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子爵令嬢は公爵令嬢への贈り物に頭を悩ませる

 ライラ・マルベリーは焦っていた。王族主催のお茶会以来ヴィーチェとの関わりがなかったため、せっかく友人というポジションを得たのにその立場が揺らぐのではないかと危惧したからだ。

 本音を言えば全然それでも構わない。しかし利己的な父が「公爵家と繋がったのにあれから何もないのか? ぬか喜びさせよって」と嫌味を言われたので焦燥しないわけにはいかなかった。

 確かに友達になったはずなのに互いに連絡すらしないのだからはたして友達と言っていいものか。


 それにヴィーチェは日が経たないうちに次期国王となるエンドハイト王子と婚約したのだ。まさかそうなるなんてライラも思っていなかったし、貴族界隈でも衝撃が走っただろう。

 父もライラが選ばれなかったことに舌打ちをしていたが、それでも王妃となるヴィーチェと親しい関係になるのなら我が家は安泰だと口にしていた。

 高望みで楽天的で計画性もない父に酷く落胆したのはこのときばかりではない。


 しかし公爵令嬢であるヴィーチェが未来の王妃となる……姿が全く思い描けなかった。

 どちらにせよせっかく得た友人。上手くいけば子爵家を支援してくれるはずの家柄なのだからこのまま疎遠にさせてはいけない。

 父ほどの高望みはしないが、せめて没落だけは避けたいところ。


 ヴィーチェと交流しなければ。そう思い、ライラはペンを取った。まずは手紙でやり取りをして、もう少し仲を深めていこうと考えたのだ。

 だが、手紙をしたためたことがないライラは文頭から何を書けばいいかわからなかった。いくら友人と認めてもらえたとはいえ、身分が上の彼女になんと綴ればいいのか。

 一文字も書けないペン先は震える。しかしライラの表情は無であった。

 しばらく格闘したのち、ライラは諦めて手本になりそうな本を見ることに決めた。失礼のないように勉強してから手紙を書こうと。


 そんな中、タイミングが良いのか悪いのかヴィーチェから手紙が届いたのだ。

 驚きのあまり固まってしまったが、受け取ったそれは招待状でもあった。ヴィーチェの誕生日パーティーへの招待である。

 誕生日パーティーに招待をしてくれる程度の仲は確立していると思っていいだろう。例え建前だとしても。


「……どうしましょう」


 再会がまさかの彼女が主役である誕生日パーティーの場になるとは思わなかった。つまり誕生日プレゼントは必須である。

 しかしライラはまだヴィーチェのことをよく知らない。好きな色や好きな花さえもわからないのだ。こんなことになるなら早く手紙を書いて好きなものを聞けば良かったと後悔しても遅い。

 ……いや、好きなものがひとつだけある。長々と彼女が語っていたじゃないか。


「リラ、様……」


 “ゴブリンのリラ様”という存在。お茶会で聞いた話がほぼゴブリンの話だったからというのもあってヴィーチェ自身の話はあまりしていなかった。だから彼女に関することがわからないのも無理はない。

 一体どんな贈り物を彼女に渡せばいいのか。悩みに悩んだライラは屋敷の書斎を漁ることにした。


「ないわね……」

「あ、ライラお嬢様? 何かお探しですか?」


 そこへ書斎の掃除をしていたと思われる年若い見習い執事のアルフィーがライラに声をかけた。見習いゆえに仕事ぶりはまだまだではあるが、紅茶を淹れるのは最近上達してきたところだ。

 王家主催のお茶会にもライラ付きの執事として同行したのも彼である。


 普通は王族の敷地内だから粗相のないようにもっとベテランに任せるべきなのだろうけど、ベテランは自分の傍に置いておきたいライラの父の指示によるもの。

 まだ見習いだというのに、王家主催のお茶会に向かわせたのだからある意味彼も不憫である。

 とはいえ他の使用人は顔には出さないものの黒髪で無表情のライラを不気味だと思っているようなので、まだそのような態度を見せないアルフィーとの同行はまだ気楽ではあった。


 子爵家に勤める使用人達までもが自分の陰口をたたいている。それを偶然知ってしまったときは七歳のライラとしてはショックだったが、彼女達も人間だから仕方ないかと思うようにした。

 そのためライラはあまり使用人を頼ることをしなかったので書斎の捜し物も自分で行っていたのだ。


「魔物図鑑を探しているのだけど……」

「魔物図鑑? ……この書斎にはないですね」


 執事服に着せられている感が拭えないアルフィーがそう断言する。ライラもすでに一通り確認したのだから間違いはないだろう。


「わかったわ。ありがとう」

「ま、待ってくださいライラ様っ!」


 仕方ない。ないなら街の書店に注文して送ってもらおう。そう決めて自室に戻ろうとすると慌てたような声のアルフィーに呼び止められた。


「必要ならば私がすぐに買いに行きますよっ」


 思ってもみない申し出。他の使用人ならばわざわざライラに関わろうとしなかっただろう。


「私としてはありがたいけど……大丈夫なの?」


 仕事とか、私と関わることとか。そんな意味を込めて尋ねてみるが、アルフィーは力一杯頷いた。


「お任せください!」

「そう……じゃあ、お願いしようかしら」

「はいっ。すぐにお持ちしますね!」


 見習いだからどんな仕事でも引き受けて経験値を上げたいのだろう。まぁ、本を買うという簡単な仕事ではあるけど。

 とりあえず目的のものは彼に任せることにした。


 そういえば、とライラは思い出す。アルフィーがマルベリー家に勤めるようになってから自分の身の回りには彼がよくいた。おそらく他の使用人達が厄介な自分の世話等をアルフィーに押し付けたのだろう。

 そして早く一人前になってライラの専属執事にさせたいのかもしれない。可愛げもなく、魔女だなんて呼ばれる子供に仕える道しか用意されないなんてやはり彼は不憫である。

 ライラは少しだけ彼に同情した。



 ◆◆◆◆◆



 しばらくしてから急いでくれたのかアルフィーが魔物図鑑を持って部屋に来てくれた。

 彼に紅茶を用意してもらい、一人で分厚い図鑑を開いてみる。まさか魔物図鑑を読むことになるとは思わなかったけれど。

 中身は魔物のリアルな絵とともに特性や習性などが詳しく説明されていた。どんな行動をするのか、何に気をつけたらいいのか、どんなものが素材となるのか、どれだけ危険なのか。それはとても勉強になった。

 知っている魔物もいれば、まだ知らぬ魔物もいる。思わず一頁ずつ見入ってしまった。そのためゴブリンの項目を開いたとき、ようやくライラは自身の目的を思い出す。


(……つい集中してしまったわ)


 軽く首を振ってから再びライラは本へと視線を戻す。ゴブリンに関する情報を得てヴィーチェの誕生日プレゼントのヒントとなれば、と考えて。


 しかしライラは眉間に皺を寄せる……ような気持ちでゴブリンの生態について読み進めていった。

 人の肌とは違うカビのような、汚らしい沼のような深い緑の体色。

 戦力はそこまで高くはないが、好戦的で仲間と行動し、人を襲う。男は殺すか労働力として生かし、女は辱めを受ける。着衣については必要最低限の衣類を纏うだけ。

 挿絵からして汚らしく下品で不気味に描かれている。おそらく貴族の令嬢が見てもいい気分にはならないだろう。


「これのどこがいいのかしら……」


 やはりヴィーチェ・ファムリアントの考えがわからないし理解できない。彼女はこの図鑑を見ても本当にゴブリンが素敵と言えるのだろうか。何かと間違えていないか不思議でたまらない。


 結局ライラは贈り物のヒントを得られることはなく、ゴブリンの生態を知っただけとなってしまった。



 ◆◆◆◆◆



 そして誕生日パーティー当日。ライラはアルフィーとともにファムリアント公爵家へと訪れた。緊張で硬い顔をさらに硬くさせながら。


 想像通りというか、やはり公爵家のお屋敷は大きい。外観からすでにそう判断できた。門構えから庭までも貧乏貴族と呼ばれるマルベリー子爵家とは大違いだった。

 王城とは違う強い威圧が公爵邸から醸し出される。家の大きさは権力を示すためなのだろうか。

 公爵家の侍女に案内されながらもライラはこっそりと盗み見するように邸宅内を観察する。豪奢なインテリア、豪華な調度品。デザインや材質が上等なものだと一目見てわかる。全てが桁違いなのだろう。


「お待たせいたしました。こちらのホールでヴィーチェ様の生誕をお祝いしています」


 侍女がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。ホール内では大勢の人が和気あいあいと立食パーティーを楽しんでいる。

 眩しく感じるのは会場の華美なシャンデリアのせいか。それともファムリアント公爵の隣にいる主役の令嬢のせいか。彼女が纏うドレスは誕生日というめでたい日のために仕立てられたものに違いない。

 しかしどこかつまらなさそうな表情をしていた。父である公爵とともに祝いに来てくれた他の貴族達の挨拶をしていると思われるのだが、飽きたのかもしれない。

 そんな彼女、ヴィーチェがライラの存在に気づくとパァッと笑顔に変わり、公爵に一声をかけてから彼が引き止める間もなくこちらに向かって駆け出してきた。


「ライラ! 来てくれたのねっ!」

「あ、はい。もちろんです。ヴィーチェ様、お誕生日おめでとうございます。本日はおめでたいこの日にご招待をしていただき光栄に思います」

「そんな畏まらなくていいわ。それより久しぶりねっ。あれから色々あったから話も聞いてほしいの!」

「……もちろんです」


 また長々とゴブリンの話を聞かされる流れだなとライラは察した。


「あの、ヴィーチェ様。僭越ながら贈り物を用意しましたので受け取っていただけますか?」

「え? プレゼントまで持ってきてくれたの!?」

「友達の誕生日ですので」


 友達、というのを強調する。忘れてないとは思うが念のため口にしておかねば。

 後ろに控えていたアルフィーが強ばった様子で頭を下げて、両手に収まる包み箱をヴィーチェに差し出した。


「ありがとう、ライラ! 今開けてもいいかしらっ!」

「え……あ、はい」


 まさか目の前でプレゼントを開けるとは思わなくてドキリとする。なぜならば他の貴族達の目があるから。彼らにも公開するようなものなのだ。

 しかしここで嫌と言える度胸もあるわけなく、ライラは頷くしかなかった。

 父であるファムリアント公爵はやめなさいと顔で訴えるもヴィーチェには伝わることなく、彼女はそのまま包み箱を開ける。


「わぁ、ブレスレットね!」


 必死に考えた結果。アクセサリーを贈ることにした。とはいえ予算はそんなにない。父は自分のこと以外には財布の紐が固いのだ。こういうときだからこそお金をかけないとコネクションどころではないというのに。

 そのためライラは少ないお金で何とかブレスレットを購入した。宝石をカットした際にできるクズ石を集めたブレスレットの石の大きさはバラバラである。それは公爵令嬢にプレゼントをするには明らかな安物で、下手をすれば失礼にあたるかもしれない。

 しかし友人の誕生日プレゼントを用意しない方が一番不躾だろう。ここは笑われることや不服にさせる覚悟で贈るしかなかった。


「あら、みすぼらしい。ゴミをプレゼントとして渡すなんて」

「あれはマルベリー家の魔女じゃないか。もしかして呪いでも込められてるのか?」


 クスクスと蔑む笑い声が聞こえてきて、自然と唇を噛み締める。貴族の大人は子供にも容赦がない。ここで子供らしく泣けばまだ可愛げがあっただろうか、それで多少の同情は向けられるだろうか。

 どちらにせよライラの張り付いたような無の仮面は剥がれない。この程度の嘲笑はいつものことじゃないかと言い聞かせ。

 それでも胸は痛むのだ。表情のコントロールもできなければ、胸の痛みもコントロールできない。


(周りにこう言われたらヴィーチェ様もさすがに気を悪くさせるに違いない……)


 もうダメかもしれないとライラは全てを諦めるしかなかった。


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