自白(2)
「ちょっと待ってくれ。たしかに我々五人がメグを死なせていまったことは認める。しかし、あれは事故だ。俺らがわざとメグを殺したわけじゃなければ、メグが死んでしてしまうという想定すらなかった」
ジョブが声高に叫んだ。
こいつはこの期に及んで何を言ってやがる。ふざけてる。こいつこそ毒入り紅茶に当たるべきだった。
「黙れ。あれは単なる事故なんかじゃない。メグはお前らに殺されたんだ」
俺はジョブに負けないくらいの大声で怒鳴った。体が小刻みに震えるのを止めることができない。
「メグはお前らの実験によって殺された。四年前のお前らの薬理実験でな」
「ノーラン、落ち着いて。あれは事故なのよ。あの実験は本来死の結果を生じうるような危険な実験じゃなかったわ」
カイリーまでそう言い張った。
やはり皆殺しにすべきだったか。
「だったら、メグはなぜ死んだ?死ぬはずのない実験でなぜメグは死んだんだ?」
「それは分からないわ。あの実験で何が起こったのか。それは誰にも分からないわ」
「なぜ分からないんだ?お前らが調べなかったからじゃないのか?異星人は人間じゃないから刑法上の殺人罪ないしは過失致死罪には当たらない、と主張してお前らは司法解剖を拒んだんだろ。今回の事故は異星人を対象とした実験というレアケースだから、再発防止のための調査も必要ない、そう言ってセンター内での調査もしなかった。お前らは事件を闇に葬ろうとした。メグがお前らの惑星の人間とほぼ変わらない身体構造を持っていて、お前らの惑星の人間とほぼ変わらない心の構造を持っていることを知りながら、メグを殺してしまった途端、お前らはメグは異星人であり、人間でない、ということを強調し始めたんだ。メグは人間というよりは実験用マウスに近い、という主張を繕い始めたんだ」
メグと最後に抱擁したときの温もりが思い出される。
あれはメグが実験室に向かうときだ。
検査衣を身に纏ったメグが、俺の腰に手を回し、耳元でそっと囁く。
「安全な実験だから大丈夫。心配しないでね」
俺はメグの背中を優しく撫でた。
まさかメグが実験室から二度と帰ってこないだなんて、あのときの俺は少しも想像していなかった。
「あの日実験室で何が起こったのかは俺には分からない。俺がいくら質問しても、あの日実験室にいた五人は口を閉ざし続けたからな。一つ明らかなことは、あの五人の内の誰かがミスを犯したということだ。ジョブがローガが提供した基礎理論に誤りがあったか、カイリーかマシューの薬の調合に誤りがあったか、ゾーイの薬の投与に誤りがあったかのいずれかだ。五人の内の誰かがメグを殺したんだ」
「だから、ノーランさんはこんな殺害方法を選んだんですか?五人の内の三人をランダムで殺害するという方法を?」
シュピーが口を挟む。
「まあな。五人の内の誰がメグを殺したのかは分からなかった。メグの死の真相を誰も調査しなかった以上、メグを殺したのが誰かを知っているのは神様だけかもしれない。だから、神に断罪を委ねることにした。毒入り紅茶に当たる確率は五分の三だ。これくらいの可能性を担保しておけば、神は確実に真犯人に裁きの鉄槌を与えてくれると思った」
「なるほど。しかし、確率を五分の一にしなかったのも、確率を五分の五にしなかったのも、それはノーランさんが犯人として疑われないためですよね。仮に毒入り紅茶が一杯しかなければ、毒は紅茶が提供された後に誰かがこっそり入れたことが想定されてしまう。エマさんに罪を擦り付けられない。そして、これは言うまでもないですが、毒入り紅茶が五杯だった場合には、ノーランさんしか生き残らないわけですから、ノーランさんが真っ先に疑われてしまう」
「ああ、その通りだ。どうせ犯行がバレるんだったら、最初から全員殺しておくべきだったよ」
俺は真上を仰いだ。
ペンキの塗られていない天井は、まるで工事途中の建物のように質素だった。
天国のメグは今の俺を見てどう思っているだろうか。
俺が仇を討ってくれたことに感謝しているだろうか。
―おそらくそんなことはないだろう。
虫一匹殺すことすら躊躇う心優しいメグのことだから、どんな理由があろうとも俺が人を殺すことを快くは思っていないだろう。
しかし、俺はこうせざるをえなかった。
復讐は地球人の悲しい性である。
「シュピー、最後に二つ質問していいか?」
「どうぞ」
「どうして俺の目が色が認識できることに気が付いたんだ?」
「ああ、それはこれです」
シュピーは自分の頭を人差し指でポンポンと叩いた。
「天才的な頭脳によってひらめいた、ということか?」
「違います。帽子です。僕がノーランさんに二回目に会ったとき、ノーランさんは僕が昨日と違う帽子を被っているんじゃないか、と質問してきました。僕は、そんなことはない、と返答しましたが、本当はノーランさんの言う通り、あの日の僕の帽子は前日とは違うものだったんです。しかし、二つの帽子は全く同じところで買った全く同じデザインの帽子なんです。どうしてノーランさんは二つの帽子の違いに気付いたのだろう、と考えてみたところ、もしかしたらノーランさんは僕らとは違った特殊な目を持っているんじゃないか、と思い至ったんです」
「なるほどな。一日目の帽子の方が古かっただろう?」
「はい。よく分かりますね」
「一日目の帽子の方が色が薄かった。おそらく繰り返し洗濯をしているうちに生地の元々の色が褪せたんだろうな。ちなみに今被ってるのは二日目の帽子と同じものだ」
「さすがです。刑務所から出たら、ぜひ手品師を志してください」
「それは無理だな。三人も人を殺したんだから、おそらく死刑だ」
「宇宙人にも、我々同様に刑法は適用されるんでしょうか?」
「さあな」
俺は鼻で笑った。
おそらくこの惑星の法律はそこまで異星人に温情的ではない。
異星人が人に殺されても殺人罪にはならないが、異星人が人を殺した場合には殺人罪になる。
無論、法律は法律の作り手を守るためのものだから、やむをえないことではある。
「あと、二つ目の質問。復讐という言葉をどこで知った?」
「もちろんノーランさんがこの惑星に持ち込んだ電子書籍です。ただ、見つけたのはたまたまです。僕は自分が探偵稼業をしているだけあって、ノーランさんの惑星の推理小説がどういうものかが気になった。そこで、今回の事件の解決とは関係なく、趣味で電子書籍内に入っていた推理小説を読み漁ってたんです。すると、犯人の使ったトリックは理解できるのに、犯人の動機が理解できない話がたくさんありました。ノーランさんの惑星の推理小説では、別にその人を殺しても保険金が手に入るわけでも会社で昇進できるわけでもないのに、よく分からない理由で人が人を殺していたんです。僕がフクシュウという概念と出会ったのはそのときです」
「俺の推理小説好きが仇をなしたな。電子書籍には学術書だけを入れておくべきだった」
「ノーランさんが推理小説好きじゃなかったら、今回の事件みたいな難解なトリックは思いつかなかったんじゃないですか?」
「かもな。最後に一つ、俺たちの惑星とこの惑星との最大の違いを教えてやるよ」
このことは両惑星の最大の違いであると同時に、俺にとって最大の誤算でもあった。
「なんですか?気になります」
俺は改めてシュピーの全身を眺める。
チェック模様の帽子のつばの位置はいつ見ても変わらない。帽子と同じ柄のコートの裾は、少し屈んだら床にくっつきそうなくらいに長い。
「俺の惑星にはシュピーみたいな探偵はいないんだ。俺の惑星の探偵の仕事は、主に人探しや尾行。こうやって関係者を集めて、推理を披露して、殺人事件を解決するようなことはまずない」
「え?じゃあ、難事件はどうしてるんですか?全部迷宮入りですか?」
シュピーは腰を抜かし、背面にあった壁にゴンっと頭を打った。
探偵の命であるハンチング帽がポトっと床に落ちた。
(了)
今回の小説を最後まで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
今回の小説は推理小説というよりは、SF小説としての色彩が強かったと思います。
それもそのはず、今回の小説のアイデアの端緒になったのは、国立科学博物館で現在開催中である特別展示の「生命大躍進展」であり、生物進化の面白さという「サイエンス」な魅力を読者の方に伝えることがこの小説の主たる目的だからです。
もっとも、僕は理系に憧れを抱く文系人間であり、科学についてはズブの素人です。なので、今回の小説で用いられた進化論や多元宇宙論についての説明も、極端に単純化し過ぎていたり、厳密にいうと不正確だったりすると思います。
その点は、ゆーても「フィクション」だから、と多めに見て下さるとありがたいです。
より親切な方は、間違いを見つけてコメント欄で指摘して下さると嬉しいです。
次回作は、趣を大きく変えて、このサイトでの流行である「ライトノベル」に挑戦してみました。
これは僕にとっては本当に大きな試みでした。というのも、僕は今までライトノベルを書いたことがないことはもちろん、読んだこともなかったからです。
しかし、いざ書き始めてみると、とても楽しく、あっという間に作品ができあがってしまいました。
タイトルは、「この不思議すぎるダンジョンは、俺の妹愛を試そうとしている」です。
ジャンルはとある思惑から「ファンタジー」に設定しましたが、実質上はユーモアを最優先した「コメディー」であり、終盤には「ミステリー」要素も詰め込みました。
字数は2万5000字に届かないくらいなので、サックリ読めると思います。
次回作もよろしくお願いします。