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公爵令嬢は男爵令嬢の本当の姿を知り、悪魔と再会する

 翌朝、ヴィーチェはアリアスが手配した馬車へと乗り込み、王城へと向かった。てっきりリリエルも同乗するのかと思ったが、ヴィーチェ一人だけで出発したところを見るとリリエルとは別々の馬車のようだ。

 何かあってはいけないというアリアスの配慮なのだろう。しかしヴィーチェはリリエルをそこまで危険視していない。なぜかと問われたら勘としか言いようがないのだ。

 ともあれリリエルが重要な話をするのは間違いない。どのような経緯でエンドハイトがドラコニア・ヴェネヌムを手に入れたのか、それを知っているのが彼女なのだから。


 城へと到着し、ヴィーチェはそのまま謁見の間へと向かわされた。ということは国王陛下も尋問をご覧になるということだろう。何せ息子が関わっているのだから仕方ないのかもしれない。

 謁見の間へと通されると、そこにはフードゥルト国王とエンドハイト、アリアス、そしてリリエルがすでに集まっていた。

 玉座に座るフードゥルト、罪人として手枷を嵌められた状態で不服そうに立つエンドハイト。そんな彼の後ろには監視のために控えている兵士達もいる。リリエルも同様に兵士が近くに配置されていた。証言によってはすぐに彼女を捕らえるためなのだろう。


「揃ったようだな。ではこれよりリリエル・キャンルーズの尋問を始める」

「! どういうことですか父上! なぜリリエルに尋問なんてことを!」

「黙れエンドハイト! 勝手に口を開く立場ではないのだから口を挟むなっ。お前にはつくづく呆れる!」


 リリエルの尋問開始早々にエンドハイトが王に物申す。これまでは第二王子だからと大目に見られたのかもしれないが、罪人という扱いになると彼はもう以前のように自由にはできないだろう。


「キャンルーズ嬢、話していただけますか? エンドハイトがどのようにドラコニア・ヴェネヌムを手に入れたのか。あなたならばご存知ですね?」

「はい」


 改めてアリアスがリリエルに尋ねる。彼女が返事をすると、エンドハイトはぴくりと反応を示した。どうやらアリアスの質問を聞いてなぜリリエルがこの場にいるのかを察したのだろう。小さな声で「まさか、リリエル……?」と口にする。


「……私がエンドハイト様に手渡しました」

「リリエル! なぜそんなことを言う!? っ、父上! 確かに私はリリエルから花を受け取ったが、彼女は何も関係ない! 毒があるからという忠告を受けただけで、その後は私の独断で行ったことだ!」


 必死になってリリエルを庇うエンドハイト。彼女への愛ゆえに守ろうとしているのだろう。その心持ちは立派だが、彼はヴィーチェの大事なリラを傷つけるように命令した人物なので、だからと言って許すつもりはない。


「リリエル・キャンルーズ嬢よ。そなたが手渡したドラコニア・ヴェネヌムは簡単に入手できるものではない。どのようにして手に入れたのか答えよ」


 エンドハイトの言葉を無視するようにリリエルに詳細を確認するフードゥルト。そんな父の様子にエンドハイトは「父上!」と声を上げるも、国王が彼に目を向けることはなかった。


「あの花は私が育てました。私の故郷では当然のように栽培していましたので。……狩りをする際には特に重宝しました」


 何だか聞き覚えがある。それもそうだろう。なぜならばリラの住む村でも同様の理由でドラコニア・ヴェネヌムを育てていたのだから。


「狩り……? 狩人のようなことをするのか?」

「はい。私達の種族はそうやって生きてきました。……人間の目には入らないようにっ」


 まるで自分が人間ではないとでも言うような発言。強めに感じる言葉尻はおそらく気のせいではない。

 そんなリリエルの様子を不思議に思った瞬間、彼女の身体に異変が起こった。

 生命力が強そうなアイビー色の髪がみるみるうちにグレーに染まり、肌の色も緑色へと変わっていく。

 まるで全身が緑肌病を患ったようにも見えるが、その風貌はヴィーチェにとっては見慣れた種族、ゴブリンであった。

 唐突の変化に周りは騒然とする。ヴィーチェも驚きに目を丸くさせた。


「リ、リリエル……? その、姿は……?」

「あなたが散々侮蔑してきたこのゴブリンの姿こそが本来の私ですよ、エンドハイト様」


 エンドハイトを見下すように笑みを浮かべるリリエル。彼の前では大人しい少女を演じていたけれどそれはもういいのだろうか。……いや、彼女の様子からしてその必要がないと判断したのかもしれない。


「まさかまたゴブリンが現れるとは……。一体どういう目的で息子に近づいたっ?」


 フードゥルト国王はリラの件もあることで耐性がついたのか、さほど驚いている様子はない。


「……この男が、私達種族を馬鹿にした。ゴブリンは醜くて、卑劣で、とにかく気味が悪い。殺されても仕方ない種族と。だったらその醜悪なゴブリンに骨抜きされたらどれだけ愉快なのか……それだけよ」

「たったそれだけのためにか……?」

「たったそれだけ……? こっちは自分の身を守るために人間の前に姿を現すことなく避けて生活していたのに、殺されても仕方ないと言われて納得しろと言うの!?」


 今のはフードゥルト国王の発言が良くない。リリエルが逆上するのも頷ける。

 確かにエンドハイトもよくゴブリンについて暴言を吐いていた。ヴィーチェの中ではあれはゴブリンに会えなくて悔しいゆえの強がりだと思っていたが、ここ最近の第二王子の言動を見る限りその線はなくなったので、本当にゴブリンを毛嫌いしているのだと理解する。

 リリエルと二人で対話した日、彼女は先ほどと同じ言葉でゴブリンのことを評価していた。てっきりゴブリンが嫌いな人だと思っていたが、まさかエンドハイトの言葉をそのまま口にしていたとは。


「それにしてもエンドハイトも呆気なかったわ。魅了魔法を少し使えばすぐに私しか見なくなったんだもの。そして生誕祭の日、新しく私を婚約者として発表したあとにネタばらしするつもりだったのに……それなのに!」


 キッと鬼のような形相でリリエルに睨みつけられたヴィーチェ。彼女の言葉からして怒りの矛先が自分に向けられたことに気づく。


「あんたがっ、邪魔をした!! 私の晴れ舞台をめちゃくちゃにしたのよ! 絶対成功すると思ったのに!」

「それは申し訳ありませんでした。事前にキャンルーズ様の作戦を知っていれば配慮をしましたが、まさかリラ様が私の心配をしてこっそり来ていたことも知らなかったもので」


 確かにリラが来なければあの生誕祭の主役はエンドハイトかリリエルだっただろう。けれどリラが自分を連れ去った出来事はヴィーチェにとっては後世に語り継がねばならない歴史のひとつとして刻まれる。そして無意識にその話は惚気となった。


「っ、私達の……ゴブリンの気も知らないあんたみたいな頭がお花畑なお嬢様が一番腹立たしかった! たまたまゴブリンを手玉に取ったくらいで調子に乗って!」

「リリエル・キャンルーズを捕らえよ!」


 ヴィーチェに詰め寄るリリエルを見て危害を加えると判断したのか、国王が兵達に命令する。

 控えていた彼らはすぐに動き、二人がかりでリリエルの腕を掴もうとした━━矢先のことだった。

 リリエルの身体から突如黒煙が吹き出したのだ。慌てて兵達が後ろに下がるも、リリエルの姿は煙に包まれて見えなかった。

 もしかして彼女は逃げるのかもしれない。何せ以前転移魔法と思わしき方法で魔物の森の地へと共に立ったのだ。

 しかし黒煙が霧散すると、意外にもリリエルの姿はそこにあった。逃げたわけではない……が、明らかに一人増えている。リリエルの隣には見覚えのある白い服を着た黒い髪の悪魔の姿が。


「二日ぶりでございますねぇ、皆々様方。覚えておいででしょうかぁ? アンドラスでございまぁす」


 謁見の間がざわつく。最後まで勲章授与式にいた者なら誰もが一度は目にしていたであろう人物なのだから。

 魔力に目覚めたヴィーチェを嗅ぎつけてきたアンドラス。自分と契約するようにと売り込んできた彼をヴィーチェはお断りしたが、なぜ彼が再びこの土地に姿を現したのか……考えられることはひとつだった。


「キャンルーズ様、もしかして悪魔と契約されたのですか?」

「えぇ、あなたが契約しなかったから私が召喚してもぎ取ったわ。一度姿を見たから悪魔をイメージしながら魔法陣を描くのも簡単だったしね」


 悪魔の召喚方法は魔法陣と膨大な魔力である。魔力の条件だけでも厳しいのだが、魔法陣も複雑で悪魔のイメージを思い描く必要もあるため成功するのは極めて難しい。

 ごく稀に悪魔との波長が合えば召喚に応じるケースもあると聞くが、あくまで噂レベルだ。どちらにせよ悪魔がリリエルを認めて出てきたのは事実。生半可な魔力量ではないのだろう。魔力持ちのゴブリンというだけでも珍しいというのに。

 国や世界レベルで滅ぼしかねない力が悪魔にはある。そんな彼らと契約を結べば思い通りになると同時に身を滅ぼす結果にもなるので、悪魔と契約するには自滅を覚悟しなければならない。


「リリエルさんの願いは人間の抹殺。手始めにこの城にいる者達から潰そうというわけでぇす。特に、お嬢さん……ヴィーチェさん、でしたねぇ? あなたを誰よりも絶望にさせたいと彼女から承っていましてぇ。それに個人的にもあなたには恨みがありますので願ってもないことでしたぁ」

「あら、私はあなたに恨みを買ったような覚えはないのだけど?」

「私との契約を蹴っておいてよくもそんなことを……」

「押し売りだったのに私に非があるような言い方をするなんて随分と身勝手な悪魔だわ」


 思ったことを口にしたヴィーチェだったが、その言葉にずっとすまし顔をしていたアンドラスがカチンときたらしく、怒りに震えているように見えた。そして刺すような視線がヴィーチェへと向けられる。


「魔法兵! ヴィーチェ嬢にシールドを張れ!」


 害意を感じ取ったのか、国王がすかさず命令を下す。兵士達の中に魔法に特化した兵士も控えさせていたようで、数名が魔法でできた盾をヴィーチェの目の前へと発動させた。


「そんなもので悪魔たる私の力を防ぐとでもぉ?」


 馬鹿にするかのように笑いながらアンドラスは手のひらから黒い球体の靄がかった物質を生み出す。所々バチッと何かが弾けるような音をさせるそれをボールのように強く投げ飛ばした。


「!」


 ヴィーチェの目の前に張られた大きなシールドへと当たると、まるで窓ガラスのように粉々に砕け散ってしまう。

 城に勤める魔法兵のシールドは簡単に壊せるものではない。しかし現実は悪魔によって割られてしまい、黒い球体は威力を落とすことなくヴィーチェの横を抜けて、少し後ろの床へと突っ込んだ。

 その瞬間、球体は形を崩すようにドロッと床を溶かした。少しでも当たれば怪我なんかではすまない攻撃である。


「これはこれは申し訳ありませぇん。手元が狂ってしまったようでしてぇ……ちゃーんと次はその顔に当てますよぉ」


 クツクツと笑いながらゆっくりとヴィーチェの元へと歩み始めるアンドラス。彼の身体からは得体の知れない負のオーラが纏う。

 悪魔と戦ったことのない兵達は戸惑いはするものの、国王専属の騎士達はすぐに判断して動いた。

 アンドラスに強力な火炎の魔法を放ったり、剣を振るったりするが、悪魔は煙を払うように火炎の軌道を逸らし、向けられた刀剣は手の側面で受け止めた。傷つくことはなく、まるで手そのものが剣のような硬さで、そのまま相手を薙ぎ払う。そしてアンドラスはヴィーチェの目の前で足を止めた。


「アンドラス、ひと思いに殺っちゃって」

「えぇ、仰るまでもありませんよぉ」


 リリエルとアンドラスはヴィーチェという共通の敵に私怨を抱いている。どちらもヴィーチェの命を狙っていることはよくわかった。

 しかし殺されるかもしれない状況だというのに不思議と恐怖はない。むしろこの空間に安堵感さえ覚えるのだ。


「ヴィーチェ嬢っ! 早く逃げるんだ!」


 後ろからぐいっと腕を引っ張られる。アリアスが必死な形相でヴィーチェを助けようとしていた。


「私から逃げられるとぉ? リリエルさん、これも纏めて溶かしてもよろしいですかぁ?」

「構わないわ。好きにやっちゃっ━━キャアッ!」


 リリエルが途中で小さな悲鳴を上げた。みんなが彼女へと視線を向ければ、そこには今までいなかった大柄の彼がリリエルを後ろから羽交い締めにしている姿が目に入る。


「リラ様っ!!」


 そう。ヴィーチェの愛しのリラ様である。なぜ彼がここに? いつの間に? と疑問が浮かぶも理由はわからないが、リラはシャドウローブを纏っているところを見ると、今までフードを被ってその身を隠しながらこの状況を眺めていたに違いない。

 そして今まさに姿を現したのは自分のためなのだということをヴィーチェは瞬時に理解した。


「きゃあああっ! リラ様っ! リラ様ーーっ!! 助けに来てくださったのね! 素敵ーー!!」

「言ってる場合かっ!」


 相変わらずの照れ隠しだわ。ヴィーチェはそう信じて仕方ない。そんなリラの登場にアリアスも驚いたようでヴィーチェを掴む手が緩んだ。ヴィーチェもこれ幸いにと自由になるためその手から離れる。


「な、なんであんたが! また私の邪魔をするのねっ! アンドラス! 先にこいつを始末して!」

「承知しましたぁ。……まぁ、楽しみは最後の方がいいですしねぇ」


 チラッとヴィーチェを見下すように目を向けたあと、アンドラスはすぐに目標をリラに変えたようでヴィーチェには見向きもせず、背を向けた。

 その手には先ほどシールドを破った溶解する黒い球体を生成している最中である。それを見たヴィーチェはその危険な物を誰に使用するのかすぐに気づく。


「いかん! 早くあの悪魔を止めよ!」


 国王が兵達に指示を出す。先ほどは全く傷をつけられなかったので、未知の存在である悪魔にどこまで通用するかはわからなかっただろう。それでも彼らは動いた。

 魔法を連発しても、一斉に武器を振るっても、白く黒い悪魔は全てをいなす。

 そしてそんな彼らの猛攻を振り払うかのようにアンドラスは前のめりになる勢いで駆け出した。


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