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公爵令嬢はゴブリンからのプレゼントを受け取り、成長する

「リ・ラ・さ・まーー!!」


 誕生日パーティーの翌日。公爵令嬢は機嫌良く魔物の森へと向かい、愛しの旦那……になる予定のリラとの出会いの場へと向かった。

 彼の姿を見るや否や好き好き大好きオーラを振り撒き、そのまま逞しい身体に飛びつこうとするもそれを察した大きな手によって頭を押さえられ、阻止される。

 抱きつけないことに不貞腐れることなく、ヴィーチェは「リラ様ってば相変わらず照れ屋さんねっ」と告げた。


「……お前も相変わらずだな、嬉しくないことに」

「ふふっ、それも今のうちよ。私、ちゃんとリラ様に見合うような立派なレディーになるから将来的には見違えるわ!」

「大した自信だな」


 はぁ、と溜め息を吐き捨てるリラ様は今日も格好いい。絵になるわ。なんて考えながらもヴィーチェはそわそわし始める。早く彼の口から聞きたい言葉があったから。


「それよりもリラ様っ、早く早くっ」

「……あー……」


 何が言いたいかきっと相手もわかっている。だから目が泳いでるのだろう。頭を掻きながら言葉を探してるようにも見え、言いづらそうな姿が何だか可愛く見えた。


「誕生日、おめでとう」


 ぼそりと呟くように告げられた言葉がしっかりと少女の耳に入る。その瞬間、嬉しいゲージがギュンッと爆上がりしたヴィーチェは言葉よりも先に身体が動いた。


「ありがとうございますリラ様っ!」


 がばっとリラの腹部に飛びつく……が、すぐに首根っこを掴まれて猫のような扱いのごとく引き剥がされてしまった。


「飛びつくな!」

「だって嬉しかったんだもの!」


 宙ぶらりんになりながらヴィーチェは両手を頬に当てて赤らめる。


「やっぱりリラ様からのお祝いの言葉が一番嬉しくて一番幸せだわっ」

「安い幸せだな……」

「リラ様と同じ時代に生きてるだけで一生分の運を使い果たしてるのに、これ以上幸せなことがあるなんて……」

「ねだったのはお前だろうが」

「誕生日だったから!」


 えへへ、と笑うヴィーチェはそのままリラに地へと下ろされる。あとはいつも通り彼との時間を楽しむつもりだったのだが、リラが突然何かを差し出してきた。


「? こちらは……?」


 リラの手の中には黄色の花があった。星のような白い模様が散らばる花びらにヴィーチェは目を奪われる。


「……誕生日プレゼントみたいなもんだ」

「!!」


 誕生日プレゼント。その言葉を聞いてさらにヴィーチェは歓喜で爆発しそうになった。そして花を持つリラの手を勢いよく握る。


「リラ様が私のためにお花を!?」

「っ、べ、別に高価なもんじゃないからなっ! そこら辺に生えてる花だ! お前が俺にくれたやつと比べると全然価値のない花で━━」

「リラ様が私のために摘んでくれた花はどう考えても貴重で素晴らしく価値のあるものよ!」


 何を言ってるのと言わんばかりにリラの言葉を覆い被さるように訂正した。


「誕生日プレゼントはリラ様からのお言葉だけで十分過ぎるのに、私のことを考えてプレゼントを用意してくださったなんて……! 幸福の絶頂とはこのことね!」

「だから大袈裟なんだよお前は!」

「そんなことないもの。すーーっごく嬉しいわ! ありがとうリラ様っ。一生大事にするわね!」


 リラから受け取った花を大事に握る。絶対に離すものかという気持ちで。

 そんなヴィーチェに何を思ったのか、どこか照れくさそうな様子でリラは目を逸らした。


「……花だから枯れるぞ」

「押し花にして栞にするから大丈夫よっ」


 一生という言葉が誇張だと思われたのか。ヴィーチェはすぐに枯れない方法を伝える。しかしリラは何のことだというような表情に変わった。


「おしばな? しおり?」


 疑問符を浮かべているところを見るとどちらも知らない様子だ。今までリラとの話の中で知った情報を思い返せばヴィーチェが納得するのも早かった。

 ゴブリンは本というものに触れないので、栞の存在を知らないのは頷ける。

 押し花についても同様だ。文字が読めないため本の流通どころか、新聞や紙などもゴブリンの村には存在しないはず。それならば押し花の作り方や名称も知らないだろう。

 それを察したヴィーチェは先生になったようなつもりで彼に説明を始める。


「押し花は本とかに挟んで、お花の水分を飛ばして乾燥させたお花よ。枯れずに綺麗なままになるの。それを本の間に挟むための目印代わりになる栞として作って普段使いにするのよ」

「よくはわからんが……お前にやったやつだから好きにしろ」


 どうやらどんなものか想像できないらしい。それならば完成した暁にはリラ様にお見せしましょう! と、ヴィーチェは固く決意する。


「……そういや、今日は珍しく腕に何か着けてるんだな」

「あ、これはね、友達のライラが昨日の誕生日会でプレゼントしてくれたものよ」


 リラの言葉にブレスレットの存在を思い出したヴィーチェは彼に見えるように手首を上げた。

 エメラルドを加工する際に出た不揃いな大きさの石が連なっている。これをどうしてもリラに見てほしくて装着してきたのだ。

 王室主催のお茶会での出来事をリラに事細かく話したこともあり、ライラの名前を出してもリラは誰だと問うことはなかった。


「随分と大きさにバラつきがあるな。それが貴族のファッションか?」

「これはね、ライラが私とリラ様をイメージして石を選んでくれたのよっ。宝石の色はリラ様、石の大きさは型にとらわれない私の個性なんですって!」


 うふふ、と自慢げに答える。しかしリラは言葉を失ったのか、何も返事はなかった。おそらく照れているのだろうとヴィーチェは解釈する。


「つまりこのブレスレットは私とリラ様の愛の結晶ということ」

「断じて違う。その言い方はやめろ」

「リラ様ってば本当に照れ屋さんなんだから」

「お前は本当に俺の何を見てそう決めつけるんだ?」


 もちろん言動でよ! と伝えたがリラは溜め息を吐くばかり。ヴィーチェはそんなアンニュイな表情も素敵と思うだけであった。


「リラ様っ、来年も私の誕生日を祝ってね!」

「ねだるな。プレゼントだってもうこれっきしだからな」

「えぇ! リラ様のお言葉が何よりのプレゼントだものっ! 次の誕生日には音声録音ができる魔道具を持ってくるから録音させてね!」

「や・め・ろ」


 そんなに照れなくても聞くのは私だけなのに、とヴィーチェは首を傾げる。もちろんリラ様の素敵で雄々しいお声を世界中の人に聞かせて回りたいのだけど、元よりリラ様は人間が好きじゃないから余計に嫌なのかもしれない。

 もっと彼の魅力を沢山の人に気づいてほしい気持ちはある。でも勿体ないけれど、ハッピーバースデーのメッセージは自分だけのものにしたいので聞かせるつもりはないのだった。


「安心してリラ様。リラ様の音声は私個人で楽しむ範囲で再生するから! 趣味にするのっ」

「貴族令嬢の趣味がゴブリンの声を聴くなんてとんだ悪趣味だろうが」

「いいえ、善趣味よ」

「善趣味ってなんだよ……」

「それよりも、来年もお祝いの言葉ちょうだいねっ?」


 脱線していることに気づいたヴィーチェが話を戻す。ヴィーチェにとってはそれだけリラに誕生日を祝ってもらうことが大事であった。

 来年も再来年もずっとリラに祝われたいから。


「……気が向けばな」

「ありがとうリラ様っ!」


 ジッと見つめたらリラは折れた。おそらく彼は見つめられるのが弱い。そう思ったヴィーチェは、もしかしてこれが色仕掛けというやつなのかもしれないと自身の魅力に自信を持った。

 セクシーな大人の女性がお好みなのかもしれないわ! と目標となる姿を思い描く。



 ◆◆◆◆◆



「できた!」


 数日後、ヴィーチェはリラから貰った花を本に挟んで押し花にしていた。あとは栞に加工するだけだ。しかしただ厚紙に貼り付けただけではヴィーチェが望む“一生大事”にすることができない。


「アグリー! アグリー!」


 チリンチリンと部屋に備え付けのベルを鳴らす。しばらくしてヴィーチェ付きの侍女、アグリーが入室する。


「お呼びでしょうか、ヴィーチェ様?」

「あのね、これを栞にしたいの。劣化防止魔法もかけて」

「押し花ですね? 承知いたしました。とても綺麗に仕上がりましたね」

「えぇ、だってリラ様からいただいた誕生日プレゼントですものっ。綺麗にしなきゃ!」

「……リラ様からの、ですか」


 笑みを浮かべながらも、ひくりと侍女の口端が痙攣しているように見えた。

 それ以上何も言われることはなかったが、押し花を受け取ったアグリーは「最近、脱走も減って勉強する時間が増えたのにまだイマジナリーフレンドが……」と、ぼそりと呟きながらヴィーチェの部屋から出て行った。

 

「?」


 アグリーが何を呟いたのかは聞こえなかったが、肩を落としている後ろ姿を見て「疲れているのかしら?」と考えていた。


 気を取り直して、侍女に頼んだ栞の完成を楽しみにしながらヴィーチェは押し花にしていた厚みのある図鑑を開く。

 そこにはリラがヴィーチェに渡した花が載っていた。絵として描かれていた植物図鑑に記載されているその花の名はスターグロウ。

 図鑑によれば暗闇の中だと白い星の形が光るらしく、夜道を照らしてくれるのだと。その昔、夜更けに迷った冒険者がこの花の光を頼りに街へ辿り着いたという話も載っていた。

 そんなスターグロウの花言葉は希望の光。リラ様の希望の光になれたらいいなぁ、と顔が緩んでしまう。

 リラは花言葉のことまで考えて渡したわけではないだろう。けれどもヴィーチェはリラがくれた花だからこそスターグロウが好きになった。


 来年の誕生日も愛しの人におめでとうと言ってくれることを願うヴィーチェはその後、一年、二年と時が流れていく。



 ◆◆◆◆◆



 そしてヴィーチェは十三歳になった。ゴブリンのリラと出会って六年ほど経過しただろう。

 彼女は今も変わりなくリラを想い、秘密の逢瀬も続けていた。

 少しだけ成長した彼女はまだあどけなさが残るものの、女性としての魅力は確かに実っていることが窺える肉付きをしている。

 リラ様に見合う素敵な淑女になるため、作法や自分磨きを怠らなかった。リラと会う頻度が少ないことについてがもっぱらの悩みだが、これも彼の隣に立つための試練と思えば苦ではない。

 大人っぽさを追求し、牛乳を沢山飲んだおかげか胸の成長も悪くはないし、魔物の森に通っていたこともあってか、足腰も強くなった。


 そして忘れてはいけないのが、いつかリラとの間にできる愛の結晶のための体力作り。いつのときにか父が述べていた“ゴブリンは沢山子を孕ませる”という内容の言葉。

 ゴブリンは子供が沢山欲しいのね、と解釈したヴィーチェはリラも同じ考えなのだと信じて子沢山の家庭を築くため体力作りも日課となっている。

 そのせいか、ヴィーチェの運動神経がメキメキと上がった。どれほどかというと、窓から木の枝へと飛び移るのはもちろんのこと、両手でぶら下がったのち、ぐるぐると回転するくらいには身軽になっている。

 公爵令嬢というよりサーカスで働く軽業師のようであった。

 そのためヴィーチェの脱走は幼少の頃より上手くなり、使用人も相変わらず少女に振り回されるばかり。

 とはいえ脱走は月に二度ほどなのでこれでもマシになったほうだと彼女の周りの者は口を揃えて言う。本日がその脱走日とは知らずに。


「さて、今日はリラ様と会う日だわ」


 窓から木に飛び移り、屋敷で働く者の目を掻い潜りながら少女は相も変わらず魔物の森へと駆け出すのだった。


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