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ゴブリンは自分の扱いによる口論を静かに眺める

「公爵……一体どういうことか説明してもらおうか。なぜゴブリンを連れてきたのか?」

「説明は必要でしょうか? 私はただ証明をしただけです。妄言だと罵られる娘の言葉が真実だと伝えるためでしかありません」

「真実というのは、ヴィーチェ嬢が今まで語っていたゴブリンの物語のことか?」

「物語ではなく全て事実です。ヴィーチェがゴブリンと会っていたことや心を寄せていたこと、全て」

「全て、だと……?」


 とうとう国王は額に手を当てた。よほど目の前の光景が信じられないのだろう。ヴィーチェがどんなふうにリラのことを話していたのかまではリラにはわからない。

 むしろ曲解したり過剰表現で伝えている可能性の方が高いので全てが事実だと言われるとリラは少し心配になった。


「さて、では話をゴブリン襲撃事件と勘違いしている昨夜についてお話しましょう。この通りヴィーチェがお話したようにゴブリンのリラ殿は存在し、常日頃からヴィーチェと逢瀬を重ねていました。それもエンドハイト王子と婚約する以前から」


 逢瀬言うな。そう口を挟もうとしたが、公爵と国王の会話に割って入るのもいかがなものかと考えてリラは耐える。


「待て、公爵。エンドハイトと婚約する前と言うとすでに十年経つだろう。そんな前からそなたはゴブリンと娘の関係を知っていたと? 魔物相手に何も疑うことなく?」

「……えぇ。最初は私も戸惑いましたが実の娘の言葉を信用しないわけにもいきません。むしろ十年経ったから彼の人となりを信じるに至ったわけです」


 嘘だ。この父親はこんなにも平然と嘘をついてやがる。俺と会ったのも昨日が初めてのくせに。……だが、そう答える方が話も円滑に進むんだろう。考えなしでそんなことを言うはずはないだろうし、むしろ反逆の恐れがあると指を差されるリスクだってある。


「……だからヴィーチェ嬢とエンドハイトの婚約についてもあまりいい顔はしてなかったのか」

「ゴブリンのお相手がいるので、と伝えても国王陛下は信じていただけなかったでしょうし、下手をすれば私に精神疾患があると疑われます。証明する手段がない以上、私は事実を口にすることはできなかったのです」

「まぁ、お父様ってばそのように考えてらしたのね。それなのに私ってばお父様は信じていただけないとばかり思っていたわ。反省しなくちゃ」


 小声でそう呟くヴィーチェは父フレクの言葉を信じたようだ。……いや、どう聞いても嘘なんだが、という言葉は飲み込んで。


「しかし婚約を結んだエンドハイト王子はヴィーチェを下に見る言動ばかりか、ここ最近は別のご令嬢にうつつを抜かす始末。そして婚約破棄をすると宣言までされたと。そうだったな、ヴィーチェ?」

「えぇ、エンドハイト様の生誕祭にてやっと婚約を破棄するとお言葉をいただきましたわ。嬉しくて嬉しくてリラ様にもご報告しましたの」

「このように、娘はリラ殿に婚約破棄をされることを伝えていました。どのくらい仲睦まじいかは……ヴィーチェがよく話しているのでご存知の方も多いでしょう。そんな中、十年もヴィーチェを縛りつけたエンドハイト王子が本当に婚約を破ることができるのか気になり、彼はこっそり城の敷地内へと忍び込んだわけです。そこで客人達の前で婚約破棄を高らかに言い放つ王子と笑い者にされる娘を見たリラ殿は真っ先にヴィーチェを助けに行ってくれました。娘を馬鹿にする者が多い場所にいさせたくないのは父親の私でもよく理解できますから」


 ……間違ってはない。間違ってはないが、聞いている方はむず痒い。自分の行動が言語化するとこうも恥ずかしいことをしていたのかと自覚してしまう。


「……ファムリアント公爵家では昨夜の事件は誘拐ではないと発言するのだな?」

「誘拐ではないから昨夜そのまま我が家へとヴィーチェを連れて帰って来てくださいました。そもそも事件というのは婚約破棄の件しか認識しておりません」

「ゴブリンが城に侵入したことは事件じゃないと!? 私のパーティーをめちゃくちゃにしておいて許せるはずがないだろう!」

「ですからお騒がせして申し訳ないと謝罪に参りましたのよ。あ、リラ様が華麗に突撃して割れたガラスの弁償はもちろん私がいたしますからご心配いりませんわっ」

「誰がそんな心配をするか! 公爵家が魔物と手を組んで私のパーティーをめちゃくちゃにしたんだぞ! しかも性悪で醜いゴブリンなんかと!」


 リラへと強く指差すエンドハイト。侮蔑する度胸はあるんだなと思わずにはいられない。あれくらいの小僧ならすぐに首を捻り折ることができるのに、エンドハイトは危機感のない怖いもの知らずだ。


「エンドハイト様、どうしてそのようなことを仰るの? 昔はリラ様の話をするともっと聞かせろとか連れてきて見せろと口にしていたのに、いざリラ様を前にしても罵るのはなぜかしら? あんなにリラ様のことに興味津々だったのに……ハッ、もしかして本物に会えて嬉しいあまり感情の整理がつけられないとか……!?」

「誰がそんなことを言ったんだ! 相変わらず訳のわからないことを!」


 ……未だにヴィーチェはエンドハイトのことをゴブリン好きの仲間だと思っているようだ。何を言っても都合良く解釈される点については同情する。


「もういいエンドハイト! お前がいると話にならん! 誰かあやつを部屋へと連れ戻せ!」

「なっ! 父上! 私はまだ処罰に納得はしてません!」

「お前が納得する処罰があると思っているのか! 何人がかりでも構わんから早く連れて行け!」


 国王が怒鳴ると、兵士三人がかりで王子を引っ張りながら王の間から退出させられた。その際にも「私の何がいけないと!?」と叫んでいたが、エンドハイトの騒々しさは村の子供に匹敵するだろう。

 そんな王子がいなくなっただけで謁見する場は随分と静かになった。


「……重ね重ね愚息が申し訳ない。婚約破棄も受け入れよう。もちろんこちら側が不義理を働いたという理由で」

「エンドハイト王子の王位継承権を剥奪するという判断はとてもお早いようですが、予定していたのですか?」

「あぁ、公爵の言う通りだ。学院に入ってからエンドハイトは悪目立ちをするようになったので、寮に在中している使用人を変えさせ、エンドハイトの言動を報告させてもらっていた。その結果、次代の王の座を任せられないと判断したのだ」


 親にも見限られてるんだな王子。まぁ、こっちには関係ないからいいけど。

 そう思いながら少し退屈になってきたリラはいつこのお偉いさんとの会談が終わるのか、欠伸を噛み締めながら待っていた。


「……ところで、公爵は今後もそのようにゴブリンを連れ歩くことがあるのか?」


 ここで国王の視線がリラへと突き刺さった。疑心に満ちた瞳である。遠回しに魔物を連れて歩くなと言われているようだ。


「ない、とも言いきれませんね。今回のように必要もあらば同行をお願いすることもあります」


 今回だけだろうなと思っていたのに、フレクの答えを聞いたリラは「え。あるのかよ?」という視線で彼を見つめた。

 内心驚くリラとは違い、周りの重鎮達が反対するようにざわつき始めた。


「ゴブリンを連れて歩くなんてどうかしている! 人を襲わないとも言いきれないだろう!」

「長い時間彼と過ごしているヴィーチェが無傷なのが何よりの証拠だろう」

「それだけでは安心できるわけがないっ! せめて従魔契約を交わして管理しろ!」


 従魔……確か人間が魔物をペット代わりにして従わせるっていうやつだったな。誰がそんなもん交わさなきゃならないんだ。


「ダメよっ! リラ様は私の旦那様になるのだから従魔は反対! そもそもゴブリンはみんな人を襲うなんて考え方が古いわ! もし事実ならリラ様はすぐにでもここの人達に手を上げてるものっ」

「ゴブリン風情が王室の騎士団に勝るとでも?」


 実際に目の当たりにするゴブリンの見下し。それが人間の普通なのだろう。リラが人間を見下すのと一緒だ。

 しかし騎士でも兵士でもない国王の腰巾着みたいなひょろい奴が自信満々に語るのも気に食わない。そこは自分で向かって来いよとリラは呆れてしまう。


「リラ殿、もしそなたがここにいる武器を持った者達を相手することになったら何人まで余裕で倒せるんだ?」

「え?」

「そうだわ、言っちゃってリラ様っ! リラ様がどれだけ凄いか教えてやりましょ! 遠慮せず!」

「……あー、何人というか、全員余裕だな。一撃でいける」


 フレクの問いにそう答えるとどよめく声があちこちから聞こえてくる。怯むような声、一歩引く文官、中には「言葉なら何だって言える!」と口にする者もいた。その言葉を信じるようにそうだそうだと近衛兵が次々と剣を構え始める。

 面倒くさいな。それが正直な感想である。ゴブリンが人間に危害を加えないなんて簡単に信じるわけがないので仕方ないとはいえ、やはりいい気分はしない。


「やめよ。武器も下ろせ」


 しかし意外にも国王が兵達を止めた。


「その者が普通のゴブリンとは違うただならぬ者ということは雰囲気でわかる。その気になればゴブリンの言う通りになることも理解した」

「あら、さすがフードゥルト国王陛下っ! リラ様のお強さを理解してくださるのねっ。その通り、リラ様が本気になれば何百人だろうと誰であろうとへっちゃらだもの! あ、もちろん私以外の相手って意味ですわ。私は妻としてリラ様と戦いますので」


 なんでお前と共闘する流れになってるんだ……?

 相変わらずヴィーチェが間に入ると話は変な方向にいく。いつの間にかリラの腕に抱きついた彼女を見てリラは溜め息を吐いた。


「それでファムリアント公爵はこの者をどうするつもりだ? 従魔にするつもりはないのか?」

「私の領地に住んでいる者達に彼らの存在をきっちりと説明した上で、ゴブリン達も同じ領民として受け入れます」

「……魔物だというのにか? 領民が許すわけないだろう」

「もちろん理解してます。無理に共存しようと言っているわけではなく、ヴィーチェの相手となる彼やその仲間達には同じように接するべきです」

「お前は本当に娘をゴブリンにやるのか?」

「エンドハイト王子にされてきたことを思えば十分過ぎる相手ですが」


 フレクの言葉に国王は何も言えず、罰悪そうにしていた。……立場が逆転してないか?


「フードゥルト国王陛下、ゴブリンだからとか魔物だからとかで全てを敵視し、排除するのはおかしな話ですわ。人間だって人間を傷つけることが常日頃からあるんだもの。何ならゴブリンは五十三年以上も人間を襲った報告がないということも確認されていますわ」

「そうか……ではリラとやら、他にも仲間はいるようだが、人間を襲わない理由がゴブリンにはあるのか?」


 国王の質問は少しばかり不愉快な内容ではあるものの黙っているわけにはいかなくて、リラは溜め息混じりに答えた。


「そもそも人間を襲う前提という考えを改めてもらいたい。確かに昔はそうだったし、俺達は学はないが学習しないわけじゃない。人間を襲ってもリスクしかないんだよ。人間によって根絶やしにされるからな。だから人間に関わらない方がこっちも生存率が上がる。大体の奴はそうやって教えられているし、察しているからあえて人間を避けてるだけだ」

「リラ様は村のお頭だから何よりも仲間の命を優先するわ。とても素晴らしいお方なのっ! それなのに人間の私を何度も助けてくださるのだから数値に表せないほど寛大なお心をお持ちなのよ。誰もが尊ぶべきお方だわ!」


 隣の令嬢が活き活きしながら語る。……頼むから過剰に褒めないでくれ。別にそんなんじゃないのにいい人扱いをされたくはない。


「しかし、それだけ訴えたとてゴブリンを領民にすることを公表すると、貴族だけでなく平民達からも抗議がくるだろう。従魔にできない魔物を信用するのは難しいのだからな」

「父上、そちらの件について私の考えを述べてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わない」


 王の近くに立っている銀髪の青年が口を開く。さっきから気になっていたが、あいつは誰だ? そんな目を向けていたらヴィーチェが気づいたのかこそっと教えてくれた。


「あの方はアリアス第一王子よ」


 第一王子……どこかで聞いたなとヴィーチェが過去話していた情報を掘り返す。そして思い出した。あぁ、鉄石症を患っていた奴か、と。

 今までずっと黙って様子を見ていたアリアスはリラが見る限り冷静に立っていただけだった。驚く表情はするものの、腰を抜かしたり後退するような動作は見受けられない。

 そんな男がここで口を開くのだから一体何を話すのか。どうせまたゴブリンを拒絶する発言なんだろうとリラは腕を組みながらアリアスを注視した。


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