第48話 生者の境界
メイリスの酒場。
カウンターにはハモンドと息子であるネイソンがいる。
二人が喋りながら朝食を取っているところへディケンズがやって来た。
「お。珍しく家族サービスか?」
「珍しくはねぇよ、ちょいちょい連れてきてるさ。」
挨拶をするネイソンに手を上げて返すとエリーザに朝食を注文する。
「ちょっとは強くなったか?」
「うん。今度父ちゃんと狩りに行くんだ。」
「もう連れ出すのか?」
ディケンズが少し驚きながらハモンドに尋ねる。
「軽めの奴だ。それにルッソにも付いてもらうしな。」
「まぁ、無理はさせるなよ。」
「分かってるさ。」
「頑張れよ。」
「うん!」
そう言ってネイソンは嬉しそうにパンに齧りつく。
そこへ入ってきたライラがネイソンを見た。
「家族サービスなんて珍しいな。」
「お前もか。」
「倅を狩りに連れてくんだとよ。」
「もう行くのか?いや、まぁアタシもそんぐらいの歳で行ったか。」
「軽めの奴さ。」
ライラはネイソンに言った。
「今度、アタシが稽古つけてやろうか?」
「ホント!?」
「ああ。暇があったらな。」
「ありがとー!」
ライラはハモンドに言う。
「本気で殴り飛ばしてもいいのか?」
「駄目に決まってるだろ。」
「狩場で魔物にやられる前に慣らしといた方が良いと思うけどな。」
「そういうのは俺がやるよ。」
「我が子相手に本気で殴れるのか?」
「いや、まぁ、その辺は上手いことやるさ。」
「そか。」
ライラもまた朝食を注文する。
食べ終えたネイソンが外へ遊びに行った頃、ハモンドが尋ねた。
「それで?夜の狩りはどうだったんだ?」
「中々にエグかったな。」ディケンズが答える。
「ムロイスが出やがった。」とライラ。
「ムロイス!?戦ったのか?」
「まさか。初めての夜戦でそんな博打に出れるかよ。」
「めぼしい物だけ貰って逃げたさ。」
「にしても、よく逃げ切れたもんだな。」
「まぁ、他に獲物がいたしな。」
「見逃されたと言うよりは眼中に無しって感じだな。」
「そうか・・・兎に角無事で良かった。」
「違ぇねぇ。」
「今度は採掘場の方へ行ってみるつもりだ。」
「採掘場?そこのか?」
「ああ。あの辺りはそこまで危険じゃねぇらしい。」
「なるほど・・・じゃあ、ちょっとズレるが一つ頼まれてくれないか?」ハモンドが提案する。
「何だ?」
「こないだ話してた花があるだろ?」
「あー確かにネームパトラだったか?」
「そうだ。実はあの花は夜に咲く事が多いらしいんだ。出来るなら取ってきてくれねぇか?」
「だいぶ北に向かう事になるな。どうする?」
ディケンズがライラに聞く。
ライラは出された朝食を食べながら答えた。
「まぁ、多少危険でもモウズで真っ直ぐ走るだけで着くからな。良いんじゃねぇか?」
「頼めるか?」
「構わんが、嫁さんの誕生日はもう終わったろ?花なんかどうする?」
「ネイソンを狩りに連れ出すには、機嫌を取っといた方が良いんだよ。」
「そういう事か。確か青い花だったよな?」
「ああ。だが正直俺も花の事はよく分からん。ライラは分かるか?」
「アタシが分かるわけねぇだろ。とりあえず手当たり次第取ってこりゃ良いんじゃねぇか?」
ライラがそう言った時、カウンターの奥からエリーザが紙を差し出す。そこには花の絵が描かれていた。
「こんな見た目のお花です。青色で少し甘い香りがしますよ。」
ディケンズは紙を受け取りながら言う。
「流石エリーザ、詳しいな。」
「詳しくないです。綺麗で有名なお花ですよ。」
「オッサンと、頭ん中オッサンの女はそう言うのに疎いんだよ。」ハモンドが笑いながら言う。
「悪かったな。頭ん中がオッサンで。」
「私にも取ってきて貰えます?お店に飾りたいので。」
「まぁ、情報料だ。任しとけ。」
「一つも二つも変わらねぇしな。」
「ありがとうございます!」
エリーザは嬉しそうにお礼を言うと皿を片付け始めた。
「んじゃ、ちょっとしたら行くか。」
ライラが立ち上がる。
「あぁ?夜行くんじゃねぇのか?」
ディケンズが訊く。
ライラはカウンターに金を置きながら答える。
「夜に出て、ここから花を取りに行ったら、戻る頃には夜が明けちまうだろ。それなら昼の内に宿泊所に行って、夜に花取ってそのまま戻りながら狩りをすりゃあいいじゃねぇか。」
「なるほど。それもそうだな。」
同調したディケンズも立ち上がる。
「んじゃ、俺もそろそろ行くか。」
言ってハモンドもカウンターに金を置く。
「気を付けて下さいね。」
エリーザに見送られ、三人は酒場を出た。
メイリスを出て、北に向かう。
比較的安全な地域であるためか、獰猛な魔物に出会うこともなかった。
ふと空を見上げたライラが何かを見つける。
「お。ポッポリーじゃねぇか。あいつも年相応の友達がいるんだな。」
ライラの言葉にディケンズが見上げると、北へ向かって飛ぶポッポリーの姿が見える。その隣にはとんがり帽に黒いローブを纏った少女が箒に跨がり飛んでいる。
「なっ!」
驚きの声を上げるディケンズを見て、ライラが尋ねた。
「知り合いか?」
「いや、知らねぇ。だが上空の自由飛行なんざ、風魔法でも相当の魔力がないと出来ないはずだ。」
「ほ~ん。スゲェんだな。」
ライラが腕を組んで感心する。
「見る限りまだ子供だろ。あの歳でそんな魔力を持つなんて・・・」
「まぁ、ポッポリーも楽しそうだし、良いんじゃねぇか?」
ポッポリーは笑いながら、少女に何かを喋っていた。
少女も笑顔で返す。
「いや、まぁいいけどよ。世の中にはとんでもない
のがいるんだな。」
二人に気付く事もなく、ポッポリーたちは北の空へ消えていった。
宿泊所に着き、仮眠を取る二人。
陽が傾き始めた頃に目覚め、仕入れていた肉を焼く。
ライラが肉を喰らいながら呟いた。
「代わり映えのしねぇ味だな・・・」
「文句があるなら喰うなよ。」
「文句じゃねぇよ。感想だ。かんそう。」
「命を奪って肉を頂いてるんだ。感想じゃなくて感謝して喰え。」
「何だよ。ルルにでも触発されたか?」
「そんなんじゃねぇ。元々、俺たちも砂漠に出ちまえば、生態系の一部だって話だ。」
「喰うか喰われるか。殺るか殺られるって事だろ?」
ディケンズは食べながら頷く。
「まぁ、そう考えるとアタシたちは異質だよな。食物連鎖でも、縄張り争いでもねぇ。ただ戦うだけだ。」
「ああ。連中からしたらいい迷惑だな。」
「やってることは不浄王と変わらねぇしな。」
ライラが言った瞬間。つむじ風が発生し、砂を巻き上げ土地神ルーゼスが現れた。
「ル、ルーゼス様!」
ディケンズが驚きながらも頭を下げる。
「一体何の用です?」
「少し気になる事があってな。近くに寄ったから顔を出しただけだ。」
「気になる事?」
「いや、もうこの地を去ったようだ。気にする事はない。」
「しっかし、アンタ。出てくるなら場所を考えろよ。」
巻き上がった砂で砂まみれになった肉の表面を払いながらライラが言った。
「元気そうだな。」ライラの文句を無視して言う。
「お陰さまでな。」
ライラは諦めたのか、火の中に肉を放り投げた。
「丁度良かった。アンタに一つ訊きてぇ事がある。」
「何だ?」
「アタシらは死んだらどうなる?」
「・・・知らん。」
「ホントかよ。」
「知っているが、教える気はない。」
「何だよ、ケチくせぇな。」
「お前は『生者の境界』と言う言葉を知っているか?」
「せいじゃのきょうかい?何だそりゃ?」
「生きとし生ける者が、生きている間に知り得るべきではない事象の事だ。」
「そいつにそれが含まれるってのか?」
「そうだ・・・万物の始まりと終わり。生命の誕生と死後の世界。あらゆる者の存在意義。それらは神以外の者が知り得るべきではないとされている。」
「ふ~ん。解せねぇな。」
「そう言うことだ。理解に及ばぬモノは探究と創造を生む。故に誰にも知り得ぬ事象が必要なのだ。」
「分かったか?」ライラがディケンズに訊く。
「まぁ、言わんとすることはな。」
「なぁ。」ライラが再びルーゼスに尋ねた。
「アンタもいつか死ぬのか?」
「無論だ。生ある者には避けられぬ事だ。」
「死ぬは怖いか?」
ルーゼスはゆっくり首を振った。
「お前たちと私とでは死に対する概念が違う。」
「概念?」
「私はこの砂漠の誕生と共に生まれ、この地が砂漠と足らしめられなくなった時に消滅する。私の使命はそれを見届ける事だ。死は役目を終えただけに過ぎない。お前たちがギルドの任務を終えるのと同じだ。」
「普通に殺されることは無いのか?」
「あるな。だが、この地で戦うのであれば、土地神の力は強大だ。それを分かって挑んでくる者などいない。」
「そう言うことか。」
「それでは行くとする。邪魔をしたな。」
ルーゼスはそう言うと、二人の返事を待たずに風となり消えた。




