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公爵令嬢は男爵令嬢に無事を知らせ、男爵令嬢は憤怒する

 落とし穴に落ちたヴィーチェがリラに助けられたその日、ヴィーチェはリラから借りた毛皮のベストを早急に洗ってもらうように侍女のアグリーへとお願いした。

 出処不明の毛皮に慌てふためいたアグリーから問いただされ、正直に「リラ様から貸していただいたの!」と答えたら渋い顔をされてしまったが。


「ヴィーチェ様、例の……その、お召し物を洗濯いたしました」


 翌日、頼んでいた洗濯を終え、部屋へと届けてくれたアグリーから受け取ったベストをしっかりと確認する。洗濯前に見たときは枝に引っ掛けたのか、狩りの最中なのか、破れなどもあったがそれも修繕されていた。

 愛する人の衣類の洗濯や修繕も自分で行いたかったが、アグリー含む使用人達が許してくれなかったため、侍女に頼むしかなかったけれど仕上がりは完璧である。

 公爵家で生まれたからには炊事洗濯などは使用人の仕事であり、それを取り上げるわけにもいかないのは理解しているが自分はリラ様の元へ嫁ぐ身。

 ならば身の回りのことくらい自分でしたいところなのだが、このままではぶっつけ本番になってしまう。はたしてこのままでいいのかしら……と、考えるヴィーチェだが、すぐに「まぁ、それも経験よねっ」と結論を出した。せめて知識だけは入れておこうとヴィーチェは使用人達からも学べることは学ぼうと決める。


「ありがとう、アグリー」

「消臭もいたしましたが、まだ臭いが少々残っています。……やはり香料を使用したほうがよろしいのでは?」

「いいえっ! リラ様は香りつきの消臭を好まれないはずだからそのままで大丈夫よっ」


 香料を混ぜた消臭となるとおそらく花香のものがほとんどだろう。幼い頃からリラと言葉を交わしているヴィーチェだからこそわかる。リラは香料の含んだ消臭は好まない。それどころか嫌そうな顔をして脱いでしまうだろう。

 リラは獣臭いと口にしていたが、ヴィーチェにとってはリラが纏っていたものなので魔物の毛皮でできたベストであってもリラの香りに変わりない。

 だからこそ多少匂いが残るくらいがちょうどいいというのがヴィーチェの考えである。

 アグリーは「ヴィーチェ様がそのように仰るのなら……」と、何とも言えない表情とともに受け入れ、部屋を後にした。


「ふふっ。リラ様に綺麗になった衣服をお渡しできるわ!」


 喜びを表すように毛皮を抱きしめたヴィーチェはダンスをするようにくるくるとその場を回る……が、すぐに止まり、こんなことをしてる場合じゃないわっ! と口にすれば、すぐさま魔物の森へと向かう準備を始めた。

 何せ今日は予め決めておいたリラと会う日だから。まさか昨日もリラと会えるなんて思ってもいなかったので、事故とはいえとてもラッキーな一日だった。


「キャンルーズ様には感謝しなくっちゃ」


 何せゴブリンに会わせてくれるって言ってそれが実現したんだもの。それも大大大本命のリラ様。さすがにキャンルーズ様もここまで計画は立ててらっしゃらなかったのだろうけど。

 彼女には落とし穴から無事に出られたことと、リラ様に会えたので感謝たっぷりの言葉を綴った手紙を昨日帰宅早々に送ったので、早ければもう届いている頃だろう。

 もし落とし穴から助けようと準備をして行き違いになっていたら申し訳ないのだけど。






「リラ様~!」


 雪積もる森の中の僅かに開けた小さな空間。いつもの逢瀬場所へと時間ぴったりに辿り着けば、リラの姿もそこにあった。

 しかし彼の上は何も纏っておらず、春夏スタイルの半裸のままだったためヴィーチェはハッと驚き、慌てて拡張魔法のかかったバッグから毛皮のベストを取り出した。


「リラ様! そのお姿では風邪をひいてしまうわ! なぜ防寒着を着てないんですのっ!? 早くこちらを!」

「……いちいち過剰反応する奴だな。別に死にやしないし、着るもんはこれしかないんだよ」


 雪が降っていないとはいえ冷え込むのは間違いないのに、半裸でも平気そうなリラの姿に「さすがリラ様っ」とヴィーチェは尊敬の念を向けるが、彼が受け取った毛皮を着込んだ際に発した言葉を聞いてヴィーチェはとんでもないことをしでかしたと察した。


「申し訳ありませんリラ様っ! お気に入りのものだと思っていたらまさか一点物だったなんて! 私の考えが至らず、呑気にお借りしたままのせいで寒い思いをさせてしまったわ!」

「だからこっちはそんなにヤワじゃないんだよ。……というか、むしろお前の方が……」


 ぼそっと呟くリラの言葉にヴィーチェはその続きを期待するように目を輝かせて待った。

 そんな彼女の反応に気づいたのか、リラは少し頬を染めた様子で視線を逸らされてしまう。

 しかしヴィーチェは持ち前のポジティブ思考により照れ隠しと判断し、微笑ましげに笑みを浮かべる。


「リラ様に心配してもらえて嬉しいわっ!」

「何も言ってないのに曲解するな!」


 素直じゃないリラ様もとても素敵。お嫌いな種族である人間の私にも気遣ってくれる。ってことはやっぱり私達は運命なの! これは何がなんでも結ばれるべきだわ!


「いちいち声に出すな……」

「あら? ついリラ様への想いが溢れてしまったわ」


 ふふっ、と笑うヴィーチェに対してリラは呆れる様子ではあるが嫌悪感はなかったように思える。それがまた嬉しくてヴィーチェの笑みは絶えることはなかった。


「ところで、お前を罠に陥れた令嬢とやらにはどう対処するつもりだ?」

「お手紙を書いたわ。私は無事なことや、リラ様に会えたことについてのお礼もしたためておいたのよ」

「……あ、そう。お前がそれでいいならいいがな」


 はぁ、と諦めるような溜め息を吐き捨てるリラ。続けて「まぁ、何事もなく普通に接するほうが向こうのダメージもでかいか……」と納得したようだった。

 ヴィーチェはリリエルに貶められたとは思っていないので、そんな彼の様子を見ては心配性ねと小さく笑った。



 ◆◆◆◆◆



 キャンルーズ男爵家のリリエルの部屋はピンクを基調としている。シンプルよりも可愛らしさを求め、好きなものを集めたその部屋はぬいぐるみが沢山飾られていた。

 飛びつけるほどの大きなテディベアやドラゴンのぬいぐるみ、ベッドの枕元にはペガサスやアルミラージなどの小さなぬいぐるみが並ぶ。

 部屋の主であるリリエルはベッドに腰掛けて手紙に目を通していた。差出人はヴィーチェ・ファムリアント。

 最初にその名前を見たときは驚いた。どうやってあの穴や森から抜け出したのかわからなかったからだ。しかも手紙を出した時間を考えると脱出した時間はそんなに長くはかかってないとみられる。

 もしかしてヴィーチェの名を騙った別人なのかと思い、中身を開けて内容を読んでみる。

 端的に言うと、落とし穴から脱出したから心配いらないことと、おかげでリラ様に会えたから連れて行ってくれてありがとうというものが長々と書かれていた。特にリラ様とやらのくだりがとても長い。便箋が二、三枚使われていたのだから。

 読み終えたリリエルは激しく舌打ちを鳴らし、手に持つ便箋を勢いよく真っ二つに裂いた。それでは気が治まらなかったのか、何度も何度も破いて紙吹雪のように手紙を散らす。


「何よ! 何よ何よ何よっ! どうやってあのお花畑の女が無事に戻って来れるのよ!」


 ゴブリンに対して好意的な言動が目障りだった。瞳に映る度に、その名を耳に入れる度に、酷く苛立ってしまう。妄想妄言ばかりが出てくるあの唇を縫いつけたいほどに。

 それならば表舞台に出て来れなくすればいい。だからこそあの魔物の森にヴィーチェを連れて行き、魔物の餌になってもらおうとした。

 数日くらいは行方不明騒ぎになり、運が良ければ生き残れるだろうけど、それでも大怪我は免れない。そうすれば彼女はもう外を歩くこともないだろう。……そう思っていたのに。

 まるで自分を相手にしてないかのような手紙の内容。馬鹿にされているようにも思えて、さらにリリエルは腹立たせる。


「まさかあの女も転移魔法持ち……!? でも魔力なしだから魔法はからっきしのはずだし、隠す意味だってないはずなのに……一体どういうことなのよ!」


 簡単に出られるはずがない高さの落とし穴に、簡単に抜け出せないほどの深い森の奥。転移魔法か、森の中に詳しい者の手助けがない限り無事に生還できるわけがない。

 その方法がわからなくて、リリエルは八つ当たりするようにベッドに置いていたペガサスのぬいぐるみを手に取り、床へと叩きつける。

 荒々しくなった呼吸を整えている最中、部屋のドアを控えめに叩く音が聞こえたため、リリエルは必死に怒りの形相を抑え込み、扉を開けに向かった。


「声が聞こえたが……何かあったのかい?」

「申し訳ございません、お父様。……うたた寝をしていましたら嫌な夢を見てしまって……」


 尋ね人はリリエルの父。男性としては背は低いため目線が合いやすい。そんな彼が娘を心配して様子を見に来たのだろう。

 リリエルは事実を述べることはなく、俯き加減で誤魔化した。


「そうか。怖かっただろう? 休暇中でもあるから今はゆっくりしなさい」

「はい、ありがとうございます……」

「心が落ち着けるようなハーブティーを用意させよう。……ん? リリエル、髪の色が変わっていないか? いや、リリ、エル……?」

「!」


 不思議そうな顔を見せる父にリリエルは表情を強ばらせる。よく見ればリリエルの髪の毛先がアイビー色ではなく灰の色に染まっていたのだ。

 慌てたリリエルはパチンと指を鳴らす。すると父の目に生気がなくなり固まった。もう一度フィンガースナップを行うと、リリエルの髪の色は元通りになるが、その様子を見ても男爵の反応は何もない。まるで見えてないかのように。

 そしてリリエルが落ち着いた声で「お父様」と声をかけると、相手はハッとして娘へと目を向けた。


「……私は、今何を言っていたんだ……?」

「ハーブティーを用意してくださると……」

「あぁ……そうだったな。すぐに届けさせよう」

「ありがとうございます。では部屋で休んでますね」


 そう告げ、頭を下げたリリエルは部屋の扉を閉めた。扉の向こうにいる父親の気配が消えるまでドアの前で立っていたリリエルはしばらくしてから舌打ちを一度だけ鳴らし、憎しみを込めた声色で彼女は紡いだ。


「ヴィーチェ・ファムリアント……!」


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