第437話 悪魔の残したモノ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
北条達が初見殺しエリアへと向かう前。
その日も『ロディニア王国』の首都である《王都ロディニア》の中央部にある王城は、堅牢さで有名な魔法壁によって守られ、その外側に暮らす民衆も、いつもと同じ平穏な日々を過ごしていた。
建国以来、仮想敵としてきた帝国からの侵略もなく、大きな争いもなく過ごしてきたこの国の多くの民は、これからも同じ暮らしが待っていると信じて疑わない。
しかし、嵐は着実に王国へと迫りつつあった。
「キリルよ。此度は改まって話があるとのことだが」
「はい、陛下。早急にお伝えしなければならない用件がございまして……」
「今は二人だけだ。陛下などと呼ばずに家族として接してくれ」
「ハッ……、では父上。用件というのは『メッサーナ商会』からの密告についてでございます。詳しくはこちらを」
「どれ……」
王城内にある王の私室にて会話をしている二人は、『ロディニア王国』第十六代国王であるロドリゴ・リカルドソン・デア・ロディニアと、その息子であり第二王子でもある、キリル・アルムグレン・ド・ロディニアの二人だった。
人払いをした上で、二人きりでの話があると持ち掛けられたロドリゴは、疑いもなく息子の言う通りに話し合いの場を整えた。
そして今、秘密の話し合いが行われている所だ。
「……キリル。ここに書かれていることは間違いないのか?」
「はい。私が以前より調べていた別件とも通じておりますし、全ては確認出来てませんが、こちらに根拠として記されていた数字は私の方でも確認しております」
険しい顔で尋ねるロドリゴ。
同じく答える側のキリルの顔もとても険しいものだ。
第二王子であるキリルは、ロドリゴと側室との間に生まれた子だ。
王子にしてはフランクな性格で、地位に溺れて笠に着ることもないので、庶民からの人気が高い。
それは次期国王へという声も上がるほどであったが、当人であるキリルは、この腐敗した王国を立て直すために、兄である王太子エミリオの手となり足となって、国を変えて行きたいと思っていた。
エミリオの方も別に民衆からの支持がない訳ではなく、悪い話なども聞かず、普通の印象を持たれている。
王太子である時点で「普通」と評するのも妙ではあるが、この二人の王子がいれば、ロディニアもまだまだ安泰だ。そう思われるほどには、両王子に対して民衆は期待と安心の気持ちを持っていた。
そんなキリルが今回持ち込んだのは、王国を揺るがす程の情報だった。
『メッサーナ商会』から齎された情報によると、三公爵家の一つであるロージアン家を筆頭として、それに応じた幾つもの貴族家が反乱を企んでいるという。
その証拠として、『メッサーナ商会』はここ最近の食料や武具などの流通量を、事細かに調べ上げていた。
その資料によると、反王家派の貴族たちはここ一、二年で多くの食料をため込んでいることが明らかになったのだ。
更に、傭兵ギルドや冒険者などにしきりに声を掛け、兵力を整えていることも記されている。
振り返ってみると、早い所では一年程前から金のかかる傭兵の雇い入れが始まっており、不自然にならない程度に少しずつその数を増やしていたようだ。
それらすべての情報を洗い直すことは時間的に無理だったが、キリルは信用のできる配下にこれらの情報を基にして調べさせた結果、商会の情報が間違っていないことを確認している。
「そうか……。この報告によると、すぐにでも動きがあるかもしれぬと書かれておるが、そこまで切迫した状態なのか?」
「残念ながらその通りです。今日、私が父上とこうして話をしていることも、すぐに奴らの耳に入ることでしょう」
「なんとっ、そこまで……」
「ですので、すでに私の方で脱出の手筈を整えております」
「脱出……? 余に王都から逃げよと申すのか?」
「左様です。私達はすでにそこまで追い詰められた状態にあるのです……」
無念そうなキリルの声。
それを聞くロドリゴは、天を仰ぐように一度息子から視線を逸らす。
現在の『ロディニア王国』が見た目とは裏腹に崩壊しつつあることは、何よりも王であるロドリゴ自身が重々承知していた。
グリーク家のように、未だに王家に忠誠を誓う貴族家も残っているが、今ではその多くが貴族派と呼ばれる貴族中心の派閥によって、多数派が占められるようになっている。
性質が悪いことにこれら貴族派は、あくまで貴族を一番に考える者達であって、民衆のことなど一切気にしていない。
無茶をして使い潰そうと、その内増えてくる程度にしか思っていない者が多いのだ。
そのことにロディニア王は頭を悩ませていた。
『ロディニア王国』が建国されてからしばらくの間は、時折問題も起こりはしたが国はきちんと機能し、国力は増していった。
しかし、建国から長い月日が経ち、結局懸案されていた帝国からの侵攻がなさそうだと気づくと、外に向けていた力を内側に使うようになっていく。
一度活発になった権力争いは、その後も収まることを知らなかった。
より苛烈に、なおかつ裏でひっそりと行われるようになっていく。
そうして年月が経っていくうちに、徐々に王家の声が貴族たちに届かなくなっていき、今ではすっかり王家が軽んじられることになってしまっている。
「確かに……王家の力は代を重ねるごとに弱っていった。しかし、先代の頃はまだそこまで悪化してもいなかったはずだ。余が……、余の統治に問題あったということか……」
ロドリゴは沈痛な声を上げ、王らしくない覇気のない顔を浮かべる。
「身内びいきなどではなく、私は父上にそこまで問題があったとは思っておりません」
「だがしかし、キリルよ。現状を見れば余の力不足だったことが――」
「父上、昨年グリーク領に現れた悪魔のことはご存じでしょうか?」
「何を突然……。無論報告は受けているので知らぬはずはない」
突然別の話を持ち出したキリル。
ロドリゴはその意図が読めず、息子の顔をジッと見つめる。
「グリーク領に潜んでいた悪魔は、冒険者や神官らによって討伐されました。その後、グリーク辺境伯は神官として紛れて暮らしていた悪魔についての、調査を行いました」
「ふむ。それについても聞き及んでおる。なんでもかの悪魔はベネティス領のクレッチュマン男爵と、密約を交わしていたという話であったな」
「……やはり父上もそこまでしか報告を受けておられないのですね」
「どういうことか?」
「実はその話には続きがあるのです。これも『メッサーナ商会』から聞き及んだ情報なのですが、悪魔と関係があったのはクレッチュマン男爵だけではないのです」
「何?」
「グリーク辺境伯の調査によると、他にも多くの貴族との契約書が発見されたようです」
「しかし、余の下にはそのような報告は届いておらぬぞ」
「……悪魔と取引があったものの中には、ロージアン公爵の名前もありました。恐らくは、グリーク辺境伯からの報告は途中で改ざんされたのでしょう」
「――っ」
周囲が敵だらけであることを認識していたロドリゴであったが、ロージアン公爵はその中でも中立派であると判断していた。
三公爵家の内、第二王女であったミュリエルが降嫁していったグラスロー公爵家は、グリーク家と並ぶほどの王家派閥として知られている。
そして、王国北西部に領地を持つグランルンド公爵は明らかに王家を軽視した貴族派の筆頭と言われており、ロドリゴがこれまで警戒していた相手でもあった。
しかし、ロージアン公爵はそれらどちらの派閥にもつかず、常に公正に物事を判断し、正しいと判断した方に味方していた。
……少なくともそうロドリゴは思っていた。
「まさか……あのロージアン公爵が…………」
ショックを受けるロドリゴに、更にキリルは話を続ける。
「例の悪魔と取引があった貴族は、今回の反乱者リストに軒並み名を連ねております」
「つまり、これは悪魔の策謀によるものだと?」
「それが全てとは申しません。元から状態が悪かったのは確かですから。しかし、それを後押ししたのは間違いないかと」
「そう……であるか」
「父上……」
実は悪魔に関してはもうひとつ明らかになったことがあったのだが、今のロドリゴの様子を想うと次の句が出てこない。
この報告については必ずしも必要なものではないものなので、キリルはとりあえず今は報告を取りやめることにする。
「父上、どうかご決断を。王宮内にも敵の手は潜んでおります。早急に決断をして頂かないと、無駄にお命を散らすことになりかねません!」
「キリル……」
すでに取り返しのつかない状態にまで、追いやられていることを認識したロドリゴ。
これまで王として、時に本意ではない命令を下さねばならないことは幾度もあった。
しかし今回だけは、王として、そして父としての感情を優先することを決意する。
「余は……王都に留まる。脱出は其方らだけで行うといい」
そう言い放ったロドリゴの瞳には、強い決意の炎が宿っていた。




