ゴブリンは公爵令嬢にご馳走され、公爵には質問攻めされる
邸宅に入ると、城のパーティー会場ほどではないが、点灯する光に眩しさを覚えた。まるで昼間のようだ。
そして想像以上にある屋敷の広さ。階段があったり、数ある扉があったり、長そうな廊下があったり、これが貴族の家なのかと内心驚いた。自分の家はここの玄関口にも満たない石造りでできているというのに。
「リラ様、ダイニングルームにご案内するわねっ」
ヴィーチェは自分の敷地にリラを招き入れたことがよほど嬉しいのか、若干興奮が混ざった様子でリラの腕を強く引っ張り、誰よりも先へと案内する。
それを見た公爵が慌てながらも「ヴィーチェ! 勝手なことをするんじゃない!」と注意をするもヴィーチェはどこ吹く風と聞き流し、リラを引っ張り続けた。
リラはどうしたらいいかわからずヴィーチェの好きにさせるが、ちらりと見た彼女の父親は困り果てながら盛大な溜め息を吐いていて、どこか自分と重ならなくもないその姿に多少の同情を覚えた。そしてヴィーチェの他人を振り回す性格は両親にも容赦ないのだと思い知る。
ダイニングルームという部屋に辿り着くと、よくわからないまま長テーブルの前に座らされた。隣にはちゃっかりとヴィーチェが席に着く。とても近い距離で。
気づけば目の前には沢山の料理が運ばれていた。分厚い肉の塊に、スープやカットされた果物やその他諸々。リラにとっては見たこともないものばかりなのでどんな料理かはわからないが、漂う香りはとても食欲のそそるものであった。
「どうぞ、リラ様っ。お好きなだけ食べてちょうだい」
「いや、おかしいだろ。ゴブリンに食い物を振る舞うなんて」
周りにはあの父と兄はいないものの、警戒のためか騎士達が並んでいるし、リラの後ろにも待機されている。居心地がいいものではないが、人間側の対応としては間違っていないだろう。
しかし待機させられている騎士達もこの状況を未だに飲み込めていないため、その表情は困惑としていた。警戒対象なのに客人のように扱われているのだからその戸惑いも仕方ないのかもしれない。リラだってそうなのだから。
「何もおかしくないわ。私がお願いしたんだもの」
「そりゃあ貴族の娘に命令されたらそうせざるを得ないだろうが……。普通ならゴブリンを始末するだろうし、食い物の中に毒が入っててもおかしくないだろ」
リラの言葉に騎士達がぴくりと反応し、何人かは剣の柄を握る。その態度は図星なのか、それとも侮辱と捉えたのか。どちらにせよ危ない橋を渡るつもりはないリラは料理に手をつけないことに決める。人間がゴブリンのためにと用意された食事なんて裏があるに決まっているのだ。
「まぁ、私ったら気が利かずに申し訳ありませんわ! 毒見は大事よねっ」
「は?」
言うや否やヴィーチェはまず水の入ったグラスを手に取り、ぐびっと一杯を飲む。それだけでなく他の料理へと手をつけ始めた。
ナイフとフォークを手にすると肉を切っては一切れを頬張り、スープを口にし、パンへと手を伸ばしたところでリラはようやくハッとして彼女の腕を掴む。
「ばっ……! お前何考えてるんだ!」
「んぐ、リラ様が安全に食べられるように毒見よっ」
「お前は令嬢だろうがっ!」
もし毒が混入していたらいくらヴィーチェといえど無事では済まない。そもそも貴族の娘が毒見なんて聞いたことがないし、前代未聞だろう。その証拠に周りの騎士や使用人と思われる人間が狼狽えていた。
「大丈夫よリラ様っ。毒が入っていたら周りの方達はもっと大騒ぎしてるはずだから」
……確かにそうかもしれない。本当に毒が入っていたら周りの人間は大慌てだろう。驚きはするもののそれぞれポジションから動かないということは特に問題はないと言えるだろう。しかし逆に毒物が入っていないという事実にリラは困惑する。仕留めるには絶好のチャンスだというのに。……もしかしてヴィーチェが口にした料理には混入されていないだけで別の料理には仕込まれているのか? それともいつでも首を取れると甘く見られているのか?
疑心を拭えないまま、リラは躊躇いながらもヴィーチェの腕を離した。
「それにリラ様を守って死ねるのなら本望だわ!」
「ゴブリン相手に言う台詞じゃないだろ! やめろ!」
毒見をやめようとせず、さらに次の料理へと手をつけ始めようとするものだからリラは再度ヴィーチェの腕を掴む。
人間が、それも貴族令嬢がたかだかゴブリンのために命を懸けようとするなんてあってはならない。しかしヴィーチェは諦めず、空いてるもう片方の手を伸ばそうとするのだからリラは同じようにその腕も掴んで制止させる。
「リラ様に手を取ってもらえてとても光栄だけど、これでは毒見できないわっ!」
「だからするなって言ってるだろっ」
なんだ? 何なんだこの状況は? 周りの人間も不思議なものを見る目で見てるぞ絶対。
そんな謎の攻防を繰り広げるリラだったが、一人の使用人と思わしき人物がヴィーチェの前へと近づいた。
「ヴィーチェ様……ご心配でしたら私が毒見役を引き受けますので、客人を困らせないでください」
使用人の女性がそう告げる。確かに困ってはいるが使用人の方が困り果てているように思えた。いや、逆にこのようなことに慣れているゆえに呆れの色さえも窺える。
「確かにこのままだとリラ様はお食事に集中できないわね。私がリラ様に大事にされているばかりに……」
「くそっ、相変わらず都合のいい解釈ばかり……」
「じゃあ、アグリーが食べて、さらに私が食べて、それで安全が証明されたらリラ様に食べてもらうことで手を打ちましょ!」
「結局お前も口にするのかよっ」
先に侍女が口にするならまだいいが、ヴィーチェがその次を担う意味がまるでわからない。しかしこれ以上押し問答しても仕方ないのでリラはそれで折れることにした。
使用人が毒見をし、さらにヴィーチェが意味のない毒見をしてようやく食事することになったが、とにかく落ち着かなかった。
沢山並ぶ大きさや形の違うフォークとナイフの存在がよくわからず、適当にフォークだけを手にしては肉を刺して塊のまま歯で食いちぎる。それを見た周りの反応が「やっぱり……」というような冷めた視線を向けられるのだから落ち着いて食べる方が無理な話。
しかしそれよりも隣に座るヴィーチェである。事細かに料理の名前や食材に何が使われているかを説明するので静かに食べることもできない。それに話の半分も理解できなかった。だが食べ物は何を食べても美味だったので、やがて腹は満たされていく。
中でも特に肉が美味かった。僅かな酸味のあるソースがかかっていて肉にとても合っていたし、魚の料理も良かった。ヴィーチェの話によればミニエルだとか何とか言っていた気がする。
「リラ様、こちらはアップルパイよ。甘いものがお好きなリラ様にも気に入ってもらえると思うのっ」
一通り食べ終えたと思ったら最後に食後のデザートと称して、黄金色に輝くアップルパイというものと対面をする。
香ばしく甘い匂い。こちらもすでにヴィーチェと使用人が毒見をしているため少しだけ切り取られた状態だった。
リラは少し欠けたそのアップルパイを特に切り分けることなく、丸ごとその大きな手で掴みかぶりついた。
アップルパイと言うのだからもちろんよく知っている果実が入っていたが、その状態は全く知らないもの。生でしか食べたことがない林檎がどうしてこうなったのかはわからないが、柔らかく瑞々しくなっていた。もちろん甘みもある。それを包む生地の層もパリパリしていて美味しかった。気づけばあっという間に完食である。
「いかがでしたかリラ様っ!?」
「あぁ……まぁ、美味かったが……」
「お口に合ったようで良かったわ! 参考までにどの料理が美味しかったかお聞かせいただけるかしら?」
「ヴィーチェ、食事が済んだのなら彼から話を聞きたい」
いつの間にかヴィーチェの父親がダイニングルームへと姿を現した。現状を受け入れつつあるのか、少し落ち着きを取り戻しているように思える。
ひとまず場所を変えようということになり、リラはヴィーチェと彼女の兄、そして公爵に連れられ別室へと案内された。
湖のように自身の顔が反射するほど光沢のある高級そうなテーブルと柔らかそうな椅子……いや、ソファーがあった。壁には大きな絵画がいくつか並んでいる。確かダイニングにも違う絵が飾られていた。どこを見ても金持ちの家らしい家財ばかりである。
座りなさい、とヴィーチェの父に言われたが、ただでさえ裸足で屋敷を彷徨いているというのに、小汚いと罵られても仕方ないゴブリンが腰掛けていいものなのか。
躊躇っているとヴィーチェがリラの腕を引っ張り、一緒に並ぶように座らせられた。無理して気を遣っているのに容赦がない。
そんなリラ達と向かい合うように公爵と令息がソファーに座ると、真面目な面持ちで父親が先に口を開いた。
「改めて、私はファムリアント家当主のフレク・ファムリアント。ヴィーチェは私の娘だ」
「あー……俺はリラ。見ての通り種族はゴブリン。貴族様とは違って学もなけりゃ礼儀作法も知らないし、ヴィーチェ以外の人間と話もしたことがない。それでも俺と言葉を交わすってことでいいのか?」
頭を軽く掻きながら一応言葉を選びつつ会話をする……が、隣にいるヴィーチェが「私がリラ様の初めてで嬉しいわ!」ととても喜んでいた。頼むから大人しくしてくれ、と心の中で訴えるがもちろん伝わるわけもない。
しかし話がしたいと言っても一体何を話せと言うのだろうか。
「あぁ、それは構わない。私も魔物どころかゴブリンと対話をするのは初めてだからそちらにとって気に障ることを口にするかもしれんのでな。……そもそも、私は未だに信じられない気持ちだ」
そりゃそうだろうよ。今まで嘘だと思っていたヴィーチェの語るゴブリンが目の前に存在するのだから。相手にとっては悪夢を見ている気分かもしれない。
「いくつか確認をしたい。ヴィーチェと出会ったのはいつだ?」
「確か……もう十年くらいか?」
「えぇ! 素敵な出会いだったわね」
同意を求めるなという言葉を口にしない代わりに聞き流す。フレクも同様にヴィーチェの言葉を聞かなかったことにしたのか話を続けた。
「ヴィーチェが言っていたが、幼いヴィーチェをお茶会に参加するように勧めたのはリラ殿か?」
「あー……そうだな、確かに俺だ」
「ヴィーチェに友達を作るようにと言ったことや、勉学が大事だと言ったこと、そして学院へ入学することを前向きに説得したのも君か?」
「そういう話もしたな……」
「緑肌病の治療法をヴィーチェに教えたというのも?」
「あ、あぁ、俺だが……」
なんだこの質問は。質問をする度にフレクの表情は険しくなる。なんの意図があってか読めないが、まさか不都合なことでもあったというのか。そりゃ相手は人間の貴族様だ。ゴブリンには理解できない不都合があるのかもしれない……と思った瞬間だった。
「本当にありがとう! 君にはずっと感謝していた!」
「……は?」
なぜか公爵は膝に手を置いた状態で勢いよく頭を下げ、ただのゴブリンに感謝を示す。よく見れば隣に座っていた兄の方も頭を下げている。予想外のことにリラは戸惑いの声を上げた。やはり人間の考えることはゴブリンには理解できないのだと考えながら。




