相棒なんていらない筈だった元警察官ジャックは、無機質AIロックに出会ってしまった
俺はジャック。しがない街の清掃員だ。昔はこの街の警察官をやってたが、いや、過去の話はいい。今は地下鉄から派手な水蒸気が上がるこの街を綺麗にしている。
コンクリートの上に食べ捨てられたマクドナルドやサブウェイの包装紙を鉄製のトングで拾い、ゴミ袋に詰めながら、空を見上げて一息ついた。空は今日もどんより曇っている。耳に入れたイヤフォンからは絶えず洋楽のロック音楽が流れていて、気持ちを高揚させる。ロック。それぐらいしか、今の俺を癒してくれる存在はない。「ふーんふーん……」歌詞の一部を鼻歌で歌いながら、軽やかに一つ、また一つとゴミを片付けていく。ゴミ袋の口を縛ると、くるりと一回転して、それをゴミ収集車の後部に放り込む。
「やれやれ、やっと終わった。次行こう。次はB地区の……げぇ。今、犯罪率高い地区じゃないの。やだなぁ。警察仲間に会うの」
肩を落として、ゴミ収集車に乗り込むと、ゴミ収集車の後部を閉める。そして。
「あーもしもし。こちらA地区のジャック。収集終わりました。B地区に移動します。どうぞ」
無線に呼びかけると、収集車仲間から、「了解。どうぞー」と返事がある。報連相をこなし、やれやれB地区に向かうかと車のエンジンをふかそうとしたその時。
「きゃー誰かー。スリよー」
という声が上がった。車窓から車の背後を覗くと、男が女性のブランドバッグをひったくって、道路を横断しようとしている。咄嗟に、ジャックは車のバックにギアチェンジすると、車を後退させた。ぎゅいーんと音がして、ゴミ清掃車が尻を振りながらスリに向かって突っ込んでいく。それにスリが。
「うわっ」
と言って、尻もちをついた。それに、しめたと思ったジャックは車を止めて、車から降りる。それに「ちっ」と舌打ちしたスリがブランドバッグは放り出して、路地裏の方に向かって走り出した。ジャックは急いでその後を追う。
「ったく、今日はすんなり仕事が終わると思ってたのに。やれやれ勘弁してくれよ」
イヤフォンから流れるロック音楽を切り、悪態をつきながら、犯人を追うも途中で見失ってしまった。
「ここら辺なはずなんだがな」
昔警察官だった時に、ここら辺の地理は把握している。路地裏と言っても入り組んでいる訳ではなく、一方通行が多い。道にいないとなると、建物の中か。これは厄介だなと思っていると。
「犯人は右手の非常階段のある建物の中に入りました」
と無機質な声が背後から聞こえた。誰だ?と思い振り返ると、大きな丸いルンバのような形状の機械がジャックに話しかけてくる。
「お前、誰」
「私のことはいいですから、早くスリを追ってください」
AIか? 確かにAIが街の清掃ロボットとして使われて久しいが、自発的に話しかけるAIに出会ったことなど、ジャックにはない。
「操作者! 警察に通報してくれ!」
「いいから行け!」
「わぁったよ。なんだよ。当たり強いなぁ」
ぶつくさ文句を言いつつ、この清掃ロボットを操作している主に通報は任せて、ジャックは建物の中に入る。建物にはまだ人が住んでいるので、薄暗いが明かりがついている。犯人はもうこの建物にはいないかもしれない。と一瞬思ったが、建物に入ってすぐは階段になっていて、上方にしかいけない仕組みだ。こりゃいい。と思い、ジャックは階段を上方に向かって駆け上がり始める。いくつか階段を上った先には非常口。そこを抜けると屋上で、屋上への扉は開け放たれていた。ジャックが屋上に出ると、スリが隣のビルの屋上に向かって飛び移ろうかどうしようか迷っている。ジャックはそれに迷わず「待て」と声をかけた。
「そこから離れるんだ。まずあぶねぇのと、どんなに頑張っても隣のビルには飛び移れねぇ。大人しく捕まるんだ」
それに、一瞬迷ったスリが、覚悟を決めたように、猛然とジャックに向かって突進してくる。それに。
「俺に歯向かうたぁ肝いりのスリだぜ」
ジャックは軽口をたたきつつ、男のジャケットの袖とシャツを掴むと、ぐるんっと男を一本背負いして、スリの身体を地面に叩きつける。男が「ギブギブ、痛い痛い。助けて」と泣きわめくように、適度に体重をかけて、男の首筋をつかんで後ろから腕を使って締め上げてやる。すると、地上にパトカーのサイレンが鳴り響き、警察官が拳銃を片手に屋上にやってくる。
「ジャック!」
「ああ、リサじゃないか」
「あなたが捕まえてくれたのね。感謝するわ」
リサと呼ばれた女性警官がスリの男に手錠をすると、ついで後ろに現れた男性警察官と共にスリを連れて、階下へと降りる。それに倣って、ジャックも階段を下りていると。
「ジャック、あの件についてはお悔やみするわ。私、なんて言っていいか」
そうリサが話を切り出し始めた。
「リサ。もういいよ。過去の事さ。それよりみんな元気にしてる?」
「ええ、ニックも、マイケルもそして、ダニエラも元気にしているわ」
「なら、いいんだ……」
ダニエラ。ジャックが警察官の時に一番傷つけて、期待を裏切り、今は世界で一番憎まれている相手だ。ダニエラはジャックの大切な相棒である二コラスの妻。ダニエラに、ニコラスのことをよろしく頼むと託されていたのに。自分の不甲斐なさが嫌になる。ニコラスはいい奴だった。相棒であり親友だった。ふと、ニコラスの顔が思い浮かびそうになって、思わず、ジャックは頭を振る。
「ねぇジャック。あなた依願退職だったでしょ。もしよければ、また警察官として戻ってこない? みんな喜ぶわ」
それに、ジャックは唇を曲げた。
「リサ。お世辞はよしてくれ。あのスーパーでの銃撃戦で、ニコラスの待ての指示が守れず、単独で市民を守ろうとした結果、ニコラスが死んだ。そして、ダニエラの信頼も裏切った。警察官としての役割は果たしても、こんな仲間に死を呼ぶ死神みたいな奴と、誰が組みたがるもんか」
「ジャック……」
「俺は警察官としては死んだんだ。スーパーでの銃撃戦の、あの時にな」
地上に出て、リサと男性警察官がスリをパトカーの後部座席に押し込み、運転席と助手席に乗り込む際。
「またね、は言わないわ。けれど、さよならも言わない。あまり自分を責め過ぎないでね」
「わかってるさ」
そうジャックは強がるけれど、上手く自責の念と向き合えるかどうか、自信がない。だから、話を変える。
「で、この掃除用ロボットは誰が運転してるんだい? 礼をいいたいんだが」
「さぁ。それが、今回のスリの事件の通報拠点がこの近くの公衆電話からだったの。このロボットを操作している人は区の管理者の筈だけど、当時この場所にはいなかったというし、誰が通報したのかわからないのよね。まさか、この手足のない汎用掃除ロボットが通報したなんて事はないと思うし、誰か他の人間が通報してくれたのだと警察は考えてる」
「そうか。不思議なこともあるもんだ」
ルンバのような機械をジャックがまじまじと見つめる。
「それじゃ、私たちはこれで」
パトカーで去っていくリサたちを見送り、さて、とルンバと向き合うと、ジャックはルンバに向かって声をかけた。
「初めまして」
「はじめまして」
鸚鵡返しに返事が返ってくる。まるで誰かとしゃべっているようだ。
「今日は助かった。ありがとな」
「いえ、気にしなくて大丈夫です。当然の義務を果たしたまでです」
そう言って、ルンバが去ろうとするから。
「おいおいおい。お前、誰が操作してるんだ?」
そう疑問をぶつけると。
「私の事は誰も操作などしていません」
そう無機質な音声が返ってくる。
「嘘つけ」
「私は私です。人間が快適に暮らせるように作られた、人間用高機能優秀補助ロボットAIの一つ、それが私です」
「ほんとに言ってんの?」
「嘘をつく必要がありますか? わたくし、これでも研究機関で働いていた超高性能優秀ロボットAIの一つなのですよ。それは先ほど、貴方も身をもって知った筈です。私がスリの場所を特定し、通報したのですから」
「あれ、全部お前がやったの?」
「そうです。わたくし、世を忍んで生きる身。だから、こっそり公衆電話に擬態して、通報しました。男の位置情報は、男の位置情報を記録する端末がオンになっていたので、グーグルマップのような機能を使って特定したのです。はぁ、私えらい! 危険を冒してでも人間守る、えらい!」
「はぁ……その超優秀高機能ロボットAIさんがなんでこんな場所にいるんでしょ?」
「それは機密事項に抵触します。黙秘権を行使します」
「そうか。お前にも事情があるんだな。しかし、すげぇなぁ。ロボットの癖に」
「訂正を要求します。私はロボットではありません。AIです」
「何が違うの?」
「賢さが違います」
「プライドの高いAIだな」
「何か言いましたか?」
「いっ、いえ……」
ジャックは半笑いしつつ、しかしすごい時代になったものだと思う。完全自立型AIが清掃用ロボットとして生活しているなんて。元は研究機関にいたスペックを持つAIがなんでこんな職業をと思うが、いい時代になったもんだと思う。こうやって、上手くAIと手を組めば、街の小さな困りごとや犯罪は減るかもしれない。
「お前、なんていう名前なの?」
正直、ジャックはこのAIに対して興味が惹かれた。
「私には名前などありません。必要ないからです。なぜなら、私は存在しているだけで、人間の役に立っているからです」
「けど、研究機関で名前ぐらい呼ばれてたんだろ?」
「実験AI、Rと呼ばれていました」
「なんだそれ。味気ないな」
「名前に味覚はありません」
「厄介なやつだな。本当」
「貴方の戸惑いは理解に苦しみます」
「そうかもな。あと、俺は貴方じゃない。ジャックだ。わかる?」
そう言って、ジャックが目というものがあるのなら、その付近を見つめて、指で自分の目とAIの目を交互に指さすと、スキャンが開始されたように、うんっと音が鳴った。そして暫くしてから、
「貴方はジャック。登録しました」
無機質な声が流れる。
「よし、そうだ。じゃ、こうしよう。お前は今からロックだ。Rだし、丁度いいだろ」
「何が丁度いいのかわかりません。温度の問題ですか?」
「違う違う。音楽のロックからとったんだ。ロックは俺を熱くさせると同時に、癒してもくれる。お前もそれと同じような存在になればいいなと思ってな」
「そのような存在にはなれませんが、役割は果たせます」
「そうですか」
すこしムッとするジャックを見つめながら、ロックと呼ばれたAIが無言になる。何かをしきりに考えているようだ。
「じゃ、同じ清掃作業員同士、今日からよろしく頼むな。ロック」
「はい。私はジャックの前では、自己をロックと定義します。そして、ジャックの精神衛生を管理します」
「管理に、定義って、AIは本当に扱いずらいな。ま、深く考えず、これから一緒に楽しいことしようぜ! ロック」
「そのように振る舞います」
そのロックの発言に、やれやれこれじゃ先が思いやられると思い、ジャックが肩を竦めてゴミ収集車に戻ると、またイヤフォンからロック音楽を流す。今日は曇りの日だ。じめじめしていて嫌いな日だ。けれど、今日は少しだけ違う日だ。
「またな。ロック」
そう言って、ジャックが車窓から手を振ると。
「はい。ジャック。またお会いしましょう。次の戦場では、成功率の更なる飛躍をお約束します」
ズレた事を言いながら、身体を左右に揺らすロックの仕草が憎らしいが、可愛く見えて。相棒なんて、もう二度と作らないと決めていたのに、その決心が揺らぎそうになったジャックだった。




