ゴブリンは公爵と二人で話をする
「ヴィーチェは頑固というか、意志が強いというか……お茶会にしろ、勉強にしろ、全寮制の学院入学までも酷く拒んでいて、それはもう説得しても聞く耳持たずな状況だった……」
当時を思い出すように膝に肘をつけては顔を俯かせていた。言葉を聞く限り相当苦労したように思えた。……いや、わかる。その気持ちは嫌でもわかる。
リラはフレクの様子を見て強く共感した。やはりヴィーチェによって頭を抱える者はいたんだな、と。
「しかし困ることがあればしばらくして『リラ様に言われた』とか『リラ様の相応しいレディーになるために』と言うようになったので何度娘の口にするリラ様に感謝したかっ……!」
俯き加減だった父親が今度は天へと顔を上げ、目頭を押さえていた。……もしかして泣いているのか?
まさかの姿を見せられてリラもどうしたらいいかわからず「そ、そうか……」としか返事ができなかった。
「まぁ、お父様ったら大袈裟なんだから」
隣に座るヴィーチェがうふふ、と微笑ましげに笑う。確かに大袈裟に見えなくはないが、ヴィーチェだって大袈裟な物言いをするのだから似た者父娘なのではないかとも思った。
しかしとうとうフレクが鼻を啜る音だけしか立てなくなり、会話が途切れてしまう。話は終わりでいいのか? と戸惑うリラだったが、ふと彼の隣にいる兄と目が合った。
「挨拶が遅くなり申し訳ありません。僕はヴィーチェの兄、ノーデル・ファムリアントと申します。父の代わりに僕から話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、俺は構わない」
どうやら父が落ち着くまで兄が対話する役目を担うようだ。それにしてもずっと思っていたが、ヴィーチェとは違い、兄の方はあまり表情が変わらないようだ。良くも悪くも何を考えているのかわからない。
「情けないことに僕達は家族であるヴィーチェの話を全く信じていませんでした。だからあなたに関する話は全て彼女が生み出した幻想だと思っていたのですが、今それが覆されました。つまり今まで語っていたヴィーチェの話が事実ということはこれまでずっとヴィーチェが家を脱走して向かった先はやはりリラ様がいらっしゃる魔物の森で合っていますか?」
「……あぁ、間違いない」
確かに魔物が住む森なので魔物の森で間違いない。しかしリラからするとただの森なので魔物の森と呼ばれることはあまりピンと来なかったが頷いた。
正直言えば自分の住処を人間に晒すことに抵抗がある。とはいえすでにヴィーチェが何度も話しているし、こうしてバレてしまった以上今さら違うとも言えない。それどころかヴィーチェが正そうとしてくるだろうから嘘をついてももはや無意味だ。
しかしこう尋ねてくるということは今後ヴィーチェの行動を制限するためかもしれない。誰が魔物のいる森に通う娘を野放しにするのか。
となるとヴィーチェと会う機会も下手をすれば今夜までかもしれない。そう思うとどこか胸がモヤついてしまうが、今はそれに気付かぬふりをする。
「そんな危ない場所に……いつもヴィーチェを守ってくれたのですね」
「え……? あ、いや、まぁ、そういうことに、なる、な?」
怪我をさせてしまったらこいつらが森に入り、血眼になって原因となるものを探し出しそうだし、そうなると村を発見され、仲間に危害が及ぶという理由ではあるが。
というか今のヴィーチェは自分の身を守れるようになってはいるので、ノーデルの言うように自分が守っているかどうかは別である。何せヴィーチェは物理的なものが向上しているのだ。おそらく普通の令嬢ではああならないはず。もし、ヴィーチェの能力が平均的ならば物理で倒される魔物なんてすぐに駆逐されるだろう。
「あなたのおかげでヴィーチェは今日まで五体満足で過ごせています。ありがとうございます」
いや、待て。兄まで頭を下げて感謝してきた。表情は変わらないとはいえ、人間が簡単に魔物に感謝なんてしていいわけないだろう。それともこれは俺を騙すための罠か? 作戦か? あまりにも理解が早い。都合が良すぎる。
「えぇっ、そうよ! 私が今いるのは全てリラ様のおかげなのっ! あの運命の出会いからリラ様はずっと私を守ってくださったわ……」
頼むからお前は黙っててくれ。頬に手を当ててうっとりするヴィーチェにリラは心底そう思った。
「緑肌病の治療法を口授してくれたのも貴殿だそうだな。さすがにこの点だけはヴィーチェが一人で発見するとは思えなくて、だからと言ってゴブリンに教えてもらったということも考えられなくてずっと真相がわからなかった。だからその件についても感謝を伝えたい。おかげで救われる患者も多いだろう」
天へと仰いでいたフレクがようやく涙を抑え込んだようで顔を正面に戻し、何事もなかったかのように話を続けた。さすがに仰々しく思える。
「……いや、俺はこいつがその症状になったから詳しい者に聞いて実践しただけにすぎない。治療法を普及したのはヴィーチェだ」
「でもリラ様は人間に広めることを許可してくださったわ。とてもお優しいのよ」
「……」
これ以上人間と関わらせないでほしい。目の前の親子から感嘆の溜め息まで聞こえてくるのだから、そろそろ違う意味で居心地が悪くなってきた。
「先のエンドハイト王子の生誕パーティーについても貴殿からの話を伺いたい。私は先ほど王室からの緊急通信によりヴィーチェがゴブリンに攫われたという話しか耳にしていないのだ」
「あー……」
確かに人間から見ればそう映るだろう。令嬢がゴブリンに攫われた。そりゃそうだ。事実、ヴィーチェをあの場から連れ出したので誘拐になるだろう。
「ヴィーチェが王子から婚約破棄すると宣言されたと言ってきたが、村の者に尋ねたら普通は考えられないという回答だった。だからそれが事実か確認するためこっそり城の窓から眺めていたが……まぁ、あまり気持ちのいいものでもなかったのでヴィーチェの言葉を証明しただけっつーか……。あとは見ての通り家に送った」
少し照れくさくなる。ヴィーチェのために行動したというのを自ら口にしているのだ。見てはいないが、隣に座る彼女の目もキラキラと輝いているような気がする。そのような強い眼差しという圧を抱いた。
「僕も現場にいました。他の貴族から嘲笑の的にもされると理解しておきながらあのような公の場で婚約破棄を突きつけ、さらに巷で噂の男爵令嬢と新たな婚約を結ぶという傲慢無礼な態度はファムリアント家そのものを侮辱してるも同然です」
兄ノーデルはヴィーチェと同じでパーティーに参加していたようだ。ここでやっとノーデルに表情の変化が見られた。とても不愉快そうなものだ。妹があんな見世物のような注目をされてはやはり思うことがひとつやふたつではないだろう。
そこへドンッとテーブルを叩く音が聞こえた。父フレクが怒りをあらわにしたようだ。おそらく本人は強めに叩いたのだろうがリラから見ると『俺なら叩き壊せるのに人間はやはり力がないんだな……』と考えてしまう。
「婚約破棄を言い出したのは向こうだ。国王がなんと言おうと、もううちの娘を王族にやるわけにはいかん! そしてこれよりファムリアント家は第一王子を次期国王に支持する!」
あまりよくわからないが、あの馬鹿王子を見捨てるということだろう。第一王子というのは最近ヴィーチェの話に出てくる緑肌病こと鉄石症から復活した奴だったか。
「ファムリアント家は今まで表立って次期国王を支持することはなくて、エンドハイト様と婚約している間でさえも中立を守っていたの。それをこうして宣言するってことはエンドハイト様に何かがあっても手助けすることはないと言っているようなものね」
こそっとヴィーチェが教えてくれた。つまりそれだけ怒り心頭なんだろう。まぁ、理解はできる。あんな目に遭わせたのだから。何ならうちの仲間達も抗議するどころか喧嘩を売りかねない。
……しかし、当の本人はどこか他人事というか、興味がないというか……。被害者だよな……?
「私は明日国王に謁見し、第二王子の蛮行に対する不服を申し出る。その前に……」
フレクがノーデルへ視線を送る。ノーデルはそれで何かを察したのか、こくりと頷いてから立ち上がり、ヴィーチェの元へ近づいた。
「ヴィーチェ、君を送り届けてくれたリラ様に何か手土産を持たせようと思うのだけど、一緒に見繕ってくれるかい?」
「えぇ! 任せてっ。待っててね、リラ様っ!」
そう言うとヴィーチェはノーデルと共に部屋を出て行った。ヴィーチェをわざと遠ざけたように思われる。
おそらく目の前の父親がこれから本音でリラと対話しようとしているのだ。その証拠にフレクの目が鋭くなった。もしかしたら本題はここからなのだろう。
ヴィーチェの前だからこそ友好的に見せた可能性もあるので本性を現すにはいいタイミングでもある。だから何を言われても驚きはしない。
「時にリラ殿、貴殿はヴィーチェのことをどう思っているんだ?」
「……は?」
驚きはしないと構えていたが、まさかの問いにリラは困惑の声を上げる。罵倒されるのだと思っていたのでそんな質問をされるとは思わなかったのだ。
「幼い頃からヴィーチェはずっとリラ殿に一筋だった。生きる糧と言わんばかりに。行動理念も全てリラ殿中心だ。おそらくこれからもずっとヴィーチェの気持ちは変わらないだろう……」
ふぅ、と溜め息を吐くフレクの言葉はとても重みを感じた。どれだけ手を焼いたのか見てわかる。それなのに見捨てずにずっと娘を思っているのだから悪い人物ではないのだろう。そういう意味ではヴィーチェは家族に恵まれている。
「俺は……初めて会った頃はとても煩わしいと思っていた。なのにあの調子でずっと俺に懐いてくるし、何を言ってもへこたれないあの前向きさや、眩しい笑顔ばかり向けられるし……だが、今ではそんなあいつも好ましく、思う」
「……そうか、相思相愛か」
「待て、そうは言ってない」
「ならば弄んでいると?」
ギロリと相手の目が光った。返答によっては面倒になりかねないことを察し、リラは冷や汗を流しながら首をぶんぶんと横に振る。
「どちらにせよヴィーチェは貴殿と婚姻するつもりだ。しかし、ゴブリンと人間が夫婦になるなんて今まで聞いたことがないし、前代未聞だと否定的な声が上がるのも目に見える。おそらく国としてもその婚姻は認めないだろう」
「あー……そりゃそうだろうな」
当然の話だった。魔物の、しかも人間にとっては醜いと分類されるゴブリンと人間の異種族婚なんて誰が祝福するのか。そこはせめて見目麗しいエルフ辺りならアリだっただろう。そんなことはとうの昔からわかっていたのに、小さな針が胸に刺さる感覚がする。
「……もしもゴブリンじゃなく人間だったら、何も悩まずにもう少し歩み寄っていけたんだろうな」
こんな女々しいもしもを考えるなんて我ながら腑抜けたものだとリラは自嘲する。やはり異なる種族は添い遂げない方がいい。特に貴族のヴィーチェは周りからもっと好奇な目で見られるのは確実だ。
己がゴブリンじゃなければ違う未来もあっただろう。有り得もしないそんな考えがよぎってしまったが、頭に浮かぶ情景くらいは許されたかった。




