それでも、彼女は美しかった。
ゆっくりと離れていく唇。
リリィはいつものように笑うと
「リリィがキミのこと気に入ったんだって」と言った。
「そっか」
たいした返事も浮かばず、ただそう返した。
リリィは外に見える海を指差した。
「最後にあそこ、連れてって」
「ちょっと遠いよ?」
「いいよ。ゆっくり行こう」
日差しはすでに夕焼け色に変わっていた。
僕はただ、リリィを乗せて自転車を漕いだ。
道ゆく車はいつもの速度で、僕たちは少し遅めの速度で。
どれくらいのスピードが適切かなんて僕には分からない。
この時間が出来る限りゆっくり過ぎてくれたら、それだけでいいのに。
どうにかして、明日も一緒に過ごせないかな。
どうにかして、明後日も一緒に過ごせないかな。
どうにかして、僕の寿命を半分分けられないかな。
リリィが人を知るには、時間が足りなすぎる。
僕たちがお互いをもっと知るには、時間が足りなすぎる。
僕たちが喜びを分かち合うのには、時間が足りなすぎる。
僕たちが………………………………..
……ああ、そうか。
生きるための時間が足りることなんて無いんだ。
リリィが僕の背中に寄りかかった。
温もりのない温もりが、僕にはとても大切に感じられた。
そうしている間に、僕たちは浜辺に着いた。
自転車から降りるや否や、リリィは海へと駆けていく。
少し遅れて僕も走り出す。
すると、リリィは振り向いた。
「今日、楽しかったね」
「そうだね」
海のそばまで辿り着くと、二人で座り込んだ。
潮の流れは、手招きしているように優しく、波の音は、子守唄のように静かだった。
リリィはふと、太陽を指差した。
「あれが沈んだら、私、消えるから」
「うん」
「どう?寂しい?」
「寂しくないよ」
「キミはほんと嘘つきだよね。目を見れば分かるよ」
リリィは僕の気持ちを見抜いていた。きっと初めて目があったあの時にも。
だったら隠す必要も、取り繕う必要も、今はない。
「僕はリリィに、消えてほしくない。僕と明日も、いや何十年だって、一緒にいてほしい」
「私、死神だよ?」
「関係あるもんか!リリィが人間だろうが死神だろうがどうだっていい。僕はリリィが好きなんだ。……あぁそうだ。死神は人の寿命を奪って生きていくんだろ?僕の命を……僕を殺せば……」
「それ以上は、言わない方がいいよ」
崖から突き落とされるような冷たい視線。
リリィはそれを、明確に拒絶していた。
戸惑う僕の手を、リリィは優しく握った。
触れた指先は、空気の温度と混ざって、彼女の境界が曖昧になっていく。
「私、いつ死んでもいいと思ってた。キミを救って、私の寿命を縮めて、リリィの気持ちが分かれば、それでもう満足だって思ってた。でも、今日は……死にたくないかな。リリィもきっとそうだった。いつも見てる景色が、明日はもう見れないんだって思ったら、死にたくなくなったんだ」
「だったら……」
「ダメだよ。そんなことしたら、私が死ぬ時に、後悔しなくなっちゃうじゃん」
「それってどういう……」
「ふふふ、どう意味だろうね?」
僕はそれ以上聞き返さなかった。
しばらくの沈黙が流れた。
「最後に一つ、お願いしていい?」
リリィがそう切り出した。
僕は頷いた。
「死神に殺された人はね、その死神が死ねば、魂が解放されて生まれ変われるの。だから私が消えればきっと、リリィも生まれ変われる。どこで、どんな姿でかは分からないけど……見つけてあげてほしい。そして次は、幸せにしてあげて」
「分かった。約束するよ。きっと見つける。どれだけの時間がかかっても」
「ふふふ。ありがと。今日のこと、リリィも覚えてるはずだから。なんとなくだろうけどね」
太陽は、最後の輝きを放っている。
「あーあ。死神も、生まれ変われたらいいのになー。何にでも生まれ変われるんだったら、私、人間になるのに。そしたら優斗と、もっと……」
太陽は沈んでいた。
僕は溢れ出る涙を堪えきれないまま、ただ風に吹かれた。
「……ったく、最後まで言い切ってから消えろっての」
ふとを横に目をやると、そこには海辺の咲くはずの無い花が咲いていた。
リリィにそっくりで、真っ白な一輪の百合の花。
死神でもなく、人間でもなく、たった一輪の花。
それでも、彼女は美しかった。




