第101話 最奥の砂原
ギルニア砂漠中央部の近く。
大きな岩の前で、石に腰掛けたディケンズがソールオングルの手入れをしている。
その前にはハモンドがおり、その様子をまじまじと見ている。
「なんか、複雑なんだな。」
「ああ。俺にも正直分からん。」
ディケンズ自身は機械の知識はほぼ無い為、昔ドワーフに教えてもらった通りに、内部に溜まったススを取り除き、油を差す。そして最後に布で綺麗に拭き上げていく。
「なかなか面倒なもんだな。」
「まぁ、慣れちまえば大したことはないさ。」
岩の一部が動き、カモフラージュされていた扉からライラが出てきた。
「もう終わるのか?」ディケンズが尋ねる。
「ああ。後は仕上げだ。長いこと使ってないみたいだから、思ったより時間が掛かったぜ。」
ここはザインの情報にあった砂漠中央部近くの宿泊所。中央部の近くと言うことで、長らく放置されていた為、ライラが掃除を買って出た。
ライラが手を翳すと、周囲の砂が宿泊所の中へ流れ込んでいく。そして暫く、宿泊所の中で嵐のような轟々とした音が鳴り響く。
再び魔力を込めると、一気に砂が流れ出て、どこかへ飛んでいった。
「おっしゃ!終わりだ。」
3人は宿泊所に入る。
ハモンドは試しに椅子の表面を指で触ってみる。だが埃や砂は一切付かなかった。
「大したもんだ。」
無論、大岩を加工して造られたここは、そもそも綺麗な環境では無い。だが長年放置されたとは思えないほどの状態にはなっていた。
ライラの力で運ばれた砂は、石で作られた椅子や机の表面を研磨し、蓄積した埃や砂を巻き込んで、外へと排出していた。
「こんだけ綺麗になるなら、ウチのカミさんが頼みたがるかもしれん。」
「途中で砂まみれになるんだ。普通の家じゃ出来ねぇよ。」
「確かにここには喰いもんも置いてないしな。」
保管棚を確認したディケンズが呟く。
「そう言うこった。」
「なるほど。じゃあまずいか。」
「さぁて、さっさと荷物を運び込もう。」
ギルニア中央部は、町から遠く、何があるか分からない為、2人はこの宿泊所を仮拠点として構える事にした。
必要な物資と充分な食料を運ぶためにハモンドに助けを頼んだのであった。
夜に帰るのは危険な為、ハモンドも泊まることとなり、ハモンドとディケンズは火を囲み、ライラはベッドに寝っ転がっていた。
「しかしなぁ、こんなとこまで来たのは初めてだ。無事帰れるか・・・」
ハモンドは酒を片手に、簡易の地図を眺める。
「大丈夫さ。朝一で南にひたすら進めば、昼過ぎには角の宿泊所がある。」
角の宿泊所とは、狩人たちも比較的良く使う宿泊所で、加工した大岩から、一本の突起が伸びている為にそう呼ばれている。
「そこでもう一泊か・・・」
「昼過ぎには着くんだ。倅への土産話でも作っとけばいいさ。」
「そうだな・・・ん?」
置いてある酒瓶を見て、ハモンドが言う。
「こんなに飲んじまったが、お前らのストックはあるのか?」
「いや。今日きりで、当分飲まねぇつもりだ。」
ベッドで寝ながら器用に酒を飲んでいたライラが答える。
「そうなのか?」
ハモンドが驚き、ディケンズを見る。
「ああ。ここらは初めてだからな。多少気合を入れとかないとな。」
「一応、消毒用に1本は残してあるけどな。」
「じゃあ、あんまり俺が飲まねぇ方がいいか。」
「まぁ、構わねぇ。終わらせてからたんまり飲むさ。」
「そうか。んじゃ遠慮なく。」
そう言ってハモンドは酒を飲み干した。
「祝杯の時は俺が奢ってやるよ。」
そうしては3人の酒盛りは続いた。
「さてと、とりあえずは周囲の散策か?」
ライラが伸びをしながら聞く。
「ああ、昨日の酒も多少残ってるからな。無理は出来ん。」
朝でハモンドを送り出し、準備を整えた2人は宿泊所を出る。
「とは言え、あんまりここの近くに魔物を寄せる訳にはいかないからな。ある程度、奴さんの根城の方向に進もう。」
「つーことは、あっちを目指せば良いって事か。」
そう言ってライラは一方を向く。
ポッポリーの情報ではギルニアデーモンの棲家の近くには巨大な岩があると言っていた。あくまでポッポリーの言葉であった為、2人は半信半疑だったが、実際に砂漠の中央部に近づくと、それは一目瞭然であった。
40mを越えるその岩は、人為的に削られたかのように細長く、塔あるいは柱のようにも見えた。
「だな。兎に角、あの麓に奴さんがいると見て、間違いないだろう。」
「しかし、とても自然のもんには見えねぇな。」
「ああ。かと言って、こんな所に人が居たとも思えん。奴さんが関係してるのかもな。」
「と、その前に。」
ディケンズはそう言って、木の棒で地面に円を書き、真ん中へ突き刺した。
「お前、それ、こないだやつか?」
それはエドゥリアによって作られた、戦場から離脱する道具。だが少し形状が違った。
「ああ。」ライラの質問に答えながら、棒の先に付いた筆を取り出し、自身の身体に円を書くと、ライラの方へ放り投げる。
「杖の形をしてたのは一種のカモフラージュらしい。だからコンパクトに改良してもらった。」
「ほ~ん。」
言いながら、ライラも腕に円を書く。
「一応、4本受け取った。とりあえずは安心だろう。」
ライラは大岩の方を見る。
「あそこからここまで届くのか?」
「どうだろうな?最長は500とか言ってたが・・・まぁ、気休め程度に考えとくしかないな。」
そうして2人は宿泊所を後にした。
大岩に向け、周囲を確認しながら、ゆっくりと進む。
「石が多いな。」ディケンズが呟く。
地面は砂状で、岩石地帯ではないが、疎らに大小様々な石が転がっている。
ライラはモウズに乗ったまま、器用に身体を傾け、ひとつの石を拾い上げる。
「あのでっけぇ岩と同じっぽいな。」
黒い石を一通り見ると、ディケンズに投げる。
受け取ったディケンズも、表面を確認する。
「焼けてるのか?」
「表面はそんな感じだな。野郎の熱かもしれねぇな。」
ライラは大岩の方を見ながら言った。
「この辺りまで、奴さんが来るかもしれんって事か・・・」
ディケンズはそう呟くと石を放り投げた。
暫く進み続ける。
周りを見ながら、ディケンズが何の気なしに言う。
「石ころが多い以外は変わらんか・・・」
「いや、砂の感じがちょっと違うな。」
「分かるのか?」
「ああ。」
「大したもんだ。魔法を使うのに支障は出そうなのか?」
「どうかね。多分、大丈夫だと思う。」
その時、岩影から1頭の魔物が飛び出す。
背丈は人間と然程変わらない、中型の肉食竜だった。
「ギルニアラプトル・・・じゃねぇな。」
大きさと鋭い鉤爪は似ているが、鱗には青みがかった光沢があり、尻尾の先には羽毛のようなものが生えている。
「奴らなら単独行動はしないしな。」
ディケンズは周囲を見ながら言う。
ラプトルは両手を広げ、威嚇している。
「ほんじゃ、お手並み拝見と行きますかっ!」
そう言ってライラがモウズから飛び降りると、ラプトルはビクッと驚き、後ろに下がった。
「ん?弱腰な奴だな。」
ラプトルは下がりながら低い声を出し、威嚇を続ける。
「ここらには普段誰も来ないからな。」
ディケンズもモウズを降りると斧を抜き、ラプトルに向ける。
「狩人に慣れてないんだ。と言うより初めて見るんだろう。」
例え凶暴な肉食竜とは言え、未知の生き物には無闇に挑まない。
ディケンズは斧を振り回し、自分を大きく見せる。
気圧されたラプトルは踵を返して、逃げていった。
「何だ、やらねぇのかよ?」
「無駄に戦いは避けた方がいいだろ。」
2人がモウズに戻ろうとした時、ライラがディケンズを制止する。
「待て。」
「何だ?」
ライラが膝を付き、地面に手を当て、目を閉じる。
「何か来る。」
ディケンズが急いでモウズを退避させる。
「こいつは・・・ガメルドーラ。いや、にしてはデカいか。」
ライラは振動に集中し、目を開く。
「来るぞっ!」
ライラが叫び、その場を離れた瞬間、地面から魔物が飛び出した。




