公爵令嬢はゴブリンの功績のため自ら動く
「ヴィーチェ様っ! かなりの日数が経ちましたがいまだに治療法として発表はされておりませんっ」
ヴィーチェがリュゼートに緑肌病の治療法を伝えて早数ヶ月。気づけば冬季休暇前日となった。
痺れを切らしたように友人のライラが「もうあの講師は頼りにならないと思います」と断言し、早く見切るように急かされる。
実はすでに何度か同じようなことを言われてはいたが、新しい治療法を発表するには臨床試験なども行わなければならないため時間がかかる。
本人も理屈はわかっているようだが、やはりペンフレンドの存在が彼女を急き立てるのだろう。ライラはなんて優しいのかしら、とヴィーチェは友人の心根に感心するばかり。
とはいえ訴えられる度に「治療として認められるには時間がかかるものよ」と、ヴィーチェはライラを宥めたが、どうやらそろそろ限界の様子。
確かに、父であるフレクに手紙を出して新しい治療法の案や発表の予定はないか調べてもらうように頼んでみたが、緑肌病に関する特効薬どころか治療法すらないようなのでライラの言う通り、リュゼートは動いてくれないと考えてもいいだろう。
「そうね。残念だけど、私達で動くしかないわね」
本当ならば医学界が新しい治療法として認め、発信してくれた方が患者にとっても安心するのだろうけど、爵位が高いとはいえまだ若輩者であるヴィーチェの言葉をどこまで人が信じてくれるかはわからない。
それでもヴィーチェは緑肌病の治療法を広めなければと意気込んだ。全てはリラ様の功績として認めてもらうために。むしろそれが最終目標だ。
こうして冬季休暇を迎えたヴィーチェは帰省して早々に魔物の森へと向かった。
すっかり森は雪化粧に染まっていて、空にも白い結晶がちらほら揺れ落ちている。
そんな雪が積もる森の道を滑り止めの素材が使われたブーツで歩けば、ぎゅむっと雪を踏み鳴らす。独特な音が冬らしくてヴィーチェは特に好きだった。
空気も澄んでいて、音も吸収されるような静謐な空間の中、コートを羽織った彼女は夏季休暇ぶりに待ち合わせの場所へと向かう。
すでに愛しの彼はいつもの場所へとヴィーチェを待っていた。魔物の毛皮で寒さを凌ぐ冬スタイルは何年経っても勇ましくて素敵でヴィーチェを魅了させる。例え相手にその気がなくとも彼女には関係ない。
「リラ様ーーっ!」
「……おう。今回は遅れなかったな」
ヴィーチェを視界に入れたリラは一瞬だけ安堵するような表情を見せた。
もしかして魔物に狙われてないのか気が気じゃなかったのかしら? とヴィーチェは予測し、リラ様ってば本当に心配性なんだからと彼女はにっこりと笑う。
「えぇ、前回はリラ様をお待たせしたので今回は急いで駆けつけたわっ」
「別に待ってない」
「とか何とか言っちゃって」
相変わらずの照れ屋さん。口ではそう言うものの鼻の先が赤い上に毛皮のベストには雪が積もっている。その様子からそれなりの時間をここで動かずに待っていてくれたのだろう。
「でもリラ様が風邪でも引いてしまったら大変だわ。ちゃんと時間通りに落ち合いましょう」
「ゴブリンを軟弱な人間と一緒にするな」
フン、と鼻を鳴らすリラ。虚勢ではないのだろう。なぜなら寒い冬の日でも彼は裸足なのだ。別にリラだけでなく村のゴブリンも同じとのこと。
足は冷たくないのかと問えば「これくらい普通だ」と返ってくる。
思えば一年中素足で過ごしている彼らだからこそ足底が強いのかもしれない。それだけじゃなく、素肌に毛皮のベストにしても防寒着にしては心もとないが、人間と魔物では体温にも差があるのだろう。
高体温であるリラに抱き締めてもらえたら寒さも吹っ飛ぶはずだ。いつか彼から抱擁を受ける日を夢見ながら、ヴィーチェはこの数ヶ月のことをリラに話した。
「━━と、いうわけでリラ様の教えていただいた治療法のおかげで緑肌病の生徒を一人治すことができたのっ」
「そりゃ良かったな」
「でも薬学の講師の方にお話しても信じていただけなくて治療法として認めてくださらないのよ」
「実際に治療して治った奴がいるのにか?」
「そうなのよ。おかしいわよね? リラ様に教えていただいた治療法なのに信じていただけないのよ」
「……おい。また俺の名前を出したのか?」
アンニュイな表情も素敵。自分の話をされるのは好まないリラのそんな様子にも胸をときめかせながらヴィーチェは力強く頷いた。
「えぇ! だってどうやって治療法を知ったのか尋ねられたんだもの」
「だからって馬鹿正直に答える奴がいるのかよ! ゴブリンに教えてもらったなんて言ったら誰も信じるわけねぇってのにお前はいつもいつも……」
「リラ様の寛大なお心で伝授することを許してくださったんだもの。その厚意を伏せることなんてできないわっ。リラ様の有り難さをみんな知るべきなのよ!」
「……それで治療法を拒否されたら意味ないだろうが」
はぁー……と溜め息をつきながら呆れるリラ。しかしヴィーチェは諦めていないため、それくらいのことで落ち込みはしない。
「大丈夫よ、リラ様っ。治療法を認めていただけないのなら時間はかかるかもしれないけど、私達の手で広めていけばいいのだから!」
ぐっ、と拳を握ってやる気を見せる。ヴィーチェは冬季休暇を利用してライラとティミッドと共に緑肌病患者へ治療法を伝え回ることに決めた。
緑肌病を患っている平民達も多く、重症者も少なくはないのであちこちの村や街へと巡る予定をリラに告げる。
「だから今回の休暇中はリラ様と毎日会えなくなってしまうの。三日に一度になってしまうわ」
「へー……」
「でも信じてね、浮気は絶っっ対にしないから!」
「んな心配は鼻からしてない」
「リラ様に信頼されて嬉しいわ!」
「ばっ! 違う!」
全然違わないのに。そう思いながらヴィーチェは微笑み、夏季休暇ぶりのリラとの時間を堪能した。
◆◆◆◆◆
「それじゃあ早速、第一回緑肌病患者に治療を施す会を始めますっ」
翌日、ヴィーチェはライラとティミッドの二人と一緒に緑肌病治療とその方法を周りに伝えるため、手始めに王都コエクフィスに住む緑肌病患者を探すことにした。
人口の多い街ならば患者も多いだろうし、上手くいけば噂となって民間療法としてあちこちに広まるだろう。
「患者がどのくらいいらっしゃるかはわからないけど、念のためストネンバグは沢山捕っておいたわ」
昨日リラにもお願いして渋々ではあるが手伝ってもらい、瓶いっぱいのストネンバグを捕まえたヴィーチェは嬉々としてそれを二人に見せつける。
越冬できるため年中活動する魔虫ストネンバグは冬場になると主に枯葉や石の裏に生息するとリラに教えてもらっていた。
「……ヴィーチェ様、虫が苦手な方も多いと思いますので見せびらかさないようにしてください」
せっかく大量に捕まえたというのに友人の反応はあまり良くなかった。ティミッドに至っては目を逸らして「うっ……」と顔色を悪くしている。
なるほど、彼のように苦手な人のことも配慮しなければいけないわね、とヴィーチェはライラの忠告を素直に聞いた。
「そういえばライラのペンフレンドには治療法を伝えたの?」
「はい。二日前に手紙でしたためさせていただきました」
それなら安心ね。そう答えるとライラも「はい」と少しだけ嬉しそうな声色で返事をした。ライラの表情はあまり変化がないのだけど、どことなく兄と似ているのでヴィーチェ自身は彼女の無表情について気にならない。
でも今のライラの感情だけはよく理解できた。希望が見えた小さな喜びである。早くライラの文通相手も病から解放できるようにとヴィーチェは願った。
ひとまず患者を見つける方法だが、ここは地道に聞き込みに頼るしかない。
診療所などに突撃してファムリアント公爵家というネームバリューを使い、緑肌病患者リストを手に入れる方法もあるのだろうが、毎日忙しそうに沢山の患者と接する医療関係の人達の手を煩わせてはいけないと思い、ヴィーチェはその方法はやめることにした。
幼少の頃からリラの話を聞いてくれた医師が「次はあのお宅に……夕方までには診療所に……」と、忙しない様子で呟いていたのをよく見ていたからだ。
こうして聞き込みを始めたヴィーチェ達だが、すぐに一人目の患者を見つけることに成功した。やはり人口が多い所ゆえに患者も多いのかもしれない。
情報を頼りに教えてもらった緑肌病患者が療養している自宅へと到着すると、ヴィーチェはすぐにドアをノックしようとしたが「お待ちください」とライラに止められた。
「ヴィーチェ様。最初にお願いしたいことがございます」
「何かしら?」
「決してゴブリンの話題を出さないことをお約束していただきたいのです」
友人にリラの話題を封じられてしまった。せっかくリラの名を広めるチャンスでもあるのに。ヴィーチェが困ったわと言わんばかりに悩ましい表情をすると、ライラは続けて口を開く。
「ヴィーチェ様のお気持ちもわかりますが、一般的に人にとってゴブリンは恐れる対象です。リュゼート先生のようにまた信じていただけないまま治療を拒まれる可能性もあります。それではせっかくリラ様が提供していただいた治療法も無駄になってしまうでしょうし、リラ様も望まれない結果になるのではないでしょうか?」
宥めつつも説得しようとするライラ。彼女の言い分ももっともである。悔しいけれどほとんどの人間が抱くゴブリンのイメージとヴィーチェの抱くゴブリンのイメージは天と地ほどの差があるのも事実。
それにせっかくご厚意で教えていただいた治療法が無駄になることだけは絶対にしたくない。
「でもリラ様の功績を歴史に残せないなんて……」
うーん……。と、ヴィーチェは唸る。これだけは譲れないし、譲りたくない。愛するリラの名を告げなければ自分達の手柄になってしまう。それはどうしても耐えられないのだ。
「あ、あの……」
そんな中、おずおずと小さく手を挙げるティミッドが弱々しい声をかけてきた。ヴィーチェとライラは彼に注目すると、ティミッドは定まらない目線を向けながらも言葉を紡ぐ。
「えっと、それなら種族名だけ伏せるのは、どっ、どうでしょう……か? な、名前だけを明かすって意味です……。どうしてもと言うのなら、そのっ、治療法が広まってからでも種族名を明かすのはどうかな、と……」
まごまごしながらも一生懸命に説明するティミッド。彼の告げる方法にヴィーチェは瞬く間に咲き誇る笑みを浮かべて、ティミッドの手を取った。その瞬間相手はびくりと大きく肩を跳ねる様子を見せる。
「ーーッ!!」
「ナイスアイデアだわ、スティルトン様! 名前ならいいわよね、ライラ?」
「お名前でしたらよろしいかと……」
「良かったわ。ありがとう、スティルトン様!」
ぶんぶんと握った令息の手を大きく振ると、相手は顔を赤くしながら「めめ滅相もないことでございます!」と声を上げた。
「……ヴィーチェ様、そろそろ手を離していただかないとスティルトン様が沸騰して倒れるかもしれません」
え? どうして? と思うも、ティミッドの顔が赤いのは間違いない。
もしかして暑かったのかしら? だから手を握ったり振ったりするのが良くなかったのかも。とはいえ冬だけれど。そう不思議に思いながらもヴィーチェはライラの言葉通り「わかったわ」と返事をしてティミッドの手を解放した。




