしい。そばに居て欲しい」


彼女が、満足したと笑顔で頷いてくれるまで、彼は愛を囁き続けるのだ。


本当に終わりです!

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