芸術料理大会決勝前
昼になった。
予選通過者の名前が紙に書かれて貼りだされる。その数は七人。ルシルを含めた三人がシード枠で出場するため、合計10人が決勝に進むことになる。
そして、その合格者の中には、俺とキャンディの名もあった。
俺が作ったのはたい焼きだったけれど、食紅も使い、まさに生きているような芸術的なたい焼きを完成させたから当然だろう。
「師匠、合格してました! 私、合格してましたよ!」
「あぁ、そうか――」
「私、本当は諦めていたんです。お父さんが残した店を、お母さんが夢見た店を奪われることを。でも、師匠のおかげで自信が持てました。あのお店は思い出があるんです」
キャンディは涙を流して、そう言った。
※※※
「あぁ、回想シーンとかそういうのはいらないから。『※※※』とか入れても過去の話にいったりしないから」
「え、聞いてくれないんですか?」
「うん、要らない。俺は今から決勝用の料理の用意をするから」
俺はキャンディを邪険に扱い、決勝戦に思いをはせる。
決勝戦――あと一時間で開始する戦場。死刑宣告というよりかは余命宣告みたいな気がするんだけど、当然ながら、俺はまだ死にたくない。不老の力を手に入れたものはいつしか己の破滅を望むようになると言われているが、でも十七年しか生きていない俺はそこまでの境地に達していないし、しなければいけないこともある。
だから、俺は生き延びなければならない。
まず、ルールの再確認をする。
決勝戦は、会場の中に用意された十ある調理台を用い同時に調理をスタートする。
食材は大会側で様々な物を用意しているし、持ち込みも自由。持ち込み可能なのは食材だけではなく、調理用の器材も当然持ち込める。しようと思えば、調理台そのものの持ち込みも許可されている。
採点基準は二種類ある。
一つ目は芸術点であり、150点満点。この大会の肝である。
これは観客と審査員、それぞれ50点と100点用意されている。
そして、この観客の芸術点、これはルシルが有利だ。
というのも、制限時間二時間で作るとなると、どんな料理でも大きさに限界がある。ルシル料理を除き。そして、動きまわるその姿は、実害さえなければ観客の心を掴むだろう。
そして、もうひとつの採点基準は味。
料理はあくまでも食べてこそ料理である。
それがこの町の信念であり心だ。
だから、料理にも味を求める。
これは審査員が実際に食べて審査する。本来ならルシルの料理は0点どころか、マイナスをつけられてもおかしくない。
だが、今回の特別審査員はあの食の達人Sだ。ルシルの料理を普通に「おいしい」と言って食べる。下手したら10点や20点の点数が付く可能性もある。
俺は横目でキャンディを見た。
キャンディの飴細工は綺麗だし、とある細工もあるけれど、とにかく小さい。審査員はまだいいとして、観客からはあれはよく見えない可能性もある。
そして、味に関しても、高評価に繋がりにくい。美味しくても飴なのだから、複数の食材を使ってひとつの皿に盛りつける他の料理と比べてしまうと見劣り、いや、舌劣りする。
キャンディが優勝するには、優勝候補であるルシルを潰さないといけない。
そして、ルシルを潰すことは、俺の命を救うことにもなる。
(ルシルのために使い潰すと決めたこの命を守るために、ルシルを潰すことになるなんて……運命の皮肉だな)
いや、ルシル料理を食べたところで死ぬわけではないんだが。
もちろん、ルシル料理を潰すための策略はすでに始まっている。
だからこそのたい焼きなのだ。
「コーマ、予選は通過したようね」
二本の銀色のツインテールを揺らしながら、彼女は堂々と歩いてくる。
まるで王者の貫禄を持った伝説の料理人、ルチミナ・シフィル――ルシルだ。
「あぁ、食べるか?」
俺は審査用に出したたい焼きを、紙の袋に入れてルシルに渡した。
「……マッカサボテンの食紅で色味をだしてるのね」
「見ただけでわかるのか?」
「料理の研究は日々欠かしていないから、それくらいわかるわよ」
恐れ入るな。この世界で食紅として使われているのは、パプリカ色素から錬金術によって抽出する食紅が通常なのだが、マッカサボテンから抽出する食紅は僅かに甘みがあり、使い方を間違えなければお菓子作りに向いている。
ルシルはたい焼きに関しての知識も持ち合わせていたらしく、特にそれ以上何も質問せずに、顔の部分から食べ始めた。
「……美味しいわね。中に入っているのは芋餡ね。でも、コーマ、芋餡に使う芋の品種を間違えたんじゃない? 甘みが足りないから砂糖を混ぜたでしょ」
「よくわかったな。でも間違えてるんじゃないよ。甘みの強い芋だけでも旨いけど、この国の人の味覚を考えるとこれのほうがいい。砂糖が豊富な町だから、砂糖の味に慣れているんだよ」
「土地に応じた人の味覚に合わせる……日本人向けのパンにもちもち食感を与えるみたいなものね……ふぅん、なかなか美味しいじゃない」
「なかなか美味しい……ね。一応、審査員の何人かは臨死体験してしまうくらいには旨かったそうなんだけど、さすがに舌が肥えてるな」
人は旨い物には慣れる。例えば俺が作ったスウィートポテト、最初に食べた人は漏れなく天国にパックツアーを申し込んで数分から一時間くらいの小旅行に旅立つが、二回目、三回目となるとその時間は短くなり、十回くらい食べると天国に行けなくなる。
普段から俺の料理を食べているルシルは俺の料理の耐性ができているのだ。
いまだにルシル料理に対する免疫が俺の中にできていないけど。
「結構作るの大変なんだぞ」
「大変って、ただ生地を型に流し込んで餡子を入れるだけでしょ」
「はぁ? 焼き具合とか難しいんだぞ。ルシルにはさすがに無理だろ。最低一年は修行しないと」
「そんなことないわよ。私なら一発で成功してみせるわ」
「言ったな。じゃあ、決勝戦はたい焼きを作ってみろよ。型と食材は貸してやるから。なんなら芋じゃなく小豆を使うか? カリアナで仕入れたからな」
「いいわ、やってやるわよ!」
――落ちた。
全て作戦通りだ。
これで、ルシルはたい焼きを作る。
たい焼きを作る以上、たい焼きがルシル料理になって魔物化しても、現れるのは十中八九鯛。
鯛はエラ呼吸の生物であり、地上での行動は制限される。
「……よし、簡単な作り方だけは説明してやるから――あぁ、キャンディ。決勝頑張ろうな。ほら、行くぞ、ルシル」
「ちょっと、コーマ! 説明なんてしなくてもわかるわよ」
「いいから黙って聞け」
変な物を入れられて、殺傷性が増したら困るから、説明はきっちりと行わないといけない。
俺のルシルへのたい焼きの指導は決勝戦開始間際まで続いた。
もちろん、本物の食材は一切使わない指導だったが。




