死者の復活
俺たち3人は食堂に通された。
ディアさんがお詫びに料理を作ってくれるというのだ。
テーブルに並べられた料理は砂漠の民の伝統料理の数々だった。
鶏肉入りのスープ、イモと牛肉の炒め物、小粒の豆の煮付け、バターが染み込んだ薄いパン……。
どれもこの地方特産のスパイスが効いていて、刺激的な味で食が進んだ。
メルとクレンも「おいしい」「おいしい」を連発してもりもり食べている。
「喜んでいただいてうれしいです」
俺の横に座ったディアさんが、メルとクレンの食べっぷりを見て、うれしそうにほほ笑んだ。
そんなディアさんをラディンがうれしそうに見つめている。
ラディンは俺の向かい側に座っているので、その表情がよく見えた。
しかし、ラディンはこんなに純情そうなのに、さっきはどうして矢を放つような危ない事をしたんだろうか。
「なあ、ラディン。ちょっと聞きたいんだが」
「何、アラン?」
「アランさんな」
「何、アランさん?」
ほら良い子だ。
俺はさっきのいたずらの理由を聞いた。
「最近、冒険者がたくさん街に来て物騒だからさ。追い払おうと思ったんだ。アランさんだって知ってたらやらなかったよ」
ラディンは申し訳なさそうに頭を下げた。
彼によると、死者復活のうわさを聞き付けた冒険者たちが続々と街にやって来て、街中をひっくり返してあるアイテムを探しているという。
中には乱暴狼藉を働く輩もいて、住民とトラブルになっているそうだ。
ラディンは、ボウガンは威嚇用に出したが、俺が全くひるまなかったことに逆にビビって思わず引き金に指が触れてしまった言って、再び謝ってきた。
「謝罪はもういいぞ。それより、あるアイテムってなんだ」
「冥府の竪琴だよ」
ラディンが心底うんざりとした様子で話した。
やはり冥府の竪琴はこの街にあるのか。
しかし、冒険者たちが探し回っているということは、まだ誰も見つけられていないということだな。
ラディンは街の様子に詳しいようだ。
この際だ、いろいろ聞いてみよう。
「死者の復活ってのは本当にこの街で起きたのか?」
この問いにラディンの顔が露骨にゆがんだ。
「本当にあったよ」
ラディンはいまいましげに答えた。
ニンジャのミアサの報告は間違っていないようだ。
しかし、ラディンの物の言い方が気になった。
「で、復活した死者ってのはどこにいる?」
重ねての質問にラディンがいぶかしげに俺を見た。
「アランさんも死者を復活させたくて街に来たの?」
「復活させたい死者はいない。俺は大地母神教団の依頼で調査に来たんだ」
「ふ~ん。ならいいけどさ。冒険者も街の人も死者復活の奇跡、奇跡ってうるさいんだよね」
「奇跡か。確かに生き返らせたい人がいる者にとっては、奇跡以外の何ものでもないな」
愛する恋人、最愛の子、親愛なる父母……。
こうした人たちと死に別れたとしたら、誰もが死者の復活を願うだろう。
まあ、俺の母親は田舎で元気だし、父親は俺が15歳の時に生き別れたきり親子の縁はない。
家族は母親以外にはいないので、今の俺には死者復活の奇跡を願う理由はない。
「奇跡なんて、そんな簡単に起きるものじゃないのにさ」
ラディンが掃き捨てるように言った。
俺は、そのラディンの様子に違和感を感じた。
この街で、死者復活は確かにあったのだ。
しかし、他の人と違って、ラディンはそれを奇跡とは捉えていない。
なぜだ?
そんな疑問を抱いていると、メルとディアさんの会話が耳に入ってきた。
「この街まではどのようにして来たのですか」
「大きなトカゲさんに乗ってきたよ」
「砂トカゲのことですか? まあ、あんな恐ろしい動物に乗ってはいけませんよ」
「うん? おとなしかったよ」
「いいえ、危険です。砂漠の旅はラクダに限ります」
ディアさんが至極当然のように語った。
ラクダの旅?
俺の知識では、それは千年ほど前に砂トカゲに取って代わられたはずだ。
速度もタフさも運べる荷物の多さも、砂トカゲはラクダよりはるかに能力が高い。
砂漠の商人たちは何百年もかけて砂トカゲを飼いならすことで、その勢力を拡大してきた。
だからこそ、砂漠で絶対的な影響力を持ち得て、旅人から上納金を徴収する権利まで持ったのだ。
ディアさんは、その砂トカゲを危険な動物だという。
俺の常識とは異なっている。
そういえば、この街では俺の常識が通じないことが多々あった。
街に入るとき、商人ギルドの関所に誰もいなかった。
冒険者ギルドの受付嬢が俺の名前を知らなかった。
もしかして……。
「おい、ラディン」
「何? 質問はもうウンザリだよ」
ため息交じりの答えが帰ってきた。
「いや、答えてもらう。冥府の竪琴はどこにある?」
「……そんなの、知らないよ」
そっぽを向くラディン。
「いたずらの時に鳴らした竪琴。あれは本当に冥府の竪琴だったんじゃないのか?」
「知らないって! なんだよ、結局は、神の子アランも冥府の竪琴を奪いに来たのかよ!」
ラディンはそう言うとテーブルを叩き、肩を怒らせて食堂から出て行った。
「アランさん。息子が重ねがさね失礼な態度を取って申し訳ありません」
隣に座るディアさんが心底困ったように謝ってきた。
「いや、いいんです。俺の聞き方も悪かったようですし」
子ども相手に少々きつめに問い詰めてしまったかもしれない。
ラディンの後を追いかけて、なだめながら真相を聞こう。
そう思って椅子から立ち上がった俺の右手を、ディアさんがごく自然な様子で取った。
「母親として、本当にいたらない気持ちです」
そう言ってディアさんがうつむいた時、再びあの音が部屋に響いた。
――ポロン。
竪琴の音?
そう思ったのと、右手に激痛が走ったのは同時だった。
何かが突き刺さる痛み!
痛みの先を見ると、ディアさんが俺の右手に噛みついていた!
「くっ!」
しまった油断した。
慌ててディアさんの頭を右手から引き剥がした。
その勢いで、ディアさんの体が部屋の片隅までぶっ飛ばされる。
だが、相手の心配をしている暇はなかった。
右手の肉片を少々持って行かれた。
「ご主人様、大丈夫?」
「我が君、すぐに手当てを」
メルとクレンがすぐに駆け寄ってきた。
「俺は大丈夫だ。それより、ディアさんにけがは……」
すぐに回復魔法を唱えて傷を直した俺は、部屋の隅で立ち上がったディアさんを見て言葉を失った。
フードの奥にある美しい顔から表情と血の気がなくなっていた。
ろう人形の顔と、そこに埋め込まれたガラス細工の瞳を思い出した。
その背からは、竪琴の音がもの悲しく響き続けている。
ディアさんは口元の俺の血をぬぐおうともせずに、フラリフラリと上半身を揺らしながら立っている。
まるで竪琴の音に合わせて踊っているかのように。
「ディアさん、どうしたの?」
心配そうに近づこうとしたメルを、クレンが制した。
「近づいてはいけません」
「どうして?」
「私はあの者の症状を知っています」
クレンが俺をメルを交互に見ながら言った。
「あれはゾンビです。ディアさんはすでに死んでいます」
「えっ!?」
メルが口に手を当てる一方で、俺は落ち着いていた。
「やなりな」
したり顔でうなずく俺をクレンが驚いた顔で見た。
「我が君は知っていたのですか?」
「あくまでも可能性としてだが、ディアさんは冥府の竪琴で復活した死者ではないかと思っていた」
「ご主人様は凄いね。なんでも知ってるね」
メルが俺の頭をなでなでしてくれた。
あっ、これは嬉しい。
「ふっ、洞察力が優れていると言ってくれ」
俺のことを知らない人がこんなにもいる時点で、この街はおかしい。
この世界でアランの名を知らない人間は、異世界人が宇宙人か、もしくは俺が生まれる前に死んだ過去の人ぐらいなものだ。
つまりは、冒険者ギルドにいる受付嬢サナさんも死者、その周りにいて俺を兄ちゃん呼ばわりしていた冒険者も死者という訳だ。
いや、それだけじゃないな……。
大通りにいた荷物を背負った男性も、井戸端会議をしていた女性も、犬と遊んでいた子どもも全員が死者に違いない。
商人ギルドの関所が無人だったということが証左だ。
死者たちにとって、自分たちが生きていた時代には関所なんてなかったのだから、そこに居る必要性を誰も感じなかったのだ。
街に居る人たちは、おそらく2千前にこの世を去った死者たち。
その数およそ5千人。
街の中の生者は、俺の名と存在を知っていたラディンただ1人と思われた。
あの少年が全ての真相を知っているはずだ。
「あの竪琴の音を止めないとヤバいかもな」
今も鳴り響く音は、おそらくラディンが奏でている。
音の大きさからして、まだ建物の中に居るはずだ。
「壮大なおしおきが必要だな」
俺がそう決意した時、建物の外から地響きのような重低音が断続的に響いてきた。
人の足音とうめき声だ。
それも1人じゃない。
大群衆がこちらに向かって迫ってきている音だ。
その数はおそらく5千人。
その時、竪琴の音が遠ざかっていくのが分かった。
「まずい。ラディンが外に出る。捕まえるぞ!」
しかし、すぐに追いかけられなかった。
「ぐぁあああああっ!」
ディアさんが醜い叫び声を上げながら、俺たちに襲いかかってきた。




