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偏執の終わり

 グラムの銃の連射で木の怪物は力尽きた。

 けれど燃料を浴びて燃える庭から追って来た木は着々と燃えている。

 しかも屋敷は木の怪物によって壁に穴が空き、建材はむき出しで不安定。

 ほどなく木の怪物を伝って火は屋敷へ移るだろう。


「ウィット、早く!」


 グラムが屋敷の奥へ武器を探しに行ったウィットを呼ぶ。


「もう怪物は倒した! 後は俺たちが脱出する番だ!」

「え!? ちょ、そんな早く!? あーもー! 俺意味ないじゃん!」

「そんなこと言ってる暇あるなら屋敷が燃えるか崩れるかする前に逃げるんだよ!」

「待て待て! こっちは散乱する本の中をだな!」

「口より足を動かしてよ!」

「お前ほんと、後で発砲理由上司に怒られてろ!」

「あ、それはまずい! 市民を守るために必要な発砲だったって証言よろしく!」

「調子が良すぎだ!」


 ウィットはグラムと言い合いながら、本や瓦礫を越えて玄関広間へ戻ろうとする。


 その間にジウは異変を感じて階段の降り口から地下を覗いた。


「おい、どうした? コックか?」


 呼びかけに返るのは唸り声。

 ジウはすぐさま異変を察して側に転がる瓦礫の位置を確かめる。


 そこに焦ったようなコックの声が上がった。


「待ってください! 危ないですから! お願いです、暴れないで!」

「うぅ! うー! うぅーあー!?」

「おい、コック! いったい何があった!?」


 今度の声は聞こえたらしくコックがジウに答える。


「お、奥さまが! 奥さまが目覚め、う、られたんですが!」

「うあー! 私の庭、可哀想な植物たちが、燃え、燃えて…………あぁー!?」


 燃え盛る庭の奥へと駆け出したプランツ夫人。

 グラムに当て身を食らわされて気絶していたのが目覚めたらしい。


 どうやら庭の奥へと走ったままの精神状態で目覚めたようだった。


「こっちに来るな! そのまま地下から外に出ろ!」

「む、無理です! 奥さま! 奥さま落ち着いて!」


 コックとプランツ夫人が揉み合う音が階段の暗がりから聞こえる。

 その音は確実に近くなっていることにジウは気づいた。


 狂乱状態のプランツ夫人をコックは押しとどめることができないでいる。


「なんで燃えるの!? どうして火が付いたの!? 何があったの! いったい!?」

「知りませんけど危ないですって! 私が買い物から戻った時、屋敷の中にはお客さまもティゼもいなかったですよ!」

「ティゼか!?」

「え、いえ、わからないですけど、ともかく外へ!」


 言い合う内に、プランツ夫人は意思の感じられる言葉を漏らすようになっていた。

 けれどコックは適当に返しながら抑えることに必死で内容にまでは考えが回らない。

 不用意な言葉で錯乱したプランツ夫人は攻撃対象を決めてしまっていた。


「ティゼ! 何処だ!? 植物たちの怨みぃ!」


 か弱い見た目のプランツ夫人からは想像もできない声が階段から放たれた。


 ジウは耳を澄まして地下に他の音がないことを確かめ舌打ちをもらす。


「あいつ、まずい方向になって隠れてるな?」


 ティゼが地下から誘導する予定が、気配がない。

 プランツ夫人の攻撃対象にされたため出られないのだろう。


「ち、コックを手伝うしかないか。錯乱してると女でも予想外の攻撃してくるからな」


 ジウは怪我を覚悟して人手を増やすため動こうとした。


 瞬間、階段が軋みを上げる。

 次にはコックの声がジウの予想より近くで上がった。


「あ!? 奥さま待って!」

「ティゼは何処だ!?」


 階段で揉みあっていたプランツ夫人は、どうやらコックから逃れて階段を上ってきている。


 ジウはすぐさま階段の降り口の端に屈み込んでプランツ夫人の死角を取った。


「ティゼ! ティゼティゼティゼティゼー!?」


 燃え盛る庭で気絶し、抱えられて屋敷まで運ばれたプランツ夫人は完全に錯乱していた。

 暴れてコックを振り切ったプランツ夫人の姿は髪を振り乱し、目を見開いた尋常ではない姿となっている。

 薄暗い地下から昇って来るプランツ夫人の目だけは爛々と輝き、荒々しい足音と怨嗟の声をまき散らした。


 ウィットに声をかけていたグラムもさすがに異変に気づいて動く。


「あーあ、女の怨みは怖いもんだ」


 ジウは呟いて鋭く息を吐いた。


 タイミングを見計らい、ジウは階段脇から上って来たプランツ夫人に足払いをかける。

 最後の一段を上ろうとしていたプランツ夫人の足を、過たず蹴り払った。


 中途半端に上げた足を払われ体勢を崩すプランツ夫人は、何が起きたのかまるで分らない顔をしている。

 勢いづいていたプランツ夫人が、軽く前に飛ぶような形で倒れた。


「うお、すごい勢いだな」

「なんだかまずいみたいだね!」


 異変に気づいて階段側までやってきていたグラムが飛び込む。

 そのまま迷わず倒れたプランツ夫人を上から組み敷いた。


 無防備に倒れた体勢の上、元の体格差でプランツ夫人は指一本動かせないように押さえ込まれる。


「よし、このまま縛って外に運ぼう。何か縄とかない? 上着でもいいよ?」

「お前本当に警官の自覚あるか? それと上着ならもう焼けてる」


 押さえ込んだままのグラムにジウは立ち上がりながら嫌みを投げた。


 ようやく玄関広間に戻ったウィットは、グラムに押さえ込まれたプランツ夫人の姿に困惑して足を止める。


「え? 何がどうしてそうなってるんだ?」

「はーい、ご所望の縄はこちらでよろしいかしら?」


 地下から現れたティゼは、やはり隠れて様子を窺っていたらしく、片手に縄を掲げて階段を上って来た。

 後ろにはプランツ夫人の抵抗を身をもって止めてただろうコックがぐしゃぐしゃの姿で続いている。


「奥さまは、いったい? なんであんな…………」

「ともかくこのままじゃ本人も危険だ。縛ってでもこの場から連れ出して安全を確保する」


 グラムの説明に被害を受けたコックは浅く頷く。

 疲れのせいで疑念をさしはさむ余裕はなく、焦ってもいない。

 階段にいるため玄関の入り口を塞いで燃える木の怪物が、コックには見えていなかった。


 その様子に気づいても、誰もあえてコックに説明することもない。


「うぅー!」


 そんな中、プランツ夫人はなおも諦めずに暴れる。

 けれどグラムとは何もかも大差があり、拘束を抜けられず抵抗できないように縛られてしまった。


「奥さん、気をしっかり。暴れないでください。一緒にここから脱出しないと」

「無駄だ、ウィット。これは一時的な症状じゃない。正気に戻すには専門家の下で時間をかけた治療が必要だ」


 ジウはグラムを手伝いながら淡々と予測を告げる。


「よし、これで安全に運べる。さぁ、脱出だ! …………と思ったけど、庭のほうの火はもう止められないね。このまま食堂から裏の小川のほうに逃げようか」


 プランツ夫人をまた担ぎ上げたグラムが、壊れた屋敷の壁から庭の惨状を見て脱出経路の変更を告げた。

 壁に開いた穴から見える庭に、もう緑はない。


 すでに手の施しようがないほど燃え盛り、真っ赤な光を辺りに投げかける。

 全てが焼き尽くされて炭になるまで収まらないだろう勢いは素人目にも明らかだった。


 あまりの光景に息を飲んでいたウィットは遅れて玄関を塞ぐ存在に気づく。


「って、あのトーテムポールも燃えてるじゃないか! 屋敷にも燃え移るぞ!?」

「だからさっきからそう言ってるだろ! ほら行くぞ!」

「待って!」


 移動しようとしたグラムをティゼが止めた。

 その目はグラムに担がれたプランツ夫人に注がれている。


 プランツ夫人はいつの間にか暴れるのをやめていた。

 そして真っ赤に燃える庭を凝視して動かない。


「あ…………あ…………あぁ…………」


 言葉にならない声がか細く漏れる。

 けれどそこに籠っていたのは絶望であるとわかった。


 誰もがそれを聞き取った時、プランツ夫人の目から光が消える。

 庭に焦点も合わずただ宙を見つめる姿は、死体にも似ていた。

 弛緩した体に担ぐグラムが気づいてプランツ夫人を降ろす。


「おい、どうしたんだ? 奥さん、どうした?」


 ウィットが心配して覗き込むと、グラムは脈を調べて指を鳴らしたりして反応を見る。

 けれどそのどれにも、もうプランツ夫人は反応を見せなかった。


「…………生きてはいる。もちろん火傷なんかしてるのに無理に動いた体の状態は悪い。けど、一番どうしようもなくなったのは、どうやら心みたいだ」


 声をかけても何をしても反応しないプランツ夫人は、生きているのに死んでいる。

 まるで魂が抜けたような姿を前に、誰も何も言えなくなった。


 その場で年長のジウは、大きく息を吐き出して最初に気を取り直す。


「…………抱え直せ、グラム。ここにいてもどうしようもない」

「あぁ、そうだね」

「そんな…………」


 ジウは割り切り、グラムも優先は人命と切り替える。

 ただウィットだけが飲み込み切れずに震える声を漏らした。


 けれど三人はそれ以上の無駄口は叩かず、ティゼとコックを連れて屋敷を無事脱出する。

 小川の側で燃え上がる炎を眺めて、誰も言葉を発することはなかった。


毎週土曜日更新




*ダイス目抜粋

1)プランツ夫人確保

  ジウ:足払い的に蹴りを入れる25(02)大成功→怪我させずに転倒させる

  グラム:押さえ込む→体格差により自動成功


2)プランツ夫人正気喪失

  ウィット:聞き耳を立てる75(03)大成功→燃える木の怪物に気づく

  プランツ夫人:ウィットの声で消火不能な木の怪物と庭の惨事に気づく

         正気度減少(1d10)8→SAN-1


3)プランツ夫人の治療

  グラム:医学的な治療40(26)成功→プランツ夫人の異変が心因であることに気づく



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