公爵令嬢は子爵令嬢の決断を尊重し、男爵令嬢に聴取の同席を求められる
ライラが実家へと戻るように言われてからヴィーチェは察していた。マルベリー家にとうとう終わりが迎えたのだろうと。
当主が浪費家で節制どころか無駄使いを続けていて、考えを改めない彼ではその未来はどう考えても避けられない。これは当然の結末。しかし友人のライラのことを思うとこのまま見過ごすことはできない。
そのためヴィーチェは前々からライラを自分の侍女にできるように入念に準備をしてきた。
父からも許可を取り、専属侍女のアグリーにもライラを侍女として迎えた際の教育をお願いしたり、すでに侍女服も用意したりと準備は万端。あとはライラの意思のみ。
一旦、学院に戻ってくるはずだと睨んで、ヴィーチェは授業後ずっと女子寮の門前でライラが帰ってくるのを待っていた。傍らにはそんなヴィーチェを一人にさせておくわけにはいかないとアグリーも控えている。
夕日が沈むまであと三十分ほどだろうか、一台の馬車が停まった。最初に出てきたのはライラの使用人アルフィー。彼を見てヴィーチェは「来たわっ」とライラが出てくるのを待ち構えた。
そしてライラがアルフィーの手を取って馬車から降りてきたのでヴィーチェはすぐに彼女の元へと駆け寄る。
「ライラっ」
「! ヴィーチェ様っ?」
驚くライラにヴィーチェは構わず「何があったか聞かせて」と尋ねようとしたが、もう一人の人物が馬車から降り立ったのを見てその言葉を飲み込んだ。
「おや? ヴィーチェ嬢もいるのかい?」
まさかのアリアス第一王子の姿にヴィーチェも驚いた。なぜ二人が一緒なのか。いや、考えるまでもない。アリアスが行動に移しただけなのだろう。
「驚いたわ、アリアス様もご一緒だったのね」
「はい。勝手に追いかけてきましたが」
「否定はしないけど、どこか言葉に棘を感じるなぁ……」
と、言う割には何だか嬉しそうに見えるので、これは彼にとって良いことが起こったと言える。
「早速ですがヴィーチェ様、ご報告をさせていただきます。私、アリアス様と婚約することに決めました」
「……えっ!?」
思いもよらぬ発表。たったの数時間でライラが大きな決断をくだしていた。ライラにしては思いきりすぎではないだろうか。もしかしてアリアスが彼女にそうさせるを得ないことを口にしたのでは? と、ヴィーチェは第一王子へと目を向ける。
「アリアス様、ライラになんと仰ったのかしら?」
「誤解はしないでもらいたいのだけど、私はライラ嬢に政略結婚の持ちかけと、以前ヴィーチェ嬢が話していた侍女の件を伝えてどうするか尋ねただけということは理解してほしいんだ」
「そうなのライラ?」
「はい。ヴィーチェ様が私のためにと考えてくださったことはとても嬉しかったです。だからこそヴィーチェ様のお世話になるのは申し訳なく思いましたので……」
「なるほど、アリアス様なら遠慮なく世話になっていいってことね! さすがライラだわ! アリアス様は少し図々しいからライラもそのくらいしないと割に合わないものねっ」
「本人を前にしても毅然と発言するヴィーチェ嬢のその逞しい心臓、私は嫌いじゃないよ」
「強いのは心臓だけじゃないわ」
「あぁ、うん。……そうだね」
以前、アリアスの首を掴んだことがある。もちろん先に手を出したのは相手なので正当防衛だ。そのことを思い出したのか、相手は首に手を当てながら少しだけばつ悪そうな顔をしていた。
「ライラの選んだ道なら私は応援するけど、やっぱりアリアス様と合わないようならいつでも私の元へ来てちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
「アリアス様、婚約関係を結ぶということはマルベリー家のあれこれをあなたが担うことになるのよね? それを盾にしてライラの嫌がるようなことをするなら私は倍を支払ってライラを返してもらうから」
「あぁ、構わないよ。信用ないのは悲しいけど」
アリアスのことは正直まだよくわからなかった。もしかしたら素性を隠した彼と文通をしていたライラも同じ思いかもしれないし、案外手紙を通じて理解しているかもしれない。
「……ところでヴィーチェ嬢、後回しにしてしまったが、君に報告があるんだ」
「あら、何かしら?」
ライラとの婚約以外にも何か報告があったかしら? と一瞬思考を巡らせるが、もしかしてと心当たりがないわけではなかった。どうでも良かったけれど、どうでもいいと片付けてはならないもの。
「エンドハイトのことだよ」
あぁ、やっぱり。報告ということは何か進展があったのだろうか。それでも昨日の今日だというのに随分と早い。
「昨日、あれからすぐに聴取を始めたんだ」
「国王陛下は罪人として扱うと仰っていたけど、本当だったのね。息子だからてっきり慎重に扱うかと思ったのだけど」
「父もこれ以上息子の醜態を晒したくないのと、ファムリアント家に多大な迷惑をかけたことの詫びも兼ねて早期解決したいのだろう。だから問い詰めたんだ。どうしてヴィーチェ嬢やリラ殿の命を狙ったのか、そしてどこであの毒花を入手したのかと色々とね」
毒花ドラコニア・ヴェネヌムの入手は大婆も疑問視していた。栽培向きの植物ゆえに自生するのは珍しいのである。そんな毒花をエンドハイトが簡単に見つけて手に入れるわけがないし、売買するにしても面倒な手続きを取らねばならない。
もし不当な手段で手にしたというのならそれはそれで問題である。
「エンドハイト様はちゃんとお答えしたの?」
「ドラコニア・ヴェネヌムについては全く。ヴィーチェ嬢とリラ殿を狙った理由については魔物と魔物に人間を売った反逆者と言うばかりでね」
「アリアス様……それは報告するほどのものですか?」
少し呆れるような物言いでライラが口を開く。確かにそれだけならわざわざ聞くまでもないし、命を狙われた理由についてはわかりきったことだ。そもそもエンドハイト自身がそのように語っていたのだから。しかし、アリアスがそれだけで話を終えるとは思えない。
「エンドハイト様が今さらどこでドラコニア・ヴェネヌムを入手したとしても使用したのだから隠す必要はないと思うのだけど……もしかして入手法に関わっている人物を庇っているとか?」
「そう。私もそう睨んでいるし、あの弟が庇う相手なんて一人しか思いつかない」
その言葉を聞いてその場にいた誰もが同じ人物を想像しただろう。ヴィーチェもそうであった。エンドハイトが心を寄せるたった一人の男爵令嬢。
「リリエル・キャンルーズ様ね。だけど彼女がドラコニア・ヴェネヌムを手に入れることの方が全く想像つかないわ」
「同感だけど我が弟が庇う相手なんて彼女しか思い浮かばないし、キャンルーズ嬢を介した第三者がいる可能性もある。だから彼女にも話を聞くべきだと考えているんだ」
「ですが証拠もなく疑ってかかるのはどうかと思うのだけど。それだけではキャンルーズ様も話に応じてくれるかどうか……」
確固たる証拠があるならまだしも、可能性という段階では話を拒否されることも考えられる。王族の命令、と言われたらそれに従うしかないのだけど、それでは王家のイメージも下がるだろう。できるだけ権力を行使するのはやめておいた方がいい。
「お望みならばその召喚に応じます」
すると、ヴィーチェ達以外の声が聞こえてきた。女子寮から外に出てきたのか、門前に噂の人物リリエル・キャンルーズが姿を見せた。その言動にみんな驚きを隠せない。
「……キャンルーズ嬢、それは本当かい?」
「はい。エンドハイト様が入手した毒花の出処を聞きたいと仰るのなら私はそれに従います」
「そうか。それはありがたいが……わざわざ私達の前に姿を見せるのだから他にも何か用件があるのかな?」
「私はただ……アリアス様のお姿が見えたものですからエンドハイト様のことについてお話をしたいと思い、不躾ながらお声がけさせていただいただけです」
控えめな声でそう告げるリリエル。どこか警戒するいくつかの視線が彼女へと向けられていた。無論、ヴィーチェが向ける視線は警戒に含まれない。
「残念だけどエンドハイトについては答えられないよ。何せ彼は罪人だからね」
「そうですか。わかりました」
随分とあっさりした返事だった。表情も悲しみのようなものが感じられない。エンドハイトの処遇はさすがに想い人であろうと納得しているのだろうか。
「それじゃあ、明日場を設けるから王城へ来てくれるかい? 学院側には私から話を通しておこう」
「はい……ですがお願いがございます」
「お願いとは?」
「エンドハイト様とヴィーチェ……ファムリアント様の同席をお願いしたいです。エンドハイト様にはしっかりと真実に向き合うために、そしてファムリアント様には私の思いを知るために」
ちらりと向けられた視線はどこか強かった。エンドハイトへの想いの強さのことを言っているのだろうか。そんなことをしなくてもヴィーチェ自身はエンドハイトに想いの欠片もないので警戒せずとも奪ったりはしないのだけど……と考えたが、本人の気が済むのなら頷くのがいいだろう。
どうせヴィーチェがいてもいなくてもリリエルの話は被害者であるヴィーチェの耳に入るのだから。それに彼女がどこまでエンドハイトの片棒を担いでいるかはわからないし、無関係の可能性もあるのでその話も知りたいところ。
「私は構わないわ」
「ヴィーチェ嬢がそれでいいならエンドハイトも含めそのように手配するよ」
「ありがとうございます。では失礼いたします」
軽く頭を下げたリリエルはすぐに女子寮へと戻った。彼女の姿が見えなくなった頃、ライラが口を開く。
「……キャンルーズ様、少し雰囲気が違いましたね。どこか淡々としているような……。いつもならもっと弱々しいお姿でしたのに」
そうだったかしら? と、ヴィーチェはリリエルと二人で話をしたことを思い出す。むしろとても強気だったような……と。すぐに「あ、そういえばエンドハイト様の前ではそうだったかもしれないわね」と気づく。
「私、彼女のことは好ましくありません。ヴィーチェ様を悪者に仕立てようとしているエンドハイト様に寄り添っていますし、今の同席の件についても何かあるようにしか思えません」
「ライラ嬢がそう思うのも仕方ないだろう。けれどキャンルーズ家のご令嬢はエンドハイトとばかり交流を深めているところを見ると、他の貴族に媚びを売ってヴィーチェ嬢を孤立させるのが目的というわけではなさそうだね。嫌ってはいそうだけど」
「え? キャンルーズ様ってば私を嫌ってらっしゃるの? もうエンドハイト様との関係は切ったのにまだ何か不服なのかしら?」
「……気づいてらっしゃらなかったんですね。ヴィーチェ様らしくてよろしいと思いますが」
「まぁ、どちらにせよ明日キャンルーズ嬢が何を語るか身構えておくに越したことはないだろうね。もしかしたら彼女も捕まえなきゃいけなくなるかもしれないし」
そんなに警戒をしなければいけないものなのかしら? そう考えるヴィーチェはリリエルが用心すべき相手とは思えなくて、一人腕を組んで首を傾げた。




