第67話 ガルートにて
ガルート。
王都ニグから北西にある、ギルニア砂漠の西に位置する小さな村。
ギルニア砂漠を囲うように作られた街道より海側にある為、村の地面は砂地ではなく土で出来ている。その為、野菜や綿花の栽培といった農業が行われているのどかな村である。
村に入ったライラとディケンズに気付き、一人の男が話し掛ける。
「よぉ、ディケンズ。それに砂ガールじゃねぇか。」
「ダリル。元気そうで何よりだ。」
「アタシをそんな呼び方するのは、アンタくらいだよ。」
ダリル・ルブド。ブロウの父親で元狩人。
ブロウと同じスキンヘッドで、顎には白い髭を蓄えている。だらしなく出た腹に狩人だった頃の名残は見られなかった。
「済まないが、倅なら帰ってきてないぞ。」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっと頼みがあってな。」
「頼み?」
「実はこれからベールズに行く予定があってな。」
ディケンズはそう言って担いでいた荷物袋を降ろす。
「帰りしなに寄るから、それまでこいつを預かっといてくれねぇか?」
「こいつは・・・」
ダリルがレッドテイルの鋏を見つめる。
「ウィーグテイルじゃねぇ・・・レッドテイルかっ!?」
「分かるのか?」
「最近は見ないが、昔はここらでも夜に目撃があってな。一度だけ狩ったことがある。」
「マジかよ。」
驚くライラを他所にディケンズがソールオングルを取り出しながら言う。
「そいつの身体の構造が、ソールオングルに活かせねぇかと思ってな。」
「ドワーフどもの機構武器か。どうだろうな。」
「こいつの耐火性と吹き出し口なら・・・」
二人がソールオングルの改造に関して話し合いをしだしたところで、ライラは背伸びをしながら辺りを見渡す。すると見知った姿を見つけた。
鍬で耕された畑。種まきの時期なのか、一人の少女がスコップで畑に窪みを作り、中へと種を入れていた。
後ろからやって来たライラは、見覚えのあるポニーテールの少女の尻を小突くように、爪先で蹴り押した。
「よっ!」
「わぁ!」
座っている状態で押された少女はそのまま種を植える穴に顔を突っ込んだ。
顔を上げた少女は犬のように顔を振って土を払うと、振り向いて怒る。
「な、何するんですかっ!」
少女はライラを見て、目を見開いた。
「って、あぁ~っ!!」
それはコズモンド・デル・エルサスの刺客、ミリオンだった。
「な、何でアンタがいるのよっ!」
「そりゃあ、こっちの台詞だ。何でお前がガルートにいるんだよ。」
「どうした?」
ミリオンの叫び声を聞き付けたディケンズがやって来た。
「あっ!アンタはディケンズ!」
見覚えない少女に名前を呼ばれたディケンズは少し困惑しながらライラを見る。
「知り合いか?」
「前に言ったろ?豊漁祭の時の。」
「ああ、コズモンドの奴か・・・」
ディケンズは改めてミリオンを見る。農夫の服を着た土まみれの少女は、どう見ても殺し屋には見えなかった。
「まぁ、何と言うか・・・最近は殺し屋ってのも色々大変なんだな。」
「二対一でやろうっての!この卑怯者!」
ミリオンは二人と距離を取り、ナイフの代わりにスコップを二人に向ける。
ディケンズはその姿に顔をしかめながら、ライラに尋ねた。
「んで、何でこいつがここにいるんだ?」
ガルートの宿屋。と言っても正式な宿ではなく、住人が王都に移った空き家である。旅人や行商の為に最低限の整備はされている。
テーブルを囲うようにライラ、ディケンズ、ミリオンが座る。
テーブルにブロウの母親であるアニカが夕食を置いた。
「アニカさん。済まねぇな。」
「なぁ~に、気にする事ないよ。ミリオン。アンタもしっかり食べるんだよ。」
笑顔で言いながら家を出ていくアニカにミリオンは会釈で返した。
ライラが酒を一口飲んで言う。
「つまり、金が無くて街道で行き倒れてたところをここの連中に助けて貰ったって事か。」
ミリオンは恥ずかしそうに頷いた。
「んで、恩を返したいけど、何もねぇから村の仕事を手伝ってると。」
ディケンズの言葉に再び頷いた。
「随分と律儀な奴だな。」
「身銭が無くなったっつったって、そもそも殺し屋なんだろ?言いたかねぇが、適当に一人二人殺して、金品を奪っちまえば良いじゃねぇか。」
「そ、そんな非道なことっ!」
ミリオンの反論に二人は顔を見合わせる。
「本当に殺し屋か?」
「本人がそう言ってる以上はそうなんだろ。」
ディケンズは食事をしながら、ライラとミリオンの食事の所作を見比べる。丁寧に食べるミリオンに対し、ライラはガチャガチャと音を立てていた。
「明らかにライラの方が賊っぽいけどな。」
「悪かったな。育ちが悪くて。」
「そもそも本当に人を殺したことあるのか?」
ディケンズは最初から思っていた疑問を口にした。どうも「悪」であることを無理しているように見えた。
「それは・・・」
ミリオンが言い淀む。それは否定と同義だった。
「おい。待てよ。無いのか?」
ライラの言葉にミリオンは黙って頷いた。
「マジかよ。コズモンドの連中は人を殺した事もねぇ奴を刺客として寄越したってことか?」
「許可は・・・されてない。」
「は?」
「自分の意思で勝手に来たってことか?」
「だってしょうがないじゃない!いつまで経っても誰かの補助ばっかりで、まともな仕事を回してくれないんだもん!」
ミリオンは突然不満を露にした。
「まぁ、御前さん方の事情は知らねぇが・・・」
「訓練だって雑務だってちゃんとこなしてるだよ!?それなのにいつも補助ばっかで!『お前にはまだ早い。』何がっ?何でっ?そうやって補助役しかやらせて貰えなかったら、いつまで経ったって進歩しないじゃない!私は沢山仕事をこなして、早くこの世界で地位を得たいのにっ!」
捲し立てるように言った後、自分の食器だけはきっちりと片付けて、怒りながら自室へと下がっていった。
唖然としながらも、眉をひそめたライラがディケンズを見る。
「何なんだありゃあ?」
「さぁな。色々溜まってんだろ・・・」
食事を済ませ、一杯呑みながらライラが言う。
「しかし、どうすっかねぇ。」
「単身ここまで来た度胸は大したもんだ。」
「おいそれと送り返せるもんでもねぇしな。」
「誰も殺してないって事は、実質ただの子供だろ?俺は嫌だぞ、戦うの。」
「アタシだって嫌だよ。かと言ってここに放置していく訳にもいかねぇだろ。」
「まぁ、ブロウが戻って来たら、一悶着あるだろうな。」
ライラは少し考えると提案した。
「いっそ、ベールズに連れてっちまうか?」
「ベールズへ?」
「あそこなら、ニグまで戻るのは面倒だから、諦めて出てってくれるかもしれねぇし、バアルなら兵との連携も取れるからヤバいことにはなんねぇだろ?」
「まぁ、一理あるか・・・」
翌朝。
「よし!んじゃベールズに行くぞ。」
一人で朝食を取っていたミリオンにライラが声を掛けた。
「はぁ?なに言ってんの?」
「金がいるんだろ?アタシらは今からベールズに向かうんだよ。だから、タダで連れてってやるし、向こうで仕事を斡旋してやってもいい。」
「何でアンタたちの世話にならなきゃならないのよ。」
「んじゃ、ここに残って、ここの連中に迷惑掛け続けるのか?」
ガルートの住人たちを知ってるライラにとって、彼らが迷惑に思わないことは分かっていたが、ミリオンの性格上、この言葉が一番効果的だろうと踏んだ。
「それは・・・」
「向こうに着いたら、勝負してやっても良いぞ。」
「ぬぅ。」
「ディケンズが。」
「何でだよ。」後ろで待っていたディケンズが、即座に突っ込んだ。
「わかった・・・じゃあついてくわ。」
「よし。じゃあさっさと準備しな。」
二人はモウズの乗り、ライラの後ろにミリオンが乗った。
「後ろから不意打ちで攻撃するなよ?」
「そんな卑怯なまね、するわけないでしょ!」
憤慨するミリオンに、ライラは呆れて言った。
「ホントに向いてねぇんじゃねーか?殺し屋。」
そうして二人は、ひとつの大きな荷物を抱え、ガルートを後にした。




