第447話 王族退避
今後の方針について話し合った信也達は、早速翌日にマデリーネを介してアウラと接触を取っており、それから数日のあいだ話し合いが持たれた。
その結果、アウラは信也達と協力して事にあたることを決める。
貴族派勢力の情報収集に、冒険者への対処。
拠点の周りに罠を設置したり、まだほんの一部しか出来上がっていない、町の外壁の建設をしたり。
万が一の際の行動に関してなど、話し合われた内容は多岐に渡る。
当初アウラは、劣勢であろうと命尽きるまでこの町で戦うつもりでいたようだが、マデリーネらの猛反対にあって、いざという時は町から退避することになった。
そして町から抜け出す際には、信也らと行動を共にすることも同時に決定される。
ただ逃げ出すだけという言い方ではアウラは納得しなかったが、いつか再起を図る為という免罪符を持ち出して、ようやく納得させることに成功した。
また貴族派の情報についても、アウラから少しだけ追加の情報を得ることができた。
英雄とまではいかないが、それなりの実力者の情報をアウラが持っていたのだ。
他にも相手が動き出すのに合わせ、南西の《マヌアヌ湿地》に何組かの冒険者に哨戒依頼を出すことや、敗北した際の逃走ルートの選定。
実際に戦闘が起こった際の、信也達とアウラたちの動きについての話し合い。
色々なパターンを想定して、作戦が練られていく。
拠点ではロアナの領民やルカナルらに対し、緊急時の行動についてを信也が指導して、何度か実戦を想定しての避難訓練も行われた。
また守衛のナターシャらも戦争になると聞いて、実戦形式での訓練など自主訓練を怠らない。
そうして慌ただしく時は過ぎ、《ジャガー町》にも王都急変の報がようやく届けられた。
その報せに、《ジャガー町》の住民の間では大きな騒ぎとなる。
しかし元々その情報を知っていたアウラ、そして信也達『ジャガーノート』の面々も、その詳細な情報を持ち込んできた人物には驚きを禁じえなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《鉱山都市グリーク》領主館。
地球の古代ギリシアのように、都市の中央に位置する小高い城山に建てられた領主館は、館というよりも立派な城といっていい建物だ。
その建物で一番位の高い人物……本来であれば頭を下げられる位にいる人物が、今は逆に頭を下げ臣下の態勢を取って来客を迎えている。
「キリル殿下、よくぞご無事で……」
頭を下げていた人物――グリーク領の領主であるアーガスは、王子の無事に喜びの意を表す。
「頭を上げてくれ、グリーク辺境伯。今の我々は惨めにも王都を追われた流浪の身。今は其方に縋ることしかできぬような状態なのだ……」
出来るだけ声に出さないようにはしていたが、キリルのその声には現在の自分達の状況に対する悲哀が窺える。
アーガスは頭を上げ、真正面からそんなキリルを視界に捉えると言葉を返す。
「すでに我々の下にも情報が届いております。彼奴奴らは恐れ知らずにも、殿下らが陛下を弑逆したなどと触れ回っております。そして反逆者らを制する為に、スラヴォミール王子の名で軍を起こすそうです」
「ああ……。道中で私もその話は耳にした。しかし誓って言うが、父上らを害したのは我々ではない」
「勿論、承知しております殿下。私めにも『メッサーナ商会』からの情報が届いておりましたし、そもそも殿下らがそのようなことをなさるとは微塵も疑っておりません」
「そう言ってもらえると助かる。しかし、貴族の多くは我々と敵対することになるだろう。グリーク辺境伯、其方にも迷惑を掛けることとなる」
「そのようなご心配は不要ですぞ。私は陛下の為、そしてこのロディニアの為にも、あのような下種な連中は蹴散らしてご覧に入れましょう! 盟友であるバルトロン辺境伯も、必ずや殿下らのお力になってくれます!」
「グリーク辺境伯……。済まぬな」
キリルらが真っ先にグリーク領へと向かったのも、この両辺境伯家の存在があったからだ。
帝国からの盾として、昔から三辺境伯家は戦力を常に整えていた。
そしてその内ベネティス辺境伯以外の両家は、王家派閥としても知られている。
「ジェイガン! 至急殿下らのお部屋を用意してくれ。それとバルトロン辺境伯に事の次第を伝え、援軍を要請してくれ」
「ハッ、ただちに取り掛かります」
アーガスのキビキビとした声に、家宰のジェイガンが綺麗なお辞儀をしながら返す。
それからすぐにキリルらの滞在場所の準備が整い、それと同時にアーガスは慌ただしく行動を開始した。
すでに前もって『メッサーナ商会』からある程度の報告を受けていたので、こうなった場合のことも既にアーガスは想定していた。
……ロドリゴが害されるというのは想定外ではあったのだが。
忠誠を誓った相手が悪辣な手によって害されたと聞いて、アーガスも平常心ではいられない部分があったが、鉄の意思でそれを抑え込んで行動を起こしていく。
キリルと共にアーガスの下まで一緒に行動を共にしてきた四人の王族の内、女子であるアリーナと年若いエルランドとリタは、館内で保護されて生活していた。
そしてキリルと共に第三王子であるアルノルトは、少しでもアーガスの力になろうと、作戦会議などに加わっている。
王子として育てられただけあって、高度な教育を受けてきた二人の協力はアーガスとしても助かっていた。
そして王子らと共に日々会議を行っていく内に、アーガスの中に一つの考えが浮かび上がってくる。
(此度の戦、勝算は正直言って高くはない。エスティルーナ殿も協力を約束してくれたが、それでも絶対的に英雄の数が足りていない……)
英雄だけでなく、勿論単純な兵力にも大きな差がある。
幾らバルトロン領からの援軍があったとしても、国内の半数以上の貴族が敵に回っているのだ。
(……今からこのようなことを考えるのは俺らしくもないが、今回ばかりは掛かっているものが大きすぎる。殿下に進言してみるか……)
威風堂々という言葉がよく似合うグリーク家であるが、だからといってただの猪武者という訳ではなく、引くべきところは引く判断能力も当然ながら備えている。
せっかく自分を頼ってきた王子らではあったが、アーガスは先のことを見据え、キリル王子にある提案を持ち掛ける。
「キリル殿下。我々は奸臣に鉄槌を下す為動いておりますが、それでも如何ともしがたい事実があります」
「……承知している。楽観家でもなければ、今の状況で勝てるなどとは口にせぬであろう」
「誠に心苦しいのですが、殿下の仰る通りでございます。そこで、僭越ながら私に一つ提案がございます」
キリルとしても現状が苦しいのはよく理解していた。
実際に『メッサーナ商会』から随時送られてくる情報は、アーガス側にとっては不利な情報ばかりだ。
「申せ」
「ハッ。それは、アリーナ王女とエルランド王子とリタ王女。この御三方をグリークより退避させてはどうかという話でございます」
「何? しかし退避させるといっても一体どこに?」
本来は帝国からの侵攻を抑える目的で作られたマズル砦。
貴族派が《鉱山都市グリーク》を落とした場合、落ち延びる先としてはその砦かグリーク北にあるルイトボルドの街しかない。そのことをアーガスに指摘するキリル。
「いえ、そのどちらでもありません。退避させるのはこのグリークより南東にある《ジャガー町》でございます」
「それは例のダンジョンが発見されたという町か」
「はい。かの町は現在私の娘が代官として出向いておりまして、娘からよく報告が届くのです」
「……いざという時はダンジョンにでも逃げ込むということか?」
「そういった選択もありますし、かの町からはガリアント山脈沿いに南下するルートや、険しいながらも山脈越えのルートという道もございます」
「なるほど。まさか山脈を超えて、帝国側に向かうとは奴らも思わんだろう。思ったとしても、そう簡単に追手を出せる場所でもない」
この提案に対して考え込むキリルに、アーガスは更に理由を重ねていく。
「それとあの町には実は、マズル砦もかくやというような堅牢な砦があるのです」
「なに? それは初耳だが……」
「そうでございましょうな。何分その砦はグリーク家の手が入ったものではなく、一介の冒険者らによって作られたのですから」
「どういうことだ? 詳しく話してくれ」
アーガスは実際に《ジャガー町》を訪れた際に、エスティルーナと共にその砦――『ジャガーノート』の拠点を訪問している。
その後のアウラからの便りによると、砦は更に拡張されているという報告もあった。
アーガスがマズル砦やルイトボルドの街ではなく、《ジャガー町》を指定したのも単にその砦があったからだ。
そしてその砦を建築した男の存在も、当然アーガスの頭に浮かんでいたのだった。




