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公爵令嬢は友人達と遊びに行こうとすると第一王子に声をかけられる

 短い春季休暇が終わってしまった。全然リラ様成分が足りないと嘆きながらもヴィーチェはまたジェディース学院へと戻ることになった。

 学院生活も二年目に突入し、講堂では入学式が始まる。新入生も全員出席しているようで新たな生活が彼ら、彼女らを待っているだろう。

 そんな中、新入生代表による挨拶が行われるのだが、壇上に登ってきたのは見覚えのある顔だった。

 晴れ間に見える雪の輝きのような色の流れる髪をなびかせたその人は新入生以外ならまだ記憶に新しい。


「初めまして。私はアリアス・オーブモルゲ。第一王子という肩書きではありますが、この度貴族学院に入学した新入生の一人です。皆さんもご存知の通り、私は長年緑肌病を患っていたため学院に通うこともできませんでした。ですが完治した今、学院生活を送れなかったことが心残りでもありましたので、父フードゥルト王に要望を出してみたところジェディース学院に通うことを許可していただきました」


 にこやかに優しい口調で語るアリアス第一王子。一気に講堂内がざわついた。確か第一王子はヴィーチェ達より四つ歳上なので二十歳である。貴族学院に入学する年齢はとうに過ぎているのだ。

 しかしジェディース学院ではアリアスのように病によって学業を学べなかった者にも救済処置として、年齢に関係なく三年間授業を受けることができる再入学制度がある。

 とはいえ、三年の先輩よりも歳上の最年長に当たるのでアリアスはとても珍しい存在となるだろう。


 ちなみに彼が勲章授与式に現れたあと、号外やビラなどがあちこちから出回ったのでアリアス王子が病から復活したと国中が大騒ぎだった。

 そういえば緑肌病患者達に聞き取りをしていた時点では騒ぎにならなかったのかしら? ……まぁ、そこは王族の特権として口止めしたのかもしれないけれど。

 ヴィーチェがそう結論付けると隣で一緒に拝聴するライラへと目を向ける。驚いているのか表情はあまり変わらないが、口が半開きになっていた。

 やはりライラもこの展開には驚くのだろう。ヴィーチェも少し驚いたがあまり気にしなかった。いくら婚約者の兄君とはいえ、まともに会話をしたのは勲章授与式の日だけである。エンドハイトからアリアスのことを聞いたこともないため、ヴィーチェも彼がどのような人物なのかはよく知らないのだ。

 何はともあれ、緑肌病から復活し、元気になったのはいいことなので、ヴィーチェは彼が病によって過ごせなかった学院生活が素敵なものであることを願った。


 入学式は滞りなく終わり、新入生と在学院生は別々になる。新入生は寮へ向かい、部屋の確認をしてその後は自由行動。ほとんどの者は寮内や学院内の確認などをするだろう。

 そして在学院生であるヴィーチェ達は履修科目を新入生より一足早く決めるため、引き続き講堂にて専用の登録用紙を貰って各々科目決めが行われる。

 春季休暇前にて次回受講できる科目については知られていたため、考える時間は十分にあった。そのため多くの生徒はすぐに提出し、早々に講堂を後にする。それさえ終われば明後日の授業開始までは自由、もとい休日となるからだ。

 ヴィーチェもライラと共に履修科目決めを終えて退出し、この後はどう過ごすかライラと話をしよう……と思ったところだった。


「あ、あの、ヴィーチェ様っ」


 後を追うようにティミッド・スティルトンがヴィーチェに声をかける。足を止めて彼の方へ目を向けて見ればよほど急いでいたのか肩で息をしていた。


「スティルトン様、そんなにお急ぎな様子でどうしたの? 何かあったのかしら?」

「い、いえっ、そんな重大なことではないのですが……!」


 どこか落ち着かない様子で目を逸らすティミッド。重大なことがなくても用があって声をかけたのは間違いないのでヴィーチェはそのまま耳を傾ける。


「このあと……いや、明日でも構わないのですがっ、どちらか都合のいい日に、その……街へ出かけませんか……?」


 おどおどとしていたが、ちゃんと相手の伝えようとしている言葉はわかった。遊びに誘われていると理解したヴィーチェはパッと明るい笑顔を浮かべる。


「いいわねっ。時間もあることだし、遊びに行きましょう」

「! ほ、ほんとですかっ?」


 了承するとなかなか目を合わせることが少ないティミッドはこの時ばかり嬉しそうにヴィーチェを見つめた。

 人見知りの激しいと思われる彼がこのように勇気を出して学友を遊びに誘っているということはとても素晴らしいことである。彼の成長にヴィーチェも喜んで誘いに乗った。


「そ、れじゃあ、このあとか明日、どちらにしますか? ぼ、僕はどちらでも……むしろ、両方でも……」


 言葉尻がごにょごにょとしていてよく聞こえなかった。ひとまず今日か明日かを決めたいことは理解したのでどちらにすべきかヴィーチェは悩んだ。ヴィーチェとしてもどちらでも大丈夫だから。


「ライラはどちらがいいかしら?」

「「えっ」」


 隣のライラの意見も聞いてみようと尋ねてみたらライラとティミッドが綺麗に声が重なる。


「? どうかしたの?」

「え、いや、この件に関しては私は……」

「えっと、ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」


 二人ともどこかしどろもどろな様子。歯切れの悪い物言いにヴィーチェも首を傾げた。


「よくわからないけれど何か問題があるのかしら?」

「……スティルトン様、はっきり仰ってください」

「マ、マルベリー様も機転を利かせてください」


 今度はひそひそと二人で話し始めた。お二人は仲がいいのねと微笑んだその時だった。


「遊びに行くのかい? それなら私もご一緒してもいいかな?」


 つい先ほど、壇上にて新入生代表の挨拶を述べていたアリアス第一王子が颯爽と現れる。話の内容を聞いていたようでなぜか彼も同行を求めるのだが、ライラとティミッドは突然登場する王族に固まっているようだった。


「ごきげんよう、アリアス様」


 相手が誰であろうとヴィーチェは慌てることはなく、得意のカーテシーを披露する。角度や動き、雰囲気さえも完璧な彼女の所作は三人の視線を集めた。

 無表情ではあるがジッと見つめる視線はとても真剣みを帯びたライラと、なぜか顔を赤くしながらいつもは逸らされることの多い視線がこの時ばかりはとても強いティミッドと、感心するように「へぇ」と呟けば笑みを深めるアリアス。


「さすがエンドハイトの婚約者だね。頭の天辺から足の先まで洗練されていて目を見張るものがあるよ」

「お褒めいただけて光栄ですわ。ところでどうしてアリアス様は私達にお声がけしたのです? 遊びに行く相手にお困りだとは思えないのですけど……?」

「それはね、私が君達とお友達になりたいからなんだ。……ね?」


 そう言うとアリアスはライラに向けてウインクを飛ばすが、相手は表情を崩すことがないライラである。全くの無反応であり、何なら顔を逸らすくらいだ。


「いくらご学友が欲しいとはいえ、アリアス様は王族ですのでむやみやたらと作るものではないかと思いますわ。第一王子を支持してる人を集めていると思われかねませんもの」

「大丈夫だよ。私は王位継承権を外されたままなのだからエンドハイトと王位を争うつもりはないさ」

「あら? 病から復活なさったのに王位継承権は戻らないのです?」


 何せ幼い頃からアリアスは次期国王としての期待が遥かに大きかった。それが不治の病とされていた緑肌病の発症のため王位継承権を外されることになったが、その原因となる病を取り除いた今、王位継承権第一位にはならなくとと第二位に位置づいてもおかしくはないはず。

 おそらく民衆の中にはアリアスが王位継承権も戻っていると思い、彼を支持する者もいるかもしれない。


「父から話はあったけど、エンドハイトが頑張っているからね。水を差すわけにはいかないし、僕も即位には興味がないんだ」


 興味がないのなら仕方ない。王族とはいえ、みんながみんな王になりたいわけでもないのだろう。しかし我が国の王子は二人しかいない。本来ならばお世継ぎはもう少しいてもいいのにたった二人しかいないのだ。

 アリアスが幼少時より優秀過ぎたから、だろう。そのため王位を巡る争いを起こさないためにも跡継ぎは必要以上に作らなかったと聞いている。

 けれど何かあって王家の血脈が途絶えてしまったら問題なのではないかと議論されたこともあったが、結局今のままとなってしまった。

 そして待望のアリアスが病により王位継承権から外れるという事態。そのためエンドハイトへの即位は絶対なものになると同時にアリアスのように不治の病にかかる危険性や次期国王の資質を疑問視する者もいる中、それでも子をもうけることはしなかった。

 エンドハイトを信じているのだろう。もし彼がダメなら玉座は王族からではないもっと優秀な者に譲ると現国王フードゥルトは豪語したのだ。

 そう言われたら国王の近しい重鎮や側近などは自分か子供にその座が与えられるのではないかと考え、口を閉ざしたそう。それでも中にはそう簡単に王家の血を途絶えさせていいのかと懸念する声も上がった。


(フードゥルト国王の気持ちもわからないわけではないのだけど)


 その昔、フードゥルトには側室の子供も含め、沢山の兄弟がいた。その数、十を超えていただろう。兄弟仲が良かった者もいれば、その逆も然り。

 フードゥルトは王妃の子であったため、王位継承権は上位であったが、歳を重ねるに連れて兄弟間の争いが頻繁に起こり、暗殺や決闘などでその数は減っていく。フードゥルトも生き残るために剣を取ることもあった。

 そして生き残った彼が国王の座に就いたのだが、兄弟間で争うのはもう経験したくもなければ見たくもないのだろう。その反動でフードゥルトは多くの子を望まなかった。

 だからこそたった二人しかいない王子であるエンドハイトとアリアスは次期国王になる心構えを強く持たねばならないのだが、アリアスにその気がないとなると残念に思う人も多いだろう。


「それよりもそんな堅苦しい喋り方はせず、もっと砕けた感じで話していいんだよ。特にヴィーチェ嬢は将来私の義妹にもなるからね」

「義妹になるつもりはありませんが、アリアス様がそのように仰るなら精進するわ」

「なるほどなるほど、噂通りだ……と、話が逸れてしまったね。とにかく私も一緒に遊びに行きたいんだ。君達について行ってもいいかな?」

「私は別に構わないのだけど……スティルトン様とライラはいかがかしら?」


 念のために二人に確認を取ってみる。しかし本人を前にして断る方が難しいだろう。ヴィーチェは口にしてから配慮が足りないことに気づいた。


「ぼ、僕は……どちらでも……大丈夫、です……」


 ティミッドは何かを諦めたような雰囲気とともに覇気のない声で大丈夫と答える。本当に大丈夫かしらと心配する中、続いてライラが口を開いた。


「私には畏れ多いことですのでご一緒はできません。私抜きで楽しんでください」


 はっきりきっぱりとそう告げるライラ。ティミッドと同じように答えるかと思っていただけに少し意外な返答だった。アリアス王子を前にしても気にしないというか、拒絶しているようにも見える。

 これはもしかして一波乱あるというやつかしら? そう感じたヴィーチェはアリアスの出方を窺った。


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