ゴブリンは勲章授与式に出席する
勲章授与式当日の朝。学院に戻っていたヴィーチェだったが、早朝から転移門を使用したようで「リラ様、お迎えに上がりましたわ!」と元気良く村に訪問しに来た。もはや驚かない。いつヴィーチェが村に来ようがもう慣れてしまった。
リラは溜め息を吐きながらもヴィーチェに連れられ馬車に乗り、そのまま転移門を潜っては会場となる王都の大広場へと向かう。
馬車の中は前回と同じで、ヴィーチェの父フレクと兄ノーデルも同乗していた。軽く式典進行の説明を受けるが、式自体そんな長いものではない。授与式を見に来た人間が多いゆえにリラの姿を見て混乱や暴動が起きないとも言えないのでできるだけ簡略化されたそうだ。
もちろん授与者となるリラの姿が民衆の前へ出る直前にしっかりと国王から事前説明は行うとのこと。
前代未聞となる魔物の勲章授与式。何も起こらないわけがないだろうなと思いながらリラは広場へと向かう馬車の窓から見える景色を眺めた。
目的地へと辿り着いたリラは騒ぎになるのは間違いないだろうということで、再び大婆からシャドウローブを借りていた。それを纏って姿を消し、馬車から降り立つ。
まだ授与式まで時間があるというのに広場はすでに人があちこちに集まっていた。中心にはこのために設置したであろう大きなステージがある。
「あちらにリラ様が立つのよ」
「……」
姿が見えないはずなのにリラの方へと目を向けて話すヴィーチェに一瞬姿が見えるのかと焦ったが、周りが騒ぎになっていない時点でそれはないだろうとすぐに安堵する。おそらくヴィーチェの勘なのだろう。リラに関することだけは鋭いのでその感覚は末恐ろしくもある。
しかしあのステージに立つのはかなり目立つだろうなと少しばかり現実逃避したくなった。何かあった時の逃げ場だけでも考えなければいけないなと、リラは色々とシミュレーションをする。
しかし大広場と言うだけあって密接した建物はなく随分と広い。人がいなければかなり開けた場所だっただろう。建物が所狭しにあちこちあっても落ち着かないが、こうやって樹木も少ない広い場所もリラには慣れないものである。
やはり木々が密集した森の中の居心地の良さが一番肌に合うと感じた。
そんなことを考えながらステージの裏側となる場所へ連れられ、貴族用と思われる大きなテントへと入る。
「やぁ、ヴィーチェ嬢。待っていたよ。リラ殿も一緒かな?」
中にはアリアスと何名かの護衛となる騎士が立っていた。自分を探しているであろう様子の相手に向けて、リラは姿を見せることなく静かに口を開く。
「ちゃんとここにいる」
姿の見えない声を耳にした騎士がすぐさま剣の柄を握る。反応はとてもいいが招待された身ならばその扱いは失礼極まりない。
「大丈夫だ。そう警戒しなくてもいい」
アリアスが制止の声をかけるが、騎士達はどこか躊躇い気味であった。
「しかしアリアス様、相手はゴブリンですので……」
諌言するような騎士の言葉。そりゃあ相手が魔物なら警戒するに越したことはないだろうよ。と、もはや自分の扱いに慣れつつあるリラだったが、隣にいる令嬢がそれを許さなかった。
「そちらの方、どなたに向けてそのようなことを仰るのかしら? リラ様がいなければ緑肌病の患者は一生治ることもなかったのよ? それを理解していらっしゃれば無礼な言動を発することはないはずなのだけど。リラ様は寛大なお方だから今のお言葉は聞き流してくださるでしょうけど……ゴブリンだから、という種族だけで相手の全てを決めつけるのは良くないと思うわ」
コツ、コツ。ゆっくりと一歩ずつヴィーチェは一人の騎士の元へ近づいていく。不思議そうな表情とともに。しかし彼女の目元にパチッと小さな火花が散ったのをリラは見逃さなかった。
前にも一度だけ見た謎のスパーク。正体はわからないが、このまま放っておくのは良くないとリラの野生の勘が働く。
「ヴィーチェ嬢、彼の非礼な言動は私が代わって詫びるので━━」
「アリアス様が代わったところで何も意味はなさないわ。リラ様の素晴らしさが理解できないのならこちらにも考えがあるもの」
不穏な言葉。これでは何を仕出かすかわかったものではない。普通ならばただの小娘の戯言として受け止めるだろうが、ヴィーチェは色々と普通ではない。特に物理に関しては。
魔物でさえ仕留められるのだから騎士の男相手でも簡単に手を上げかねない。そうなると限りなく大事になるのは間違いない。
その証拠にフレクが「ヴィーチェ、落ち着きなさいっ」と声をかけるが、ヴィーチェは聞く耳を持たない様子。
「今すぐに考えを改めていただかないと、私はあなたに━━」
「もういいっ! それくらいのことでいちいち反応してたらキリがないだろっ」
慌ててリラがヴィーチェの腕を掴み、騎士へと歩み寄る彼女を引き止める。さらにヴィーチェの視線を逸らすためにフードを取って姿を見せた。
瞬間、ヴィーチェは勢いよくリラへと顔を向ける。すぐさま夏の花のような生命溢れる笑みを見せた彼女にリラは眩しさに目を細めた。
「リラ様ってば本当にお優しいのねっ! でもリラ様のことを誤解されるのは無視できないわ。だから一時間だけでいいからリラ様の素晴らしさをこちらの方に説明させていただけないかしらっ?」
どうやら暴力で解決するつもりはないようだ。それは安心だが、自分のことを一時間も語るなんてリラにとっては恥ずかしさしかない。そのためリラは全力で首を横に振った。
「いい。やめろ。いらん」
「リラ様のイメージを払拭するためには必要なことなのに」
「だからそんなことしてもしなくても印象なんざ簡単に変わるわけないんだからいちいち気にするなって言ってるんだよ。そもそも全人類に好かれたいわけじゃないしな」
「決めつけは良くないわっ。こういうのは根気なのよ!」
むんっ、と両手で拳を作っていらないやる気を見せるヴィーチェ。誰かこいつをどうにかしてくれ、そう願いながら深い溜め息を吐くと、アリアスがヴィーチェの名を呼んだ。
「リラ殿のことを思う気持ちはよく理解できるよ。しかしそのまま語り始めてしまうと授与式に遅れが生じてしまうから今回ばかりは胸に秘めてくれないかな?」
「ハッ、確かにそれは困るわ! リラ様が主役の舞台を台無しにするわけにはいかないものっ」
ようやく考えを改めたヴィーチェにリラはホッとし、アリアスへと目を向ける。目が合うと相手はニコリと微笑みかけてきた。何を考えている笑みなのかはわからないが、多少なりともヴィーチェの扱いを理解しているのだろう。
城で会った時も思ったが、アリアスという男も順応性が高そうだ。
そう考えた矢先、アリアスは件の騎士へと視線を向けた。
「君も発言には注意してくれないかな。彼は私の客人であり、勲章授与式の主役でもあるんだ。君の発言ひとつで王族の印象にも関わるのだから私情は捨ててくれ」
「は、はいっ。この度は大変失礼いたしました!」
口頭注意をすると、無礼な物言いをした騎士はリラに向けて大きく頭を下げてきた。言わされてる感は否めないが、ケチをつけるつもりはないのでリラは「まぁ、いいけど……」と返す。
その後はしばらく待機していた。式典の準備は滞りなく進んだようで報告を伝えに来た騎士の一人がアリアスに声をかける。
「アリアス様、国王様の準備も整ったのでそろそろ始めるとのことです」
「あぁ、わかった。では我々も移動しよう」
アリアスの言葉に従い、ファムリアント家とリラは王族待機用の天幕から外へと出た。ステージの裏側であり、民衆からは見えないように幕も張られているので、まだリラの姿は関係者しか見ることができない。
するとステージ側から観客の歓声が上がった。すでに国王が民や貴族達の前に姿を現したのだろう。すぐに王の声が響いた。遠くまで聞こえるように拡声魔法か、はたまたそのような効果がある魔道具を使用していると思われる。
『本日、皆に集まってもらったのは他でもない。先日、ジェディース学院にて緑肌病治療貢献の虚偽発言により保留となっていた勲章授与式を、この度正式に行うことになった。その前に皆には予め伝えておきたいことがある』
王の言葉に観客は何か重大なことだと察したのか、多少ざわつく声が上がる。
『当初、王室側は緑肌病の治療法はリュゼート・ビルバルデかヴィーチェ・ファムリアントのどちらかが発見したものと思われたが、リュゼート・ビルバルデの偽証に加え、民の証言を買収したことも明らかとなり、残るのはヴィーチェ・ファムリアントのみとなった。しかし彼女は頑なに治療法を見つけたのは自分ではなくリラという第三者の存在を口にし、その結果誰にも勲章を授けることはできず保留にしていた』
改めて聞くとおそらく名誉ある勲章授与式という場で何度もヴィーチェがリラの名を口にしていたようだ。それはそれは恥ずかしくて仕方ないと思う一方、大事な式典をぶち壊すなよとも思った。
『そしてようやくその第三者の存在も明らかになり、第一王子アリアスのたっての願いもあってその者に勲章を授けるのだが、その者は人ではなく魔物である』
その瞬間、観客のざわめき声が聞こえてきた。動揺と混乱が渦巻いていることがよくわかる。なんの冗談だと訴える者もいれば、気でも触れたかと口にする者の声も聞こえてくる。
そりゃそうだろうな。一国の王が魔物に勲章を与えるなんて人間からしたら馬鹿馬鹿しいことだろう。
『驚くのも無理はないが、先入観などは捨てて受け入れてほしい。彼が緑肌病治療の術をヴィーチェ・ファムリアントに伝えたおかげで、彼女は各地を回って治療を行ってはその方法を広めたのだ。……リラよ、壇上へ』
名前を呼ばれた。行かなければならないのだろう。気は進まないが仕方ない。
「さあ、リラ様! みんなをあっと言わせましょ。緊張するなら私もお供するわっ」
「……いらん」
こっちの気も知らないで……。そう思うものの、ヴィーチェの顔を見てしまえば何だかどうでも良くなってしまう。
とにかくさっさと勲章を貰って式典を終わらせようとリラは舞台裏から表へと向かう階段を上り、多くの人間の前にその姿を見せた。
ステージから見える観客数は城のパーティーで見た数より遥かに多く、密集してる人間を目の当たりにしたリラはあまりの多さに「うわ、気持ち悪い数だな……」と少し引いてしまう。
そして観客がリラを視認するや否や、ざわめく声が一層大きくなった。
「あ、あれはゴブリンじゃないかっ!」
「魔物を舞台に上げるなんて……従魔ですらないのに野放しにしていいわけ!?」
「に、逃げなきゃ!」
ゴブリンの登場によりあちこちから恐怖と不安に包まれる声が飛び交う。混乱のあまり逃げようとするも人が多くて身動きが取りづらかったり、人を押し退けて我先に脱出しようと人混みを掻き分ける者もいた。どう見ても今危険なのは冷静さを欠いた人間達だ。
リラからしてみればやっぱりこうなるだろうと冷めた目でその様子を眺める。こんな状態で式を進めるわけにもいかないんじゃないのか? そう思って国王はどうするのかと目を向けた。
『静粛に!!』
唐突に響く王の声はとても威圧的だった。一瞬にして人々の騒々しさは消え去り、まるで時が止まったかのように人の動きも停止する。
よく見てみれば国王の目の前には棒状の物が立っていて、先端の丸い部分に向けて声を出していた。拡声効果のある魔道具なのだろう。
『……先入観は捨てろと言ったばかりだ。緑肌病患者を救った恩人に失礼な態度をとるものではない。恩知らずのレッテルを貼りたいのか?』
どこか迫力を感じる。これが人間の王なのか、それともこのフードゥルトという男だからなのか。まぁこの際どちらでも良い。リラにとっては早くこの授与式が終わってくれたらなんだっていいのだ。
『ゴブリンのリラよ。そなたのおかげで我が息子だけでなく、多くの病に苦しむ者達を救ったその功績を讃えるため、アスクレピオス勲章を授与する』
星の形に蛇が絡みついたような金色の勲章がリラのシャドウローブへと付けられた。
そしてリラは思う。……俺、ヴィーチェに治療するのを見せただけで功績というものは残してなくないか? と改めて疑問を抱いたその時だった。
「待て! この式典に異議を申す!!」
進行を妨げるように観客側から声が聞こえてきた。すると中央の観客が道を開ける動きを見せると、そこには第二王子エンドハイトが十数名の兵士を後ろにつけてやって来る。
そんな王子の登場を目にし、また面倒なことを起こすんじゃないのかとリラは軽く溜め息を吐き捨てた。




