宝石学
私は、ついにプロポーズを決心した。
これ以上ないほど良い機会だった。しかし、ひとつだけ困ったことがあった。
その日に間に合うようにエンゲージリングを用意する必要があったのだ。
しかし少し前、私は彼女がダイヤの指輪を欲していないことを知った。
ダイヤモンドと聞くと、イメージが紛争と直結するからという。
私は、そんな発想を初めて聞いた。
そのため、現代において婚約といえば無条件にダイヤ、と考えていた私は己の浅はかさを嘆いた。
しかし、日がない。
私は彼女の願いに叶う特別な贈り物を探し始めた。
◇
「何か隠し事をしているわね」
彼女は静かに、力強く言葉を発した。
彼女は、私がこそこそと不審な動きをしているのを察知していた。
仕事終わりに残業だと理由を付けて、今までにないほど連日帰りが遅くなったからだ。
彼女の鋭い瞳は、やましいことを疑っていた。
これがある日ついにバルコニーで夕食をとったのち、彼女が思いつめたように尋問をはじめた経緯だ。
私はなんとしても、この崇高な隠し事を言いたくなかった。
しかし、私は嘘のつけない性格なのだ。
黙秘。俯くしかなかった。
その次の瞬間。
彼女はおもむろに私の口にこぶし大のダイヤモンドをねじ込んだ。
「ダイヤモンドを口に含むと、嘘をつけない」と言う。
私は冷たく硬質なその石に口を封じられ、涙目になった。
いったい、どこで得た知識なのだろう。
彼女は、風変わりな情報をいつもどこからか仕入れてくる。
そして、どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
私がなすすべもなく口にダイヤモンドを含んでいると、それはゆっくりとではあるが溶け始めた。
知らなかった。人はダイヤを食えるのか。
投げやりになり、かみ砕く。
大きなダイヤモンドは歯が溶けるほど、甘かった。
その日、頭上に瞬いていた銀の星々と、同じ食感がした。
思わず私はその場で、ここ数日ずっと考え続けてきた未完成な愛の言葉を口にしていた。
贈り物の準備はなかった。
「それこそが真実、でしょ。隠し事はなしよ」
彼女は笑う。「エンゲージリングは私の誕生石にしてよ」
◇
当時は、彼女―今の妻が珍しくお菓子作りに凝っていた時期であった。
しかし、今でもそのときの風変わりな儀式について、機会を逃し続け―いや一抹の恐ろしさにより、出典を聞けずにいる。
今の私にわかるのは、あの日、冒険心のある彼女が面白半分に大きく結晶化させた琥珀糖を食わされ、プロポーズは成功したという事実だけだ。