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ゴブリンは攻撃を受け、公爵令嬢の怒りは頂点へ

「名誉ある素晴らしき勲章を価値もわからぬゴブリンの手に渡るのは、どう考えても納得できるものではない!」


 そう叫ぶ第二王子に周りの人間達は同意するように「確かにそうだ。なぜ授与者が魔物なんだ」と訴える言葉が次々と聞こえてくる。

 大衆を扇動するエンドハイトに国王はほとほと困り果てるように落胆の溜め息を吐き出した。


『エンドハイト! いい加減に━━』

「弓騎兵! 構え!」


 王の言葉を遮り、エンドハイトは後ろの兵士達に弓を構えさせた。やじりはリラに向けられているが、近くに父である国王もいると言うのにお構いなしなところを見ると、どうやらエンドハイトは強硬手段に出るつもりだ。

 それにしても弓矢で倒せると思っているのなら甘く見られたものだとリラは若干不服に思う。

 避けるのは造作もないが、下手に動くと王に当たってその責任すら押し付けてきそうだ。そう考えたリラはできるだけ動かずに矢を掴んで止めるか、身体で受け止めるしかないと考える。

 たかが矢の根が刺さったところで大した傷にはならないのだから。


「エンドハイト様! 一体何をお考えになっているのかしら!!」

「!?」


 裏から姿を見せ、すぐにリラの前へと立つヴィーチェがエンドハイトに楯突いた。いや、お前の方こそ何を考えているんだ! と、リラはヴィーチェの行動を咎めようとするも、第二王子が一際大きな声を上げる。


「出たなっ、魔物と手を組んだ人間の敵め! ファムリアント家は城にゴブリンを手引きし、勲章まで魔物に与え、我ら人間の尊厳を踏みにじろうとしている! 魔物を野放しにしようとする危険思想を許してはならない!」

「リラ様の素晴らしい功績を讃えることの何がいけないことかわからないわよ! 病の人々を救うきっかけとなったリラ様を侮辱することの方が許せないわ!」

「いいからお前は早く裏に行けっ」


 お前にはあの弓矢が見えないのか! そう訴えながらヴィーチェの肩を掴んでステージ裏へと下がらせようとするが、令嬢は頑なに動こうとしない。


『話を聞けっ、エンドハイト! 私に従わないつもりか!?』

「……」


 国王が怒鳴ってもエンドハイトは聞き入れる様子はない。冷めたような視線を父に向けたのち、第二王子は弓騎兵に声高らかに命じた。


「全ての元凶、ヴィーチェ・ファムリアントをあのおぞましい魔物とともに排除せよ! 放て!!」


 エンドハイトの手がヴィーチェとリラに向けて勢いよく突き出される。攻撃の合図を聞いてリラは気づいた。エンドハイトは最初から自分だけではなくヴィーチェも抹殺するつもりでこのような手段に出たのだろうと。

 王子の命令に従い兵士達がいっせいに矢を放った。群衆の近くということもあり、すぐ傍らで攻撃を始めると危険だと察した人間の悲鳴があちこちから上がる。

 そんな中、ヴィーチェは尚もリラの前から離れようとせず、盾になる様子。このままではまずい。無謀にもほどがある。


「あーっ! ったく、クソが!!」


 どうするか考える時間なんてなかった。ただヴィーチェに当てさせるわけにはいかないという理由で盾になる彼女の前に立つ。

 ドスッ、と一本が腕に刺さると次々に胸、腰、足などにも他の矢が当たる。大きな身体ゆえに弓騎兵の攻撃の的となるリラは一歩も引くことはなく、多数の矢を受け止めて自分が盾となった。


「リラ様っ!? どうしてそのようなことを!」

「ゴブリンの頭張ってる奴が守られるわけにはいかないだろ。守るのは俺の役目、だっ……!?」


 その瞬間、足に力が入らなくなり、リラは膝をつく。どういうわけか痺れまで感じた。それに足だけじゃない。手も……いや、身体全体に痺れと焼けるように熱い何かが血管を巡っているのを感じる。

 たかが矢に刺さっただけなので出血多量なわけでもないのになぜなのか。喉の奥からも何かが込み上げてきて、ゴホッと咳き込むと、僅かに喀血した。


「リラ様! 血がっ!」

「……っくそ、毒かよ……」


 やじりに毒を塗っていたのか。それならば身体の異変も頷ける。矢ごときで倒れるわけないのにと高を括ったのがいけなかった。

 接近攻撃は不利だと思って遠距離攻撃の弓兵を連れてきたのだろうが、相手も何も考えていないわけではない。小細工くらいはするだろう。そこまで頭が回らなかったのは自分の落ち度だとリラは崩れ落ちそうになる身体を何とか膝だけで耐えて、エンドハイトへと睨みつけた。


「続けっ! 弓騎兵!」


 エンドハイトはさらに攻撃を命じた。近くにいた国王は王子の名を叫ぶもやはり向こうは耳を傾ける様子はない。そうしている間に次の矢が発射される。

 国王の近衛兵と思わしき騎士が「陛下、ここは危険ですので避難をっ」と声をかけ、ステージから離れるように催促していた。


「リラ様っ、私がお守りするので後ろに!」

「いらん! 俺だからこれくらいで済んでるが、一本でも食らうと二度と俺と会えなくなるぞ! いいのかっ!?」

「良くないわ! でもリラ様の方が大事だものっ!」

「んのっ、わからず屋めっ……!」


 膝をつくリラの前に立とうとするヴィーチェの頑固さは相変わらずで、こんな時くらい言うことを聞けと言いたくなるがそんな暇もない。仕方なくヴィーチェの腕を掴むと勢いよく後ろへと引っ張って尻もちをつかせた。荒々しい扱いをしたが、そうせざるを得ない状況である。

 リラは力が入らない膝を何とか動かして、迫り来る毒付きの矢を何本かは手で掴んで受け止めるも、全てを捕えることは出来ず腕や脇腹など複数のやじりが皮膚に食い込んだ。


「……ぐっ、うう……!」


 口の端から血が溢れ出る。シャドウローブさえ被れば姿を消せるがそうするとヴィーチェが的にされるのは明白。エンドハイトはヴィーチェも殺すつもりなのだから無視できるわけがない。

 すると一本だけ発射が遅れた矢の存在に気づく。どうやらそれは手が滑って標的を誤ってしまったため、リラの方ではなく避難しようとする国王へと逸れていった。

 人間達が「危ないっ!」と声を上げるが、近衛兵は後ろを向いていたため矢に気づくのが遅れてしまった……が、リラがいち早く駆け出し、国王フードゥルトの顔へと目掛けて飛ぶ矢をリラの伸ばした手のひらで受け止めた。まるで的のど真ん中へと刺さったかのように手の中心を貫く。

 その頃にはもう完全に身体の自由が利かず、リラはその場へ倒れ込んだ。


「リラ殿!」

「っ、早く身を隠せ! また撃ち込んでくるぞ!」


 国王が身を呈して守ったリラへと気にかけるが、命の危険がある今の状況、他人の心配をしてる場合ではないため、リラはフードゥルトに逃げるように訴えた。


「しかし……」

「陛下っ!」


 騎士の男が急かす。王に何かあって困るのは一人や二人の問題ではない。相手もそのことを理解してるのだろう。躊躇いつつもフードゥルトはリラに軽く頭を下げ、ステージ裏へと姿を消した。

 別に自分の身体に鞭を打ってまで国王を避難させたことはただの人助けというわけではない。あのまま見捨てると、人間から「お前のせいで王様が怪我を負ってしまった!」という八つ当たりを受ける可能性が高い。

 打算的ではあるが、こうでもしておけば恩を売ることはできるし、最悪自分の身に何かあってもヴィーチェや公爵家がその恩を盾に仲間達を守ってくれるだろうと考えたためだ。

 しかしエンドハイトは正気ではない。自分の父が危ない目に遭ったというのに怯む様子もなく、再度弓騎兵に攻撃を構える命令を下していた。

 毒が全身に巡る。身体を起こすのも厳しいほど痺れも酷くなる一方なため正直とてもまずい状態だ。こっちが手を出さないのをいいことに敵方は攻撃の手を緩めない。確実に息の根を止めにくるだろう。


「リラ様っ!!」

「お前っ、まだ隠れてなかったのかよっ……! いい加減裏に行け!」


 いまだ逃げることなくリラの元へと駆け寄ってはしゃがみ込むヴィーチェ。顔面蒼白な表情を見せる彼女は取り乱しているのか、リラの話が耳に入らないように見受けられた。


「リラ様、リラ様っ……こんな……っ、……せ、ない……」


 まるで水面に映る星のごとく娘の瞳が潤んでいる。笑みを絶やさないヴィーチェが泣くなんて今まであっただろうか。

 幼い頃はどれだけ怖がらせても泣かなかったあのヴィーチェが、このような場でその姿を見ることになるとはリラは思いもしなかった。

 ポタリと星の雫がリラの頬へと落ちる。そんな顔をさせてしまったことによる罪悪感と、水気を帯びた瞳が手を伸ばしたくなるほど綺麗だという感情がごちゃ混ぜになり目が離せない。

 遠くの方で「放て!」とエンドハイトの声が耳に入ってくる。早く娘を逃がすなり守るなりしなければならないので今一度ヴィーチェに逃げろと言葉を告げようとしたところ、突如彼女の目元がバチバチと大きな火花を散らし始めた。

 そしてヴィーチェはゆっくりと立ち上がり、エンドハイトの方へと睨んだ。怒りに満ちた双眸で。しかし睨んだところで矢はすでに放たれたため、もはやどうすることもできない。


「おい、ヴィーチェ……!」

「許せないっ!!」


 殺意を込められた矢をヴィーチェに命中させないため、腕を引っ張ろうとした瞬間、止まることのない彼女の火花が大きくなり、まるでヴィーチェを包み込むような電撃の球体を作っては叫ぶと同時に破裂した。その影響か、勢いよく飛んでくる数々の矢を爆風で対抗するように弾き飛ばしたのだ。


「……なん、だ……?」


 目の前で起こっている現象が理解できない。それはエンドハイト側も同じらしく「なんなんだあれは!?」と狼狽しているようであった。

 幾度か目撃したあの火花が暴走しているようにしか見えないのだが、あれは魔法の類なのだろうか。しかし魔法を唱えた気配もないし、そもそもヴィーチェは魔力ゼロの人間のはず。魔法が使えるわけもない。


「これはこれは……珍しい人間がいたものだぁ」


 混乱の中、どこからか声が聞こえてきた。この場に相応しいとは言えない楽しげな声色。その姿を探すより前に突如ヴィーチェの前へ稲光が落ちた。

 轟く雷鳴と眩しさのあまりリラは瞼を強く閉じ、しばらくしてからゆっくり目を開ける。

 落ちた雷の場所、そこにはいつの間にか見知らぬ男がヴィーチェの前に立っていた。誰かはわからないが、人間ではないことだけは理解できる。なぜならその男は蝙蝠のような大きな黒翼と、やじりのような尻尾、そして頭には二本の捻れた角を持っていたから。

 その姿は噂程度でしか聞いたことのないある種族の特徴と酷似していた。


「初めましてぇ、人間のお嬢さん。我が名はアンドラス。悪魔でぇす」


 襟足の長い黒髪に白く清潔に整えられた礼服を纏う男は確かに“悪魔”だと名乗った。妖しく笑う悪魔の登場にリラは悪寒とも言えるような嫌な予感を抱いた。

 なぜなら悪魔の目的が明らかなくらいヴィーチェにしか目を向けていなかったからだ。


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