子爵令嬢は真実に驚愕と反省をし、第一王子に慰められる
ライラ・マルベリーは驚愕した。学院の休日にて行われた城下町の大広場に赴くと、勲章授与式にて本当に本物のゴブリンが登壇したからだ。
いや、それだけじゃない。あのゴブリンはエンドハイト第二王子の生誕パーティーにて侵入して、ヴィーチェを連れ去ったゴブリンと同じ個体であった。
なぜゴブリンが勲章を……? ライラは混乱した。確かにヴィーチェは「リラ様に勲章をお渡しできるのっ」と何度も口にしていたが、おそらく何かの間違いであって現れるのは同名の別人だろうと考えていたのに。糠喜びとなった彼女をどう慰めようかと考えていたのに。
まさか、本当にゴブリンがステージに現れるなんて思いもしなかった。もちろん会場は騒然としている。何なら逃げ出す人もいた。だって魔物が目の前にいるのだから。
「マ、マルベリー様、あ、あのゴブリンは先日の……」
共に授与式を見に来たティミッドも気づいたのだろう。それもそうかもしれない。魔物図鑑で見たゴブリンとは似ても似つかない大柄さ、圧倒的な強者の佇まい。そしてその存在感。とても恐怖を感じた。しかし同時に相手のことを知っているような妙な感覚も抱く。
ヴィーチェの語るイマジナリーフレンド、リラ様の理想像そのものだったから。思えば城のパーティーに姿を見せた時も一瞬ではあったが、既視感があった。
見れば見るほど、ヴィーチェの語る主役のリラ様に近いと感じた。彼女のイマジナリーフレンドのモデルなのかというほど。
「……もしかして、ヴィーチェ様はずっと事実を……?」
ライラはようやく前提を間違えていることに気づく。これまでイマジナリーフレンドとして語られていたリラ様は実在し、ヴィーチェの語る話は全て本当のことだったのだと。
観客みんなが困惑する中、国王は勲章をゴブリンに授けた。王族はゴブリンの存在を受け入れている。一体何が起こってそうなったのか理解できない。
だけどヴィーチェの言葉が事実なら緑肌病の治療法を彼が提供してくれたのは間違いないだろう。……アインこと、アリアスの病が治ったきっかけとなる人物。
しかし突如現れたエンドハイトによって式はめちゃくちゃになってしまう。ゴブリンに人間の名誉である勲章を与えることに異を唱えたのだ。
中には同調する人も出て、このままでは観客達を交えた暴動が起きるのではないかと心配するも、さらに最悪な状況を第二王子は生み出した。
兵を動かし、ゴブリンと抗議するために舞台に出てきたヴィーチェに向けて矢を放ったのだ。まさかの展開に「ヴィーチェ様っ!!」と叫んだライラだったが、すぐにリラがその身で受け止めたのを見てさらに驚いた。
ゴブリンが身を呈してヴィーチェを守ったのだ。さらに国王も同様に彼が盾となる。しかし血を吐くリラの様子を見れば矢に毒が塗られていることは明白。
会場に訪れた人達もさすがに動揺していた。観客側から矢を射るのだから巻き込まれかねないと、王子と弓騎兵から逃げる人も現れ、ゴブリンが表舞台に出てきた時より会場には混乱が起きていた。
人の波に押し寄せられてしまい、いつの間にかティミッドとはぐれてしまう。そんな中だった。悪魔が現れたのは。
リラを傷つけられて怒り爆発したヴィーチェがきっかけだったようだ。魔力ゼロの彼女が魔力に目覚めるという魔力の歴史が塗り替えられる瞬間でもある。
次から次へと怒涛の展開で頭がついていかなかったけど、悪魔から契約を持ちかけられた時は非常にまずいと思った。悪魔を召喚して契約するのは重罪である。例え誰かを助けるためだとしても悪しき力を手にすると、いつしか悪魔に言いくるめられ、世界は滅亡へ向かうのだそうだ。
何とか止めようとしたが、ヴィーチェは強い意志で断ったのでひとまず安心する。むしろヴィーチェは悪魔を追い返したので相変わらず肝が座っていた。
しかしこれで終わりではなかった。エンドハイトはヴィーチェに危害を加えようとするも彼女に返り討ちにあい、最後は捕縛されてようやく騒動は治まった……と思われた。
だが、リラの毒治療は材料調達に時間を要するためすぐにはできないらしく、それならばとヴィーチェがリラを抱きかかえると、転移魔法を使用してステージから消えてしまったのだ。
……魔力ゼロだった子が珍しい転移魔法をやってのけた。本来ならば実演練習をして魔法のコントロールを会得しなければならないのに、一回で発動したのは驚きである。けれど実際に消えたとはいえ転移場所に成功できたのかはわからない。
ヴィーチェは大丈夫なのか。心配のあまりライラはステージへと走って、先ほどまでヴィーチェと会話していた彼女の兄、ノーデルの元へ向かう。
「あのっ、ノーデル様っ! ヴィーチェ様は……ヴィーチェ様は大丈夫でしょうかっ?」
「ライラさん……。おそらくヴィーチェのことなので大丈夫だと思いますよ。ご心配ありがとうございます。あとのことは僕達にお任せください」
ライラと同じで表情が読みづらいノーデル。心配させないようにそう言っているだけかもしれないので本当にヴィーチェは大丈夫なのか、彼の平然とした顔ではわからなかった。
しかし兄の彼が任せてと言うのならそれに従うしかない。貧乏子爵家の自分ではどうすることもできないから。
そう納得するしかなく、ライラは帰ることに決めた。
「ライラ嬢っ」
すると舞台に近づいたこともあってか、アリアス第一王子がライラを呼び止めた。振り返ると相手は少しホッと安心した表情を見せる。
「君も式典に来ているだろうから心配していたんだ。エンドハイト達の近くにいなかったか気が気じゃなくて……」
「エンドハイト様との距離はありましたので特に問題はありません。ご心配いただきありがとうございます」
心配してもらえるのはありがたいが、アリアスにどんな顔を向けていいかわからない。とはいえ、鉄壁の表情のおかげでいつも通りのお堅い顔しか披露できないのでどんな顔をしても変化はないが。
「無事なら良かった。……それにしても取り返しのつかないことをやってくれたよ、あいつは」
はぁ、と溜め息をつく様子を見るとアリアスも弟がここまでの暴挙に出るとは思っていなかったのだろう。これ以上呆れることもできないと言わんばかりだ。
「……まぁ、ここまでくるならとことん落ちぶれた方がいいかもしれないけど」
ライラの良すぎる耳のせいでボソッと呟くアリアスの言葉が聞こえた。
つい先日エンドハイトは王位継承権を剥奪され、代わりにアリアスが次期国王として正式に認められたのだからあまりそのような不敵な笑みを浮かべて言わない方がいいと感じる。
「ところで、授与式はどうだった? 私としては二度も邪魔をされたけれど、目的だった勲章は与えられるべき人物に渡って満足だったよ」
「……アリアス様はゴブリン相手というのに随分と受け入れているようですが、抵抗感はないのですか?」
思えば不思議だった。国王もそうだが、アリアスも魔物に勲章を授けることに嫌悪感はなさそうだったから。エンドハイトのように激昂するとまでは言わないが困惑するのが普通ではないだろうか。
「ファムリアント家が彼を連れて来て説明してくれたからね。驚きはしたが抵抗はないよ。病に患っていた頃は何度もゴブリンだと笑われたから、むしろ親近感があるくらいかな」
それに、と彼は続ける。まるで何かを思い出すようにアリアスは軽く吹き出すように笑った。
「ヴィーチェ嬢とのコンビが、よく似合っていてね。城で面会した時なんてリラ殿がヴィーチェ嬢に普段から振り回されているんだなってすぐに理解できるくらい微笑ましい関係を築いているのがわかったよ。ライラ嬢もあの二人が一緒にいるところを見てみたら納得するだろうね。彼は人間と関わりたくなさそうだけど根は優しい。父も助けてくれたしね」
確かにリラ様という彼は流れ矢が国王フードゥルトへと向けられるとすぐに助けに動いていた。身の丈二メートルはありそうな巨体というのに反射神経も良い。
「一身を投げ打ってまで公爵家の令嬢と国の王を守った彼を目撃した者は多くいるし、ヴィーチェ嬢の望むゴブリンの歴史が変わるというのも実現するかもしれないね」
リラ様と呼ばれるゴブリンの存在や、彼に関する身体的特徴や、身を呈して人を守る場面を見てしまうと、ヴィーチェの言っていた話が事実だと少しずつ裏付けされていくようであった。
……本当にヴィーチェが今まで語っていた話が真実だとしたら約十年もの間、話を合わせていたとはいえ全て嘘だと思って耳を傾けていた事実が今になって罪悪感として重く伸し掛かる。
「私は……今までヴィーチェ様の話を信じる振りをして聞き流していました。……彼女の友人として恥ずべき行いです……」
誰もがみんなヴィーチェのことを嘘だと、妄想だと口にしていた。それを信じる振りをすれば彼女にお近づきになれるという打算的な理由があった当初。
今ではただ普通に友人として彼女の傍にいたいと思うものの、ゴブリン関係の話はどうしても信じることができなかった。ヴィーチェの友人だというのに。ライラは自分で自分を責めた。
「ライラ嬢が気に病むことはないよ。存在証明をしてくれない限り、この件は誰も信用できないほど有り得なかったことなんだから。それにもう信じてる振りをしなくてもいいし、これから真摯に耳を傾けたらいいんじゃないかな?」
「そう、ですか……」
何だか胸がモヤモヤする。ヴィーチェを信じていなかった自分をなかったことにしてこれからも変わらずヴィーチェの傍にいていいのだろうか。
「まぁ、ヴィーチェ嬢なら例えライラ嬢が信じていなかったことを知ってもあっけらかんとしてそうだけどね」
ライラの考えていることを見抜くようにアリアスが答える。そして彼は「じゃあ私は兵達と一緒にエンドハイトのせいで怪我をした人達がいないか見回ってくるよ」と告げて見回りに向かった。
……確かにそうかもしれない。以前もヴィーチェがプレゼントしてくれた品を父に売り飛ばされたことを打ち明けた時も彼女は気にする素振りはなかった。
ならば今回もヴィーチェなら気にしない……とは思うが、友人が信じていると長年嘘をついていたと知ったらやはり不快に思うのではないか。今回こそはさすがのヴィーチェも堪忍袋の緒が切れるかもしれない。彼女の愛しのリラ様が傷つけられた時のように。
「まぁ、ライラってば私に気を遣っていたことに心を痛めていたのねっ。そんなこと気にしなくても良かったのよ?」
「……」
翌朝、女子寮にてヴィーチェと対面したライラは彼女が無事に戻ってきたことに安堵しつつも、大丈夫だったのと尋ねる前に彼女から昨日の出来事を全て語ってくれた。
リラ様を解毒したことや、仲間と認めてくれたことなど。そんな嬉しそうに話す彼女に向けて水を差すようで申し訳ないと思いながら、ライラは今までリラ様の話を信じていた振りをしていたことや、コネクション作りのためにヴィーチェと対話したことまで正直に話して謝罪した。
そしたらやはりというか、きょとんとした様子を見せるので少しだけホッとしたが、本当にそれでいいのかとも思う。
「その、怒らないのですか?」
「怒る要素はないわ。貴族として生まれたのなら優れた人物と関係を持ちたいという気持ちは当然のことだもの。それにライラはずっと馬鹿にすることなく私の話を聞いてくれたのよ。感謝はしても憤怒することはないわ。それに前例がない話は証明するまで信用を得られないってよく理解したもの」
ライラってば本当に真面目で素晴らしい心を持っているのね、と微笑むヴィーチェを見るとスッと胸が軽くなる。自己満足の謝罪だというのに彼女はそれすらも受け入れてくれた。
素晴らしいというのはそんな広い心を持つヴィーチェのことではないのだろうか。でも、だからこそ、この人の友達という立場に立たせてくれるのは光栄なことかもしれない。
「マルベリーさん! ちょうど良かったわ!」
すると慌ただしく寮内の廊下を走る寮長の女性がライラを呼んだ。廊下は走ってはいけないと言う立場である彼女がなぜ? と思ったが、相手は軽く息を切らせながら続けて話す。
「今すぐ実家へ戻りなさいっ。あなたの家のことでマルベリー子爵夫人がお呼びです!」
「!」
その言葉を聞いて酷く血の気が引いた。顔に出てるかはわからない。ただわかるのは恐れていた事態が起こったという絶望だった。




