閑話2 魅了の微笑2
◆スピちゃんを森へ◆
アーマー・スピナーの子供を抱えて帰ってきたリリアナに、村長が眉間に皺を寄せて怒鳴った。
「リリアナ、アーマー・スピナーの子供を早く森に返してこい! 今日中にだ!」
しかしリリアナは一歩も引かない。
「この子、怪我してるんだよ。治るまで村で面倒見てもいいでしょ?」
「ダメだ! 親が村に来たらどうする! アーマー・スピナーは普段は穏やかだが、子供を守る時は獰猛になるんだぞ!」
リリアナは腕の中の子を撫でながら、ため息をついた。
「ごめんねスピちゃん。怪我が治るまでご飯あげようと思ってたんだけど、あのヘタレがダメだって」
「誰がヘタレ―「おっ、名前つけたのか?」か!」
村長が怒鳴り返そうとした瞬間、リリアナの言葉にドーラが聞き返した。
「ん、スピちゃん!」
「スピちゃんか! かわいいじゃないか!」
「儂の話を聞けーーー!!」
完全に無視された村長は、地団駄を踏んでいた。
「森は危険だ。――ふっ、ついに俺の出番が来たな。リリアナ、俺が一緒に行ってやる」
しかしリリアナはハロルドを完全に無視してドーラへ向き直った。
「ドーラさん、森について来てもらえますか?」
「おっ、俺が一緒に行ってやる、なっ?なっ?」
ハロルドが必死に割り込むが、リリアナは一切見ない。
「……ドーラさん、ロ〇コンが怖いので! 森について来てもらえますか?」
その瞬間、リリアナがハロルドを“汚物を見る目”で見た。
「やめて!そんな目で見ないで!!」
ハロルドが涙目で叫ぶ横で、ドーラがぽん、と彼の肩を叩いた。
「……まぁ、リリアナちゃんの気持ちも分かるぞ。お前、森より危険そうだしな」
「ちょっ、ドーラ!? 俺そんな危険じゃ――」
「いやいや、リリアナちゃんの目は本能的な警戒だ。獣が毒草を避けるのと同じ反応だな。うん、自然の摂理だ」
「毒草扱い!? 俺そんな扱いなの!?」
さらにドーラは腕を組んで、真剣な顔でうなずく。
「むしろ連れて行ったら森の生態系が乱れそうだ。リリアナちゃんの判断は正しい」
「生態系!? 俺は森に害を与える存在なのか!?」
ハロルドが地面に崩れ落ちる。
「……まぁ、せいぜい村で留守番してろ。帰ってきたら土産話くらいはしてやる」
「慰め方が雑ゥ!!」
◆森の異変◆
森に入った途端、スピちゃんがリリアナの腕をすり抜けて駆け出した。
「こら! まだ怪我治ってないんだよ!」
慌てて追いかけた先で、リリアナとドーラは息を呑んだ。 ――何頭ものアーマー・スピナーが、無残に食いちぎられて倒れていた。血の匂いがまだ生々しく残っている。
ドーラが険しい顔で周囲を見回した。
「これ……何にやられたんだ?」
スピちゃんは二頭の亡骸のそばに座り込み、震えながら小さく鳴いた。 その声は、呼びかけというより“すがるような泣き声”だった。
リリアナはそっと膝をつき、スピちゃんの背に手を置いた。
「もしかして……この二頭が、君のお父さんとお母さんなの?」
スピちゃんは離れようとしない。 小さな体を押しつけるようにして、必死に匂いを確かめていた。
リリアナの胸が締めつけられる。 自分も同じように、帰らない家族を待ち続けた日のことを思い出してしまう。
「そう……あなたのお父さんとお母さんは、もう帰ってこないの……」
声が震えた。
スピちゃんの小さな体を抱きしめると、ぽたり、と涙が落ちた。
「大丈夫……大丈夫だよ。今は私がいるから……」
スピちゃんは弱々しく鳴き、リリアナの胸元に顔を埋めた。
グオオオォォォーー!!
森の奥から獣の遠吠えが響いた。
その瞬間、リリアナの腕の中でスピちゃんがビクリと震え、低く唸り始める。
「なに? 今の声……?」
リリアナの腕の中で、スピちゃんの唸りはどんどん荒く、深くなっていく。
まるで――その声の主こそが、自分の親を奪った“仇”だと理解しているかのように。
小さな体が怒りで震え、リリアナの腕の中で今にも飛び出しそうだった。
「なんだ!? さっきの遠吠えは……ニードルアーマーだ!」
追い立てられるようにアーマー・スピナーが逃げてくる。
そして―― 巨大なニードルアーマーが姿を現した。
その瞬間、スピちゃんの体がビクッと震え、次の瞬間にはリリアナの腕から弾かれるように飛び出した。
「スピちゃん!? 待って!!」
咄嗟の事に、リリアナは動けなかった。
しかしスピちゃんが向かう先――ニードルアーマーを見た瞬間、血の気が引く。
(このままじゃ、スピちゃんが……)
「行っちゃダメ!! スピちゃん!!」
しかしリリアナの言葉はスピちゃんには届かなかった。
体を丸くして高速回転でニードルアーマーへ突撃する。スピちゃん。
ズガァーーン!!
土煙が舞い、地面が揺れた。 倒れた二つの影――スピちゃんとニードルアーマー。
「スピちゃん!!」
リリアナの叫びに、スピちゃんがピクリと動く。
しかし――
ニードルアーマーも、ゆっくりと、だが確実に立ち上がった。
その巨体には、あれほどの音を立てた衝撃が嘘のように、ほとんど傷らしい傷がない。
まるでスピちゃんの体当たりなど、最初から相手にしていなかったかのように。
そしてニードルアーマーは、スピちゃんの方を一瞥すらせず、ラホ村の方角をじっと見つめた。
「何を見てるんだ?」
「畑しかないが……ん?」
ハロルドとドーラが視線を追う。 そこには――アイアン瓜の収穫風景。
「ああああーー!!」
「どうした!?」
「アイアン瓜と丸まったアーマースピナー、そっくりじゃないか!」
「確かに……」
「つまりニードルアーマーには、畑が“餌の山”に見えるってことだ!」
その瞬間、ニードルアーマーが村へ向かって走り出した。
「やばいぞ!!」
「ハロルド……今までありがとうな。お前はロリ〇ンだが、いい奴だった」
「今その言葉いる!?」
二人は震えながらも、ニードルアーマーの前に立ちはだかった。
スピちゃんがよろ……と立ち上がる。 その小さな体は、もう限界を超えていた。足は震え、呼吸は荒く、今にも倒れそうだ。
「もう、もう立たないで…」
スピちゃんの背中が、あの日の“孤独な泣き声”と重なって見えた。 守りたい。 この子だけは、絶対に。
◆魅了の微笑の発動◆
その瞬間――澄んだ声が、森に落ちた。
「リリアナ、君の魅了の微笑をちょっと借りるよ」
「え……?」
いつのまにか、アランが隣に立っていた。 アランはリリアナの手にそっと触れた。
触れた瞬間、リリアナの胸の奥にある“ギフトの核”が、ふっと温かく揺れる。
「能力模倣――|魅了の微笑《まがつえみ。発動」
アランの瞳が淡く光り、リリアナのギフトが一時的に彼へと移る。 リリアナは息を呑んだ。
アランの魔力が、森全体へと広がっていく。
光の波紋が、地面を、木々を、空気を震わせながら駆け抜け――魔物の森に潜むすべてのアーマースピナーへと届いた。
一匹、また一匹と、額にティムの印が浮かび上がる。
ドドドドド――ッ!
地鳴りが迫る。 森の奥から、数百ものアーマースピナーが姿を現した。
見渡す限り、すべての額にティムの印。
アランは一歩前に出て、軽く息を吸った。
「よし! みんな――ニードルアーマーに突撃!」
号令と同時に、アーマースピナーたちが一斉に走り出す。 目の前で丸まり、さらに加速。
ズガッ! ドゴン! ドカッ!
鋼鉄の弾丸が、数百発。 それが“意思を持って”ニードルアーマーへ殺到する。
普通なら、アーマースピナーが敵う相手ではない。 だが――ティムされた彼らは違う。
数の暴力。 質量の暴力。 意思の暴力。
ニードルアーマーは防御する暇もなく、蹂躙されていく。
「ガアァアアアアア!!」
プライドを砕かれた咆哮。 だが、猛攻は止まらない。
そして―― グ……グゥ…………
巨体が崩れ落ちた。
「キュゥゥ…………」
「スピちゃん! 無事だったんだね!」
リリアナは駆け寄り、スピちゃんを抱きしめた。 頬ずりしながら、涙をこぼす。
「ああ……いいなぁ……俺も……」
ハロルドが羨ましそうに呟く。
アランの横にラピスが立つ
「坊ちゃま……これだけの魔物を一度にティムして、なおかつ思い通りに動かすなんて……」
「え?やりすぎだった??」
「いえ――それでこそ坊ちゃまです」
「………今日も、ラホ村は平和だなぁ…」
ラピスは静かに微笑んだ。 アランは少し照れたように頭をかいた。
これにて”ギフト "魔力視"は進化する アラン編” 一旦終わりとさせていただきます。




