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国王は公爵令嬢の無事を目の当たりにする

 エンドハイト・オーブモルゲ第二王子の生誕パーティーにて婚約者のヴィーチェ・ファムリアントとの婚約を破棄し、リリエル・キャンルーズを新たな婚約者として貴族達に広めた。

 それだけで十分なくらいの大スクープだというのにその後、ヴィーチェは城に忍び込んだゴブリンに攫われるというさらなる大事件が発生する。


「エンドハイト! これはなんだっ? 一体何が起こった!?」


 どちらも国王フードゥルトの不在時に起きてしまった。少し遅れて王妃とともに彼が会場に顔を出そうとした時にはすでに現場は大混乱となっていて、エンドハイトに問いかけるも何が起こったのかわからないと言わんばかりにホールの真ん中で呆けていた。


「父上、私からご説明させていただきます」


 すぐに長兄であるアリアスが父フードゥルトに報告する。そして婚約破棄の件とゴブリンによる誘拐事件を知ったのだ。

 もちろんフードゥルトは攫われたヴィーチェの捜索を優先しようと兵士を動かすことにしたが、すでにアリアスが手を回していたようだ。

 王の許可なく指示を出したことにアリアスは謝罪をしたが、ヴィーチェの身を考えると一刻を争う状況なのでその判断は間違いない。それだけでなく、ファムリアント家にも王室からしか発することができない緊急通信を行って当主フレクにも報告したそうだ。アリアスの行動はとても早かった。

 しかしエンドハイトはその間ただ突っ立っていただけだったようだ。魔物の侵入に驚いたのも無理はないが、あまりにも対応が悪い。フードゥルトはそんな息子を見て溜め息をついた。

 現場にいた貴族や兵達の話によると、件のゴブリンはその見た目や身体能力があまりにも高くてとても恐ろしかったと口にしていた。

 そんな魔物に連れ攫われたヴィーチェ。しかもゴブリンである。その習性を考えれば無事に帰ってくるのは無理に等しいかもしれない。


 ヴィーチェの無事はほとんど諦めていた……が、数時間後、ファムリアント家からの使者が城へと訪ね、至急の手紙を受け取った。間違いなくヴィーチェに関することだろう。娘を突然魔物に奪われてしまったのだ。

 恨みつらみや王族の対応や警備について怒り狂っているに違いない。逆の立場ならフードゥルトも同じことをしていたため気持ちはわかるが、頭が痛い思いである。

 ゴブリンが王城に侵入できたというのは明らかに王室側の失態。ファムリアント家だけじゃなく他の貴族や平民にも国へ不満と不安が募るだろう。

 しかし封を切った手紙の中身にはたった一枚で数行しか文字が書かれていなかった。


 ヴィーチェは無事に帰宅した。今回の件について話がしたいので明日謁見を願いたい。


「……帰宅した、だと?」


 手紙だけでは状況が飲み込めなかった。もしかしたら公爵はショックのあまり気が触れた可能性がある。どちらにせよファムリアント公爵とは話をしなければならないのでフードゥルトは許諾した。念のためにヴィーチェの捜索を続けながら。






 翌日、謁見の場を設けたが、登城したのはファムリアント家当主フレクだけではなく息子のノーデルと、なぜか娘ヴィーチェまでが肩を並べていた。

 周りに控えていた兵や重鎮、傍に立っていたアリアスが目の前で姿を見せる令嬢を見て驚愕し、ざわつく声を上げる。フレクの手紙通りであった。しかしフードゥルト自身もその現実に驚きは隠せなくてすぐさまフレクに問いかけた。


「ファムリアント公爵! そなたの娘は本当に無事であったのか!?」

「ご覧の通りです」


 ヴィーチェへと目を向けると、彼女はにこりと微笑んだ。どう見ても存在する本人である。幻でも集団幻影でもなければ。


「見たところ外傷はなさそうだな。……さすれば貞節だけが守れなかったことになるのか」


 ゴブリンに襲われた女性はそのほとんどが性被害に遭うという。そう問えばフレクがぴくりと小さく反応した。表情から察するに不快の感情を抱いただろう。

 確かに被害者の娘とその父親の前で言うことではないが、どちらにせよ城内で起きた事件なので被害内容は知らねばならないのだ。


「お言葉ですが、陛下。手紙にしたためた通り、娘は無事です。心身ともに。被害は何ひとつ受けておりません」

「何を言っている? ゴブリンに誘拐されたのだ。何も被害を受けていないわけないだろう」


 可愛い娘がゴブリンの餌食になったことを信じたくないと思える。そして社交界でもそのような噂になることを防ぎたいのかもしれない。

 命があることについては運はいいが、純潔を失った哀れな被害者ヴィーチェへと目を向けてみる。


「国王陛下、この度は勘違いとお騒がせをして申し訳ありません」


 綺麗な角度で頭を下げる精練された動き。恐怖に囚われていないその表情もいつも通りなため、本当に昨夜ゴブリンに攫われた令嬢なのかと疑わしい。とてもではない精神力である。

 昨夜の出来事が幻か、それとも目の前の令嬢が幻か、くらいの有り得ないほど毅然としていた。

 何が起こっても動揺を見せないほど気丈な令嬢に、フードゥルトは未来の王妃としてその心強さは欲しいものだと感心する……けれど、気になる言葉が耳に入り、王は反応した。


「勘違い、とは?」

「誘拐ではなく、助けていただいただけですわ」

「……訳せ、公爵」

「そのままの通りです」


 フードゥルトは眉間に皺を寄せた。ゴブリンの誘拐ではなく助けられたなんて言葉を公爵は信じるというのか? いくら娘の身に遭ったことを信じたくないとはいえ、さすがに聞き捨てることはできない。


「それよりも陛下、順序が逆です。私が一番最初にお話したいのはエンドハイト第二王子による婚約破棄の件についてです」


 フレクの発言にフードゥルトはううむ、と小さく唸る。

 確かに息子はヴィーチェ嬢との婚約状態を白紙にしたがっていたが、正直エンドハイトがそのような暴挙に出るとは思っていなかったのだ。


「そちらについては謝罪を致そう……申し訳なかった。私も初耳だったのだ。もちろんエンドハイトには言い聞かせるし、書面のやりとりも行っていないので現状は婚約も破棄されてはいない。だから今後も変わらずエンドハイトの婚約者でいてはくれないか?」

「「お断りします」」


 強い意志による言葉が重なった。フレクとヴィーチェだけでなく、ずっと無言だった息子のノーデルもこの時ばかり口を開いたのだ。


「そもそもこちらは当初よりエンドハイト王子との婚約はヴィーチェには相応しくないと申してましたが、此度の対応を受け、相応しくないのはエンドハイト王子だと断言し、糾弾します」

「国王陛下、ファムリアント家長男ノーデルも発言致します。いくら書面を交わしていなくとも、あのような公の場で公言し、他の貴族に笑われたり噂もされました。そして今朝の新聞では婚約破棄が大きく報道されていますので、国民にも知られています。これ以上妹を冒涜するような方にはヴィーチェを任せられません」


 父と息子の言葉になんて無礼なことを、と口々に話す配下もいたがフードゥルトは「よい」と制止する。さすがにこればかりはエンドハイトに非があるのだ。今回の件は公爵家の怒りを買うには十分過ぎる。それにできれば溝を作りたくないのだ。

 愛する妻がファムリアント領地、ストブリックの特産品である宝石や衣類がお気に入りなのである。今回のことで宝石類などを卸してくれなくなってしまったら妻が悲しむのも目に見えるのだ。

 ならばファムリアント領地の民を人質に取り、無理やりにでも従わせるという方法もなくはない。しかしそのような圧政は多くの人々の反感を買う。最悪国が滅びるきっかけになりかねない。過去の王族や国に纏わる歴史がそう語っているのだ。

 それに簡単にファムリアント家との関係を切るには色々と惜しいため、ここはヴィーチェの善性に訴えようとフードゥルトは決めた。


「ヴィーチェ嬢、ここは私の顔に免じて今回ばかりは許してもらえないだろうか? それだけじゃなくエンドハイトがやらかしたお詫びに何でも望みを叶えてやろう」

「フードゥルト国王様、私は怒ってませんので許すも何もありませんわ」

「誠か? さすがヴィーチェ嬢。心が広いのだな。では、エンドハイトとの婚約は……」

「あ、そうでしたわね。まだ婚約状態でしたらこちらから婚約破棄させていただきます」


 あまりにも嬉しそうに笑うのでその発言に耳を疑う。怒っていないというのは社交辞令だったのかとフードゥルトは落胆する。


「正式な婚約破棄をするには十分な理由がこちらにはあります。エンドハイト王子の素行に娘への無礼な態度、そして極めつけは今回の騒動。我々としてももう我慢できません。書類はこちらで用意致しましたので早急に署名をお願いします」


 フレクが婚約破棄に関する手続きを進めようと書類まで取り出した。用意周到である。つまりそれだけエンドハイトとヴィーチェの関係を切りたくて仕方ないのだろう。フードゥルトも観念するしかない。


「それに加え、我々ファムリアント家は本日より第一王子アリアス様を次期国王として支持します」


 公爵の発言に周りは騒然とした。王家の跡取りについてはいつも中立を保っていた平和的なファムリアント家がエンドハイトを見捨てるとも捉える言葉を口にしたのだ。

 さすがのアリアスも自分の名が出るとは思わなかったのか少しばかり驚きの表情を見せていた。

 しかしこれはある意味チャンスなのではないか。フードゥルトは閃いた。


「では、アリアスと婚約関係を結びなおすのはどうだろうか? 公爵が支持する通りに大病によって剥奪したアリアスの王位継承権を復活させよう。エンドハイトには今回の騒動の責任を持って王位継承権を剥奪させる」


 今度は国王の発言により周りが驚きの声を上げた。特にエンドハイトを支持していた臣下達は「お考え直しください!」と訴えるが、フードゥルトは聞く耳を持たない。


「エンドハイト様より素敵なお人ではありますが、そちらもお断りさせていただきます。私には添い遂げる方がいらっしゃいますので」

「その相手とは?」

「リラ様ですわ!」


 その名は聞き覚えがあった。ヴィーチェの想像上にしか存在しないゴブリンの名である。リラの名を聞いたフードゥルトは深い溜め息を吐き捨てた。この思想さえなければ、と思いながら。

 すると謁見の間の外が何やら騒がしくなっていることに気づいた。


「いけませんエンドハイト様っ! 国王より謹慎の命令を受けているあなた様を中に通すわけにはいきません!」

「うるさい! 私に命令をするな!」


 バンッ! と大きく扉が開かれた。現れたのはエンドハイトである。扉の前に立つ兵を押し退けて無理やり入室したのだろう。


「エンドハイト、部屋で謹慎していろと言ったはずだが?」

「父上! いくら何でも勝手すぎではありませんか!? 私は自分の意思を伝えただけだと言うのに、謹慎な上に王位継承権は剥奪して兄上にその権利を戻すなんてあんまりでは!?」


 どうやら立ち聞きをしていたのだろう。部屋で反省するどころか抜け出して文句を言ってくるのだからフードゥルトはまた頭が痛くなった。


「そもそもそこの女がいつもイカれたゴブリンの妄言を垂れ流すのだから聞いてるこっちがどうにかなりそうだったんだ! 私に非があるというのなら毎日飽きもせず嘘偽りを吹聴するヴィーチェ・ファムリアントにも罪があるだろう! 王族の私に対して嘘偽りを口にした虚偽罪として裁くべきだ!」


 なんと幼稚な物言いなのか。フードゥルトは呆れてしまった。ずっとエンドハイトは成長したものだとばかり思っていたが、学院に入ってから目に余る彼の言動を知り、これでは幼少期の態度と逆戻りであると心の中で嘆く。

 そんなフードゥルトと同じことを思ったのか、フレクはわざとらしい嘆息を漏らした。


「あくまでも娘のせいにすると言うのならこちらも証明するしかあるまい。……リラ殿、姿を見せてやるといい」


 そう告げると今まで誰もいなかったはずのヴィーチェの隣にフードを取った大男が姿を見せた。人間とは思えないその体色は緑で灰色の髪をしている。その特徴はどう見ても誰もが知る魔物、ゴブリンであった。


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