悠久の洞窟
A.D.1545.2.10
悠久の洞窟、
伝説の勇者の物語で勇者が2番目に攻略したと言われる巨大な地下空間のダンジョン。物語では最深部には強力なボスがいるとか財宝が眠っているとか異世界へ繋がっているとか伝承を文に起こす作者によってバラバラ、それも物語への関心を高める上で一役買っている。
実際のところは謎に包まれている。そりゃあこのダンジョンは今まで物語上のダンジョンと思われていて見つかったのは本当に最近、まだ10年経たないだろうとセナさんの話。このダンジョンの存在を知っているイーランド王国とデルタビール連合国はダンジョンに潜ろうとはせずに対岸で牽制しあうのみ。理由は簡単、中のモンスターが強力すぎて歯が立たない、でも相手国の侵入は許さない……何とも面倒な生き物だ。
だがそれ以前にセナさん曰く、
『今の情勢の中ではどうしてもダンジョン探索になんて貴重な兵力なんて避けません。逆に言えば普段より見張りが薄いんです』
兵力を避けない、戦争でもする気か?
……そんな訳ないか。
先の世界大戦ではそこを魔王に付け込まれた負の歴史がある。そんなあやまち有り得ないか。それに今の私にはどうでもいい話だ。
以上、回想。
「ここら辺で良いでしょう。降りましょう」
「…………」
なにこれ凄い
空を飛ぶセナさんの後ろを彼女に渡された服を着て飛んでいた。何が凄いって少しだけ上を滑空するセナさんは空と同化して下からでは黙視する事が出来ない。いや、姿を消すだけの魔法ならある。でもこの服の効果だろうか、魔力で空を飛んでいるのに、私とセナさんからは魔力反応が出ない。
もう訳がわからない、でもこれならダンジョンに入るときに魔力検知されずに中に侵入可能だ。
……、彼女に関しては深く考えないようにしよう。
「そうだ、それがいい」
「どうかされましたか?」
笑顔、それでも不思議そうに此方を見てくる。
「いえ、なんでもないですよ」
「そうですか。ではそろそろ降下しますので息を大きく止めてください。お相手さんの魔術師さん優秀ですから吐息の温度変化で存在がばれちゃうんです。面倒ですねー……いっそ殺るか?バレなきゃ犯罪じゃ……」
「セナさん?」
「……では降下します。はりきって行きましょう!!しっかりと付いて来てくださいねっ」
急速落下でダンジョンの中に突撃するように侵入、それに続いて超高速で巨大な入口に落下するように奥に進んで行み、両国の兵にバレずに一気に500メートルは進んだ。
「流石は私、突入は見事に大成功ですね!」
そう言ってドヤ顔のセナさん。そんな彼女と私は100体近いモンスターに囲まれていた。オーガジェネラルにオークキング、それにマージインプにミスリルゴーレムまで。教科書には絶対に乗らず、存在するのかも分からなかった魔界の化け物たち。先日戦ったイエティ以上のクラスがぞろぞろいる。
「……これは大成功なんですか?」
……勝てる訳がない。こんな大群人間の兵士100人を敵に回すのと訳が違う。こいつらは一体で数千の人を殺める事の可能な一騎当千の化け物共だ。
しかしそんな心配をよそにセナさんは大満足、愉悦の笑みを浮かべていた。
「さいっこうに大成功です。では見ていて下さいマギアさん。これがカノン最弱と言われた私の本気ですっ!」
セナさんが右手を高く掲げるとそこにごく少量の魔力が集まる。だがこの程度の魔力では小さな炎球を起こすのが精一杯、一体どうする気だ?
「喰らい尽くしなさい! アエシアッ!」
天高く掲げた右手を一気に下げて地面を殴る。その瞬間、
「なっ……」
数百はいたであろうその化け物達は一匹の例外なく動かない肉塊と成り果てていた。それまで鼻が曲がりそうな程していたモンスターの異臭は血と肉の吐き気を催す強臭へと変わる。
「終わりましたマギアさん、このダンジョンは細菌も多いですから直ぐに分解されます。こんな入り口近くに大量の死体があってはほかの魔物を呼び寄せてしましますから」
あまりの衝撃にセナさんの言葉が入って来ない。サイキンが何かは分からないが、
「あの魔力量でどうやって……」
なんてデタラメな……あの微かな魔力で刹那にも満たない時間で、こんな方法どう考えても無理だ、信じられない。
「常識にはまってしまってはその本質は見えません。ワクの外から覗いてみるのも一興というものです」
額に滲む汗を綺麗なシルフのハンカチで拭き取りながら輝かしい笑顔で笑うセナさん。そんな彼女に戸惑いと少なからずの嫉妬を交える私は器の小ささに惨めになる。
「そんな顔しないで下さいマギアさん。保証します、このダンジョンをクリア出来ればその先には貴方の求めているものがきっとあります。おとぎ話で継承されるような場所です、走破者を労うくらいの何かは必ず。それは私が保証します」
「………………」
周りに転がる無数の化け物の死体、こいつらを一体倒すのに私は苦労するだろう。もしかしたら命を落とすかもしれない。だけど、それでも行かなければ。
「私もセナさんみたいに強くなれますか?」
「フフ……マギアさんから見たら私は強いかもしれませんが、マギアさんが弱点を克服すれば私なんて簡単に抜いて行けます。それに私より強い人を私は沢山知っています」
「そう言えばセナさん、カノン最弱って……」
「さあマギアさん、こんな広い所で屯っていたらまた集まって来ますから。では最後にこれを、餞別です、きっと役に立ちますのでお使いください」
話を逸らすわけでは無いが声を重ねるようにしていくつか道具を取り出す。それは最近出て来た最新鋭の遠距離武器。弓と違い技術が無くてもそれなりに使える武器、クロスボウ。正確には昔から有ったが小型化のち実践化、実用化されたのはごく最近。元々は狩猟用、後に戦争で使われるようになり最近のクロスボウは小型化され腕に装着可能。この小型クロスボウ、普通の物でも相場は金30枚。一級品になると家が買えるとも聞く。しかしこれは……
「……矢が無いですよ?」
その見事なまでの本体とは別に矢は無く形も聞いていた物とは大きく形が違う。私がコレをクロスボウと認識できたのは私の知識の上で他に相似する物が無かったから。ではこれは?
「このクロスボウは私の仲間の科学者……えーっと、からくり技師が作ったの物でオリジナルです。正式名称は|Y-339ARC《ワイ339エーアールカスタム》、通称はアンチマターレールガンと言います。最大の特徴はクロスボウと違い板バネの力で矢を投影するのではなく装着者の魔力を電気とそれを分解、再編成し物質を反の性質に変換、その力でこの弾を高速で飛ばします。応用はしていますけど基本はフレミング左手の法則です」
「…………はい?」
ここで間抜けな声が出てしまった私を誰も攻めはしないだろう。彼女の言っていることは全くと言っていいほど理解できなかった。あるいはセシリアなら理解出来たかもしれないけど……私には理解不能だ。
「あー、簡単に説明するなら装着者の魔力をこの弾を弾き出す力に変えて敵に飛ばす武器です。実はこれ私の仲間のからくり技師が暇つぶしで作ったものでして……どう考えても使う魔力より弾発射に使う力の方が小さいもので効率が悪いんですよ。……反物質なんてそんなものですけど魔法も似たような性質ですし。コホン……兎に角、やってみれば分かります。それを邪魔にならない利き手じゃない方に装着してあとはこのカートリッチを本体に取り付けてください。これはこの弾が中に沢山入っていて弾が発射されると次の玉が自動で装填されます。便利でしょ?」
セナさんのドヤ顔を見ながら言われるがままにアンチマターレールガンを利き手じゃない方……私は両利きだけどとりあえずは左手に付けセナさんに言われるがままカートリッチとやらも付ける。そしてそのまま試し打ち、ダンジョンの壁に向かって発砲。
ダァァァァァンッ……
閉鎖空間の中で音は木霊して大きな砂煙を上げる。その砂煙には大きな岩も含まれていて威力の大きさを物語っていた。そしてそこには、
「嘘……でしょ……」
そこに確かにあった強固な岩壁は見る影無く消滅し高さ5メートル、奥行き20メートルの空洞がそのにはあった。直撃を受けた正面の岩壁はバターのように溶けてその衝撃を物語っていた。
「すごいでしょ?この玩具。製作者自体はガラクタとも言ってましたし」
笑えない、こんな武器が玩具なんて。こんなのがあったら戦いの概念自体が変わってしまう。たった、たった一撃で……
「あー、言っときますけどその武器、使いこなせる人は滅多に居ませんからね。さっきも話した通りこの武器、魔動効率がとても悪いんです。中級の魔法使いなら一発、トップクラスの魔法使いでも3発撃ったら魔力が枯渇します。マギアさんみたいな魔力が枯渇しない人じゃないと使いこなせません。だからこれは玩具なんです、からくり技師の作った最強の戯れなんですよ。それに貴方なら悪用しないでしょうし」
最強の戯れ……私の左手に付いている玩具は魔物だろうが人だろうが数万の命を奪うことの出来る玩具。
「武器、力を持つ事の意味を理解して下さい。マギアさん、貴方はいずれその武器が本当に玩具に思える程の力を手に入れます。これはその時の予習としましょう」
背伸びをしながら楽しそうに語るセナさん。……これはセナさんに追いつける日はまだまだ遠いだろう。精神的にも肉体的にも。
「長話が過ぎましたね。最後ですがその武器は弾を込めなければ空気砲として使用可能です。悠久の洞窟のモンスターへの殺傷力は皆無に等しいですが怯ますことは出来ますし目に当たればつぶれます。後、使いすぎは注意です。精神の消耗も有りますがそれに頼りきりではここに来た意味が有りませんから。強い武器は力になりますがその力に振り回されては意味がありません」
「分かりましたセナさん、こんなに至れり尽くせりで本当にありがとうございます。きっと制覇して見せますから」
ここまで力の差を見せつけさせられると素直になれる、なんだかとても清々しい。きっと彼女にも追いついて見せる。
「では言って来ますっ!」
「はい、ちゃんと生きて帰って来てくださいよ、ギルドで待ってますからっ!!」
大きく手を振るセナさんを背に勢い良く悠久の洞窟の奥に走る。
「井の中の蛙にはお似合いの場所だね!」
きっと変わって見せる、セシリアを守る力を……復讐を果たす為の力を!
~マギアが去った後、悠久の洞窟の入り口~
「マギアさんが見えなくなったね、そろそろ戻ろっかな」
背伸びをしながら微笑むセナの横には淡い紫色の髪を持つ美少女が立っていた。
「セナ、何を考えているのですか?悠久の洞窟の先には……異世界の迷宮が広がっているだけ。強い魔物を倒すのは確かに良い修行になるかもしれませんが……きっとマギアさんの求めているものはありませんよ?」
「うわぁビックリしたぁ……アスたん久しぶり」
「はいセナ、昨日ぶりですね。今日はセナに忠告をしに来ました」
用件を淡々と話すアストライアにセナのその笑顔も少しづつ薄まり次第には無表情になった。アストライアも感情豊かな女性、そんな彼女が淡々と話すのだ、それなりの理由があると見ていい。
「忠告?」
「はい忠告です。マスターには貴方のやりたいことは私から話しひとまずは納得していただきました」
「マジで?とりあえずはよかった……」
「しかし……残念な話です」
「……何、残念な話って?」
2人は目を合わすことなくまるで業務連絡のように会話を続ける。
「マスターの手の届かないところで……マスターの番犬、2人の狂戦士が動き出しました」
「…………っ」
その言葉を聞いたセナの顔は絶望と嫌悪感に包まれていた。
「何かあればマスターも動きますがあの人は貴方にも私にも、あの狂戦士にもとても甘く厳しい。暫くは逃げた方が良いかもしれません」
「……はぁ、やりすぎたかな?」
その絶望に包まれた顔は苦笑に変わりそして最後は最高の笑顔になった。
「マスターやあの2人がどう思おうと私は自分のした事が間違っているとは思わない。それにマギアさんだって変わろうとこんな無茶な冒険をしている。私も逃げないで戦ってみようかな?」
「正気ですか?悪いですがセナではあの2人には勝てません。上手く別々に分けることが出来ても苦戦は免れません。下手をしたら、死にますよ?」
「それでも。本気で当たればきっと勝てる。私もマギアさんみたいに全力で壁にぶつかりたくなった」
「……そうですか。それも良いでしょう、応援しています、セナ」
「うんいつかはこんなどうしようもなく弱い私でも胸を張ってアストライアの横に立てるように」
「ところで話は戻りますが何故マギアさんを悠久の洞窟に?」
「ああ、その話途中だったね。今、悠久の洞窟最深部の更にその先、異世界の迷宮に……オースティンさんがいます」
「…………へ?」
神々しく美しい少女、アストライア・テスタメントが発した言葉はあまりに間抜けなものだった。