010 勇者、襲来する
真面目な描写は疲れます。
森の枝葉が揺れ動き、激しくざわめいていた。
剣のぶつかり合う衝撃が宙に広がり、ネルル大森林を大きく揺らしている。
その発生元は魔王とひとりの男の衝突であり、その熾烈な戦いを充分に物語っている。
彼等の辺り一帯の木々は吹き飛んでいて、一撃一撃が大気を震わせる。
ひとりの男は愉しげに、ひとりの男は忌々しげに、二人は相反する感情を動力源に、加速を繰り返す。
既にその姿を視認する事は不可能。繰り出される剣戟の火花が無数に散り、常人では近付いた瞬間には吹き飛ばされ、体の中身がシェイクされるだろう。
赤黒い光が尾を引いて宙を舞うと、白刃の輝きがこれを迎撃する。
瞬間、また大地が陥没した。
「ははははははははは!! これ程、これ程とは! 良いぞ! やはり運動は良いものであるな!」
体が程好く温まる感覚に、魔王は凶悪な笑みを深める。
それは争いが始まってから終始、絶やされていない。全力を出し続けても相手が壊れる事なく全てを受けきり、叩き潰したい願望が更に強くなる。
だから彼は笑みを浮かべる。
絶対の支配者に、苦悶は似合わない。
「――――ッチ。どっから引き出してんだよコナクソ!」
吐き捨てる想いで言葉をぶつける。
事実として、最初魔王は圧されていた。
継承した記憶と経験、そして技術。
これ等をそのままトレースする事は問題なかった。だが、所詮は他人のもの。自身で剣を振り、鍛練した訳でもない経験や技術を一日一夜で引き出せる筈もない。
――――普通、なら。
鍛練と実戦では積み上げる経験の質が圧倒的に違う。
命のやり取りの中で、極限なまでに研ぎ澄まされた集中力と学習力は計り知れない。
魔王は戦いの中で、記憶を引き出し、技術を型に嵌める様にトレースし、出来た粗を削り形を整える様に洗練している。
上限知らずの底上げ。
魔王と男の実力差は着実に埋まってきている。
一撃を交わす事に、踏み込み、そして繰り出される大剣の鋭さが増し、気迫が剣に載る。
剣から迸る殺意の波動は確かに男の心臓を締め上げていた。
真に驚くべきは、男の実力である。
魔王の眷属化は、己の限界を一足跳びで引き上げる。
当然、今日であったばかりの男に眷属化などしていない。
つまり、基本スペックは魔王城で性根を腐らせていた頃の魔族とそう変わらないのだ。
叩き上げで精神を練り上げ、体を鍛え抜き、選ばれた肉体を持つ魔王と互角以上に渡り合っている。
直剣が稲妻の如く繰り出され、赤黒い三日月がこれを完全に弾く。いや、掠めた。
漆黒の鎧に赤い線が脈の様に走る禍々しいそれに、一筋の傷が刻まれている。
「ほう?」
目元を笑わせて、感心する。
目に見えない攻防、牽制と駆け引きの極々小さな隙を突かれた。そんな事実よりもまず、魔剣が生み出している鎧に傷を付けた事に感嘆する。
見たところ直剣は魔剣などではなく、名剣と呼ばれる程度のもの。その程度の代物でこの鎧に傷が付けられる筈もなかった。ならば、それは持ち主の技術が生み出した結果に他ならない。
「言うだけの事はある」
ひとり城を飛び出し、ずっと研鑽をしていた成果は称賛に値する。
魔族最強――レイモス。
確かに最強の名は伊達ではない。
魔王は大剣を引いた。レイモスも不思議そうにしながらも止まる。その顔からは尋常ではない汗が吹き出していて、呼吸も肩でする程に荒い。
汗こそ流しているものの、それは少量で滲んだ程度。呼吸も整っていて、なんだか負けた気がするレイモスはひとつ舌打ちをする。
「貴様は鎧に傷を入れた。今回は俺の負けとしよう」
「アァ? ふざけんな。なんだかんだで手ぇ抜いてただろぉが」
「見抜かれていたか」
言葉通り、魔王は手を抜いていた。だが加減はしていない。
攻撃の狙いを腕に定め、致命となる顔や胸、そして機動力の要である下半身には全く意識を向けていなかった。
兵士として迎える以上は、使い物にならなくする訳にはいかなかったのだ
レイモスは直剣を構える。殺意の宿った双眸を魔王へ向けた。
「とっとと構えろ。テメェーが俺を使いてぇってんなら、まずはそのやり方で俺を打倒してみせろや」
気迫の篭った言葉。凡人ならば震え上がるだろうが、我等が魔王様に挑発されて引く考えは無い。
やられたらやり返す精神の持ち主である。
故に、鎧を傷つけられた事を微妙に根に持っていた。
「良いだろう。――――だが」
黒と赤のマントを靡かせ、黒鉄の大剣を両手で構える。
だがその前にと、重心を前方へ傾け、今まさに飛び出さんとしているレイモスに、ニヤリと告げる。
「ここからは三つ巴になるぞ」
空から、一条の流星が降臨する。
土煙をあげ、隕石の様に落下したそれに、レイモスは唖然としたが、光柱の中からまず一歩、歩みでた足に警戒を露にする。
純白の甲冑が姿を見せると、後方の光が弾けて散る。飛び散る光は漏れ無く聖の力を秘めたもので、魔族からは忌避されるものだ。
顔の上半分を悪趣味な意匠が凝らされた仮面で覆い隠しているが、黒い髪はそのまま。口元は一文字に引き結び、聖剣と呼ばれるそれを十字盾から引き抜いた。
騎士然とした様相で、人々は彼をこう呼ぶ。
「さぁ、勇者のお出ましだ」
キャン
「私空気です……」




