第439話 落日のロディニア
『メッサーナ商会』の手引きにより、キリルら一部の王族はひっそりと王都を抜け出すことに成功する。
脱出に関しては、Aランク冒険者である『氷の魔妖精』、エスティルーナ・ラ・メラルダが護衛に就いた影響が大きかった。
キリルやアルノルトもそれなりに戦闘能力はあったのだが、途中で差し向けられた追手を返り討ちに出来たのは、彼女の活躍によるものだ。
一方、王都ではついに行動に移った反乱者たちによって、王城は内側から崩壊していった。
「下郎共が、下がりなさい! ここをどなたの部屋と心得ているのだ!?」
「それは勿論、ネリス元王妃の部屋でございましょう?」
「――貴様ッ!」
男の言葉に、王妃の私室を守る二名の女騎士が剣を抜き殺気立つ。
「やれやれ。お前達、この反逆者どもを討ち取れ」
「ハッ!」
男の周りに控えていた金属鎧を纏った騎士達が、雪崩のように女騎士へと襲い掛かる。
王妃の私室を守る騎士として、女騎士の中でも高い実力を持っていた二人だが、数の暴力に抗えるほどの力を持ち合わせてはいなかった。
さほど時間もかからず、二名の女騎士の首が胴体部から切り離される。
そして守る者がいなくなった扉を、男はまるで私室に戻るかのように無造作に開け放つと、ズカズカと中へと入っていく。
「……ロージアン公爵」
「これはこれはネリス元王妃様、ご機嫌麗しゅうございますな」
言葉だけは丁寧でありながらも、声音からは全く相手への敬意が含まれていないことが窺える。
だけでなく、喜色を浮かべた表情を隠そうともしていない。
「愚かなことをしたものですね」
「ふむ、そのご様子ですと、やはり私の動きに気づいておられたということですかな」
「それ以上近づくのはよしなさい」
余裕の笑みを浮かべ、ネリス王妃の下へ歩み寄っているのは、三公爵家の当主の一人。マティアス・ダールベック・ロージアンである。
そんなマティアスに、ネリスは小さな杖を手に警告の声を発する。
「貴女が魔法を少々嗜んでいることは存じておりましたが、この状況でそのような小さな杖一本でどうしようと言うのです?」
「…………」
「それよりも、私の情報をどこで知ったのか。それと、貴女のお子様方の行方を教えては頂けませんかな?」
(どうやら子供たちはまだ捕まってはいないようね)
マティアスのその問いを聞いたネリスは、一瞬内心で安堵する。
だがそれを表に出すことはなく、次の瞬間には覚悟を決めた眼差しでマティアスを見つめる。
「その問いには答えられませんが、一つだけ言えることがあります」
「ほう、なんでしょうか?」
「このような愚かなことをしたあなた方は、いつかその報いを受けることでしょう」
「ハハハハ、それはそれは。敗者のたわごととして、記憶に留めておきましょう」
普段このように感情を露わにすることがないマティアスであったが、長年の計画が実行されほぼ全てが成功しつつあるという段において、感情のタガが緩んでいるようだ。
「おい、アレを出してくれ」
上機嫌な様子のマティアスは、傍らにいた騎士にそう言うと、騎士は腰に下げた〈魔法の袋〉から、あるモノを取り出す。
「――っ! ロディ……」
それはこの『ロディニア王国』の国王、ロドリゴ・リカルドソン・デア・ロディニアの御首であった。
騎士が腰に下げていた〈魔法の袋〉は時間停止の機能もあるのか、取り出した途端に首からは血液が滴り落ちていき、綺麗な絨毯を真っ赤な血で染め上げていく。
「御覧の通り、既にこの王城は我らの手に落ちております。先ほどの質問に答え、投降なさるというのであれば、貴女のお命に関しては保障致しましょう」
「……最後に王に…………、ロディに挨拶をしたい」
マティアスは自身が高揚感に満ちているのを自覚していたが、この時ばかりはそれを諫める気も起らなかった。
そして、普段ならば石橋を叩いて渡っていく性格のマティアスが、この時ばかりは気が緩んでしまいネリスの願いを聞くことにした。
「いいでしょう、どうぞ好きなようになさりませ」
マティアスはそう言って、足元に転がっているロドリゴの首を蹴飛ばす。
意外と重かったロドリゴの首は、マティアスが蹴り飛ばしただけではネリスの下までは届いていない。
愛する夫が足蹴にされたことで、一瞬頭の中が怒りに満たされるネリス。
だがその気持ちを必死に抑え、一歩、また一歩と前へと進み、足元のロドリゴの首を持ち上げ胸に抱きかかえる。
「ロディ……今、私も貴方の下へ参ります」
ネリス小さくそう呟くと、ロドリゴを抱え持つために一旦脇に挟んでいた小さな杖を、左手に持ち替える。
右手では愛する夫の首を抱え、左手では小さな杖を突きつけるように持つネリス。
その杖の先端には、大きな赤い色の宝石のようなものが据え付けられている。
ここに至ってもロージアン公爵は、今更女一人でどうこう出来るものではないと完全に高を括っていたのだが、周囲の騎士は何かを察知し、主を守ろうと即座に防衛陣形を取り始める。
「いつまでも貴方と共に……。『ブレイクスタッフ』」
ネリスは別れの挨拶を述べると、杖に仕込まれていた機能を解放させるためのキーワードを唱える。
するとそのキーワードに反応して、杖の先端部にある大きな赤い宝石がパリンとガラスが砕けるかのように粉々に砕け散った。
そして強力な火属性の魔力が周囲に展開されていく。
「な、なななっ!!」
思わぬ展開に、マティアスは咄嗟に動くことも出来ないでいる。
しかし、彼を守る騎士たちは己の身を差し出してでも主を守ろうと、おしくらまんじゅうのようにマティアスの周囲へと集う。
直後巻き起こった爆発は、その音だけでも耳がキーンとなって少しの間まともに聴覚が機能しなくなるほど。
更に爆風によって、マティアスを守る重い金属鎧の騎士たちが、何人も吹き飛ばされる。
しかし肝心のマティアスは騎士の挺身によって守られ、命に別状はなかった。
「…………私としたことが、浮かれてこのような有様とは」
命を張ったネリスの抵抗に、怒り狂うでもなく己の未熟さを悔いるマティアス。
これは単純に自身の生命を脅かされただけではなく、大事なロドリゴの首やネリス本人も捕らえ損ねたことになる。
先ほどの杖の魔法道具……いや、爆発の規模からして魔導具だったのかもしれない。
その杖の魔導具によって、抱えていたロドリゴの首ごとネリスは散っていった。
微かな焼け焦げた肉片は部屋のそこかしこに散らばっているが、もはや人体の形をした部位は残されておらず、壮絶な最期であったことが窺える。
「いつまでも失敗を悔いてはいられまい。私にはスラヴォミール殿下という手札が残っている。キリル王子らが国を抜け出している間に、さっさと基盤を築かねばな」
最初に首を落とされた二名の女騎士や、爆発に巻き込まれて亡くなった配下の騎士をそのままに、マティアスは部屋を退出していく。
その顔にはすでに上機嫌な様子などは一切なく、いつも通りの冷徹な顔があるだけだった。
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「あれが、《鉱山都市グリーク》か」
「かなり大きい都市ですね、兄上」
「はぁ……。ようやく着いたんですの?」
王都を抜け出したキリル王子たち一行は数日前にグリーク領へと入り、そして今ようやく領都である《鉱山都市グリーク》へと間近に迫っていた。
「まだ、あともう少しかかりそうだね。アリーナ、後少しの辛抱だよ」
「お兄様……。お兄様がそう仰るのでしたらこのアリーナ、幾らでも我慢致しますわ」
アリーナは正室の子であり、同じく正室の子である第三王子のアルノルトを強く慕っている。
「エル。私達、これからどうなるのかな……」
「キリル兄がついてるんだ。心配いらないよ、リタ。そうですよね、キリル兄?」
「ああ。お前達は俺が守ってやるからな」
ロドリゴと話す時とは口調が少し変わっているキリル。
しかしこちらの方が地であり、普段はこのような気さくな態度を取っている。
第二王子であるキリルをはじめ、第四王子のエルランドとその双子の妹である第四王女のリタは、全員が側室であるヴァシリーサの子である。
しかし、ヴァシリーサは親としての愛情を末っ子のスラヴォミールだけに注ぎ、他の兄妹には一切見向きもしていない。
そのせいもあって、この双子の兄妹は母に対しての愛情を抱くことなく、代わりによく面倒を見てくれたキリルを良く慕っている。
正室の子と側室の子。
両者はそれほど頻繁に接することはないのだが、別段仲が悪いということはない。
アルノルトなどはキリルに対して尊敬の念を抱いていたりもするし、アリーナも自分よりも年下のエルランドやリタを可愛く思っている。
そしてこの度、共に苦難を乗り越えるにあたって、その絆はさらに強固なものになっていた。
(父上……。俺は必ずここにいる家族を守り抜き、不忠な輩を排して見せます!)
次第に近づきつつある《鉱山都市グリーク》を見据えながら、キリルは心に深くそう誓うのであった。




