参戦表明
「何してるって、コーマが月に一回しか私の料理を食べてくれないから、私の料理を食べてくれる人を探しにたまにここに来てるだけよ」
ルシルが言う。いや、あの料理を自主的に食べるなんて、月に一回でも大盤振る舞いだと思うぞ。
……でも、ルシルの料理を食べて悟りを開いた料理人がいるのか。あの料理を食べた人間は善人になったりする副作用もあるから、そういう効能がないと言い切れないな。
「とりあえず、今日の大会に、お前は出るな!」
「なんでよ、コーマに迷惑をかけてないでしょ! それに、私は請われてこの大会に参加してるのよ」
「お前が請われて大会に参加するなんて壊れた大会にした覚えはないぞ。大体、お前の料理は見た目もグロテスクなものが多いじゃないか」
ドロドロの薬草汁ドラゴンや、ゲル状のハンバーグスライム、ミミックサンドウィッチに、狂暴な鶏や魚。
蜘蛛雲やケーキ魔人もこの町で暴れまわったっけな。
よくアニメなどで登場する料理が下手なキャラは、たいていは見た目だけは美味しそうになるか、見た目がグロテスクになるかのふたつにひとつなのだが、ルシルはどちらかといえば後者だ。
この世界の芸術作品は、浮世絵絵やピカソの抽象画のような芸術よりも、写実的なものを良しとする傾向にある。俺にとっての一番の芸術品であるパーカ人形が、一部の熱狂的なマニアを除けば子供向けの玩具としてしか認知されていないのもそのため……だと思う。
「私の作品をピカソなんかと一緒にしないでよ」
「一緒にしていない」
そんなピカソに失礼なことを言うわけがない。ムンクが描いた叫びですら、ルシルの料理の絶望は表現しきれないだろう。
「とにかく、今日はマズイ。お前が大会に出場したら滅茶苦茶、破茶滅茶、お茶だらけになる」
「苦いってこと? 渋いってこと?」
「苦いじゃなくて苦しい展開になるってことだよ」
「なるほど、だからコーマ、苦渋の表情を浮かべているのね」
「うまいこと言うな……とにかく、お前の料理が出てくると俺は怖いんだよ」
「怖い怖いって言って、本当は楽しみなんでしょ? 饅頭みたいに」
「ここで饅頭怖いの話題を持ち出しても、最後に、お茶が怖いみたいなうまい事は言わさないぞ。いいか、今回の大会はちょっと事情があるんだ」
俺はルシルに、キャンディの説明をする。
すると、ルシルは最初は黙って聞いていたが、段々と不機嫌になってきた。
「コーマ、ここまで来るといい人じゃなくて、ただ厄介事に首をつっこみたい面倒な人みたいよ」
「自覚はあるけど、今回首を突っ込んだのは俺じゃなくて生徒たちだからな。臨時生徒とはいえ、校長先生が困っている人を見たら見捨てなさい、なんて言えないだろ」
「……はぁ、コーマは魔王の仕事と、校長の仕事、どっちが大事なのよ」
結構めんくさい質問がきたな。「仕事と私、どっちが大事なの?」という質問が普通なのだが、俺の場合はどっちも仕事か。
でも、ここはひとつ、俺の本心をルシルに伝えておくか。
「ルシルとそれ以外を選べと言われたらルシルを選ぶぞ?」
「そういうのはいらないから」
……綺麗に流された。
攻略難易度高すぎるだろ、ルシル。
実は攻略対象外キャラじゃないのか?
メインヒロインが攻略対象外って、ギャルゲーだったら斬新すぎるだろ、その設定。
某有名な最後のファンタジーゲームの7作品目なんかじゃ、遊園地デートの攻略対象はダブルヒロインだけでなく、サブヒロイン、さらには髭面のおっさんまで攻略対象に入っているというのに。
「でも、コーマの頼みでも、こればかりは譲れないわ。私はこの大会に出て、料理人として認められなくちゃいけないの! 今回はあの食の達人Sも来るそうだし」
「あぁ、そういえば彼女くらいだもんな。お前の料理を美味しいって食べてくれるのは」
ルシルにとって唯一といっても過言じゃない料理。それを唯一まともに評価してくれる彼女に料理を食べさせたいという気持ちは、少しわかる。
「でも、今回の優勝は俺たちが貰うからな」
「そうこなくちゃ。私はシードですでに決勝戦出場が決まってるけど――」
それは予選で被害者を出さないための大会側の措置だろう。俺も大会を運営する立場ならそうする。
「コーマは予選で敗退なんてするんじゃないぞ」
「もちろんだ。決勝戦で会おうぜ」
俺とルシルはお互い背を向け、ルシルは関係者用の扉から、俺たちは出場者用の扉から入っていった。
「あ……あの、盛り上がっているところ申し訳ないのですが、大会に出場するのは私ですよ――」
キャンディが戸惑うのは至極当然だ。
今の会話は、まるで俺とルシルが直接戦うみたいな台詞だった。
でも、それが「まるで」じゃなかったとしたら?
「悪いな、キャンディ。あいつが出るとなった以上、俺が出場しないわけにはいかないだろ」
料理スキルレベル10、魔王コーマ。
ここに参戦を決意した。
もしも優勝するようなことがあれば、裏で自分で開いた大会で優勝する、マッチポンプみたいな大会になってしまうけれど、もうそれに構ってはいられなかった。




