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公爵令嬢は一年の成果をゴブリンに報告する

 緑肌病の治療法を発見したと嘘をついたリュゼートは捕まり、これでリラ様に勲章をお渡しできるわ! と思ったのもつかの間、本人不在のため確認が取れないということもあり、勲章授与式は中止となった。

 ヴィーチェは残念に思ったが、すぐに気持ちを切り替える。


「リラ様が教えていただいたって証明するために私と王城へ向かいましょっ!」

「……嫌に決まってんだろ」


 一番いい方法だというのに、勲章を授かるべき相手はとても嫌そうな顔で返事をする。

 ヴィーチェは春季休暇に入ったため、いつものごとく公爵領へと里帰りし、すぐさま愛しのリラ様に会いに魔物の森へと訪ねた。

 リラは相変わらずいつもの落ち合う場所でヴィーチェを待っていてくれたので、それだけでヴィーチェのボルテージは最高潮である。そんな冬季休暇ぶりの密会だった。


「リラ様の手柄なのにっ!? 遠慮なさらずリラ様が素晴らしいお心の持ち主だってことをみんなに知らしめましょ! そしてリラ様の美貌と聡明さと慈悲深さを人間に広めるのよ!」

「お前のセンスが問われるだけだし、ゴブリンを連れて行った時点でお前は魔物を手引きしたって言われて取っ捕まるだろ。どっちの味方をするつもりだお前は」

「リラ様っ!」

「お前は今日も安定だな……」


 それはもうリラ様一筋なので。そう告げると相手は呆れつつも口元を緩ませていた。少しとはいえ微笑を浮かべる彼は絵に閉じ込めておきたいほどのご尊顔。


「……いや、そもそも王だの何だのが出てくる式場で俺の話をするなよっ!」


 そこでハッと思い出したかのようにリラが自分の名を出すなという苦情を訴える。

 今まで幾度もやり取りしたであろう、話すなと言われるリラについての話題。しかしこれはヴィーチェにとって使命のようなもの。

 リラやゴブリン達の生態を勘違いする人の考えを正すため、そして悪いイメージを払拭するためやらなければならない活動のようなものだ。


「リラ様のお話をしないと私が勲章をいただくことになるもの」

「受け取りゃいいだろ。別に俺は欲しくないし、そもそも発見したのは俺じゃなく大婆だって言ってんだろ。どっちにしろ広めたのはお前なんだからお前が受け取れば丸く収まるってのに……」

「それじゃあ治療の発見者は大婆様で、人間に広める許可を出してくださったのがリラ様って説明に加えておくわ」

「大婆にまで面倒なことに巻き込むなっ」

「それだとリラ様のお名前しか公表できないわ」


 ということはやっぱりリラ様に勲章を渡すべきよ! と、嬉しげに目を輝かすヴィーチェとは違ってリラは盛大な溜め息とともに頭を掻き乱す。


「……どうせ信じてもらえないからいいものの」

「長年こんなに言ってるのにどうしてリラ様のことを信じてもらえないのかしら?」

「有り得ないからだろ」

「! 確かにこの世のありとあらゆる美の頂点に君臨する素敵なリラ様が存在してることは有り得ないと思われても仕方ないわっ!」

「お前本当に美的感覚どうなってるんだ? いや、視力が悪いのか?」

「大丈夫よ、リラ様っ。美的感覚は人の好みだから善し悪しはないけれど、視力については問題ないわっ」


 そう、美的感覚をいいとか悪いとかを決めつけるのは良くない。結局は人の好みなのだ。誰かにとって悪いものは、誰かにとってはいいもの。それは人の好みだけではなく、食の好み、趣味趣向なんでも言える。


「……あぁ、そう」


 諦めたような返事。ヴィーチェにとっては理解してもらえたと解釈し、次の話題を彼に振る。


「そうだわ。私ね、リラ様に披露したいものがいくつかあるのよ」

「披露?」

「この春季休暇が終われば私は一学年上がって二年生になるのだけど、この一年の成果をお見せしたいの。例えばこちら」


 ヴィーチェは容量拡張魔法のかかったバッグから一枚の紙を取り出した。それは美術の絵画を履修した成果でもある渾身の一枚。リラをモデルにした抽象画である。


「な、なんだこれは?」

「ふふっ。リラ様の未来を描いた絵よ」

「……俺の、絵?」


 とても困惑した表情である。それも無理はない。まるで用紙に絵の具をぶつけたような飛び散り具合に適当に塗りたくったような荒々しさ。

 主に深い緑が使用されている。その他に赤や白、黒、色もそれなりにあるが抽象画ゆえにリラには理解が難しそうに思えた。


「本当は人物画を描きたかったのだけど、講師の方が抽象画が得意な方で、どうもそちらに寄ってしまうの」

「言ってる意味がよくわからんが、これの何が俺の未来を描いたって言うんだ?」

「リラ様の強さ、優しさ、親しみやすさを表し、全ての人間がリラ様を崇める未来を表現したわ」

「人間にとっては地獄絵だろ」


 どこが地獄なのかしら? 首を傾げるヴィーチェは今一度自分が描いた絵を見つめる。

 ……いいえ、これは宗教画とも言えるわ! と、謎の気づきを得ただけだった。


「次の科目決めの際には違う講師の方の絵画授業を取るから今度こそ人物画を極めるわねっ」

「はぁ……まぁ、頑張れ」


 心底どうでも良さげな声だったが、ヴィーチェは応援の声を聞けたことによりやる気に満ちた。


「あと残念ながら魔物学についてはいい成果は得られなかったわ……」


 ふぅ、と小さな溜め息をひとつ。魔物学の度に講師とゴブリンの生態について議論をするのだが、信じてもらえず。何ならゴブリンの頭であるリラ様が自分にと書いたお礼の手紙こと手葉みを講師に見せても鼻で笑われる始末。

 テストもゴブリンについては赤点。解せない。抗議だってしたが、相手にされないままである。


「だろうな」

「世間の常識を変えるのは難しいって痛感するばかりね」

「別に変える必要はないだろうが」

「ダメよ、リラ様っ! リラ様達が悪者にされ続ける歴史なんて認めてはいけないわっ! 絶対に私がリラ様の素晴らしさを永年に渡って語り続けるんだから!」


 ゴブリンが、リラが悪の象徴にされる常識は何が何でもひっくり返さなければ。全ては輝かしい未来のために。これに関してはヴィーチェは諦めることはない。


「あ、そうだわ。ためになった科目も色々とあったのだけど、やっぱり薬学で得られることが多かったわ」


 えーと、例えば……と、辺りを見回したヴィーチェは近場にある細長い葉が連なった植物を手に取った。


「ヒーリングハーブ! 患部に覆うと傷を治癒してくれるわ!」

「知ってる。村の奴らがよく使ってるからな」


 あら、そうだったのね。そう思い、ヴィーチェは他に何かないかさらに探してみた。そして今度は森の中では一際目を引く赤やオレンジなど炎の色の葉を持った低木を見つける。まるで小さく燃え盛る炎のような鮮やかさ。ヴィーチェはその葉を一枚取る。


「フレイムリーフ! 火傷した患部に被せると痛みが早く引く効果と、火や炎に関する魔道具の材料にも使われるわ!」

「火傷治しには使ってたが、道具の材料になるのは初耳だな」


 どうやらこちらもリラは知っていたようだ。魔道具の材料にもなるということは知らなかったようだけど、魔道具を作らないゴブリン達には関係ないのでそれは仕方ないし、知っていても使う機会がない知識だろう。

 他にもあれやこれやと薬になりそうな薬草をリラに説明するも、リラは全部知っているようだった。


「さすが博識のリラ様だわ! 薬草の知識も豊富だなんて!」


 やはり森に住んでいるだけあって薬草について詳しくなるのも当然なのだろう。尊敬する眼差しを向けると、リラは少しばかり恥ずかしげに目を逸らした。


「……別に、これくらいで博識とは思ってない。村にいる奴なら普通だ」

「それじゃあ、ゴブリンのみんなが博識ってことね。……でもリラ様の役に立とうと思って覚えたのに不要だったわ。うーん、空回りね」


 少し残念。でもリラ様との会話も弾んでいるから良しとしよう! と、持ち前の明るさもあって、ヴィーチェは後悔しなかった。


「覚えておいて不要なものなんてないだろ。村に住むには必要な知識だし、教える手間は省けたってことだ」


 その言葉にヴィーチェは瞬きを繰り返した。リラも自身の言葉に違和感を抱いたのか「ん?」と何か引っかかる表情をする。


「つまり、リラ様の村に住むのを許してくださるのね!」

「違う! 深い意味はない!」


 赤らめて強く否定するもヴィーチェには通用しない。


「それなら勉強したかいがあったわ! あぁ、でもリラ様から直接教えていただく方が絶対有意義な時間だったわね。勿体ないことをしたわ。一度記憶を失くす方法はないかしら━━あ! 確か、忘青華の花を粉末にした忘華粉を大量に吸えば記憶障害になるって言ってたわね」

「や・め・ろ」


 いい案だわ、と手を叩いたが、リラに凄まれた……のだが、ヴィーチェにとってそれは熱い視線を向けられているものでしかなかった。


「ふふっ。さすがにそこまでしないわ。リラ様のことを忘れてしまったら嫌だもの」

「そんなことを言ってるわけじゃない」

「あら、じゃあそういうことにしておくわね」

「だからっ! その『照れてるわね』みたいな微笑ましい顔をするなっ」


 そう言われてもヴィーチェの笑みは崩れない。今日も今日とてリラの照れ屋な様子を楽しんでいるのだ。未来の妻となることを信じて疑わないヴィーチェの余裕である。


「それにしても薬草を覚えるのが村に住む資格になるなら━━」

「ならない!」

「薬草以外の植物についても覚えたほうがリラ様の村に住むに値する存在といっても過言ではないわね!」

「過言だ!」


 口ではそう言っているだけね。と内心そう考えてクスクスと笑う。そして次の学年では植物学を選択しようと心に決めた。


「あとは何を身につければいいかしら? 料理、炊事、洗濯、狩猟はもちろんだけど他にもあれば教えてほしいわっ」

「……なんで狩りもする気満々なんだよ」

「そうすればリラ様と一緒にいられる時間が長くなるもの」

「お前な……」


 呆れの溜め息。否定しない辺りリラ様も満更ではないと考えていいわね。そう判断したヴィーチェは満面の笑みを浮かべる。


「ひとまず薬草以外の植物の知識も入れるわねっ。リラ様の知らない植物をひとつでも知ることができればお役に立てるものっ」

「植物なんざ知らない物の方が多いけどな」

「これは覚えがいがあるわねっ」

「そこまで重要視してないが……」

「大丈夫よ、二週間後の新学期にちゃんと植物学を受講するわ」

「何が大丈夫だ……って、二週間? いつもより早くないか?」

「心苦しいのだけど、春季休暇は短いのよ。だから毎日リラ様に会いに行くわ!」


 だから心配しないでねっ! と強く言うと、リラは複雑そうな表情をしながら「おう……」と呟く。

 照れ隠しをせず素直に答えてくれるだなんて珍しいわね、とヴィーチェは嬉しそうに笑った。


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