第52話 シディエルの魔法講座 その2
「まずは『基本魔法』についてじゃったな。そもそも魔術士が己の研究結果や技術を隠蔽するのは、自らの優位性を保つためじゃ。しかし、既に多くの者が使っている魔法などは、そういった価値も薄い。それらの魔法をまとめて『基本魔法』と呼んでいるのであって『応用魔法』というのがある訳ではない。似たような言葉を探すとしたら『オリジナル魔法』と呼ばれてるものがそれに値するじゃろうな。要するに基本魔法をベースに新たな魔法を生み出したり、独自の研究で生み出したりした独自の魔法のことじゃ」
そもそも信也達自身も最初のスキル検証の時に、幾つかそうやって魔法を発見していた。
その際発見したのはもしかしたら『基本魔法』として世間では扱われているものかもしれないが、もし世間に流通していない魔法を生み出せたらそれが『オリジナル魔法』として扱われるのだろう。
「次に……等級についてじゃったな。じゃがこの話をする前に、ひとつ聞きたいことがある。お主らは魔導具によるステータス鑑定を受けたことはあるかの?」
シディエルのその質問に困惑する一同。
彼らは本日ギルドに登録したばかりで、その際にステータスの鑑定は受けている。
そもそも、この資料室はギルドに入会していないと利用できないので、ここにいる時点で鑑定は受けているはずだ。
そういったことを咲良はシディエルに指摘した。
「ふむ、そうかそうか。そういうことならまず魔法具――マジックアイテムについても軽く説明しておくかの。マジックアイテムはその効力によって、魔法道具、魔導具、神器の三種類に分類されておる。後者ほどより高度で強大な力を持つ。我々が普段目にするマジックアイテムは大抵は魔法道具じゃな」
なんだかどんどん話が逸れていくようだが、話の内容自体は興味深いので誰も止める気配はない。
シディエルも信也達の無知をなじるどころか、こういった話が楽しくてたまらないといった様子で熱気に満ちた様子だ。
……しかし、その顔はまるで悪霊のように怖い。
「そしてお主らが言うギルドのステータス鑑定は魔法道具を用いておるのじゃ。ステータスの鑑定には高度な技術が必要で、今の技術では魔法道具レベルのものを作るので手一杯なのだ。しかしダンジョンなどから稀に発見される魔導具には、より高性能なステータス鑑定の機能を有するマジックアイテムが存在する。そういったマジックアイテムでステータスを鑑定すると、スキルの熟練具合が等級によって表示されるのだ」
等級とは四段階に分かれていて、初級、中級、上級、特級の四つである。
そしてこの等級の差は大きいらしく、例えば所有スキルが"火魔法:初級"と鑑定された者は、どうあがいても中級以上の魔法を使用することはできない。
魔法の等級そのものは鑑定できないので、各等級の者を集めて、比較実験のように魔法を習得できるかを試すことで徐々に分類されていった。
ただし、同じ等級内でも魔法の取得に難度の差はあるので、本来は初級魔法なのに中級魔法であると間違って記述された本も多く存在している。
この話を聞いていた咲良や北条、後は陽子辺りも何かに気付いたようにハッとした表情を一瞬見せた。
彼らの脳裏によぎったのは「スキルレベル」だとか「スキル熟練度」といったような用語だ。
実はスキルのひとつひとつにそういったものが設定されていて、使えば使うほどそのスキルが熟達していく。
それを繰り返していく内に初級から中級へとなっていくのではないか、と。
確かに思い返してみれば、体感としてスキルは使えば使うほどより強くなるのは僅かながら実感し始めていた。
これはピアノを毎日練習して上手くなった、といったものとは別もので、レベルが数値によって表されているように、もっとシステム的にスキルも管理されているのではないか?
そう考えると、ますますここがゲームの中の世界のように思えてしまうが、ケガをすれば痛いし、お腹は空くしで結局精一杯生きていかねばならない。
故に、信也達はこうしてシディエルの話に耳を傾けているのだ。
「それで本屋で売られている魔法書についてだが、こちらはピンキリじゃな。中には偽物も混じっておるし、信頼できる本屋を見つけるまでが大変じゃ」
この世界では紙の大量生産は行われていないし、活版印刷などの技術もない。
その代わり"刻印魔法"などが発展しているのだが、紙媒体に使用するものでもないし、コストもかかる。
よって、本の価格は高額となり一般庶民に手が届くものではない。
更に魔法という付加価値がそこにつけば、値段が跳ね上がるのも仕方ないと言えるだろう。
「じゃが安心せい。とりあえず儂の知ってる『基本魔法』は教えてやろう。魔術士ギルドの連中や学者肌の魔術士などは秘匿主義の者が多いが、儂ら冒険者をやっとる変わり者の魔術士は比較的オープンなのも多いでの」
そうして魔法の種類ごとのシディエルによる、基本魔法の初級講座がはじまった。
とはいえこの場で魔法を試す訳にもいかないので、とりあえずシディエルの知っている基本魔法を口頭で伝え、各自それをメモする形で進められた。
説明される内容を聞いただけでも、脳裏にその魔法が発動できそうか否かのイメージというのが不思議と湧いてくる。
絶対に出来る、という確信を持てるものは少なかったが、恐らく何度か練習していけば使えそうというものは幾つか見られた。
その後も彼らはシディエルの教える基本魔法をひとつひとつメモしていったが、"光魔法"についての説明が終わった所でその勢いは途絶えた。
そして少し申し訳なさそうな顔をしながら続きを話し始めた。
「……と、まあ今のが儂の知る"光魔法:初級"の最後の基本魔法じゃ。それでだな、その、残る"結界魔法"、"召喚魔法"、"忍術"に関しては実は儂も詳しくは知らんのじゃ」
「ええええぇっっ」
"結界魔法"の使い手である陽子が驚きと悲哀の入り混じった声を上げた。
芽衣と楓も大きな反応は示さなかったが、残念には思っているようで少し落ち込んだ表情をしている。
「すまんのお……。"結界魔法"は取得者が非常に少ないし、"忍術"はこの大陸ではほとんど使い手がおらん。"召喚魔法"に至っては、現在確認できる使用者は数人いるかいないかといったものじゃ。なもんで情報もほとんど出回らないんじゃよ」
「う~ん、"召喚魔法"ってそんなにふにんきなのですか~」
「む、いや、不人気とかそういうもんではなく、単純に素質のある人間が少ないってだけじゃな。まあ、ただ、あれじゃ。少ないとはいえここの資料室に多少なりとも資料はあるし、なんならギルド図書館にいけば更に多くの情報が手に入るじゃろう。それに、魔術士たるもの自ら研究する気構えも必要じゃ」
「んー、具体的には研究ってどうすればいいんですか?」
確かに教わるばかりではいけないかな、と考えを改めた陽子だが具体的にどうしたらいいのかはよく分かっていない。
これには他の基本魔法を教わった面々も興味があるようで、静かにシディエルの話に耳を傾けていた。
「そうじゃな。例えば"火魔法"ならば火そのものについての理解を深めることも大事じゃ。大昔の研究で炎は高温になると青くなるという実験結果が発表されたが、その情報を基により高温で威力の高い、青い炎を発する"火魔法"が幾つか編み出された経緯がある。そして、イメージや発想といったものも重要で、"重さ"を司る属性があるのではないかと長年研究した魔術師が、ついには"重力魔法"という新しい属性の魔法を発見したこともあった。常に頭を柔らかく、固定観念を持たずに何事も挑戦してみる気概が必要という訳じゃな」
そういった発想力やイメージについては、身近に漫画やアニメが溢れていた彼ら異邦人にとっては得意分野とも言えるものだろう。
この世界の人々の一人一人の生活範囲はそう広くはない。
地球に暮らす多くの人も似たような所はあるが、それでもネットワークを介して世界中の様々な情報を入手できた。
あらゆる思想、文化、宗教。
そういった物を下地に生み出された漫画や、更に視覚的に理解しやすいアニメーションやゲーム、それから映画などは、先ほどのシディエルの語った魔術士の研究にはもってこいの教材かもしれない。
「なるほどねー。まあ、最初は何の情報もなかったけど、最低限の"結界魔法"は使えてたし、後は発想とか考え方次第ね」
大分前向きになった様子の陽子。
なんだかんだで芽衣も、最初から"召喚魔法"を使うことは出来ていた。
後は陽子の言う通り発想次第なのだろう。
「そういうことじゃ。さ、儂の教えられることはこれでおしまいじゃ。あとはこの部屋にある資料を調べていくといいぞ。魔法やスキルだけでなく、魔物についての情報を調べることも忘れんようにな」
魔法組への講義も終わり、やがて全員が部屋に散らばって思い思いの本を物色し始める。
余り勉強が得意ではなさそうな龍之介も、先ほどから大人しく資料を色々と読みふけっているようだ。
こうして静かな時間がいくばくか経過した後、資料室に一人の男がひょっこりと現れた。