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duplices  作者: rakia
66/71

空白の弐

 

 この話……本当は前回の話の前に投下するべきだった話っす……。


 ……短い? 手抜き?

 こ、細けえ事はいいんだよ! ゴールデンウィークだから!

 そう、ゴールデンウィーク……私にはカンケイナインデスケドネー……。

 まあ、短いのは単にあの後の描写について悩んでいたら一週間経っていたっていう……。

 あれですね、頭の中に内容があっても書こうとするとやばい感じになっちゃう感じですね。

 ……ら、来週から頑張る……。


 さて、前回のあらすじを……。まあ、前回も何も無いんですが……。


 


 あらすじ


 

   ∩___∩三 ー_        ∩___∩

   |ノ      三-二     ー二三 ノ      ヽ

  /  (゜)   (゜)三二-  ̄   - 三   (゜)   (゜) |   ハナガサイタヨ ハ ナ ガハ ナガ サイタヨ

  |    ( _●_)  ミ三二 - ー二三    ( _●_)  ミ  

 彡、   |∪|  、` ̄ ̄三- 三  彡、   |∪|  ミ     

/ __  ヽノ   Y ̄) 三 三   (/'    ヽノ_  |

(___) ∩___∩_ノ    ヽ/     (___) 



 それでは、前回とは全く(ではないんですが)繋がっていない話をどうぞ。



 

 いよいよ雨が降り始めてきた。慌しく戸締りをする音が館内に響く。

 曇り空がそのまま降りてきたかのような雨の中を、傘を差した人達が歩いてくる。

 お年寄りの夫婦。女性だけの三人組。いかにも訳ありという感じのする男女のカップル。

 次々に玄関に入ってくるお客様達に頭を下げながら、タオルを差し出す。

 こうして家の手伝いをするようになったのは何時(いつ)からだろう。中学生に上がる前には既に簡単な手伝いぐらいはしていたと思う。その辺りの記憶が曖昧だから何とも言えないのだが。

 自分の部屋に戻っていくお客様達を見送りながら、私は一息吐いた。

 こんな時期外れでも客足が途絶えないのだから、あながちこの旅館も捨てたものではないのかも知れない。両親に言ったら泣いて喜んで、また跡継ぎがどうのこうの言うだろうからあえては言わないけど。

 途中で戻ってきた年配の仲居さんに後を頼まれ、私はうら寂しい受付にある椅子へと腰掛けた。

 学校の体育館の床のような色をしている受付机に突っ伏して、腕を枕にしながらその上で軽く首を回す。特に意味はない。学校でも暇な時はこうしている。癖――ではないだろう。多分。

 そんな事をしている内に頭が腕枕からこてん、と滑り落ちてしまった。


「いたーい……」


 横顔に艶やかな木目の感触を感じながら、私は落ちたままの状態で呟いた。

 本当はそこまで痛くない。何となく言わないと気が済まなかったのだ。

 何だか起き上がる気がしない。このままでもいいか――そう思いながら外へと視線を遣る。

 憂鬱な空。全部が全部灰色に塗れている。どうにも色褪せた景色というのは好きになれない。

 自分まで何時の間にか同じように灰色に染まってしまそうだからだ。

 ただでさえ、小さい頃の記憶がぼやけているのに、これ以上不明瞭にはなりたくないのである。

 

「はぁ……」


 いけない。これ以上考えると気分が滅入りそうだ。

 何か――食べよう。きっと、こんなに鬱々としているのはお腹が空いているせい。

 そう。そうに決まっている。ええと――引き出しに何かお菓子が――。

 受付机の下には三つの引き出しが縦一列に並んでいる。その三段目、特に何も入っていない筈の引き出しを開ける。本来なら、この中には何も入っていないのだが、実は入っている。中には様々な種類のお菓子がこれでもかと詰め込まれているのだ。

 受付当番になった人はこの無数のお菓子群をある程度の節度をもって食べていい事になっている。私も、常日頃勝手に(、、、)お世話になっている仕組み(システム)である。

 色とりどりの箱の中から適当に見繕い、目ぼしいものを引っ張り出す。クッキー。小分けされているチョコレート。甘いものばかりではなく、お煎餅にお湯を入れるとマッシュポテトもどきになるやつ――。

 まぁ、こんな所だろう。食べ過ぎるとお昼が入らなくなってしまう。このままお菓子だけのお昼でもいいのだが、それは少し物足りない感じがする。矢張り食事はきっちり摂らなければ。

 よかった、自分が母親に似て太らない体質で。いやあ、よかったよかった。

 ――ん?

 

「……はっ!?」


 何だ。何か――今――刺刺しい視線を感じたような。

 周辺を見渡す。誰も居ない。お客さんか。いいや、仲居さんの存在すら感じない。

 ううむ、おかしい。確かにこちらを羨むような、憎々しげに見詰めるような気配を感じたのだが。

 視線が飛んで来た方向を改めてみる。何も――。


「…………うわっ!」


 あった。昔馴染みの狐の面が壁に掛かったままこちらを見ている。それはもう恨めしげに。


「おっ……驚かせないでよっ、狐さん!」


 気のせいに決まっている。狐と言えど、お面はお面だ。お面はダイエットをしない。友人のように日々体重計に乗って嘆き、悲しみ、昼休みの度にねちねちと私に愚痴を言ってきたりはしないのだ。

 その筈なのだが――。

 じっくりと見てみると、何故か睨まれているような感じがする。


「…………これは……睨んでますね……」


 ちょっと怖いので、お面を反対にひっくり返して壁に掛けた。

 これで幾分かマシになったと思う。現に先程までの軽い敵意の籠った視線は止んでいる。矢張りこの狐のお面が正体だったか。しかし――祟られる覚えは――あるのか。

 あったのだ。昔はこのお面と一緒に遊びに出ていたが、ある歳を境にめっきりとそうしなくなってしまった。それまではずっとべったりだったから、多少なり恨まれても仕方が無いのかも。

 確か――その当時は『あの子(、、、)』も。

 いや、でも『あの子』と遊ぶ時はお面は持っていなかった気がする。

 いつも『あの子』と遊ぶ時に限って――。

 何でだろう? いつも持ち歩いていたから『あの子』と遊ぶ時持っていても不思議じゃないのに。

 どうしても『あの子』と『狐のお面』の記憶が重複しない。それでいてどちらも傍にあったような。常に一緒に行動していたような。

 まさか――『あの子』の正体が『狐のお面』だったりして。

 『あの子』が私の前から姿を消した時期と同じくして、私は『狐のお面』を持ち歩くのを止めた。それは小学校で友達が出来たから。いつまでも一人遊びばかりしていないで独り立ちしないといけないと思ったからだ。当時は――今でもだけど――引っ込み思案だったから、性格を直すいい機会だと思った。

 そして私は名前の思い出せない友達も、この狐のお面の事も記憶の隅に置き忘れてしまった。

 裏返しになっている『狐のお面』をしげしげと眺める。大きくなった今でも被ってみれば、ぴったりと納まりよく肌に密着しそうな質感である。


「流石に……それは無いよねえ……。……でも……そうだったら……」

 

 仮にそうだったら――私はどんなに酷い事をしてきたんだろうか。

 一緒に遊んでもらうだけもらっておいて、新しい友達が出来たらそちらに目移りしてしまうなんて。

 申し開きのしようがない。何度謝っても謝り切れないぐらいだ。

 そればかりか、眼の前で友達と遊んでいる光景を見せ付けていた事にもなる。


「……ごめんね」


 『狐のお面』が『あの子』に化けていたなんて――そんな事は常識的には有り得ない。だけど、声に出さずにはいられなかった。

 壁からお面を外して、受付へと持っていく。机の上にお面を置いて、再び椅子に座った。

 人形と一緒に食事をする子供のようで、聊か幼稚にも思えるけどたまにはいいだろう。

 そう思いながら、私は一口大のチョコレートが覆い被さったクッキーの箱を開けた。

 箱を開けた瞬間に甘い香りが空気に舞い散った。カカオの香りなのか、砂糖の香りなのか。どちらにせよ、ああ、この匂い。嗅いでいるだけで幸せになれそうだ。

 銀色の内袋を開くと、その幸せな香りは一層濃くなった。

 お腹の虫が辛抱出来ないようなので、私はすかさず下の紙台紙を引き出し、表面が可愛らしい船の絵柄に模られているチョコクッキーを摘み上げ、口に運んだ。


「んー! やっぱりこれですね、これ!」


 さっくりとしたクッキーと甘さ控えめなチョコレートの味が格別だ。

 一口サイズなのも嬉しい。大きいのを頬張るのがいいという人も居るが、あまり大きなものだと口からはみ出してしまうので、私はこちらの方がどちらかと言えば好きだ。

 食べ進んでいるとお茶が欲しくなってきた。普通の緑茶でもいいのだが、矢張りチョコには紅茶が一番よく似合うと思う。所謂雰囲気の問題だ。緑茶にはお団子か大福か羊羹。紅茶にはチョコやクッキー、それにケーキ。これが鉄板である。

 

「よっ……こらせっ。よいしょー」


 私は常々友人から年寄り臭いと言われている掛け声を発しつつ、椅子から立ち上がった。

 立ち上がると、べっとりとした雨に濡れている、広く大きな窓硝子が眼についた。

 すっかり内側の結露と外側の雨に覆われてしまっていて、外の景観が全く見えない。

 そういえば――あの人は。あの廃墟に行ったあの人は大丈夫なのだろうか。土砂降りという訳じゃないけれど、この雨だ、さぞや大変な思いをしているのではないか。いいや、多分困っているに違いない。

 傘を持っていってあげよう。うん、それがいい。大事なお客様に風邪を引かれるなんて、客商売の風上にも置けない。

 そう思い、私が立ち上がった時だった。


 ――ざあ。


 湿った、潮のような音が聞こえる。


 ――ざあ。


 ああ、これは雨の音。


 ――ざあ。

 

 蒼く暗い雨の音だ。

 

 唐突に正面の扉が静かに開いた。音も無く一体の人影がぬるり、と玄関に入って来た。

 音を遮断していた扉が開いたせいで、雨音が急に強まっていく。だが、それも直ぐに止んだ。

 やけに静かだ。さっきまでと――。

 いや――どうしてだろう。何かおかしな感じがする。

 不鮮明な雨の幕に視線を遣ると、赤い怒った鬼のような顔がぼう、と浮き上がって見えた。

 

「あ――……。大丈夫でしたか……? 傘……持って行こうと思ったんですけど……」 

 

 人影――あの廃墟へと向かった人だ。私が迎えに行くまでもなく戻ってきたのである。

 その人は、『お気遣いなく』と言い、けらけらとくぐもった声で哂った。

 何となくその哂い声が嫌な感じはしたが、単に雨の放っている陰湿な雰囲気の影響でそう感じるだけなのだと思い直し、笑い返した。するとその人は更に哂った。

 何処から見つけてきたのか、古臭いお面なんて被って。意外とユーモアがある人らしい。

 幸いこの旅館では一度も無いが、一人身での旅行というのは自殺を目的として訪れる場合が多いそうだ。必ずしもそういう訳ではないのだが、多い事には多いと聞いた。

 そんな理由もあって、内心かなり心配していたのだ。だって、最初に此処に来た時には思い詰めたような――本当に自殺してしまいそうな程の暗い表情だったから。勿論好奇心も無かった訳ではない。あの廃墟に何をしに行くのか多少なりとも気になっていたのは事実だ。

 何はともあれ、無事でよかった。雨の日はどうしたものか、事故も多発するから、早々に帰って来てもらった方がこちらとしてもありがたい。

 私はちょっと待ってて下さい、と声を掛け、予め準備して置いたハンドタオルを引っ張り出した。

 どの季節でも雨風は身体に応える。些細なきっかけで人は病気になりがちだから、用心に越した事は無いのである。

 

「はい、タオル。ちゃんと拭いて下さいね。じゃないと風邪引いちゃいますよ? そうそう、当旅館は温泉が自慢なんです。身体が冷えるといけないですから、どうぞゆっくりお浸かりになられては? ああ、勿論お面は外して下さいよ? そんなお面を付けていたら皆、吃驚しますから」


 タオルを差し出しながらやんわりと勧めてみた。今頃は室内でやる事が無くなったお客様達で大浴場が混雑しているであろう。雨の日に独りで部屋に籠り切るのは寂しいものだ。それに、この人も他人と一緒にいた方が安心すると思う。

 しかし、その人は『いいえ、いいんです』と言い、差し出したタオルを受け取らなかった。そればかりか、宿泊を『キャンセルしたい』と言う。幸いお夕食の準備はまだだったから、然して問題は無かったのだが、この雨の中を帰すのはどうにも良心が咎める。

 とりあえず、と、運んでいた荷物を取りに行き、それから玄関に戻った。


「お帰りなら、タクシー呼びますけど……。それに雨足が弱まるまでもうちょっと待ってた方がいいと思いますよ。お茶か何かお出ししますから、どうぞお待ちになって下さい」


 引き止めた。引き止めたが、その人は『ご厚意は感謝しますが、一人で帰れますから』と言い、私に背を向けた。自動の玄関扉が開くと、静まっていた雨が地面を打つ音が蘇ってきた。 


「ほ、本当に宜しいのですか? …………解りました。では――お気をつけて」


 再三の説得も空しく、お面を付けたままでその人は降りしきる雨の中に姿を消した。


「……あっ! 傘傘! 傘だけでも持っていって――」


 せめて傘だけでも、と私は急いで靴を履き、その人後を追いかけた。

 しかし降り止まぬ雨の中には誰も居なかった。

 

「……あれ? 何処に行っちゃったのかなぁ……」


 首を回して、四方八方を睨んでも、影一つさえ見当たらない。視界が悪いので余計に探し難い。

 立体的な雨の壁が横から薙ぎ吹く風に揺さぶられ、大きな漣を広げている。

 灰色、不透明、鈍色――そんな言葉がぴったりな、薄暗い景色。吸っているだけで気持ちまでもが衰えていきそうな冷たい空気。耳障りな定期的な音。雨風に雑じって――これは――。


「……う――」


 ――腐臭?

 まさか。そんな筈は。生ゴミなんて何処にも無いのだ。だからそれは――無いに決まっている。

 少々気味が悪くなった私は、先程の人には悪いとは思いつつも玄関の中へと戻った。

 振り返ると、外から内にかけて途切れ途切れの黒い足跡がタイル張りの床に付いていた。

 屋根で雨が防げているとはいえ、軒先から滴り落ちる雨粒まではどうしようも無かったのだろう。外の床はすっかり雨に浸っており、つやつやと艶かしく光っている。

 あのまま外に捜しに出て行ったら、水跳ねやら、泥跳ねやらで脚がびしょびしょになる所だった。

 濡れる――と言えば、あの人、この雨の中を歩いて来たのに全く濡れていなかったような。傘を持っているようには見えなかったけど、折り畳みのものでも持っていたのだろうか。いや――でも、私には歩いてそのまま玄関に入って来たように見えたのだが――。

 ちょっと嫌な考えが胸を過ぎった。 


「まっ、まっ、まっまさか……! ゆゆゆ幽霊……!?」


 背筋が凍るとは正にこの事だ。強い寒気が一瞬にして体の至る場所へと到達する。

 昔からこの類の話は苦手なのである。聞くだけで眠れなくなる。聞かなくても眠れなくなる。

 困ったものだ。いい加減高校生なのだし、親離れならぬ、幽霊離れ、もとい恐怖離れするべきなのだろうが、どうしても怖いものは怖い。克服しろという方が無理というものである。

 

「うう……止めてよね……。怪談なんてぇ……」


 私は身を震わせながらカウンターの内側へと、穴に潜る土竜(もぐら)のように飛び込んだ。

 出っ張りの部分に両手をしがみ付かせて外を窺う。暗いだけで幽霊の姿は見えない。

 いつまでもカウンター机に噛り付いている訳にもいかないので、恐る恐る身を出して、机の上にお菓子の箱のバリケードを築いた。

 

「そ、そう! 私にはまだチョコが残っている!」


 焼け石に水というか、自分で言っておいてなんだが、気休めにもならない。

 だが、食べかけのチョコクッキーを文字通り口に流し込む(、、、、)と、少しは気が楽になった。


「……はぁぁぁ……甘い……」


 甘い物は凄いと思う。その恩恵にひたすら感謝した。

 口がとんでもなく甘ったるい事になっているが、恐怖と引き換えならばご愛嬌だ。


「次は~どれにしようかなぁ。あ、でもその前お茶だった――」

 

 すっかり立ち直った私は立ち上がり、受付を出てから机の上に置いてある『狐のお面』に意味も無く一瞥してから進みだした。次の瞬間、館内が暗闇に包まれた。


「へ……? 何? て、停電……? ええっ……何でぇ……よりによってこんな時にぃ……」


 タイミングが悪過ぎる。砂糖という偉大なる救世主に救われかけていた私の心は、また折れた。

 結果、床に座り込む形となった。何故なら怖いからだ。

 

「ブレーカーは……。えっと……どこだっけ……。……あーもうっ……。あーっ! ……うぅ……」


 このまま座り込んでいても埒が明かないと考えた私は、なけなしの勇気を振り絞り、再度立ち上がって館内の電源ブレーカーを探す事にした。

 確か――ブレーカーは受付の近くにあったような。あれ、受付の奥だっけ。

 近いとはいえ、外は雨がざあざあと降っていて光量が少なく、道標となる明かりが無いので動くのも億劫になってしまう。無闇やたらに探し回ろうとすると転びそう――。


「っわっ!? とっとっ――んぎゃ!」


 転んだ。すごく痛かった。

 

「あた……あ……頭が……割れたっ……」

 

 散々悶絶した挙句、のた打ち回り、漸く落ち着いた所で本当に割れたかと思ったぐらいに痛む頭――というか額を擦りながら、身を起こした。丁度近くに壁があったので、それを頼りに進んでいく。

 と、そこまではいいのだが、ある問題が発生した。

 

「……どうしよう」


 転んだ拍子に方向が判らなくなったのだ。本来ならば先程まで居たのだから単純に戻ればいいだけの話なのだが、無駄に悶えた影響でそれも出来なくなってしまった。

 止まっていてもしょうがないので、当てずっぽうに進む。壁伝いに歩いているので、いずれ何処かに行き着く――と思いたい。でなければ挫けてしまいそうだ。希望的な観測は希望を齎してくれると私は信じている。


「誰かー……。居ませんかー……。誰かー……。……お願いですから……誰でもいいから出てきてよう……。おかーさぁん……。みんなぁ……。おーい……」


 何でこんなに静かなのだろう。皆、二階の方に行ってしまったのか。それにしても先程から変な感じがする。普段なら停電でも、それはもうとんでもない騒ぎに――ああ、そっか。その説明やら何やらで各部屋を回っているから居ないのか。うちの客室は二階部に集中しているから、一階に殆ど人が居なくてもおかしくはない。居るとしても此処から少し離れている板場ぐらいのものだ。

 板場には父が居るが――あんまりあてにはならないかな。私よりも怖がりだし。

 しょうがない。ここは私が頑張るしかないのだ。出来る。よし出来るぞ。出来るんだ。


「はぁ……出来るのかなぁ……」


 こんな事を言ったら母に笑われそうだ。

 ふいに明るさが戻ってきた。僅かな光が射している。

 光を目指して進むと全身が映りそうな程に大きい硝子窓が見えてきた。当然見覚えがある。玄関とは反対の中廊下の一部分だ。どうやら目指すべき場所とは逆に奥のほうへと進んでいたらしい。しかも、よりによって一番嫌いな場所に来てしまった。とことんついてない(、、、、、)

 多少は光があるものの、それでも昏い。こういう時は非常電源に切り替わる筈なのだけれど、それも今日に限っては働いてくれないらしい。

 昔も――こんな事が前にもあったような。確か――此処に来たばかりの時に。

 ――あれ、思い出せない。此処で何か大切な事(、、、、)があった気がするのだが。それは何だったか。情景はちゃんと思い出せるのに、そこで何があったのかだけが思い出せない。

 ぽっかりと穴が空いているように、それはきっと凄く大切な事だったのに。

 私は妙な感傷に誘われてふらふらと更に奥へと進んでしまった。

 連なっている硝子窓を通り過ぎると、掠れた闇が口を開けていた。その向こうには――。

 

「か……お……?」


 無数の顔が壁に張り付いていた。 

 息が止まる。闇に溺れてしまったかのようだ。

 数秒経ってから私はやっとその正体(、、、、)に気が付いた。


「……っは――あ……な、何だ……吃驚した……」  

 

 顔――じゃない。数え切れない程の仮面。祖父か曽祖父のどちらかが趣味で蒐集していたものだ。それが中途半端な光を反射して暗黒の中に浮かんで見えていたのだろう。

 ある意味顔と言っても間違いではないそれらは、不気味な固まったままの顔で笑ったり泣いたり怒ったりしている。昔からこれだけはどうにも見慣れない。小さい頃はそうでもなかったのだが、成長すると何か自分の内面が変わるものなのだろうか。


「……はぁ……戻ろ……」

 

 恐怖の山場(ピーク)を越えたらしく、弛緩したような生温い気持ちで私は元来た道を引き返そうとした。

  

 ――が……つ…………が……。


 突然擦り切れた声が聞こえた。


「だ……誰……? 誰か居るの……?」


 返答はない。だが、人の気配だけはする。

 本当に薄っすらとだが、確かに誰かが――いいや、まてこれは――複数か。


「あの……っ。ふざけるのは止めましょうよ……? ね? 居るなら早く出て来て下さいって……」


 反発の少ない闇からの返答は無い。私の声すらまともに響いていない。


 ――がつ……らが……。


 また声が聞こえた。男の野太い声だ。


「がつら……?」


 どこかで聞いた事がある。それは――何であったか。

 がつら――分からない。

 踵から登ってくる寒気を、頭の中で疑問を反芻する事で退けようとした。他の事に注意を向けようとすると、ある程度の感情が制御出来る。思ったとおり震えだけは治まった。


 ――がつらが……かえ……。くくくく……。


 哂っている。今度はしわがれた老人の声だ。確実に複数人の人間が居る。

 何のつもりか知らないけど、こんな時にこういうのはよくない。後でお説教をかましてやろう。


「あのですねぇっ! いい加減にしないと怒りま――」


 ――俄面が帰って来た。


 哂い声が大きくなった。その声は明らかに先程までのものとは違う、はっきりとした声だった。

 男も女も老人も子供も関係無い。歪に混ざり合った哂い声。


 ――我面が帰って来た。帰って来た。帰って来た。帰って来た。帰って来た。


 我面――それってあの、かなり昔から手付かずで放置されている廃墟の名前――。

 鼓膜が破れてしまいそうな程煩い複数の哂い声に、館内が、そしてこの場の空気が揺れている。

 腰が抜けた。硬く冷たい床に受け止められる。私は何が起きているのかも解らないまま、私は後ろ手で壁から逃げるように後退した。

 何処から声が――私は声の出処を視線を巡らせて探した。それは直ぐに見付かった。


「……え…………なに……これ……」


 壁に掛かっている仮面が一斉に哂っていた。何かを喜んでいるように、けらけらと、けらけらと。耳に纏わり付く声でけらけらと、けらけらと。

 胸が掻き乱される。聞きたくない。こんな怖い声、聞いていたくない。

 外で降り続ける雨のように、その哂い声は止まる気配が無い。それどころか耳を通して私の中に染み入ろうとする。聞いている内に心地の悪い眠気が襲ってきた。


 ――帰って来た。帰って来た。帰って来た。帰って来た。帰って来た。帰って来た。


 嫌だ。怖い。来ないで。私の中に入らないで。誰か。誰か――。

 感覚が鈍くなりつつあるのに、声だけはいやらしくも明瞭に聞こえてくる。

 私は気持ちの悪さと眠気の狭間で床に倒れ込んだ。

  

「誰か………」


 瞼が重くなり、叙々に下がってくる。抗おうとしても抗い切れない。

 頭の中で誰かが甘い声で囁いている。諦めろと。眠ってしまえと。身体を委ねろと。

 鋭い恐怖よりも、鈍い眠気の方が強まっていく。見ている場面(シーン)が切れ切れになっていく。

 もういいか。眠ってしまえば楽になる。抵抗する事に何の意味がある。いずれ行き着くであろう結果が先延ばしにされるだけで意味が無い。苦しさが募るだけ。そう――諦めて――。

 ――嫌だ。それだけは駄目だ。ここで諦めたら、どうなってしまうのかも分からないのに。


「……い……や……」


 眼の前で沢山の仮面が蠢いている。おかしいな。さっきまで壁に掛かっていた筈なのに。

 気が遠く――頭の芯が鈍重な感覚で満たされていく。雨の音に哂い声が混じる。

 ああ、もう――。眠くなってきた。もう。眠っても。

 完全に眼を閉じようとした瞬間、黒い影が眼の端に映り込んだ。

 誰だろう。仮面――ではなさそうだけど。

 影はこちらに近づくと、立ったまま私の顔を見下ろした。

 

「……あ――」


 白い狐のお面。受付机の上に置き忘れてきた筈なのに。

 誰が被っているのだろう。背丈は私と同じぐらい。服装も――同じだ。こげ茶色のブレザーを羽織っている。同級生か。でも――何で同級生がこんな所に――。

 待て。私は――この人を見た事がある。ああ、そうだ。あの変な人が来た後に、私の後ろ――鏡に映っていた子だ。

 お面の子は、にわかに自分の被っているお面を僅かにずらした。

 その下の顔は――。


「私……?」


 私と同じ顔をしていた。

 でも微妙に私とは違う。目の下に黒子が無い。それでも双子のように似ている。

 この顔を――私は知っている。


「……ま……い」


 自然とその名前が口から出た。記憶が憶えていなくとも、心が身体が彼女の存在を憶えていた。

 動きもしない口を動かす。ずっと伝えたかった言葉を伝える為に。

 だけど、想いと共に唇は空回りするばかりで、何一つとして言いたい事を言えなかった。

 もたもたしている内に、眠りの世界に半身までもが呑み込まれてしまった。

 深い眠りに落ちていく。境界が濁されていく。

 彼女は――私と瓜二つの顔をしている彼女は――過去に置き忘れたもう一人の私だ――。

 眼を閉じる直前、狐のお面を被った少女は私に向かって微笑みかけてくれた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「――寧! 寧! 起きなさいって! こんな所で寝てないの!」


 肩を揺さぶられる。頬をぺちぺちと叩かれる。


「……ん……むふぁ? んー……んん…………」


 もっと揺さぶられる。頬を抓ねられる。


「起きんかいっ!」

「あうわッ!」


 大きな衝撃が頭蓋骨に貫いた。そのお陰で眠気は一発で吹き飛んだ。とんでもなく痛いけど。

 涙目の瞼を開くと、呆れた表情の母の顔が眼の前にあった。

 

「……あれ……お母さん? どうしたの?」


 私は上半身だけを起こして、寝惚け眼でぐるりと現状確認を行った。

 青臭い畳に、何だかよく分からない絵が描かれている襖。木目の天井。一階の和室だ。

 何で和室に――廊下に居た筈なんだけど――。


「どうしたのはこっちの台詞よ。あんたねえ……高校生にもなってその辺で寝てるんじゃないわよ。全く……。寝るのは百歩譲ってよしとしても、制服のままで寝ないの。皺になるでしょうに」


 私が上の空で頷くのを、母は鬼のような――いや、ひょっとしたら鬼よりも怖いんじゃないかといった感じの顔でこちらを睨んだ。気まずくなって硝子窓の方に視線を移すと、暮れる空からオレンジ色の日差しが射していた。知らない間に随分と時間が経っていたらしい。


「あ……ねえお母さん。停電……大丈夫だった?」


 ふと思い立って尋ねると母は不可解な表情となり、首を傾げた。


「停電? 停電なんて無かったけど……。……あんたそれ、寝惚けていただけでしょ。ああやだ。勝手に和室で昼寝なんてしてるからそんな突拍子も無い事を言うのよ。そんなものまで抱えて」


 と言ってから母は私の胸の方を指差した。そういえば何やら腕の中に何かある。私はそれをずっと両腕で抱き抱えていたまま寝ていたようだ。腕を離すと畳の上にそれ(、、)がぽとんと落ちた。

 それというのは、あの狐のお面だった。


「……これ……どうしたんだろ……」


 無機物である筈の白い狐のお面の口は、あたかも笑っているかのようだった。

 頭が痛む。思い出せない――何かとても大切な事だったのに。

 

「昔はそれ、よく抱えて寝ていたわねえ……」


 私の腑に落ちない表情を見た母は、感慨深そうな口調で言った。


「昔……」

 

 私はお面を拾い上げた。

 ああ、確かに言われてみればそんな事もあったかも知れない。

 白い顔。笑った顔。親しみすら覚える顔。

 記憶の中では、このお面を被った少女が私と愉しそうに遊んでいる。

 あれは――誰。


「あの……お母さん。昔さ……小学校に入る前に私とよく遊んでいた子って……」


 母は訝しげな顔をして眼を細めた。急に変な質問をしたのだから、当たり前だ。


「いきなりどうしたの。引っ越したばかりの時の事なんて――ん、でもあれだったわね。心配ではあったわよ。だって、あんた小学校に入るまでは誰も家に連れて来なかったんだもの。だから小学校に入って初めて友達を連れてきた時は安心したわ」


 記憶が――食い違っている?


「えっ、そう……だったけ」

「そうよ。……どうしたの? 変な顔して」


 でも、あの子は――その前から――。


「……ううん。いや――勘違い――だったみたい」


 窓から朱色の光が降り注いでくる。

 暮れなずむ茜空を眺めながら私は狐のお面をきつく抱き締めた。

 

 この話が引き金になって、三話に繋がると……ね。


 ……時系列がおかしい……? しょうがないでしょう! 作者がそこまで計算してなかったんですから! 本当にごめんなさい、こんちくしょー!


 あ……おまけ……。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 葎「三分クッキング!」


 寧「始まりませんよ」


 葎「えー何でー。やろーよ、三分クッキング」


 寧「やりませんって! どうせまたメロンパンとか言うんでしょう! 三分でメロンパンなんて出来ませんよ!」


 葎「し、失礼な! メロンパンなんて……! メロンパンなんて……! ……大好き……!」


 寧「何、ラブコメの告白みたいに言ってんですか。それよりもー! やっとあたしの出番が来ましたよォー! ひゃっほぉぉぉぉ!」


 葎「あ、別にそれはどうでもいいや」


 寧「冷たいッ!? 反応が冷たいですよ!?」


 葎「俺は! メロンパンの話をしてるんだ!」


 寧「……葎さんって……ああ……」


 葎「その感嘆符の意味は?」


 寧「いや、もう手の施しようがないというか……。っていうかですねぇ! せっかく制服姿のあたしが出てきたんですからもっと違う反応を見せてくれてもいいじゃないですか! あんまりですよ!」


 葎「メロンパンに制服着せてみたらどうかな!」


 寧「変態さんですか!」


 葎「しょうがない……。でもさあ、これ文章だから制服着ていても、あんまり意味無いと思うんだよね。いや、確かにいいとは思うんだけどね?」


 寧「言ってはいけない事を……」


 葎「ん……? 寧さんって高校生の時から髪型変わってないの?」


 寧「ええそうですよ。描写は全く無いですけど、その設定ですね」


 葎「で……、食べても食べても太らないと?」


 寧「えへへへ! 凄いでしょ! 結構皆から羨ましがられるんですよ!」


 葎「でもね、そういう人って歳をとってからが酷いらしいよ」


 寧「い、い、い、いきなり嫌な事言わないで下さい! そういう葎さんだって毎日メロンパン食べてるじゃないですか! 絶対太るじゃないですか!」


 葎「甘い!!」


 寧「ひっ……」


 葎「俺はね……メロンパンのカロリーが全て愛に変換されるんだ!」


 寧「へ……へぇ……」


 葎「つまり、メロンパンを食べる度に俺の身体は愛で満たされている事になる。更に言えば、メロンパンが愛に変換されるという事はメロンパンは愛そのものだという事を証明しているようなものであり、メロンパン=愛という図式が成り立つ。しかし、世の中では愛≠メロンパンという事になってしまっている。これは由々しき事態であり、正しいメロンパン=愛という図式に直すべきだと言える。これについては『メロンパン、愛、聞こえていますか』という抗議活動及び啓蒙運動をする事によって多少が改善される余地がある。だが! それだけでは駄目なんだ! 大衆にメロンパンを知らしめる為には――」


 寧「……終了ー」


 葎「――その美味しさを広く知ってもらう事で、メロンパンの社会での地位向上が望めると思うんだ! いや、そればかりではない! 長らく続いてきた『聖パン戦争』に終止符を打つと共に――」


 寧「おりゃ」


 葎「――我らの宿敵カレーパンを打倒ぐはっ!?」


 寧「はいはい、あっちでお薬貰いましょうね。大丈夫ですよー。ちゃんと看護しますからねー。きっちりかっちり治しましょうねーその病気」



 葎、戦闘不能! 勝者、寧! じゃなくて終了!


 

 じ、次回こそ更新が遅くなりますからね! 今度こそ前フリじゃないんですからね! ではーノシ


 

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