表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都合のいい長女は今日でおしまい  作者: 朝月アサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/7

01 我慢をやめたとき



「……何故、殿下の隣に、妹がいるのですか?」


 レオノーラは動揺を抑えようとしたが、問いかける声には震えが混ざっていた。


 王宮の大広間には、まばゆい光があふれている。


 巨大なシャンデリアに、磨き抜かれた大理石の床。色鮮やかな正装に身を包んだ貴族たちの誰もが、王太子ルシアンと、その隣に寄り添う可憐な令嬢を見ていた。


 淡い桃色のドレスを着た、金髪の美しい令嬢――フィオナ。


 クラウゼン伯爵家の長女レオノーラの、血の繋がった実の妹。


 フィオナの胸元では大粒の真珠が揺れ、愛らしい顔いっぱいに笑みを浮かべている。とても、幸福そうに。

 その真珠の首飾りは、王家の至宝だ。式典の時などに、王太子の婚約者であるレオノーラに貸し与えられるものだ。


 それがいま、フィオナの元で輝いている。


 レオノーラは黒に近い緑のドレスを身に着けていた。髪も黒く、目も黒に近い赤。華がないと家族からよく言われた。


 フィオナが春の女神のようだと称えられる時、レオノーラには何の形容詞も与えられない。


 仕事だけはできるけれども、地味で、真面目で、面白みに欠ける。それがレオノーラへの評価だ。


 そしていま、春の女神は王太子の腕に手を添え、自分こそが婚約者であるかのように微笑んでいる。


 レオノーラは、たまらず二人の前へ進み出た。

 ドレスの裾をつまみ、王太子へ一礼する。


「……ごきげんよう、ルシアン殿下。フィオナも」

「ああ、レオノーラか」


 ルシアンは平然と応じる。やましいことなど何ひとつないように。

 レオノーラは指先に力を込め、震えそうになる声を抑えた。


「――何故、殿下がフィオナのエスコートをされているのでしょう?」


 私的な集まりならまだいい。だが、今夜は王宮の公式な舞踏会。そこに他の女性をエスコートするのは非常識だ。

 ルシアンは困惑したように眉を寄せた。


「――何故、と言われてもな。婚約者を伴うのは当然のことだろう」

「……婚約者……?」


 すうっと血の気が引いていく。


 彼は何を言っているのだろう。


 ルシアンの婚約者はレオノーラだ。生まれてすぐに決められた政略結婚とはいえ、申し込んできたのは王家側からだ。


 なのに、フィオナを見つめるルシアンの表情は柔らかく、長年婚約者だったレオノーラには一度も向けたことのない眼差しをしていた。


「僕はフィオナを愛しているんだ。愛し合うものが結ばれるのが、もっとも自然なことだろう?」


 さも当然のように言い、フィオナが恥じらうように目を伏せる。その口元には、喜びの笑みが浮かんでいた。

 恥じる様子も、申し訳なく思う様子も一片もない。


(どういうこと……?)


 ――まるで、たちの悪い夢を見ているかのようだ。


 愛、だなんてこの結婚に必要はない。両家の間で正式に取り決められた契約だ。

 クラウゼン伯爵家の娘なら誰でもいいわけではない。


 女王の長男と、クラウゼン伯爵家の長女と決定している婚約。


 それが何故か、いつの間にか妹にすり替わっている。


 レオノーラは何も聞かされていない。王宮と伯爵家を往復して過ごし、王太子妃としての教育を受け、政務の補佐としても働いていたというのに。


 何も知らない。


「――ルシアン王太子殿下」


 やってきたのは、自分たちの父であるクラウゼン伯爵だった。


 レオノーラは縋るように父を見た。


 父なら、恋に浮かれた二人を諫めてくれるはずだ。たとえ普段は妹の方を可愛がっている父でも、伯爵家の当主として、厳格に――……


 だが父は、ルシアンとフィオナの前で満足そうに微笑んだ。


「ルシアン王太子殿下。今宵はフィオナをお伴くださり、ありがとうございます」

「うむ。随分と待たせてしまったが」

「何をおっしゃいます。こうしてお二人が並ばれると、実にお似合いだ。王家と我がクラウゼン家にとっても、これ以上喜ばしい縁はあるまい」


 レオノーラは愕然と父を見つめた。

 諫めない。驚きもしない。喜んでいる。心の底から。


「……お父様……これは、どういうことですか」


 父は眉をひそめた。


「どういうことも何も、殿下の婚約者をフィオナへ変更するのは決まっていたことだろう」

「…………」


 知らない。そんな話は、聞いていない。


「正式に決定したのは三か月ほど前だが、それ以前から決まっていたようなものだ」

「…………」


 ――知らない。

 レオノーラはずっと、王太子妃に相応しくあるように、そしていずれ王妃として勤められるように、ずっと努力してきたというのに。

 そんな努力は必要ないと、誰も言わなかった。


 誰も。


 そして、衆目の前で見世物のようにされている。


 貴族たちは美しい二人を「お似合いです」と祝福し、道化のレオノーラを「お可哀想に」と憐れみながら笑っている。


 どうして、どうして、こんな仕打ちを受けなければならないのか。


 レオノーラは震える手をぎゅっと握りしめた。


「――ですが、フィオナには何の教育も……」


 王妃教育はもちろん、令嬢としての必要な教育だって。フィオナはいつも甘やかされて、可愛がられて、厳しい教育なんて受けたことはないのに、王太子妃が務まるわけない。


 父は言った。


「だから、お前が支えてやるのだ。お前は昔から、表に立つより、フィオナを守るほうが向いているからな」

「……え?」


 父は何を言っているのか。

 理解を拒むレオノーラの前で、ルシアンが頷く。


「うむ。僕からも頼む。これからは王太子妃の侍女として、フィオナを陰から支えてやってくれ」

「ええ。お姉さまがそばにいてくだされば、わたし、きっと立派な王太子妃になれるわ」


 フィオナが美しく微笑む。


 ――皆、いったい、何を言っているのか。


 レオノーラが必死で守ろうとした王太子妃の地位は妹へ。

 愛も、称賛も、栄光も、妹へ。


 レオノーラは陰となって、これから一生妹を支えろと――そう言っている。


「…………」


 これまで、クラウゼン伯爵家の長女として、王太子の婚約者として、血の滲むような思いをしながら必死に頑張ってきた。いずれ王妃になるために。


 だが、その道は断たれた。


 ――そのまま全部無駄になるのなら、まだよかった。

 父と、いずれ父の跡を継ぐ幼い弟の補佐をしながら、他の貴族男性と結婚する。それはみじめな結末かもしれないが、新たな幸せを見つけられたかもしれない。


 ――だが。

 これからは、学びの成果や能力を、妹のために使うことを求められる。


 華やかに笑う妹を、王妃として称えられる妹を、一生陰で支え続ける。


 姉だから? 長女だから? 地味で、つまらないから?


 胸が、軋んだ。



 ――ふ ざ けるな。



 ぱちり、と小さな音がした。

 刹那、会場の中央にあるシャンデリアの炎が、激しく揺らめいた。


 それだけではない。大広間を照らすすべての炎が、天井へ届かんばかりに一気に燃え上がる。壁際に並んだ燭台からも炎が噴き出し、長い舌のようにあちこちへ伸びる。


 あちこちから悲鳴が上がる。逃げ惑うもの、立ち竦むもの、床に伏せるもの。

 空気が熱を帯び、大理石の床に赤い亀裂が走る。


「なんだこれは?!」


 ルシアンの叫びが聞こえる。


「きゃああああ!!」


 フィオナが悲鳴を上げ、ルシアンの背後へ隠れる。その声に反応するように、炎が二人へ向かって大きくうねった。


 その瞬間。


 背後から伸びた腕が、レオノーラの腰を強く抱き込んだ。

 逃れようと身を捩ったが、腰に回された腕はびくともしない。


 手袋に包まれたもう一方の手が、レオノーラの両目を覆った。


「見るな」


 その声は氷のようで、目元を覆う手もまた、凍えるほどに冷たい。


「――いまのお前が見れば、すべてを燃やすぞ」


 この声を、レオノーラは知っていた。

 言葉を交わしたことはほとんどない。けれど、何度か挨拶をしたことがある。


 王国魔術総監にして、女王の異母弟。


 あらゆる魔術師の頂点に立ち、人々から畏怖を込めて『黒杖卿』と呼ばれる男――シグヴェルト・エルダーシュタイン。


 ――その次の瞬間、意識が途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ