公爵令嬢は学院に復帰し、男爵令嬢は第二王子に毒花を渡す
エンドハイトの生誕パーティーの日から三日後。ヴィーチェは一日遅れではあるがジェディース学院に復学した。
家族にも愛しのリラ様を紹介できたし、印象も悪くなかったのでできれば学院を辞めてそのまま結婚したかったが、学院を卒業するまでがリラとの約束なので中途半端なことはできない。
「あっ。おはよう、ライラ!」
女子寮の自室を出ると、ちょうど隣部屋の親友ライラも姿を現した。彼女はヴィーチェを見るなり幾度も瞬きをし、一拍間を置いてからようやく声を出す。
「……ヴィッ、ヴィーチェ様っ!? ご無事だったんですかっ?」
表情はいつも通り喜怒哀楽が判別できない“無”といったものだが、声の高揚は少しばかり驚きが含まれていることはわかった。
おそらく心配していたであろうライラが駆け寄ると、ヴィーチェは自分の腰に両手を当て、自信満々に答える。
「えぇっ! 丁重に扱ってくださったのでこの通り何もないわ!」
「ほ、本当、ですか? ゴブリンに攫われて、どうやってご無事で……?」
「あ、そうだったわね、ライラは初めてお目にかかったからどなたかわからないのも無理はないわ。実は私を夜会から連れ出してくださったあのお方こそが私の愛するリラ様なの」
頬に手を当て朱に染めながら、城に侵入したゴブリンがリラ様だということを親友に告げる。きっと「えぇっ!? あの方がリラ様だったのですかっ? とても勇ましくて芸術品のような美しさでした!」と驚く声を上げるに違いない……と、ヴィーチェはそう信じて疑わなかった。
「……そう、ですか……」
しかしライラは静かにそう呟いた。心なしか溜め息混じりだった気もする。少しばかり表面上では読みづらい彼女の感情がわかるようにはなってきたが、やはりまだ完全にはライラの気持ちを判断するのは難しい様子。
「……本当に、身体的外傷や心的外傷を患っておりませんか? ちゃんとお医者様に診ていただきましたか?」
「ライラってば心配性ね。先ほど言ったようにリラ様は私に乱暴なことをしないわ。それどころかお姫様抱っこで家まで送り届けてくれたもの!」
「それは……凄い? ですね……」
「えぇ! リラ様の腕の中で運ばれるのは揺りかごのような心地良さよ」
「揺りかご、ですか……?」
ピンとこなかったのか不思議そうに言葉を復唱される。でもそれは仕方ない。ライラはリラ様に抱えられたことがないのでイメージできないのも無理はないだろう。
そう一人で納得してうんうんと頷くヴィーチェはその後、親友から「……授業に遅れてしまうのでそろそろ行きましょう」と促され、学院へと出発した。
寮でもそうだったが学院への門を潜り、敷地に入ってからはさらにヴィーチェへと向ける視線が強くなる。どの生徒からも死人を見るようなギョッとした目で見られたのだ。
耳を澄ませてみれば「本物……?」「ゴブリンの被害者がもう復学?」「新聞通りだったの?」という声が聞こえてきた。
「新聞にはなんて書かれていたのかしら?」
「……パーティーの翌日、ヴィーチェ様がゴブリンに誘拐されたと大きく一面に載っていました」
「あら、それは困ったわ。訂正しないとっ」
「昨日の新聞ではヴィーチェ様を発見したという記事しか載っていませんでした。被害状況は調査中と書かれていましたのでヴィーチェ様の生死まではわからなかったのです」
なるほど、とヴィーチェは思った。おそらく今日の新聞ではヴィーチェの詳しい状況が書かれているかもしれない。街で発行される新聞が寮へと配られるのは遅めなので、学院生達が目を通すのはおそらく授業後になると思われる。
「……実際に何があったのかはわかりませんが、ヴィーチェ様がご無事なら何よりです。傷があろうと、喪失したものがあろうと、生きてさえいれば……」
……実際に? と少し気になるところがあったが、ライラの言葉は紛れもなくヴィーチェの無事を喜んでいるものだった。表情には出なくてもその言葉は心から出たものだということはよくわかる。
「ふふっ。心配かけてごめんね。家族にリラ様をご紹介してたものだから」
「……そうですか」
「えぇ、それでパーティーの翌日、リラ様は国王様と━━」
「ヴィーッ、チェ、様っ!!」
リラとともに王城へ行ったことも話そうとしたら、少し裏返るような声で名前を呼ばれた。すぐに顔面蒼白のティミッドがヴィーチェの元へと駆け寄ってくる。
「あら、おはようございます。ティミッド様」
「あっ、あああのっ! 良かったです! ヴィーチェ様がご生還できて! もう、二度と帰ってこないかと、思って……! でも、僕はヴィーチェ様を助けることすら、できなくて……」
ふるふると震えながら俯き加減の侯爵令息から少しだけ鼻を啜る音が聞こえてきた。どうやらヴィーチェが思っていたよりも友人達に心配をかけていたようで、早く手紙なりで伝えておけば良かったと、リラのことばかりではしゃいでいた自らの行動を反省する。
「ティミッド様にも大変ご迷惑をかけてしまったわね。ちゃんとご紹介ができなくて申し訳ないのだけど、パーティーに颯爽と現れた豪傑の方こそが私の愛しいリラ様でしたの」
「……リラ、様……?」
ティミッドは動揺しながらライラへと目を向けていた。彼女は彼が何を訴えたいのか理解したようにゆっくりと頷く。どうやらティミッドもあの麗しいお方がリラ様だとは信じられなかったようだ……と、ヴィーチェは愛しの彼の魅力が凄まじいゆえに仕方ないと考えていた。
「やぁ、みんな揃っているね。相変わらず仲良しで羨ましい限りだ」
爽やかな笑みを振り撒くように、今度はアリアスが姿を現した。さもこのグループの一員だと言わんばかりに。
「おはようございます、アリアス様。授与式の件について改めてお礼を申し上げますわ」
「当然のことをしたまでだよ。それにヴィーチェ嬢には不快な思いをさせた前科もあるし、ちょっとした罪滅ぼしみたいなものでもあるからね」
彼が保留となった勲章授与の場を再度設けてくれるのはありがたいことだった。仮にそうしなくてもヴィーチェは何度でもリラに勲章を渡すように訴えるつもりではあったが。
ともあれ王家から申し出てくれることにより、リラは人に害をなさない特別な魔物として認められたようなものである。民衆の反発も少しは抑えられるとは思いたいところだけど、こればかりは当日を迎えない限りどうなるかわからない。
しかしヴィーチェは「あの剛勇なリラ様を前にしたらその魅力にみんな惚れ惚れするかもしれないわね」という強い確信を抱いていた。
「……授与式の件とは……?」
すると、二人の話の意味がわからなかったライラが尋ねる。ティミッドも同じことを思っていたのか、何のことかわからないといった表情をしていた。
そんな二人を見てヴィーチェは彼女達はまだ知らなかったということを思い出し、そうだったわと口にする。
「実はひと月後に緑肌病の治療に貢献してくださったリラ様への勲章授与式が行われるのよ。ふふっ、ようやくリラ様の功績が認められるのっ!」
「「え」」
戸惑いが込められた声が二人分聞こえた。それもそうだろう。こうも早く正当な授与者に勲章が渡るとは思っていないのかもしれない。
「あの、ヴィーチェ様? その授与式は非公式なものですか……?」
「もちろん公式的なものよ」
「公式、ですか……」
やはり突然のことゆえに信じられなかったのか、ライラの言葉からして納得はしてないように思える。
「ライラ嬢、彼女の言葉は事実だよ。今日発行の新聞にも載っているはずだ。それに私が実行すると決めたのでね」
けれどアリアスが証明するように話せばライラの反応が変わる。
「えっ……本当に、リラ様に勲章を……?」
「あ、あの、リラ様って、その、えっと、ゴブリン、ですよね……? ヴィーチェ様のよくお話される……」
ティミッドも再度リラという存在が何なのか確認をする。もちろんヴィーチェとアリアスの答えは「えぇ」「そうだよ」と同時に答えた。
「二人の気持ちはよくわかるよ。とにかく来月、城下町にて行われる勲章授与式を見に来るといい。嫌でも納得するはずだよ」
「……授与式が開かれるということは、本人がいらっしゃると言うことですか?」
「えぇ! リラ様が特別に来てくださるわ!」
「「……」」
ライラとティミッドは固まってしまった。きっと人間嫌いのリラ様が人の前に姿を現すと聞いて、驚きに言葉を失ったのだろう。それしかない。ヴィーチェはそう信じて疑わなかった。
◆◆◆◆◆
「クソッ! クソクソクソクソッ! なぜ私が王位継承者から外されるんだっ!」
「エンドハイト様……」
エンドハイトといつも落ち合う場所の定番となった校舎から少しばかり離れている中庭のベンチ。
彼と並ぶように座ると、いつもならば楽しげに話をするのだが、今日の王子は荒れていた。国王から王位継承権第一位の座を剥奪されたようで、それに納得がいかなかったエンドハイトは悪態つきながら苛立ちを表に出すように頭を乱暴に掻き乱す。
心配げな表情とともに声を出して彼の名前を呼ぶリリエルも、胸の奥底では腸が煮えくり返る思いだった。
なぜ、なぜっ! あの日は私の晴れ舞台となる予定だったのに。この日のために頑張ったというのにヴィーチェ・ファムリアントのせいで台無しになった!
「父上は何もわかっていない! リリエルの良さも知ろうとしない上に、城に侵入したゴブリンを野放しにするなんてどうかしてる!」
その言葉にぴくりとリリエルは反応した。エンドハイトの愚痴により、国王と謁見したファムリアント公爵家やゴブリンによる話を全て聞かされた彼女は改めてパーティーの日のことを思い出す。
たった一人で大勢の人間の前に姿を現した謎のゴブリン。体格からしてゴブリンの中でも上位的存在と言える。
エンドハイトの話によれば偶然城に侵入したわけではなく、ヴィーチェを連れ去るというのが目的だったのだとか。
しかもご丁寧に令嬢を家に帰しただけじゃなく、翌日は公爵家とともに事情説明をしたとも聞く。
リリエルは困惑した。意味がわからなくて苛立った。なぜゴブリンと人間が親しくなれるのか。まさか本当にヴィーチェの話が事実だというのか。
あの、醜悪で醜いゴブリンと人間が想い合ってる……?
想像するだけで吐き気が込み上げてくる。気持ちが悪い。思わず口に手を当てて、必死に抑え込んだ。
「……リリエル? 顔色が良くないようだが……?」
「い、いえ、申し訳ございません……ゴブリンのことを、思い出してしまって……」
「! あぁ、すまないリリエル! あんな醜いものを近くで見てしまったからな。怖い思いもさせてしまったのに私は無神経にゴブリンの話をしてしまった……許してくれ、リリエル」
「そんな……エンドハイト様は悪くありません。私が弱いだけです……」
力なく首を振り、エンドハイトには非がないことを訴えると、急に身体が引っ張られた。気づけばエンドハイトに抱きしめられた状態になっていて、リリエルは驚きに目を瞬かせる。
「リリエルは被害者だっ! 全てヴィーチェ・ファムリアントが悪いっ。おぞましい魔物を手引きして、私とリリエルの婚約発表を邪魔してきたんだ! よほど私達の関係が気に入らないのだろうっ! あんな女、亡き者になればいいのに……!」
憎しみがこもるエンドハイトの言葉を聞いて、リリエルはハッとし、慌てて「落ち着いてくださいエンドハイト様っ」と告げると、ゆっくり彼の抱擁を緩めさせた。
「例え冗談でもそのような物騒なことは仰らないでください……あっ、よろしければこちらをエンドハイト様に差し上げます」
ベンチの傍らに置いていた数輪の花をエンドハイトへと手渡した。紫の花弁に黒の水玉模様がいくつも散らしたその花はドラコニア・ヴェネヌム。水玉模様がドラゴンの鱗を思わせると言われている。
「見ない花だな」
「私の故郷では有名な花です。癒しの効果があるのですが、茎を折った際に出る水分には毒があるので折らないようにお気をつけください。毒は傷口に少量でも触れると死に至らしめるほどのものですので観賞としてご使用いただければ……」
リリエルの説明の通り、ドラコニア・ヴェネヌムは根っこから引き抜けば素手で持つ分には問題ない植物。地中に含まれる鉱物の有害な部分だけ取り込むと茎の中で毒が生成し、ドラゴンの鱗と言われる黒い斑点が浮き上がるもの。
「……そうか、毒が……気をつけないといけないな」
その花を少しばかり虚ろな目で見つめるエンドハイトに向けて、リリエルは「はい。くれぐれも間違った使い方はしないでくださいね?」と相手の耳元で静かに囁きながらも「憎き者に死を」という言葉を洗脳魔法で重ねるように告げた。その唇の端は少しばかりつり上げて。




