彼は二度目の生で幸せを享受している様です。
バーストラルが本当の意味で全ての問題の片を付け終わった……そんなある日の事。
事件終了から一月半程して、ようやくブレンは病院から退院する事が許され、日常生活を送れる程に体が回復した。
怪人でなくなったブレンの肉体は、驚くほどに脆く治癒の遅い物と化していた。
改造手術がなかった事になる。
その不思議を組織の誰も追及しようとはしなかった。
実際に改造を施したドクターでさえも。
わかっていてもわかっていなくても、彼らは何も言わない。
ブレンという男が仲間であるという事以上に重要な事がないからだ。
痛み止めがないと上体を起こせず、固形物が食べられぬほど苦しい日々。
短い様で長い入院生活だったが、、ブレンはこの状況に感謝しかしていない。
オーキッドと戦って、無事に命があっただけで百億に一つの奇跡を拾い集めた様な物だからだ。
強いて言えば、後始末を全部バーストラルに任せてしまった事が不幸な事位だろう。
こんこんと、ノックの音が響いた。
「どうぞ。空いてますよ」
ブレンがそう返すと、何時もの様にミリアが中に入って来た。
「おはようブレン。退院の準備を手伝おうと思ったけど……大丈夫そうね」
「おはようございますミリアさん。はい。問題ありません」
「そか。……杖とかいる?」
「はは。流石に大丈夫ですよ。まあしばらくは階段の上り下りで息切れする日々でしょうけど」
「エレベーター使おうよ」
「まあ……そうなんですけど……あまり好きじゃないんですよね。酔いやすいというか何と言うか……」
「無理はしないでよ。本当。最初はどうなる事かと思ったんだから……」
「心配かけてすいません」
「……そうじゃないでしょ?」
責める様な目でミリアはブレンを見る。
この一月半で、何度も同様のやり取りをしているのに、未だブレンはそういう他人行儀な事を言う。
それがミリアには大層不満だった。
「すいません。いつも見舞いに来てくれてありがとうございます」
「宜しい! 悪の組織だって感謝された方が嬉しいに決まってるじゃない」
「そうですね。……さて、短くも長いこの部屋からようやくおさらばできます」
ブレンはそう言って病院のベッドを見た。
感慨深い感情……なんてほとんど出てこない。
その大半が苦しみのたうち回っていた記憶である。
最初の方なんか激痛により見舞いに来てくれたミリアに嘔吐してしまった事さえある程酷い状態だった。
流石にその時ばかりはブレンも本気で自害しようか悩んだ。
ミリアからしてみれば、その時の事は嘔吐程度なんて可愛い物ではなかった。
痛みから暴れまわり血が大半の吐瀉物を吐き出し、全身に巻かれた包帯から洩れる大量の血を流すブレン。
臭いとか気持ち悪いとか感じる以前に死ぬかもという恐怖でそれどころではなかった。
「今更ですけど、何度も見まいに来てくださりありがとうございました。本当に助かりました」
「良いのよ。貴方の上司でもあるんだから。あ、でも組織の代表って事で私が来てるだけで、来たかったのは私だけじゃないからね」
「わかってます。……本当、良い場所ですよ。俺の帰る場所は」
「ええ、そうね。じゃ、その良い場所に早く帰りましょう。どうせ今日は貴方の復帰祝いにパーティーの用意をしてるでしょうし」
「そうだろうなぁ。あの人ならそうするだろうなぁ」
脳裏によぎる気の優しい中年のエプロン姿。
その様子があまりにもリアルに想像出来てしまうブレンとミリアは、二人で仲良く楽しそうに微笑んだ。
ちなみにだが……ミリアが見舞いの代表になったのはいい加減二人の仲を進展させようと考えたバーストラル達かの後押しである。
ブレンがミリアの事を心から想い、ミリアもブレンを悪く思っていないという相互片思い状態なんて事実は孤児として連れて来られた子供達にさえ知れ渡っている。
それに気づかないのは当人達位だろう。
痛みに耐えている中支え合い、やがて二人の距離は縮む。
そして二人は晴れて恋人同士に……なんて考えていたバーストラルの思惑とは裏腹に、彼らの仲は入院期間中全く発展しなかった。
いや、上司と部下からちょいと友達要素が増えた位の成長はしているかもしれない。
だが、恋愛という意味ではあまりにも牛歩過ぎて、退院しディスティアリーズに戻ったブレンを待っていたのは復帰に対しての大量の喜びの声に加え、ヘタレすぎる男に対して呆れと落胆の溜息だった。
ディスティアリーズに戻ったブレンを待っていたのは、予想通りの復帰お祝いパーティーだった。
バーストラルが料理をして、子供達含めた皆が参加して……盛大でかつ豪勢な祝いの席。
だが一つ違ったのは……パーティーの名目は復帰祝いだけではなかった。
『これでブレンが男気出してたら婚姻パーティーも兼ねて三つ合同だったのになー』
なんて事を子供に揶揄われたブレンは顔を真っ赤にした。
修復の終わった基地内にある大きなパーティー会場。
そこにかけられた看板をブレンはミリアと共に見る。
『ブレン復帰アンド新メンバー加入お祝いパーティー』
そう、書かれていた。
「ミリアさん。誰か入団するんですか?」
ブレンの言葉にミリアは困惑する表情を見せた。
「いえ……私も初めて聞きました」
「ちなみに私は知ってたわよ」
後ろから声をかけられ、二人は後ろを振り向く。
そこにはドクターが立っていた。
「復帰おめでとうブレンちゃん」
「ありがとうございますドクター。それでドクター。誰か入団するんですか?」
「そうよ。でも知らないのは別に貴方達を軽んじてじゃないのよ。総帥からのサプライズって奴」
「ああ。……あの人のやりそうな事だ」
「そうなのよ。だから私も誰か来るかまでは知らないわ。まあバーストラル直々の紹介から大丈夫でしょう」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。ねぇミリアちゃん」
そう言って、ドクターは笑った。
バーストラル直々の紹介で仲間になったブレンを見ながら
そして時間になり、パーティーが開かれる。
ブレンは客席ではなくひな壇会場側に移動させられよくわからないタスキと紙で作った王冠をつけられた。
まあパーティーのお題目であるのだからこちらにいて玩具にされるのはしょうがないだろう。
客席側で楽しそうにしている皆を羨ましいと思う気持ちあるにはあるが……こうして祝われ弄られるのもまた楽しくはある。
ついでに言えば退院初日であるから食べすぎも良くないし。
そう言い訳をしながら、悔しいという気持ちをブレンは誤魔化した。
ひな壇に立つブレンを適当に弄って皆で笑った後……まるで本命かの様にバーストラルが会場に上がりマイクを持つ。
それにあわせ皆食事や話すのをやめ意識をバーストラルの方に向けた。
「えーご存知の通り、今日新しい仲間を迎える事になりました。偶然ブレン復帰の日にちと重なったという事もなにか縁の様な物を感じますね。一年未満の新入り実働部隊はブレンと今日入る彼女だけです。なのでブレン、どうか彼女の同期として、先輩として良くしてあげてください。じゃ、入ってきて自己紹介をお願い出来るかな?」
バーストラルの言葉の後、会場の幕の後ろから彼女は姿を見せた。
背の低い幼い容姿の子。
十代半ば位に見える彼女は全身黒いマントを覆い大きなデスサイズを持つ。
それはまるで、死神の様な服装だった。
「……怪人?」
ブレンの言葉をバーストラルは否定した。
「いやそうじゃない。まだ改造処置してないよ」
「じゃあなんで……」
そのブレンの言葉を遮り、彼女は自己紹介を始めた。
「初めまして。私はイヴリース。今日から皆の世話になる。何も知らない未熟者である故、どうか色々と指導して欲しい。そして……」
イヴリースはマイクを置き、ブレンのすぐ傍まで移動する。
そして、仄かな笑みをブレンに向けた。
「久しいな」
「……え? もしかして同業者かヒーローサイドの御同輩だった? すまんどこで会ったか覚えてない」
「そのそのどちらでもないよ」
「え? じゃあどこで会ったかなぁ……商店街とか?」
「いいや。もっと昔だよ」
「昔?」
「そう……君がこの街に来る前の話さ」
「そんな訳ない。ちょいと訳は言えないけど俺はここに来る前は――」
「――『もしも貴様に意思と覚悟があれば我が好敵手となれたであろう』」
楽しそうな口調で、イヴリースはそう声真似をしてみせた。
「……その言葉は……」
ブレンはその言葉を知っている。
そして……そえれを口にする相手が誰なのかも。知
姿かたちはまるで違っても、その言葉を知っている相手は自分を除けば放った本心しかいない。
前世で唯一、ブレンに真っ当な感情を向けた相手であり、そしてこの世界に送った張本人。
つまり――魔王である。
「改めて。久しいな、今はブレンという名となったらしい。うむ、良い名だ。私の事も新しい名前のイヴリース……いや、親愛を込めイヴと呼んでくれたら嬉しい」
「いや、そうじゃなくて――どうして……」
「そのどうしてが、何に対してのどうしてかわからなければ答えようがない。まあ、混乱している気持ちもわかるがな」
慌て、険しい顔をするブレンにイヴは飄々とそう言い放った。
「……まず、これを聞かせろ。ここに何しに来た」
「ふむ。難しい質問だが……まあこれで良いだろう。ブレン、貴様と同じだ」
「同じだと?」
「ああ。偶然迷い込んで、ボロボロになった所をあの方に助けられた。な、全く同じであろう?」
「……ぐう……ぜん?」
「そうとも。ただの偶然だ。我がこの世界に来たのも、この組織に入ったのも、全部偶然だとも。……いや、あの方の優しさによる物だから後者は必然の部分も大きいかもしれぬ」
「……じゃあ……悪さをするつもりはないと」
「当然だ。一度滅んだ身である上、ここにいるのはあの方に助けられたただの少女の身。あの方に受けた恩を返すのにつかっても何らバチは当たるまい」
「……そうかい。あんたが悪意ないならどうでも良い。だがもし裏切る様なら――」
ブレンは睨みつけ、殺意を剥けた。
「……やめてくれ。貴様と戦いたくなるではないか。ああ、やはり今のお前は我が好敵手だよブレン。その漆黒の意思と護るという覚悟。それさえあればあの世界は……いや、終わった話はよそう。それよりも今後の話だ。例えば……お主の背後の話とかな」
「背後だ? 別に俺は誰かの差し金で動いちゃいないぞ?」
「いや、もっと物理的な話だ」
イヴリースにそう言われブレンは後ろを向く。
後ろには、今まで見せた事がない険しい顔をしたミリアが立っていた。
「ブレン……随分親しそうですけど……その新入りとはどういう関係かしら?」
恐ろしい程の威圧感を放ちながらのミリアの姿は、尋ねているというよりも脅している様であった。
「いや、何もない。何の関係もない! そうだろ?」
「つれないね。あれだけ殺し合った仲であるのに」
「ほほーう。愛し合ったと。ふーん。……へぇー。ほぉー。いや別に良いんだけどさー。上司としてそういうのは知っておきたいというか羨ましくない訳じゃないというかちょっとむっとするというか……」
「ち、違う! そんな関係では断じてない! 違うんだ!」
ブレンの必死な懇願も、ミリアには届かない。
ブレンに余裕がない様に、ミリアもまたライバルの登場にそういう余裕が一切なくなっていた。
「イヴ君。アレわざとでしょ?」
珍しく喧嘩らしき事をするブレンとミリアを見て、苦笑しながらバーストラルはイヴリースにそう確認を取る。
イヴリースは同意する様に仄かな笑みを浮かべた。
ありがとうございました。
今回のお話はせっかくのゴールデンウイークだから好きな物を盛って盛って盛りまくろうと考えた事です。
つまりオムハヤシカレーハンバークミックスフライ定食。
知っている人は知っていますが私はとにかく勇者とか魔王とかが大好きです。
今回は魔王がサブ役でしたが普段は魔王側を贔屓する癖がある位には魔王という存在が好きです。
ついでに特撮も好きで、ファンタジーも好きで、アメコミも好きで、恋愛が好きで、スーツが似合うしっかり者の女性が偶にドジをして恥ずかしそうにするのが大好きです。
そんな訳で好きな物を詰め込みごった返し短時間で煮込んだ物がこちらになります。
ご賞味いただけて満足されたなら、幸いです。
気に入って頂けたら是非ブクマ、評価の程をなにとぞなにとぞー。