第6幕 気分転換
気分転換もかねてヴァンさんの経営する喫茶店を後にし商店街を進んでいく
「風咲の旦那!今日はきゅうりが安いよ!」
「また後で買いに来るよ」
八百屋のおじさんが声をかけて来たが今は向かうところがあるから帰りに寄る事にした。
今日も商店街は賑わっている。みんな笑顔で楽しそうに商売や買い物、見世物などをしている。
もし先代が暴れて外にでてくることがあれば多分ここら辺はボロボロになってしまう。特に根拠はないがそう思ってしまう。
この平和な景色を護る為に全力を尽くさないと
そんなことを考えていると目的地に辿り着いた。
昨日の昼間に運び込まれた神社、十二所神社である。
社の正面の鳥居に一礼してから敷地に入り石畳を歩く。
茶トラの野良猫が1匹が目の前で毛ずくろいをしながら構ってくれというような目線を送ってくる
「後でな。茶々丸」
この野良猫に勝手に名前をつけて呼んでいる。野良猫というよりここの境内で飼われている猫という方が正しいのかもしれない。
現に久那さんがよくご飯あげてるし。
この猫、茶々丸も存外この名前が気に入っているのか呼ぶと振り向いてくれるし我輩によく懐いている
「久那さん居ますかー?」
社の前でここの巫女である久那さんを呼ぶ
「はいはいただいまー!」
カラコロと下駄の音を響かせながら久那さんが呼びかけに応え社の横の建物から出てくる
「将鷹さんいらっしゃい。随分と気合いがはいった服装ですね」
そんなに気合い入ってないとは思うが……
そういえば羽織を羽織ってここに来たのって高校の実習の時だけか……
そう言われても仕方ないか
気合いを入れてきたという事にしておこう
「気合い入れないとダメですから」
「そうですか。それで今日はお参りに?それとも私に顔を見せに来てくれたんですかね?昨日はそんなにお話出来ませんでしたし」
「両方ですかね。これお供えものの稲荷寿司です」
「あら、これはこれは。ありがとうございます。では、お供えしておきますね」
そう言って久那さんは稲荷寿司を神棚に置いてから上機嫌でこちらに戻ってくる。それを見てから我輩は鈴緒を握り揺らし上に付いている鈴を鳴らす。重く透き通った鈴の音を響かせる中目を閉じる
二礼、二拍手。
必ずこの一件を終わらせてきます。と心の中でここの神様少彦名命様に伝える
一礼。
神様の前で自らの決意を表明してから背を向ける
「茶々丸おいで」
手を叩き茶々丸を呼ぶ。
茶々丸は大きな欠伸をしてからこちらに寄ってきて我輩の脚に擦り寄ってくる。可愛らしい限りである。
茶々丸を抱き上げ社の端に座らせてもらう。
そして茶々丸を膝の上に乗せて撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら茶々丸は目を細める
「茶々は本当に将鷹さんの事が好きですね」
久那さんは茶々丸を一撫してから我輩の横に座る
「将鷹さん、無理は禁物ですからね。君は無理しすぎる節がありますから。昨日も誰かのため、みんなを護るためって禁止されていた炎を使ったのかもしれませんが君が思うほど現実は過酷ではありませんよ?虎織さんも白鷺さんもついていたのですからどうとでもなったと私は思います」
ごもっともだ。もう少し冷静に考えるべきだったのかもしれない
「責めている訳では無いんです。ただ私は君が無茶して傷付くのが嫌なんです」
本当に優しい人だ。昔から悩みや人生相談に乗ってもらっていたが昔から変わらぬ温かさがある
「以後気をつけます」
「はい。気をつけてくださいね」
少し思い悩んだ表情をした後、久那さんは口を開く
「一応忠告しておきます。次に炎をつかえば君は君でいられなくなりますからね」
「それはどういう……?」
「言葉の通りです。普通の炎の魔術は絶対に使わないでください。お願いします」
久那さんは何かを知っている。我輩について、そして炎の魔術と相性が悪い原因を
「久那さん、我輩と炎の魔術に何かあるんですか?」
「それは私の口からは言えません。君が君自身で探し当て読み解く必要がある問題ですから」
「そうですか……」
「落ち込まないでください。ちょっとしたヒントなら差し上げますよ?聞きたいですか?」
一瞬迷った。知らなくてもきっとこれからの人生困りはしないだろう。
でも、ここでこの問題に蓋をするのはダメだと直感でわかる
「お願いします」
「君のその体質は雪城家が関わっています。でも虎織さんや今の家督の虎吉さんは知らないでしょうね」
虎織の家か……妙な縁というかなんというか。
虎織や虎織のお父さんが知らないというのなら誰が関わっているのだろうか
考えていると茶々丸が膝から地面へと降りて神社の外へと出ていった
「茶々の散歩の時間ですね。あの子この時間になるといつもふらりと外を散歩しに行くんですよ」
タイミングが良すぎて着いてこい的なものかと思った。
まぁ茶々丸は普通の猫だしそんなことはまず無いだろうが
「さて、夕暮れも近いし今日は帰ります」
「はい。お気をつけて」
久那さんに手を振り神社から出ようとした瞬間スっと肩を掴まれ耳元で声がした
「もし、今日のお参りが必勝祈願であるのならそれはお門違いですよ。ここの神は医薬、温泉、禁厭、穀物、知識、酒造の神ですので。それに普通の刀を差している割に私が差し上げた風切と預けている心中を今はお持ちで無いご様子で・・・風切はともかく心中は肌身離さずお持ちください」
背筋の凍るような冷たい、いつもの久那さんからは到底想像もつかない様な冷えきった声だった。
振り向くことはできない。まるで金縛りのような状態だ
「心中は君を信用して預けている妖刀なのですから非常時以外は他人の目につくようなことはあってはなりません」
「でも、神はきっと君を好いてくれていますから君のお願いは聞いてくれるでしょうし多少の粗相は赦してくれますよ」
肩を掴んでいた手が離れた
それと同時にさっきまで動かなかった身体が動くようになり振り返ると笑顔を浮かべた久那さんが立っていた
「少々おふざけが過ぎましたね。失礼しました。では、ご武運を」
久那さんの声はさっきまでの冷たいものではなくいつもの温かさを感じる声に戻っていた。
巫女さんだし神様の事でああいう風になるのは仕方ない事かもしれない
それに心中がどれだけやばいものかも重々承知している。怒られて当然だ
「また来ますね」
再び手を振り鳥居をくぐり敷地からでて商店街へと向かう。
八百屋に後でと言わなきゃそのまま帰れたのだが。
変なところで律儀だよなぁと自分を笑いながら沈む夕日を背に八百屋へと足を運びきゅうりと美味しそうなトマトを買って家へ帰るか思案し携帯を開き時刻を確認する。
17時ちょうど。アリサがそろそろ事務所を出る頃か。
今日事務所に居るのは蓮、禍築、桜花さんだけだったかな。正確には黒影対策課のメンバーはだな
「一応事務所にも顔出しておくか」
特に誰かに話しかけるわけでもなく独り呟く。
事務所に行く理由は特にない。強いて言うなら少しはこの虚無感が薄れるかもしれないからという理由だ
いつもは虎織も一緒にいるのだが今日は完全に独りだ。
たまには1人も悪くはないかなと思っていたがどうも物足りない。商店街の賑やかしで流れている流行りの曲も喧騒も物足りない。
まるで白黒の音の無い世界に居るような感覚だ
独りとぼとぼと事務所の目の前まで歩いてきた。
正面玄関からは定時退社をする人々がお疲れ様ですと通り過ぎていく
「おっ、将鷹。非番の日にまで顔出しに来るとは珍しいな。しかも1人でときたか。こりゃ明日は槍か刃物が降りそうだな」
廊下で出くわした蓮が我輩を茶化す
「たまには、な。ロッカーの中の使えそうなの持っていこうかと思ってな」
特に持っていく物もないが虚無感を紛らわせる為とか言い難いし適当な理由付けをしてみる。
まぁ蓮にはバレそうだけど
「そうか。桜花さん達は今予算会議してるからしばらく待てばでてくるから」
「ありがとな。てか蓮は会議出なくていいのか?」
「俺は居ても仕方ないからな。どうせ後で会議で出た資料に目を通して修正するんだし。それに予算会議の仕切り役の人苦手なんだよなぁ」
「違いない。あの人は読めないというか腹の底で何考えてるかわかんないからな」
「さてと、将鷹がいる間にパンの注文しておくか」
「覚えてたのかよ……」
「昨日の今日だぞ?忘れるわけないだろ」
「我輩名義で1本注文しておいてくれ。引き取り日は明日で」
「ではでは遠慮なく」
「そういえば前あげたアーモンドバターは使い切ったのか?」
「速攻無くなった」
「まじか」
蓮と話すことで少しは虚無感が和らいだ。
そもそも家に帰れば虎織が居るからここに来る必要なかったのでは?と思ったがまぁ気にしない方向でいく
「風咲先輩何してるんすか。今日非番じゃないんですか?」
禍築が珍しい物を見るような目で見てくる。実際珍しいのだが
「ちょっとな。あっ、そうだ。禍築のアレ、役にたったぞ」
「使うの早くないですか?役に立ったならいいんですけど」
「非常時だったんだよ。それにしてもよくあんなもの思いついたな。煙吸ったら絶対ヤバいやつだろ」
「あー、あれは女の子にかけられた催涙スプレーを参考に……」
「やめろ禍築。それ以上は言うな。我輩の中で上がりかけてたお前の評価が地に落ちかけている」
禍築のこの転んでもただでは起きない精神は本当に凄いがその転んだ経緯は知りたくはない
「お前らって仲良いのか悪いのか解らんな。お互い罵りあってる時ある割にはこうやって仲良く話してるし」
蓮がよく分からんって感じでそんな事を言う。
我輩的には仲はいいとは思っている。なんだかんだで駄べる事も多いし
「友達でも罵詈雑言ぐらいは浴びせるでしょう?それが頻繁に有るだけですよ」
「そういう物なのか」
まだ何となく納得いってない蓮であった。
我輩は桜花さんが出てくるのを待つついでに宣言していたロッカーの使えるもの探しをする事にした。
幾らか前の資料や謎の軍手が何故か入っている
「あっ、これここにあったのか。危ねぇ……」
銃弾24発と手製の竹筒爆弾、火がついたらロッカーが吹っ飛ぶとかそういう問題じゃない。マジで危なかった
「なんじゃ。身辺整理か?」
「使えるもの探してるだけですよ」
ロッカーをゴソゴソしていると桜花さんが我輩の肩を叩き声をかけてくれた
「そうか。昨日の件聞いておるぞ。また無茶をしおって。あっ、儂は怒らんぞ。もう嫌という程皆に絞られたじゃろう?」
「えぇ。本当にみんなに心配かけて怒られまくりですよ」
「昨日は不運というかなんというかな。仕方あるまい。そういう星の巡りもある」
「これ以上死にかけたりぶっ倒れたりは御免なんで今回はきっちりかっちり五体満足で帰ってきますよ」
「そうだな。全て終われば飲みにでも連れて行ってやろう。もちろん儂の奢りでな」
「ではその時はたっぷり飯食わせて貰いますよ」
ロッカーも漁り終え、桜花さんとも話し終えた我輩は帰路に着く。
路面電車に乗り込み外を見ながら黄昏れる。
果たして今回は上手く行くのだろうか?先代以外の敵は本当に居ないのだろうか?もしかしたら謀反を企てた旧拾弍本刀の2人が立ちはだかるのかもしれない。
考えれば考えるほどマイナス面の可能性が頭に浮かぶ。
しかし、そんなマイナスな事ばかり考えていても仕方がない。
必ず生きて帰って約束を果たしたり色々としたい所だ。
これを機に虎織に告白するのもいいかもしれない。
でもいざとなったらなんでもないって言っちゃいそうだな……なんせヘタレだからな
家の最寄り駅に着き路面電車を降り自動販売機でおしるこを買ってからその場で飲み干す。
春先なのにホットのおしるこがまだあるのは少々驚きである。
おしるこは懐かしく、甘くホッとする味だった。
あんまりおしるこ飲まないんだがな。こういう時には無性に飲みたくなる
「ただいまー」
「お兄ちゃんおかえり!」
出迎えてくれたのはアリサだった
「虎織は?」
「虎姉は書斎で魔術式組んでるよ」
「そっか。ありがとう」
虎織はどうやら苦戦しているようだ。我輩がどれだけ力になれるか分からないが手伝いに行くとしよう。
その前に心中と風切を袖に仕舞わねば
「虎織、入るよ」
「どうぞー」
書斎で机に向かい大量の魔術式を広げていた
「なにか手伝えることはあるか?」
何も無いと言われそうだがまぁその時はその時だな
「ならお茶持ってそこに居てくれる?ちょうど話し相手が欲しかったんだ」
そう言いながら虎織は振り返る
「おやすい御用だ」
我輩は緑茶を持って虎織の傍に座り2人で話をした。
昔話に好きなテレビの話、小説の話。
何度目かの内容でも彼女との会話は飽きることはない
魔術式が完成したのは話を始めておおよそ1時間後くらいだった
これで今晩、白鷺城に攻め入ることが決まった。決まってしまった。まだ覚悟を決めきれていない自分が情けない




