それぞれの顛末
花屋敷の事件から一カ月。
事情聴取ややけどの治療など、もろもろを終えてグラム、ウィット、ジウはダイナーで顔を合わせた。
「おかしいよ! どうしてあの事件がプランツ夫妻の共謀の末の仲違いで自殺未遂なんて決着になるんだい!?」
新聞を握ってグラムが叫んだ。
その新聞を取り上げたウィットは、皺を伸ばしながら呆れる。
「それを刑事が言うかねぇ。だいたいなんて言っても信じちゃもらえないんだ。だったら燃え尽きた庭園から、多数の人骨の欠片が見つかったって点に理由付けをするだろ?」
庭園の火は屋敷も半焼させて鎮火した。
屋敷を襲ったまま死んだ木の怪物も燃え尽きており、生きて動いていたことを知る者以外、崩れた屋敷の建材と区別はつかないありさまだった。
ウィットから新聞を取ったジウは紙面に軽く目を走らせる。
「こっちは毒を盛られて寝込みを襲われかけた被害者って態でいるしかない。書斎にまで火が回ったせいで夫の日記も駄目になってたんだからな」
新聞では近隣住民が火事で通報。その後屋敷から逃げ出した者たちは保護されたと書かれてある。
失火の原因として庭の手作り散水機の不調が上げられ、火事自体は事故の扱いだ。
ただ、その後の現場検証で、庭から人骨の一部が発見される。詳細を調べたところ、老若男女入り混じった複数人分であることが判明した。
それが樹木の怪物が丸飲みにした被害者であるか、庭の奥の花に捧げられた被害者のものであるのか、生き残った三人にもわからない。
事件は火事から殺人へと変わり、捜査を続けると庭の奥に面した地面には相当量の血が染みていたことがわかったと紙面にはある。
「だからって!」
「はーい、元気そうね」
グラムが不満を叫ぼうとしたところにやって来たのは、花屋敷でメイドをしていたティゼだった。
「元気なのはグラムだけだ。こっちは上着燃えるわ、無駄に怪我をするわでいいことなしだ」
ジウが新聞をテーブルに放り出すと、ティゼは笑いながら空いている席に座る。
「あら? プランツ邸の管財人から聞いたけれど、あなたその上着や怪我の補償を受け取ったのでしょう?」
「…………なんで知ってる?」
「ちょ、何してんだよ、ジウ」
ウィットが呆れるとティゼは片目を瞑ってみせた。
「あなたは今回の労を盾にプランツ氏の持つ不動産を安く買い叩こうとしたけれど失敗したそうね」
「君こそ何やってるんだい、ウィット?」
「えー? 本当になんで知ってるんだい、ティゼちゃん?」
グラムに睨まれ、ウィットはばつが悪そうに半端な笑いを浮かべた。
「ほら、私雇用契約を結んでいたのよ? お給料もらわないと」
笑顔のティゼに三人は唖然としてすぐには答えられない。
「君、管財人に給料の請求をした上で、この二人が金をせびったことまで聞き出したのかい?」
「おい、グラム! 語弊のある言い方をするな! 俺は単にビジネスの話をしたついでにだな」
「その様子だと、そっちも上手く給料を手に入れられたらようだな。怪我をした分の手当てはどうした?」
ジウにティゼはサムズアップを返す。
「もちろん割り増し!」
「し、強かだねぇ…………」
ウィットはがっくりと肩を落として呟く。
グラムは何かを疑うような目をしてティゼに身を乗り出した。
「君、本当は何処かの国のスパイだったりしない?」
「あら、刑事さんは007がお好き? でもごめんなさい。私本当にただの旅好きな家政婦なの。あ、これナンバー。この近くで面倒ごとに巻き込まれたら呼ばせてもらうわ。頼りになる刑事さん?」
「喜んで!」
「そこで喜ぶのか、お前は」
「うーん、あまり羨ましくないなぁ」
呆れるジウにウィットも頷く。
「あ、そうそう。コックからあなたたちにお礼を言っておくよう言付かったわ」
「あの子どうしてた? まだ見つかった人骨の個人特定はできてないみたいだけど」
ウィットは濁しながらも、コックの友人がすでにこの世にはないことを確信していた。
「探し人は庭にいたんだろうな」
気回しなどしないジウが断言すると、ティゼも小さく頷く。
「書斎に若い女の子がつけてそうなヘアピンあったの気づいた? あれ、やっぱりコックの友人の物だったみたいよ」
「ヘアピンなら燃え残ってる可能性が高いね。ちょっと同僚に言って遺族に返還できるようにするよ」
グラムが請け負うと、ティゼは穏やかに微笑んだ。
「えぇ、よろしくお願いします」
「そう言えば、コックの子も事情聴取されたんだよね? あの子庭に何がいたか知ってたの?」
ウィットは個人的な感傷を飲み込んでティゼに聞く。
「知らないはずよ。奥さまが夜出歩いていることも気づいてなかったし」
「お前疑われてたな」
ジウの指摘にティゼは憤然と腕を組んだ。
「そうなの。さすがに隣の部屋だと気づかれたのよね。もっと他に気づくことあると思うんだけど」
「君、あのコックを守ってたんだろ?」
「あくまで自衛の延長よ、刑事さん。それに奥さまが殺人を犯してるなんて気づいたのは、あの実業家の方が亡くなってからだから。本当に面倒ごとを予防していただけなの」
ティゼは切り替えて腕をとく。
「コックの証言としては、以前に庭の毒になる植物が料理に混入していたのは見たことがあると話したそうよ。それと私が夜中にうろついていたこと。あと、実業家の方が帰ったというのは奥さまの言葉でしか知らないと」
名目上事件の捜査に当たったグラムは頷く。
「俺も調書盗み見したけど、そんな感じ。で、俺たちが毒を盛られて警戒したって言ってる証言との一致とか、君がプランツ夫人の夜の徘徊について語った証言との一致とかの裏付けになったみたいだ」
「盗み見るなよ」
ジウの突っ込みを無視するグラム。
ウィットはそんな沈黙の間を縫うように小さく疑問を口にした。
「ねぇ、本当に人間の血を吸って咲く花なんてあったのかな?」
「本当にあったとしてどうする? どうにもできないし、関わったところで碌なことにはならない。やめとけ。そうやって好奇心に負けて深みにはまった馬鹿を見たことがある」
冷淡な物言いながら、ジウは忠告を投げかける。
ティゼも同意するように肩を竦めた。
「好奇心は猫を殺すって言うものね。自由を標榜して危険に突っ込むのは感心しないわ。運良く生きて帰れた。そのことに感謝しましょ」
「な、なんか、二人とも達観しすぎてて怖いな…………いや、うん。そうだな。あんな目に遭うのは二度とごめんだ。もうこの国にあんな化け物はいないとわかっただけありがたい」
「あ!」
ウィットがなんとか事態を飲み込もうとした時、グラムが突然声を上げた。
「あれ、イギリスから持ってきたんだよね!? ってことはイギリスにもまだあんなのいるのかい!?」
「そう言えば、複数形だったような…………?」
グラムの言葉にウィットの顔が引きつる。
ティゼも明後日の方向を見て苦笑いを浮かべた。
「確か頭の中に入って来るっていう危険な虫もいるのよね。今後、イギリスからの依頼はお断りしなきゃ」
「勝手に餌として殺されるのも嫌だが、頭乗っ取られて猟奇殺人犯にされるのもごめんだな」
ジウが言うとグラムは頭を抱えた。
「俺、親戚呼び集めてパーティ開く大伯母さまがイギリスにいるんだよ! 行かないと行かないでうるさいし! 他の親戚が呼びに来るし!」
「ふぅ、俺はフランス系で良かった」
「私は中華系だが、国許に変なのがいるのは変わらないな」
「私はドイツ系で今のところイギリスには行かないから」
どうやらイギリスに縁があるのはグラムだけ。
「じゅ、銃ってなん経口まで持って行けるんだろう? それとも散弾銃の練習でもしとく?」
「おいおい、怖がり過ぎだってグラム」
「そう言えば唯一頭が追いつかなくて正気失った奴だったな。下手に追い詰めるとあの妻のようなことになるかもしれん」
ジウの本気半分の言葉にウィットが本気で慰めにかかった。
そこでティゼが声の雰囲気を変えて静かに話しかける。
「奥さま、お見舞いに行ったけれど…………もう回復の見込みはないそうよ」
騒いでいたグラムも大人しくなった。
「どうしたら助けられたのかな? 様子がおかしいことはなんとなくわかってたんだけど」
「刑事さん、私が働き出した時から奥さまは、もう…………」
「それ言うなら、俺もドニーが死ぬ前にできることあったんじゃないかって」
「死人相手にもうできることはない。考えるだけ自分が病むぞ。やめとけ」
不愛想なジウの慰めにグラムとウィットが頷くと、ティゼは微笑んで席を立つ。
「それじゃ、私はこの街から離れるわ。また縁があったら会いましょう」
「うん、よし! 今度はこの俺がドカンと事件解決をしてみせるよ!」
「美人との再会は、できれば血腥いことに関係のない時がいいな」
「そっちも相当みたいだから、うちの店の番号教えておく」
ジウが店の場所と番号の書いてある名刺を差し出すと、受け取ったティゼは笑顔で歩き出す。
「それじゃ、良い一日を」
肩越しに別れの挨拶をしたティゼが去って、グラムとウィット、ジウはなんとなく無言になった。
「…………この三人で弾む話もないかぁ」
「よし…………解散」
「俺は仕事に戻らなきゃだ」
再会の約束などない別れはいつものとおり。
三人はそれぞれの向かう先に歩き出し、日常へと帰って行った。
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