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子爵令嬢は緑肌病の治療法を広めたい

 薬学の授業は薬草の種類や効能を勉強し、そして調合を行うといった実践的なことも行う。

 受講する生徒は主に薬師や医師を志す者が多いが、怪我や火傷の治療にも役立てることもあり、生活の知恵として選択する生徒もいた。

 数多くある薬草を知識として取り入れるだけでも一年では物足りないため、医学を専門とする者は三年間みっちりと勉強する。


「リュゼート先生。お話があります」


 薬学の授業が終わり、他の受講生達が教室を出ていく中、ヴィーチェは担当講師であるリュゼートへと声をかけた。ライラは彼女の側に立ってその様子を見守る。


「どうかされましたか、ファムリアント令嬢?」


 ミルクティー色のくせ毛に大きめな丸い眼鏡を装着した薬学の講師リュゼートを教室内で呼び止めると、彼は話を聞いてくれる姿勢を見せた。


「緑肌病の治療法はまだ確立されていませんよね?」

「あーそうですねぇ。残念ですが。魔法、薬草などを色々と試してはいますがこれといった成果は出ていないのが現状です」


 いまだに治療法が見つかっていないのは残念ではあるが、すでにヴィーチェはその方法を知っている。あとはそれを専門の人達に広めてもらうだけ。


「その緑肌病の治療法を教えていただきました」

「……えっ!? そ、それは本当ですか!?」

「はい」

「ならば大発見ですよ! 一体どなたがどのような方法で治したのですかっ?」


 あ……。とライラは胸の中で口にする。これは良くない展開かもしれない。


「ヴィーチェ様、決してお名前を口にしては━━」

「リラ様がストネンバグに病巣を食べさせると完治すると仰っていました!」


 こっそりと耳打ちしようとしたが遅かった。あまりにも嬉しそうに語るヴィーチェとは対照的にライラは静かに目を閉じて落胆する。とはいえ、いつものことながら表情には出ないのだけれど。


「えっと、リラ様というのはもしかして……?」

「ゴブリンのリラ様よっ」

「……。……はぁ」


 がっかりしたのはライラだけではなかった。ヴィーチェの口から出るリラ様という名は教師や講師達の間でも広まっている様子。主にその名をよく耳にしている魔物学の講師が漏らしたのだろう。

 失望の溜め息を吐いたリュゼートの表情はすでに呆れた様子である。


「えーと、魔虫ストネンバグで治療、ですか。はは、そうですか。それは凄いですね。ありがとうございます、参考にさせていただきます」

「えぇ、よろしくお願いします!」


 リュゼートの言葉に感情はこもっていなかった。それもそうだろう。ただでさえ虫治療なんて前例がない上にゴブリンから知ったと聞いたら誰も信じるわけがない。

 彼もそんな作り話を聞きたくないようで早くこの会話を切り上げたいという雰囲気が漂う。それでもヴィーチェは言葉通りに受け止めていた。


「それでは私はこれで……」

「あの、お待ちください。リュゼート先生」


 このままでは聞かなかったことにされるかもしれない。誰に教えてもらったのかはこの際置いておいて治療法に関しては事実なのだ。ライラは立ち去ろうとするリュゼートを呼び止めて、少しでも信じてもらえるように話すことに決める。


「マルベリー令嬢も何か?」

「はい。ヴィーチェ様のお話された内容の補足をいたします。確かに信じ難いことですが、私は実際にその治療法を拝見しました。さらに言えば治療を受けたのはティミッド・スティルトンです。嘘だと思うのなら彼に話を聞いてみてください」


 緑肌病を患っているティミッドの証言があれば僅かでも興味を持ってくれるだろう。何せ彼の鼻の頭は元の肌の色に戻っているのだ。

 ゴブリン病のティミッドと呼ばれ目立っていた彼の鼻が治ったと学院中に広まるのもそう遅くはないはず。あの完治する方法がないと言われていた奇病が消え去ったと知れば医学界も大騒ぎすること間違いない。


「……そうですか。機会があれば話を伺ってみましょう。貴重なお話ありがとうございます」


 しかしリュゼートの反応はあまり良くはない。なあなあで話をつけられた状態で彼はヴィーチェとライラの前から立ち去っていった。

 少々不服に思うライラだったが、ティミッドが治ったのは事実なので遅かれ早かれ彼に事情を聞くはずである。


「良かったわね、ライラ。これであなたのペンフレンドも治るわよ」


 本当にリュゼートの言葉を信じているらしいヴィーチェを見て、つくづく貴族には向いていない人だなと思いながらもライラは水を差さないようにお礼を口にする。


「ただ、最初と最後の反応が少しばかり違うのは気になるのだけれど」


 さすがにあからさまな態度には気づいていたのか。そこまで鈍いわけではないが、やはり公爵令嬢としては素直過ぎる気もする。


「その違和感は間違いないかと。おそらくリュゼート先生は話半分に聞いてらしたのかもしれません」

「そう……。確かに疑われても仕方ないものね。今まで治らないとされていた疾患が私のような娘の話だけでは信じてもらえないのも頷けるわ」


 それはそうなのだが、主にゴブリンのリラ様から教えていただいたという余計な情報がリュゼートの興味を失わせてしまったのかもしれない。

 まだ虫治療の話だけならば真実か否かという心情だっただろう。しかしゴブリン好きの令嬢である彼女の口からゴブリンという言葉が出てしまえばそれは全て嘘だと決定づけられてしまう。

 ゴブリンの話題さえ言わなければまともだったのに、という教師達の陰口がどれだけライラの耳に入ったことか。陰口だからこそ本人には伝わっていないのだけど。


「それならスティルトン様にも協力していただきましょう」

「そうですね。完治したのは間違いないのですが、化粧などの小細工をしていると言われないためにも医師からの診断書もいただきましょう」


 せっかく知り得た治療法なのにここで止まるわけにはいかない。病と戦う文通相手であるアインのためにも、ライラはリュゼートを説得することに尽力を注ごうと決意する。


 ティミッドに助力してもらう件は予想通り簡単であった。ヴィーチェが彼に頼めばティミッドは頬を染めながらも「何でもご協力しますっ!」と少し裏返った声で宣言したのでライラは心の中で「よし」とガッツポーズをする。

 そして休日を利用し、ティミッドを連れて学院近くの診療所へ赴いた。

 医師からは本当に緑肌病だったのかと疑われたが、それを証明するために予め用意してもらった診断書を見せてもらってようやく緑肌病は完治したという診断書を貰い受ける。それでも医師は半信半疑な様子ではあったが。


 緑肌病は治ったという証拠を手にして、再び授業終わりの教室にてリュゼートへと声をかけた。今度は証人としてティミッドも一緒に。


「はぁ……今度はなんでしょうか?」

「リュゼート先生が私のお伝えした治療法を疑っていらっしゃるようですので、証拠をお見せいたします」


 自信満々な様子でヴィーチェは緊張な面持ちを見せるティミッドを前へと立たせた。


「こ、こちらが緑肌病は完治したという診断書です」


 そしてティミッドの持つ診断書がリュゼートへと差し出される。

 薬師であるリュゼートはその診断書をしっかりと確認し、何度かティミッドへと視線を向けた。


「……直接、確認してもよろしいですか?」

「あ、はいっ」


 診断書すらも疑っているのだろう。リュゼートがティミッドへと近づき、緑肌病を患っていた鼻先へと目を凝らす。角度を変え、指で触れ、患部であった場所を入念に観察する。

 もちろん化粧で隠したわけでもないのだから、どこからどう見ても、何度だって触れても緑色の病は綺麗さっぱりとなくなっていることに変わりはない。


「━━確かに、治っていると言っていいほど跡形もありません。スティルトン令息の緑肌病の症状については存じておりましたし、最近完治したという噂も耳にしていましたが事実のようですね」


 噂よりも前にティミッドの病気を治した話は告げているはずなのにリュゼートの言葉からして全く信じてなかったようだ。予想していたことではあるが。


「しかし、治ったのではなく元からそんな病にかかっていなかったのでは? という可能性もありますね」


 冷ややかな目でそう返される。さすがに信用がなさすぎるのではないだろうか? ……まぁ、ヴィーチェの妄言癖を目の当たりにしてしまったら勘繰ってしまうのも頷けるが、ティミッドの病そのものまで疑うとは思わなかった。

 けれど念のためにティミッドには例の物を持ってきてもらっている。


「い、いえ! こちらが初めて緑肌病と診断された診断書ですっ」


 診療所の医師と同様に緑肌病患者だったことを証明する古い診断書もリュゼートへと提出する。さすがにその診断書も出されてしまっては反論できないようで彼は僅かに顰めつつも押し黙った。


「どうでしょうか? 少しは信じていただけそうです?」


 にこにこと笑みを浮かべながらリュゼートに問いかけるヴィーチェ。何度治験をしたっていいので、そろそろ治療法を認め、医学として広めてほしいところである。


「スティルトン令息に詳しいお話を聞かせていただけますか? 違う条件で完治し、それをちょうど虫治療中に起きた偶然かもしれませんので」


 相手はなかなか折れてはくれないようだ。しかしヴィーチェもそれもそうねと言わんばかりの表情をしたのち、ティミッドへと目を向けて「お願いできるかしら?」と尋ねた。もちろん彼の返答は言うまでもない。


「はいっ! お任せください!」


 勢いある返事をすると、ティミッドは語り出した。あまり喋ることは得意ではなさそうだが、吃りながらも一生懸命に治療前や治療中の状況を詳しく話す。

 そして悩まされていた病を直してくれたヴィーチェがいかに素晴らしいか、神に等しいか、という感想まで語る。正直そこは省いてほしいが早口で饒舌に語るので止められる隙がない。


「わかりました。こちらでも真剣に取り組みますので。……それでよろしいですか?」


 ところがリュゼートの方が耐えられなかったのか、ティミッドの話に割り込んだ。だが、またも無理やり話を終わらせようとしてるように見える。

 患者であるティミッドの言葉すら信用に値しないのだろうか。……いや、少しばかりヴィーチェを神格化して話したのが余計だったのかもしれない。ヴィーチェの取り巻きの一人と見られたのかも。


「えぇ。先生が本気で取り組んでいただけるのなら結果はすぐに出ますわね」


 ヴィーチェの言葉を耳にしたリュゼートは眉を顰める。嫌みに聞こえたのだろう。しかしライラは理解している。ヴィーチェは本気でそう思っているだけで嫌みを言うような人間ではないということを。

 だが、リュゼートはそうは思っていないのだろう。不機嫌な様子で何も言わずに教室を出ていった。


「うーん。どうにも手応えが感じられないわね」

「……ヴィーチェ様。私もう少しリュゼート先生とお話してきます」

「え? あ、ライラ!」


 呼び止めようとするヴィーチェに反応することなく、ライラは教室を出て遠くなりつつあるリュゼートの背を追いかける。


「リュゼート先生っ」

「……マルベリー令嬢。院内を走るのは褒められたものではありません」


 大きな溜め息とともに渋々といった様子でライラの相手をするリュゼート。そのような態度をされて不快と思わずにはいられないが、ここはぐっと堪える。


「申し訳ございません。ただヴィーチェ様のお話をどうしても信じていただきたいのです」

「ゴブリンに教えてもらったという治療法を?」

「ゴブリンについては今は忘れて、治療法だけ信じてください。荒唐無稽な話だと思いますが、医学的に治療法として発表していただかないと、救われる緑肌病患者が救われないのです」


 治療法を世に広めるためにはやはり医療に携わる者の力を借りなければならない。だからライラは懇願する。ペンフレンドのアインの病を治すためにも。


「マルベリー令嬢。いくら魔女と呼ばれるあなたをファムリアント令嬢が受け入れたとしてもご友人は選ぶべきかと。頭がどうにかなられてしまいますよ」


 その言葉を聞いてもライラは特段驚くことはない。やはり講師であろうと教師であろうと黒髪と雰囲気だけで魔女と揶揄されているのだろうと察していたから。

 しかしヴィーチェに対しても蔑むような発言を堂々とするのはいかがなものだろうか。


「ゴブリンだの、魔虫で治療だの、気味悪いことしか口にしないご令嬢の言葉をどう信じろと? 第二王子が愛想を尽かすのも頷けます」

「……私のことはともかく、ヴィーチェ様のことを悪く仰るのですか?」

「悪くも何も事実を述べたまでです。魔女であるマルベリー令嬢とゴブリン病のスティルトン令息を取り巻きに加えるなんて、ファムリアント令嬢は気味の悪いものがお好きなゲテモノ令嬢でもあるのでしょう」


 嘲弄されている。問題児なら馬鹿にしても構わないという気持ちなのか。その対象はヴィーチェとライラだけでなく、ティミッドまで含まれている。


「あら? リュゼート先生。今、魔女がどうのってお話をされていましたか?」


 そこへライラを追ってきたのか、ヴィーチェが声をかける。ライラは驚きつつも彼女の名を呟いた。


「私の聞き間違いでしたら申し訳ありません。ライラはなぜか魔女と呼ばれているらしく、いつも訂正をしているせいで少々過敏になっていますの。どう見ても立派なご令嬢だというのに……ですが、生徒に授業を教える立場の方が彼女のイメージを損なわせるような発言は絶対にいたしませんわね。失礼いたしました」

「……」


 これで本人は皮肉のつもりがないのだから驚きだ。全て本音でしか語っていないのだろう。しかしリュゼートは言い返すことなく小さく拳を震わせたのち「失礼します」と言い残し去っていった。


「さて、あとはリュゼート先生が動いてくれるのを待つだけねっ」


 リュゼートの姿が見えなくなると、ヴィーチェは期待に目を輝かせていた。正直言えば彼が動いてくれるとは微塵も思わないのだが。


「……もし、動きがなければ?」

「そのときは私達で動きましょう」


 それならば、とライラは頷いた。どのくらい待てばいいのかはわからないけれど。


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