第92話 開戦の狼煙
夕暮れ時のメイリスにある狩人用の訓練所。そこにライラとディケンズ、そしてルーゼスの姿かあった。
「準備は出来たんだな。」
「ああ。」
ソールオングルの強化は終わり、必要な道具も揃えてあった。
「ならば、行くぞ。」
ルーゼスが手を翳すと、3人を囲うように光が現れ、3人を呑み込んだ。
「お!」
気が付くと辺りには遺跡の残骸が建っている。2つの残骸が支え合うように重なり、日陰を作っているところへ移動していた。
ディケンズが思い出して言う。
「しまった。モウズを連れてきてねぇぞ。」
「あ~忘れてたな。」
「案ずるな。明日の朝にはこの場所へ連れてきてやる。どのみち、夜の砂漠へ放置しておくのは危険だ。」
「まぁ、それもそうか・・・」
ライラは周囲を見ながら言う。
「んで、ムロイスは近いのか?」
少し離れた先にムロイスはいた。
まだ夕方の為、猫の姿をしている。自身を守る透明な膜に身を包み、遺跡の残骸を引っ掻いて、爪を研いでいた。
「まだ猫か。」
「もうそろそろだろ。」そう言うとディケンズは夜戦用の身体を暖める薬を取り出した。
「では、私は行くぞ。」
「ああ。助かったぜ。」
「精々、死なぬことだな。」
ローゼルは風と共に消える。
「・・・そう願いたいね。」ライラは呟き、薬を飲んだ。
2人はムロイスを観察した。ムロイスは相変わらず、気紛れに動いている。
「あの状態じゃ、攻撃が効かねぇんだよな?」
「確か、あの膜が守るって話だな。」
「んじゃ、それまでは何にも出来ねぇか。」
暫く見ていると、ディケンズが気付いた。
「あの猫、脚があるぞ。」
「あるだろ。猫なんだから。」
「そうじゃねぇ。手負いの奴じゃねぇってことだ。」
「あ。」
魔王軍の配下との戦いでムロイスは右腕を失っていたが、目の前の猫は四足が全て揃っていた。
「つーことは別個体か・・・」
「いや、そいつは違うな。」
突然、女の声がした。
驚いた2人が振り向くと、そこには赤い髪の女が立っていた。
「ミゼット!」
「何でお前がいんだよ。」
それはヨーズリーの狩人、ミゼットだった。
「なに、近くを通ったらな。土地神の奴の気配を感じたから、ちょっと寄ってみたんだ。そしたらお前らがいたって訳さ。」
ミゼットはムロイスを見ながら言う。
「奴のあの姿は、昼の仮初めの姿って訳じゃない。あの膜が奴を守るのでは無く、あの姿を写し出してるに過ぎん。要は実体のある幻だ。」
「じゃあ、夜の姿にならねぇと、腕があるかどうかは分かんねぇってことか?」
「本来はそうだが、あたしの知る限りじゃあ、ギルニアにいる影の民はアイツひとりだ。だから間違いなく手負いだろうな。」
「影の民・・・」
「魔界にルブナ・テトルと呼ばれる山と変わらないほどデカい一枚岩がある。その麓を根城にする一派の奴らをそう呼んでいる。」
「やっぱ光属性に弱いのか?」
「さぁな。実際、魔界で会ったことがある訳じゃないし、そもそも魔界で光魔法を使う奴なんて滅多にいない。」
「なるほどな。」
「来たな・・・」
ミゼットが呟く。
すると、膜に包まれた猫の姿が、まるでノイズが走るかのように揺れだした。
「ディケンズ。」
「ああ。」
2人は武器を取り、戦闘態勢に入る。
ミゼットはライラに言う。
「墓に刻む言葉があるなら、聞いといてやるぞ。」
ライラはミゼットを一瞥する。
「ほざけ。」
ミゼットは鼻で笑った。
「分かった。そう刻んどいてやる。」
そう言うとミゼットは一飛びで遺跡の残骸の上に飛んだ。
陽が沈むと同時に、ムロイスを包んでいた膜が黒く染まり、黒い球体となって地面に落ち、水溜まりのような形の影となった。
そこからゆっくりと影が上がり、人型を作り出す。
そのシルエットはワーウルフと呼ばれる二足歩行の狼に似ている。しかし、全身は漆黒に包まれていた。
右腕の無いその姿が完成された時、黄色と青色のオッドアイが妖しく光る。その双眸はライラとディケンズを捉えていた。
ムロイスが咆哮を上げる。それは開戦の合図となった。
ライラはムロイスに向かい正面から走り出す。敢えてムロイスの視界からディケンズを消すように。
「まずは小手調べだっ!」
ディケンズは意図を理解し、ソールオングルを構えた。
「ライラっ!」
叫ぶと同時に光弾を放つ。ライラはムロイスの前で砂に潜った。
ライラが消えたすぐ後ろを光弾が飛ぶ。
ムロイスは溶けるように再び水溜まり状態になって、光弾を躱す。
「くそっ!」
次の瞬間、地面から砂を巻き上げながら腕が飛び出す。その先には足を掴まれたライラがおり、宙に放り投げられる。
ムロイスは光弾を避けると同時に地中に腕を伸ばし、潜ったライラを捉えていた。
落下してくるライラ目掛けて、ムロイスが槍のように鋭く変形した左腕を伸ばす。
ライラは身体を反らしながら、魔力を込める。
ムロイスの片足側だけの砂に沈み、重心がズレて身体が傾いたことで、スレスレで回避した。
しかし、ムロイスは素早く足を引き抜くと、そのままライラを蹴り飛ばす。
ディケンズが背後にまわり、再度撃ち込む。
腹部に当たり、爆発が起きる。
「・・・やったか?」
煙の晴れた時、ムロイスの脇腹は吹き飛んでいた。
蹴り飛ばされていたライラがすかさず仕掛ける。
ライラは飛び上がって切り掛かる。ムロイスは振り返ると同時に左腕を剣の形に変えて、斬撃を受け止めた。
剣を受けた衝撃で脇腹から血のように黒い液体が吹き出す。
それを見たライラは言う。
「今なら押し切れるっ!」
ライラが剣を両手で握りしめ、力を込める。
本来ならばムロイスの方が力は上であるが、今のムロイスは右腕を肩から失い、左脇腹には風穴が空いている。
押し合いではライラに分があるように見えた。
剣を受けるムロイスの腕が少し下がった瞬間、ムロイスは右足を鎌のような形に変え、ライラの首目掛けて蹴り上げる。
ライラは咄嗟に下がった。首元ギリギリを鎌が掠めていった。
ライラが距離を取ったのを見て、ディケンズが斧を投げる。
ムロイスは左腕で斧を弾き飛ばし、ディケンズの方を向いた。
ディケンズはソールオングルを真正面から構えた。
「あの状態なら当てれるか・・・」
その時、ライラがデザイルを抜き、横方向に放り投げる。
「ディケンズ!デザイルの場所を狙えっ!」
「デザイル?何でだっ!」
「いいから信じろっ!」
「ちぃ!仕方ねぇ。」
ライラの言葉に舌打ちしながらも、ムロイスからデザイルへ照準を変える。
ライラが手を翳すと、砂が集まり、長い縄のようになった。そしてそれはムロイスの脇腹に空いた穴に向かっていき、紐を通すように穴を抜けた。
「今だっ!」ライラが叫ぶと、砂の縄をデザイルの方へ一気に引く。
そのタイミングでディケンズも光弾を放つ。
同時にムロイスの身体が横方向へ引かれ、胸の辺りに光弾が直撃して爆発を起こした。
「仕留めたか?」
「さっきのが効いたなら、今回も効いてるはずだ。」
2人が見つめる中、煙が晴れていく。
そこには首元から胸にかけて大きな穴の空いたムロイスが立っていた。それは辛うじて立っていると呼べる状態だった。
咄嗟に2人は武器を構える。
しかし、ムロイスはそのまま後ろに倒れた。
「勝った・・・のか?」
「分からん。いくら何でも呆気ない気がするが・・・」
2人が戸惑っている中、残骸の上に居るミゼットは、倒れたムロイスを見て、近くにある残骸を見た。
そこには月明かりによって出来た残骸の影があった。
「ともすれば・・・」
ミゼットが呟いた瞬間、倒れたムロイスの身体が液状になり、スライムのようにミゼットの見ていた影の中へと消えた。
「何だっ!」
「しまった!逃げられたか!」
ライラが慌てて追おうとした時、影の中から再び黒い液体が飛び出す。それは逃げた時よりも大きくなっていた。
それは再び形を作り出していくが、先程は違った。
二足歩行ではなく、今度は四足歩行をしている。そして失われていた身体も、全て元に戻っていた。
影のように不鮮明な姿ではなく、生物として漆黒の毛並み、二又に分かれた尾を持つ、オッドアイの狼。
ミゼットが呟く。
「噂には聞いていたが・・・あれが奴らの第2形態ってやつか。」




