ゴブリンは公爵令嬢に連れられ、国王と謁見する
ヴィーチェを家まで送り届け、ファムリアント家でなぜか好意的に自分の存在を認められた翌朝のことだった。
起床して思い出すのは昨日のこと。現実とは思えないその出来事に「やはり俺は騙されてるのでは?」と勘繰っていたリラの前に彼女は現れた。
「おはようございます、リラ様!」
「……」
石積みの母屋を出ると、なぜかそこにはヴィーチェがいた。昨夜「またお会いしましょう」と言ったばかりの娘がなぜ朝から家の前にいるのかわからない。
そもそも今日は会う約束はしていない。もしそうなら「また明日お会いしましょう」とヴィーチェは口にしていただろう。だからこれは寝ぼけた自分の幻覚だと覚醒しきれない頭でそう思った。
「寝起きのリラ様も素敵だわっ。特にぴょこんと跳ねた髪も可愛らしくて」
うふふ、と笑いながらヴィーチェは寝癖がついているであろう髪の箇所を伝えるように自身の髪を指差す。慌てて自分の髪を触ると、確かに少し跳ねているような感触が手に伝わった。その瞬間、ようやく冴えてきた頭で考えたのは目の前にいるヴィーチェが幻覚ではないことだった。
「なっ……! なんでお前がここにいるんだ!?」
昨日の今日だと言うのに一体何の用だと思ったが、それよりもヴィーチェがゴブリンの村に一人で辿り着いたことに多少なりとも驚いた。
確かにもうヴィーチェには目隠しすることなく村の場所へと案内することは幾度もあったが、村への道は慣れていない者だと迷いやすく、簡単に辿り着けるはずがない……のだが、現に目の前にはヴィーチェがいる。つまり完璧に村までの道のりを覚えたということだ。
しかし周りの仲間達はヴィーチェが朝から村に到着しても不思議がっていなかった。むしろ「ヴィーチェ、今日は早いじゃん」と声をかけられている。
ゴブリンの村に人間の令嬢が一人いるという異常は仲間達からするともはや通常として受け入れられていた。前々から思っていたが適応力がありすぎではないか?
「お父様からリラ様にお願いがあって訪ねて参りましたわ!」
「お前の親父からのお願いだと?」
無理難題を言ってくるんじゃないのか? 疑心でしかなかったが、ヴィーチェの態度からして悪いことではない気もしてきた。
「今から私達と同行してお城まで来てほしいのっ」
「はあ?」
なんで昨日忍び込んだ場所へまた行かなきゃならないのか。もしかして俺を捕らえようとしてるんじゃないだろうな?
急激に上がる警戒心。そんなリラの気を知ってか知らずか、ヴィーチェは弾むような声でその理由を語り始めた。
「これからお父様達と一緒に国王陛下に会って、今回の婚約破棄についての賠償とかの話し合いをなさるのだけど、同時に昨夜リラ様が私を助けていただいた件についても説明するの。それでリラ様も一緒にいてくださると話を信じてくれるだろうってお父様が仰ってたわ」
「……ゴブリンが城の正面から入れるわけないだろ。討伐対象として武器を向けられるに決まってる」
「お父様が言うには昨日リラ様が羽織っていた姿を消すローブを使ってほしいとのことよ」
「シャドウローブをか?」
「えぇ、そうすれば正面突破もできるし、無駄な混乱もなくリラ様は無事に城へと入ることができるわ。あとはお父様がタイミングを見計らってリラ様に姿を見せるようにお声がけするんですって」
「……」
それは魔物を城に侵入するために手引きをしたということになるのではないか? そんな心配を僅かだがしてしまう。
いや、それよりも姿を見せたところで兵達がいっせいに捕縛しようとするんじゃないのか気がかりではある。……負ける気はしないが。
「大丈夫よ、リラ様っ。リラ様を危ない目には遭わせないし、そうなったとしても私がリラ様をお守りするわ!」
「……そりゃ頼もしいな」
リラの不安が相手に通じたのか、ヴィーチェが自信満々に守り役を買って出た。ゴブリンの頭を張っている自分とただの貴族令嬢を比べたらどちらの力が上かは言わずもがなではあるが、ヴィーチェだと話は別だ。
あいつの腕力ならば可能だと思ってしまうので本当に盾になりかねない。
正直なところ不安は拭いきれないし、ヴィーチェの父、フレクが自分を売ろうとしていないとも言いきれない。人間に関わりすぎると仲間達が危険に晒されるリスクもある。
「なんだよリラ。また日和ってんのか?」
出たな、アロン。そう言いたげな目を友人に向けるが、アロンはその視線の意味まで伝わっていないのだろう。気にせず話を続けた。
「いい機会なんだから城に行ってお前の嫌いな王子様とやらに文句言ってこいよ」
「エンドハイト様もいらっしゃるとは限らないわよ?」
「ん? そーなの? まぁ、いいじゃん。どうせ攻撃されようともお前なら余裕だろ?」
「……お前は相変わらず楽観的な奴だな」
そういう意味ではヴィーチェと似ている。こっちの気も知らないで……とボヤくがアロンにはその心配も伝わる様子はなかった。
「俺はお前を信じてんだって。リラは頭より腕っ節だろ?」
自分の頭を人差し指でトントンと叩いてから腕を曲げて力こぶを見せる。……小さいと思ったのはここだけの話だ。
アロンは筋肉が全くないわけでもなく、体格も厚みがある方ではあるが、やはり大柄のリラからするとアロンは細く見えてしまう。
「それに何かあったとしても、おチヴィーチェが何とかしてくれるだろうし」
「えぇ! リラ様もリラ様の大事な村のみんなも私が守ってみせるわ! 悪魔を召喚することも辞さないものっ」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
「本気よ?」
せめてそこは冗談であってくれ。そもそも悪魔を召喚するなんてそんな簡単なものではないはずだ。それこそ膨大な魔力を消費して呼び出し、願いを聞く代わりに寿命を差し出さなければならない、とかそんな話を遠い昔聞いたことがある。……まぁ、ヴィーチェには魔力がないから悪魔を召喚するなんて万に一つもない。
結局アロンの言う通りああだこうだと考えていても頭脳派ではないリラにとっては答えは出てこないし、正しいさもわからないので、同行することに決めた。半ばやけくそではあったが。
何かあればシャドウローブを被って姿をくらませたらいいだろうと考え、リラは返還したばかりのシャドウローブを再度大婆から借りることにした。
「今日も狩りに参加できないな……」
村を出てヴィーチェと共にファムリアント家へと向かうため森を歩くリラは軽く呟いた。
思えば昨日も村のために働かず城へと忍び込んだので二日連続狩りをサボっているようなものである。
仲間達は「保存できてるおかげで食料の量は余裕だから問題ないぜ」と言って送り出したので食料の心配がないのは少しばかり安心した。
「そういえばリラ様は魔物も狩ったりするけど、魔物同士で争うのは苦じゃないの?」
「別に。あれらは食料だからな。それを言うなら人間だって同じ人間と争うだろうが」
「それもそうだわっ。さすがリラ様は聡明ね!」
「この程度でか」
そう簡単に聡明という言葉を与えられるなら周りは聡明だらけになるが。相変わらずヴィーチェは小さなことでも過剰に褒める。
「どちらにせよ同種族だって争うんだから同じ魔物という括りであろうと、いちいち仲間意識なんて芽生えないんだよ」
「でも異種族の私とリラ様は特別よねっ。争ったことだってないんだもの。だから私とリラ様が結婚すれば異種族でも恋愛結婚はできるし、仲良くなれるって証明にもなるわね!」
「どうしてそんな話になった?」
同種族でも争いは起きるって話をしていたのになぜ結婚の話に変わってるんだ?
そんな疑問も最後は「ヴィーチェだしな……」で解決という名の思考放棄に至る。
その後、ファムリアント家に到着すると父フレクと兄ノーデルが加わり、共に馬車に乗って王都へと走った。
フレク曰く、昨夜帰る際にシャドウローブを纏って姿を消したリラを見て、急遽彼にも同行してもらいたいとヴィーチェに話したそうだ。ヴィーチェの話通りである。
城前へと馬車が停まる。降りる前にフレクに言われ、シャドウローブのフードを被ったリラは一時だけその身を隠した。しかし姿は見えずとも影だけは目に見えるため、できるだけ一家の影と重なるように歩く。
その後、国王と面会したファムリアント一家が昨日の出来事について話を始めている間、リラはヴィーチェの影へと立ち、その身を潜ませながら話に耳を傾けた。
途中、ヴィーチェが添い遂げる相手として堂々とリラの名を口にした時はその場にいるのが恥ずかしくて堪らなかったが、必死にその羞恥に耐えた。
しかしすぐにエンドハイトが乱入してギャーギャーと自分の処遇が気に入らないと訴えるわ、ヴィーチェに罪状を突きつけるわでリラは苛立ちを覚える。
「あくまでも娘のせいにすると言うのならこちらも証明するしかあるまい。……リラ殿、姿を見せてやるといい」
溜め息を吐き捨てた公爵の言葉を合図にリラは躊躇うことなくフードを取った。その瞬間、周りの視線がリラへと突き刺さる。
一拍の間を置いてゴブリンだと理解した瞬間、王の間は大騒ぎとなった。王の近くにいた近衛兵達が国王の元へ駆け寄り守りを固め、次々と剣を手に取る。
大臣的な立ち位置の者達は慌てふためき、中には腰を抜かした者もいた。
昨夜の会場と同様に恐怖や怯え、敵意などが窺える反応である。そう、これが普通の反応だ。初対面であるフレクとノーデルもそうだった。
それなのに隣のヴィーチェへ目を向ければ彼女は初めて会った日と変わらず輝かしい瞳でリラを見つめていた。何も喋っていないのにその視線だけで好意が伝わる。うるさいくらいに。
あまりにも熱い視線に心臓も熱を上げ、鷲掴みにされるような感覚もするのだから「ぐっ」と小さく呻く。
「ファッ、ファムリアント公爵! その者はどう見てもゴブリンではないのか!?」
「その通りです。彼の名はリラ。国王陛下も聞き覚えがあるはずです」
「リラ……というのは、確か……」
玉座にいる王がヴィーチェへと目を向けた。さすがに先ほどその名前がヴィーチェの口から出たばかりなので忘れるはずもないのだろう。
そんな相手からの視線に気づいた張本人は満面の笑みを浮かべた。
「私がお慕いしているお方で将来結婚を約束したお相手ですわ」
いや、約束はしていない。そう口にしたかったが、フレクもいる手前面倒なことになりかねないのでリラは言いたい気持ちをグッと堪えた。
すると少し震えたような声が部屋の扉を開けた人物から漏れる。元ヴィーチェの婚約者エンドハイトだ。
「き、貴様のその図体……まさか昨夜の……!」
「昨日ぶりだな元婚約者様」
「どういうつもりだ!? まさか公爵家はゴブリンとグルなのか!? 魔物と手を組むとは娘だけじゃなく一家揃って頭がおかしくなってしまったか! 昨日だけじゃなく今日も城に侵入する手引きするとは反逆でも企てているのだな! あいつら纏めて処刑すべきだ!」
「静かにしろエンドハイト!!」
本当にうるさい王子様だな、と冷めた目でエンドハイトを一瞥すると国王が怒鳴り声を上げた。その一言によりエンドハイトはびくりと跳ねては身体を強ばらせる。その迫力に気圧されたのか、国王に従うことに決めたようで悔しげにその口を閉じた。




