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ゴブリンは公爵令嬢を送り届けるが公爵家に見つかる

「到着よ、リラ様っ。もうお顔を見せても問題ないわ」


 門を潜るとすぐにそう言われたが、念のためにとリラは辺りを見回す。後ろを振り返ると通ってきた門は綺麗さっぱりなくなっていた。すでに道を閉ざしたのだろう。

 近くには人の気配は感じられないが、だからといって安心はできない。ヴィーチェの屋敷の敷地内にいるのだから人間に近いことには変わりないので早々に立ち去るべきだ。

 さっさと帰ることを告げようとリラは一度フードを取り、ヴィーチェの前で姿を見せる。


「俺は帰るからお前も早く帰れ」

「気が早すぎるわ、リラ様。……ハッ! こうなるのなら転移門ゲートを使わなければもっと一緒の時間を過ごせたのね。迂闊だったわっ。これは一生の不覚よ」

「安い不覚だな」

「でもリラ様は行き道は転移門ゲートを使っていないからお疲れよね。それなら早く帰って休むべきだからそう考えるとこれは結果オーライってやつね」

「相変わらずいいように考えてるな。まぁ、わかればいいが」


 それに腹も減っている。こっちは途中でもぎ取った果実くらいしか口にしていないから早く飯も食いたいところだ。

 そう考えるリラだったが、自分の分の夕飯は残っているのか気になった。事情を知る大婆が気を利かせて取って置いてることを期待したいが……。


「それじゃあリラ様、最後に聞かせてほしいの」

「なんだよ」

「どうしてわざわざ姿を見せてまで私をパーティーから連れ出してくれたの?」


 問われる内容にリラは言葉を紡げないでいた。理由を口にするのは躊躇われるのだ。しかしもっともらしい言葉も思いつかない。


「……自分は何もやましいことをしていないような王子の態度が気に食わなかった。ほら吹きだの妄想癖だのと大勢の前で一人を罵るっていう感じの悪い空間を作るのも男らしくない。それならいっそのことヴィーチェの言葉は本当だって見せつけてやっただけだ」


 それらしい理由を言ってもどうせ都合のいいように解釈されるだろう。思いつかないのだったら事実を話すしかない。


「つまり、私をその感じの悪い空間から助けてくださったのね! さすがリラ様! 私の王子様! 好きっ!!」


 確かに助けたと言われるとそういうことになるのかもしれないが、面と向かって口にされるのは照れくさい。しかしそれよりも恥ずかしいこと言われてしまう。


「っ、だから! 王子様はやめろって言ってるだろっ!」

「それじゃあ私の勇者様だわ!」

「柄じゃないから勇者もやめろっ」


 何度言っても美化しようとするのをやめないヴィーチェ。いっそのこと目の病気であってくれと願いたくなる。

 美化、と言うともしかしたら自分もそうなのかもしれないとリラは感じた。

 

「リラ様が否定してもリラ様は私だけの王子様であり勇者様であり、最愛の旦那様になる方だわ」


 いつものように強く向けられる好意。何年も変わらず想いを口にする言葉は数が増すごとに軽いものではないと思い知る。それなのに純粋で、その瞳は今日も輝かしい。

 ドレスを着ているからなのか、月夜に照らされているからなのか、それとも纏う雰囲気か、とにかくヴィーチェが美しく思える。これが美化した者の目に映る世界ならば、少しは納得する。

 そう、少しだけ……そう思った瞬間だった。


「そこの魔物め! 我が娘から離れよっ!!」


 響く怒号とともに屋敷の扉が勢いよく開かれた。怒鳴った中年の男の後ろには騎士のような男達が並んでいる。その者達はリラを見るや否や「もしかしてあれはゴブリンなのか……? でかいだろっ」や「ゴブリンの突然変異種かもしれない。気を引き締めろ」という声も聞こえてくる。

 娘、というのはヴィーチェしかいないだろうし、あの中年が父親なのだろう。


「あ、お父様っ。こちら私の━━」

「ヴィーチェ! 安心しなさい! 今助けるからな!」


 だろうな。そうなるよな。ゴブリンが娘の傍にいたら敵意も剥き出しになるだろうよ。人間としても父親としても立派で、百点満点の発言だ。……あぁ、くそっ、面倒臭いな!


「っち、俺は帰るぞ」


 ぼそっとヴィーチェに告げ、さっさとこの敷地から逃げ出そうとファムリアント家に背を向けたが、後ろの正門と思わしき方向からもこちらへと走ってくる人の気配を感じた。


「……っ! ヴィーチェ!!」


 続いて黒髪の若造が姿を現す。ヴィーチェを見て驚いた様子を一瞬だけ見せた後、すぐに状況を理解したように思えた。なぜならすぐにリラを敵視する瞳に変わったから。

 門側は一人だけのようなので振り切って逃げるのはとても容易だろう。しかしリラの存在を認識した男の手のひらからは威嚇をするかのように炎が灯っていた。少なくとも魔法が使えるので、警戒はしなければならない。

 屋敷から出てきた騎士達は剣を抜き、臨戦態勢をとるようにじわじわと近づいてくる。負ける気はしないが、人間と交戦するわけにもいかない。

 こうなったらフードを被って逃げる方が早いと判断したリラがフードへと手をかけたその時だった。


「一体どなたに向けてそのような悪意を向けているのかしら! 言動を改めてちょうだいっ!!」


 隣の娘が今までにないくらいの大声で叫んだ。リラだけでなく、彼女を守ろうとする者達もびくりと反応し、驚きのあまり動きが止まった。

 ピリつく空気。つい先程までリラに向けられていたはずの視線はヴィーチェへと変わった。それも畏怖の感情がこめられたものである。

 ……もしかして怒っているのか? あのヴィーチェが? と、リラがそう思うのも無理はない。そりゃあ幼い頃はぷんぷんと怒っていたことはあったし、不満を漏らすこともあったが、ここまで激昂するのは初めてかもしれない。

 その怒りが可視化されたようにパチッ、とヴィーチェの目元から小さな火花のようなものが見えた。暗さの中で見えた小さな閃光ゆえに気のせいとは思えず、なんだ……? と感じる。

 ジッと見ていたらヴィーチェがその視線に気づいたのか、リラへと目を合わせると、すぐにいつもの花咲くような笑みに変わった。先程の怒りはどこへいったのか。

 少し困惑していたらヴィーチェが急に腕へと絡んできた。


「この方は私の旦那様になる予定のリラ様よ!」

「「!?」」


 その言葉を発した瞬間、周りは騒然としていた。あちこちから驚きの声が飛び交う。


「リラ、というのはあの……!?」

「ヴィーチェ様が幼少の頃から常に口にされているイマジナリーフレンドの……!?」


 ……本当に俺の話をしまくってたんだな、こいつは。そう思わざるを得ない自分の名の広まり具合にどれだけ日常的に自分の話をしていたのかよくわかる。するなと言ってもいつもそこだけは聞きやしない。


「狼狽えるな! ゴブリンが魅了魔法を酷使し、ヴィーチェを惑わせているに違いない!」


 さすがは父親。娘の命がかかっているかもしれない状況の中、有り得なくもない可能性を無視するわけにはいかないのだろう。……魅了魔法なんざ使えないが。

 そんな貴族当主の言葉を耳にしては、騎士達も従うしかない。再び奴らの剣が向けられた。


「お待ちくださいお父様!」


 正門の方の若者が声を上げる。お父様、ということはこいつがヴィーチェの兄か、とリラは気づいた。


「……彼は、ヴィーチェが語っていたリラ様の特徴である巨体のゴブリンです。そして僕達を前にしてもヴィーチェや僕達に手を出す様子も見受けられません。……信じ難いことですが、ヴィーチェの言うリラ様が実在しているのだと思います」

「なっ! そんな馬鹿なことが……!」

「お兄様のおっしゃる通りよ! リラ様はずーっと存在していたわ! こんなにも素晴らしい筋肉美を持っていたら、歩く彫刻だとお父様が思い違いをなさるのも仕方ないのだけど」

「そんなこと一言も言ってないだろ。思い違いをしてるのはお前だ」


 相変わらず変なところで前向きに受け取る。ヴィーチェらしいと言えばらしいのだが、それを聞かされる身にもなってほしい。ただただ恥ずかしい。

 溜め息混じりでヴィーチェに突っ込みを入れるリラだったが、ヴィーチェ以外の人間からしてみれば初めて発したゴブリンの言葉が長年の付き合いがある者のような言葉だったため、どこか驚きを隠せないように見える。

 そのせいか公爵はしばらく言葉を失っていた。困惑が顔に出ていて、周りの騎士達も主がどう出るのか戸惑いながらも見守っている。

 そんな静寂の間を破るのが、やはりというかヴィーチェであった。


「お父様! 私はエンドハイト様により婚約を破棄されましたので、これで心置きなく学院卒業後はリラ様の元へ嫁ぐわ!」

「!!」

「頼むからお前はもう少し空気を読んでくれ!」


 相手はただでさえ信じていなかったその存在を今目の当たりにして、衝撃を受けているのにヴィーチェはさらに追い打ちをかけようとする。

 いや、そもそも嫁にするなんて一言も言ってないぞこっちは! そう続けざまに発言しようとするリラだったが、己の腹の虫が急激に叫びを上げた。

 しばしの沈黙。羞恥心を抱かないわけじゃないが、仕方ないことだった。今日は果実しか口にしていないのだ。まだまともな食事にありつけていないし、随分前から空腹状態だったのだ。

 その空気を破るのがまたしてもヴィーチェである。


「リラ様がお腹を空かせているわ! 今すぐ料理長にお願いして食事の準備を! リラ様が飢え死にしちゃうわ!」

「は、はいっ!」

「だからお前は大袈裟すぎだっ」


 たった一日で飢え死にするわけなんてないのに、近くにいる騎士に伝言を頼んだせいか、相手もヴィーチェの気迫に飲まれてしまい、彼女の言葉に従って屋敷内へと走っていく。


「お父様、一度彼に話を伺ってみてはいかがでしょうか? 敵意はなさそうですし、ヴィーチェの話が全て事実ならば色々と考えを改めなければならないこともあります」

「う、むむ……」


 ……兄があまりにも物分かりが良すぎる。安心するどころか逆に疑念を抱いてしまうくらいには。魔物を前にしているというのに対話を試みようというのか?

 ヴィーチェは例外として、普通ゴブリンを前にした人間は問答無用で攻撃をするか逃げるかのどちらかである。もしかして何かの罠というのか。だとすれば場合によっては拳を振るわなければならないだろう。


「第二王子の生誕パーティーの件についても詳しく聞かねばなりませんし」

「……そうだな。ゴブリンよ、色々と尋ねたいことがあるので来てもらおう」

「おう……」


 拒否を許さないと言わんばかりの発言。さすが人間様お貴族様だな。敵陣に招いて拘束拷問でもするつもりなのか。ゴブリンが一体だけなら楽勝と思われているのかもしれない。それは心外だが、その時は見せつけたらいい。どちらの力が上なのか。

 そう警戒するリラだったが、腕に抱きつく令嬢が弾むような声でリラの名を呼んだ。


「私のお家に足を踏み入れてくれるなんてとても嬉しいわ!」


 こっちの気も知らないで、と思わせるような嬉しげなヴィーチェの微笑みはまるで毒気が抜けていくようである。

 ……まぁ、何があってもこいつだけは自分の味方なんだろうなという絶対的な自信だけは揺るがないまま、リラはファムリアント家の屋敷内へと案内された。


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