子爵令嬢は公爵令嬢の誕生日会を乗り越える
「素敵! とっても気に入ったわ! 特にこの色! いいセンスしてるわねライラ!」
目の前の彼女は大袈裟なくらいに喜んでいた。その反応に嘲笑っていた貴族達の声がぴたりと止まる。もしかして気を遣わせたのだろうかと考えたが、お茶会のことを思い返せばヴィーチェはそんなことを考えるような子には思えなかった。
だからこれは本当に心から出た言葉なのだろう。そんなヴィーチェの様子にライラは自分の判断に間違いはないと自信を持った。
「そちらの色はヴィーチェ様の慕うリラ様をイメージしております。そしてヴィーチェ様は型にとらわれない個性的なお方なので石の大きさはあえてバラバラにしてみました」
クズ石とはいえ、少しばかり大きさを揃えることは可能ではあるが、結局不格好なのである。ならば彼女の個性というそれらしい理由をつけてわざと大きさを不揃いにさせた。
そして宝石の色もゴブリンの体色に近い深い緑を選んだ。石だけで見ると綺麗ではあるが、ゴブリンをイメージしていると思うと一気におぞましいものに見えてくる。
その瞬間、ライラは気づいた。印象によって嫌悪感を抱かれてしまうそのブレスレットがまるで自分のようにも思えたのだ。
黒髪自体はそこまで珍しいものではないのに、人を寄せつけないような無表情も加わって魔女というイメージを周りに与えてしまった。
中身がどうであれ見た目の印象や噂によって価値が変わる。当たり前のことだろうけど、その当たり前を理解しておきながら今の立場にいる自分が酷く情けなくも感じた。
「凄いわ、ライラ! 私とリラ様のイメージを一緒に込めてくれたのね! 石の色も形もわざわざ選んでくれてありがとう。大事にするわっ」
少し心がどんよりと押し潰されそうになっていたら、目の前の主役はライラの気持ちと反するように嬉々としてそのブレスレットを装着した。
金銭的な余裕がない中、頭を悩ませて用意したものをこうも簡単に身につけるだなんて。公爵令嬢ならば簡単に用意できる金額だというのに。
たったそれだけのことなのに無性に嬉しくて仕方なかった。ほんの少しだけ口元が緩んだ気がする。気がするだけでライラはそれを確認することはできない。
でも今はこんな安物でも素直に受けとってくれたことにライラは救われた気がした。嫌悪感を抱かれる存在でもそれは万人ではなく、少なからず好いてくれる存在もまたいるのだと。
母以外にも自分という存在を認めてくれるのかも。例え彼女でなくてもどこかにいるのかもしれない。ライラは少しだけ前向きになれた。
「こんな素敵なものをいただいたのにゴミだとか、ライラのことを魔女とか言う人がいたわね」
続くヴィーチェのその言葉にライラや該当する貴族達がぴくりと反応する。
「も、申し訳ありません。私のせいでヴィーチェ様に不快な思いを……」
「ライラが謝ることじゃないでしょ? 目の悪い人と勘違いしてる人にちゃんと訂正しとかなきゃ」
「えっ? あの、ヴィーチェ様?」
突然ヴィーチェがライラを嘲笑していた貴族達の元へ向かった。ライラはまた彼女が何かをやらかすのではないかとハラハラしたのもつかの間。
「こんな素敵な贈り物のどこがゴミなの? 目が悪いのならちゃんとお医者様に診てもらって。そして彼女はライラ。私の友達よ。魔女って名前じゃないのだから間違いは正してちょうだい」
ブレスレットを見せつけながらヴィーチェは堂々と否定する。怒りというよりも呆れながら幼い子に注意するような雰囲気。
もしかしたら本当に貴族達が勘違いしてると思っているのかもしれない。
「……」
「非があったら謝罪するって教えてもらわなかったのかしら?」
貴族達が渋い顔をするが、ヴィーチェが不思議そうに尋ねる。おそらく嫌みではない。子供らしい純粋な言葉だと思われる。少なくともライラはそう思った。
貴族側がどう受け取ったかはわからないが、怒りなのか恥ずかしさからなのか顔を赤くしてライラへと目を向ける。
「っ、ごめんなさいね……」
「……申し訳、ございませんでした」
嫌々、渋々といった表情で謝罪を受けた。正直謝られた気はしないが、ヴィーチェが「良かったね」という顔をするので受け入れるしかない。
「謝罪を受け入れます」
元より謝罪をなんてされるとは思っていなかったし、むしろ謝意がなくとも公の場で謝罪をさせたという事実に少しだけ気が晴れた。
しかしいくら公爵家の令嬢といえまだ八歳になったばかりの子供の言葉をこうも簡単に聞き入れてくれるものなのか? もしかしたらどういう躾をしてるんだと公爵の方に非難を向けられた可能性もある。
だがその答えはすぐに理解した。ヴィーチェが次期国王であるエンドハイトの婚約者だからである。未来の王妃やエンドハイトに目をつけられたくないと思ったのだろう。
「ヴィーチェ。こちらの客人は私からしっかり注意をしておくのでライラ嬢と楽しんできなさい」
ヴィーチェの父であるフレク・ファムリアント公爵が謝罪した貴族達の横に立ち、この場を収めようとしていた。
「ありがとうお父様! それじゃあ、ライラ。あそこのデザートを食べながらリラ様のお話を聞いてくださるかしらっ?」
「……はい」
忘れていた。自分が彼女の妄想を聞く役だということを。そのままヴィーチェに手を引かれ、デザートが並ぶテーブルへと案内される。
公爵の前から去る直前、彼が貴族達に向けて「娘の生誕祭をぶち壊そうとするなんていい度胸をしているな」と低い声で呟いていたのが耳に入り、地獄耳のライラはひっそりと一人身を震わせた。
そしてそんな娘思いの父親がいることを少しだけ羨ましく思う。
◆◆◆◆◆
パーティーに並ぶデザートはどれも美しく、口にしたものは全て美味しかった。
特にふわっと軽い口当たりだけどチーズの香りも味も素晴らしいチーズケーキと、ミルキーな味わいに甘くてジューシーなイチゴのショートケーキがお気に入りだ。
どれもこれもマルベリー家では味わえないもの。料理の味にもここまで差があるとは思わなかったため、ライラは一口一口しっかりと味わった。
「それで明日はリラ様にお誕生日を祝ってもらうのよ。ふふっ、今から楽しみで仕方ないのだけど、せっかくだからこのお料理も食べてほしかったわ」
「そうですね……こちらをお口にできないのは勿体ないと思います……」
このゴブリンとのラブストーリーを聞かされなければもっと美味しく感じたに違いない。
しかしこれも公爵家との繋がりのため。ライラはいつもの変わらない表情でそれとなく相槌を打ちながらヴィーチェの妄言話に耳を傾ける。
ゴブリンとの逢瀬が減ったのを残念がったり、明日は誕生日の祝言をもらうと張り切ったりと、これまた濃い妄想内容だった。
想像力が豊かなのは十分に伝わっているので作家になったほうがいいんじゃないのかしら……と考えながら感情のない表情で話を聞き続ける。
その時だった。会場がざわついたのだ。一体何だろうと思いながら招待客の視線を追ってみると、その正体に納得しながらも少し身を引いてしまう。
「エンドハイト様……」
同じ歳とは思えない偉そうな顔つきで登場。実際偉い人なので仕方ないのだけど、横柄な態度の彼をやはり好きにはなれない。
しかし彼はヴィーチェの婚約者。失礼な態度をとってはいけない。
おそらく家柄で結ばれた婚約なのだろうけど、はたしてヴィーチェはどのようにエンドハイト王子と接するのか。ちらりとヴィーチェの様子を盗み見をしてみれば、そこには不満気な少女の姿があった。
彼女の様子からして望まれた婚約ではないのだろう。貴族にはよくある政略結婚。母がそうだったように、いくら爵位の高い者であっても避けられない運命。
ライラもいつかはそうなるだろう。しかし魔女と呼ばれる自分に貰い手があるのか彼女は些か疑問ではあった。
「ヴィーチェ、来てやったぞ」
鼻につくような態度でエンドハイトがヴィーチェの元へと歩み寄る。そんな婚約者の物言いに不服そうなヴィーチェがどんな対応をするのか。ライラは固唾を呑んで見守った。
「お待ちしておりました、エンドハイト様」
しかしヴィーチェの表情は一変して、王子に向けて優雅にお辞儀を始めた。続いてライラも同様にカーテシーを披露する。
「……少し見ない間にマシな動きをするようになったな」
「淑女を目指すものとしては当然ですので」
そういえば先程のヴィーチェとの会話で、リラ様に相応しい立派なレディーになるため先生をつけてもらったと語っていた。その成果が現れているのだろう。
角度、目線、雰囲気。お茶会で対面した日と比べると格段に違っていた。
妄想相手のためにそこまでするなんて……凄いと同時にもはや病気なのではないかと疑う。
「ゴブリンの話のネタが尽きたから作法を習って有耶無耶にするんじゃないだろうな?」
「ネタではありませんが、私とリラ様のメモリアルは沢山ございますのでぜひともお耳に入れてほしいところですわ」
王子を前にしても堂々と口にする姿は素晴らしいが、やはりその話の内容が普通の令嬢とは思えない。
周りの招待客も「ゴブリンの話?」と戸惑いの声を上げていた。ただでさえエンドハイトの登場により注目されているというのに。
ヴィーチェの父であるファムリアント公爵は何とも言えない表情をしていたが、止めるような姿勢は見られない。
「いいだろう。私の限られた時間を費やしてやろう」
エンドハイトはいまだゴブリン話に興味を持っていたのか、口元をにやりと歪めさせてヴィーチェの話を聞く気満々な様子だった。
この王子もヴィーチェほどとは言わないが変わっている。ある意味お似合いなのかもしれない。
「では別室にご案内いたします」
「いや、いい。ここで構わない」
王族に気を利かせてヴィーチェが腰をかける場を提供しようとしたがエンドハイトはそれを断った。彼なりに気を遣ったのかと思われたが、ここで、という言葉が妙に強調される。
子供ばかりが集まるお茶会とは違い、大人の多い公の場でもゴブリンの話ができるのか? という王子からの挑戦なのかもしれない。
貴族の大人達の前でも同じような妄言を口にできるのか、その嘘偽りの物語程度の話をする度胸はあるのか、と。
けれどライラはヴィーチェがどう反応をするか何となく想像できた。
「なるほど。そんなにリラ様の活躍をお聞きになりたいのですね!」
お任せください! と自信満々に返答する。そして語る語るゴブリンの話。それはもう活き活きとして。
「リラ様は一人で狩りをなさるのだけど、大きな獲物だった場合は捌くこともできるのよ。なかなかその現場を見せてくれないのだけど、いつか絶対見せてもらうわ! この前は新しい本に出てくるゴブリンについての批評会もしたわね。ゴブリンの習性についてもっと勉強すべきだって仰っていたから、本の作者の方にお手紙を書いてゴブリンの習性についてお教えしたのよ」
ライラにとっては二度目の話だったりするので遠い目をしながら再度ヴィーチェの語りに耳を傾ける。エンドハイトに至っては楽しげな様子だった。相変わらず王子はライラに一瞥をくれることもなかったが。
結局エンドハイトが帰るまでヴィーチェのリラ様語りは続いた。
そんな長くも感じたヴィーチェの誕生日会を何とか乗り越えたライラは疲労困憊で帰宅するも、ともにした新人執事のアルフィーには「ライラお嬢様はお疲れになっていないのですか? さすがです!」と尊敬の眼差しを向けられた。
……こんなに疲れているのに。と自分の硬い顔面を呪いながら肯定も否定もしないまま自室へと戻った。




